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パパラ、思わぬ展開に呆然としています!
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優秀な付き人達がさりげなくそそそっと壁沿いに姿を消していく。
「わたくし、才能に満ちあふれた女ですの」
ギャラリーが消えたのを見計らい、アンニュイな口調でパパラは語り始めた。
もしこの場で彼女が長い髪を惜しげもなく晒すことが許されていたのなら、ぱさり、と手で靡かせていたことだろう。
「……う、うむ。そうだな……?」
ひとまず無粋な横やりを入れるのをシークが避けると、彼女はほうっと悩ましげなため息を吐いて続ける。
「自分にできないことなんてない、と思っていたこともありました」
「そうではないか? そなたにも不得手なことがあるのか?」
「ありますよ。嘘を吐くことです」
シークが考え込む顔になって黙ると、彼女は両手で空のカップを弄び始めた。
「人間は自分より下と思った相手に油断します。真の知恵者こそ無知を惜しまぬもの、問いかけることで利益を――情報を得られるから。時には精通していることすら不案内を装う。馬鹿相手には皆本気を出さない、強者に手を抜かせ出し抜く――合理的な生存戦略でございますわね」
ですが、と女は手の動きを止める。
「わたくしには、理屈がわかっていてさえそういうことは自ら実践できませんでした。精々、思っていることを全て口にする必要はない、と納得できた程度。なぜ? なぜ? できることをできると言ってはいけないのでしょうか。そんなのはお前だけ? ならば素人にも可能なやり方を考えてみたこともありました。それでもなぜか、嫌がられるのです。……別に四階程度から無傷で飛び降りるのなんて、誰にでもできることなのですけれどね」
(そう……かな……?)
シークはどちらかと言えばパパラについて行けず弾劾したのであろう人々に心情が寄っている。
誰でも四階から飛び降りられます! と言われてそうだな! と熱く握りこぶしを返す方がこう、常識を知っていないとまずい人間としてはいささか問題があろう。
今までの数々の奇行が実は思慮遠望の元の緻密な計画と言われても、納得し敬服するよりかは首を捻る方が強い。
しかし以前のように、即座にここで「いや、おかしいのはお前だけだ、我々人類と一緒にするな」と切り捨てるのも少々違うような気がしてきていた。
誰しも己にとってできて当たり前の事は、他人にとっては困難になり得るということをつい忘れてしまう。
四階から飛び降りるのもパパラにとっては「普通にできる」ことなのだろう。
それは日々鍛錬を欠かさないためかもしれないし、魔術の扱いに長けているおかげかもしれないし、摩訶不思議超兵器《オーパーツ》の力なのかもしれないし、あるいは富に物を言わせて準備したのかもしれない。
今のところ特に必要性に駆られていないから実行に起こすつもりもないが、もしやれと言われたらチョーシークにもいくつかの方法は浮かぶ。
(それに……私は男だが、この者は女子なのだ。我が国よりは西国の方があるいは女子にとって自由な環境やもしれぬが、それでも男性優位の社会であることに変わりはなかろう。ならばこれほど有り余る才能を持って、苦労もしたのだろうな……)
いつの間にかそんな同情の方向にまで感情が向いている。
パパラの方は、手の中でくるくるとカップを回し始めた。
「けれどこれでも支配者層でしたからまだマシな方だったのでしょう。眉は顰められても、命まで取られることはありませんでしたから。それに、わたくしなりに周囲の顔色を窺って、一応ギリギリ目を瞑られるだろう範囲をキープしていましたのよ。外国の方の前では普通の令嬢らしく心がけておりましたし――三年前までは、の話ですけれど」
言われてみれば漠然とした違和感の一つではあった。
「これだけ目立つ女と三年前に会っていてなぜ全く心当たりがないのだ?」
という疑問である。
なるほど、当時は大人しく他のご令嬢達に紛れていたと言うことなら、結婚相手や家族以外の女性をじろじろ見ることは無礼とされている国の王が見過ごしてしまうのも自然な成り行きだ。
西国の人間達とて、わざわざ自分たちにとっての恥部を外国にさらけ出そうとは思うまい。
「我が王。正直に告白致しましょう。最初あなたがわたくしにとって魅力的に映ったのは、故郷には珍しいその容姿と装束が理由でございました。わたくしはあなたに強い興味を抱きました。あなたはこうあらなければいけない、の外にいた方だったから」
何度目だろうか、お互いの視線が交錯する。
「本をめくり、人に聞き、昼夜砂漠の国とはどのような場所なのか、夜も明るい町とはどのような光景なのか――夢中になって、何度もこっそり思い巡らせて、やがてそれらのきらめきが婚約者の前でさえも片時も頭を離れないことに気がついた時、わたくしは悟ったのです。ああ、自分を偽ることなど不可能だ。それならば、行ける所まで行ってみようか、と」
シークの脳裏に一つの光景が浮かび上がった。
お前はもういらない、と言われた女が、晴れやかな顔で夜の砂漠を駆けていく。
昼と一転する寒さ、思うように動かせぬ足下、時折砂塵すら巻き起こり行く手を阻まんとする。
けれどそれらは何の障害にもならない。ここに天井はないのだ。もう女の頭を押さえつける余計な枷は何一つ存在しない。
女は鼻歌さえ奏でながら進んでいく。
夢に見た場所へ。
アブラダーバ国の王宮へ……。
「わたくしはどこに行っても異端児なのでしょう。この国も歓迎していないことはわかっています。ただ、我が王をお慕いしている事は本当ですのよ。あなたの幸せが、きっとわたくしの幸せ。ですからこれからも影ながらサポートさせていただきたいと思っておりますの」
そっと貰ったばかりのお守りを、無意識にだろうか、なぞりながらパパラは言う。
ずっと聞き手を務めていたチョーシークが、ここで口を開けた。
「一つ言っておく。そなたが常に常識の外にいることは皆もう身に染みていることではあろうし、そこを否定するのは不可能だとは思うのだが。それはそれとして、我が民達がそなたを全く歓迎していない……ということはないと思うぞ」
え、と間抜けな声を上げたパパラに、おほんとチョーシークは咳払いする。
『夕方に帰れる日が来るなんて素晴らしい! 妻とイチャイチャできる!』
『昼寝ができる幸せは仕事への満足感に直結するため継続を推奨致します』
『もう街道で蛮族の心配をする必要がない。だってパパラ様が皆やっつけてくれるから!』
『パパラ様素敵! こっち向いて!』
『姉御ー俺だー! 今日も撃ち抜いてくれー!』
交渉の場ではあれほど堂々とし、時に本音と建て前を巧みに使い分ける男なのだが、しかしこれは酷い大根役者っぷりだった。
目の前で繰り広げられる、棒読み……なのだがたぶん、実際あった人々の口調や身振り手振りを真似しようとしている……のだろう……? チョーシークの迫真の演技(下手)にパパラがあっけにとられていると、彼は再び咳払いした。
「……まあ、奇行を問題視する声も常にあるが。私の元にはそのような評判も伝わってきている。そなたがあまりに先鋭的過ぎて我々はしばらく置いてけぼりだったが、徐々に徐々にその背中を追いかけてみようかという者も出てきている」
「そ……それはそのう……わたくしが言うのもどうかとは思いますが、割と問題なのでは……?」
「もちろん保守的な者と意見は衝突するとも。主張をしたいがばかりに暴力に訴えかけるような輩が出てくるなら、これは厳しく排除せねばなるまい。だが、議論の契機に何の否やがあろうか? 同じ事ばかり続けていてはいずれ衰退する時がくる。言っただろう、人間が資源だと。我々はこの痩せた土地で生きて行くには、進み続けねばならぬ。……そなたの在り方は、強烈ではあるが……学ぶ部分も、ないわけではない……ぞ……?」
今までパパラはずっと否定され続けてきた。
「才能に溢れる狂人」
それが彼女の評価で、自分でももう覆せない、けれど覆したくもないと思ったから国外追放を受け入れたのだ。
だのにこの王は、彼女のそのありのままを受け入れ、それでいて「それも悪くないのではないか?」と今言おうとしている……の、だろうか? あまりにも現実離れしていて、これが夢なのかもはっきりとしない。
(こんなことがあっていいのかしら……追いかけるだけで充分、それしかできないと思っていたのに、それもいい、と好きな方に言っていただけるなんて……)
ぼうっとしているパパラを前に、シークは居心地悪そうに鼻の辺りを引っ掻いている。
しかし浮いた空気は長くは続かなかった。
「我が王、大変です――魔油嵐が、発生致しました!」
血相を変えたシークの臣下が飛び込んでくる。
瞬間、砂漠の王の顔から一切の表情が消え去った。
「わたくし、才能に満ちあふれた女ですの」
ギャラリーが消えたのを見計らい、アンニュイな口調でパパラは語り始めた。
もしこの場で彼女が長い髪を惜しげもなく晒すことが許されていたのなら、ぱさり、と手で靡かせていたことだろう。
「……う、うむ。そうだな……?」
ひとまず無粋な横やりを入れるのをシークが避けると、彼女はほうっと悩ましげなため息を吐いて続ける。
「自分にできないことなんてない、と思っていたこともありました」
「そうではないか? そなたにも不得手なことがあるのか?」
「ありますよ。嘘を吐くことです」
シークが考え込む顔になって黙ると、彼女は両手で空のカップを弄び始めた。
「人間は自分より下と思った相手に油断します。真の知恵者こそ無知を惜しまぬもの、問いかけることで利益を――情報を得られるから。時には精通していることすら不案内を装う。馬鹿相手には皆本気を出さない、強者に手を抜かせ出し抜く――合理的な生存戦略でございますわね」
ですが、と女は手の動きを止める。
「わたくしには、理屈がわかっていてさえそういうことは自ら実践できませんでした。精々、思っていることを全て口にする必要はない、と納得できた程度。なぜ? なぜ? できることをできると言ってはいけないのでしょうか。そんなのはお前だけ? ならば素人にも可能なやり方を考えてみたこともありました。それでもなぜか、嫌がられるのです。……別に四階程度から無傷で飛び降りるのなんて、誰にでもできることなのですけれどね」
(そう……かな……?)
シークはどちらかと言えばパパラについて行けず弾劾したのであろう人々に心情が寄っている。
誰でも四階から飛び降りられます! と言われてそうだな! と熱く握りこぶしを返す方がこう、常識を知っていないとまずい人間としてはいささか問題があろう。
今までの数々の奇行が実は思慮遠望の元の緻密な計画と言われても、納得し敬服するよりかは首を捻る方が強い。
しかし以前のように、即座にここで「いや、おかしいのはお前だけだ、我々人類と一緒にするな」と切り捨てるのも少々違うような気がしてきていた。
誰しも己にとってできて当たり前の事は、他人にとっては困難になり得るということをつい忘れてしまう。
四階から飛び降りるのもパパラにとっては「普通にできる」ことなのだろう。
それは日々鍛錬を欠かさないためかもしれないし、魔術の扱いに長けているおかげかもしれないし、摩訶不思議超兵器《オーパーツ》の力なのかもしれないし、あるいは富に物を言わせて準備したのかもしれない。
今のところ特に必要性に駆られていないから実行に起こすつもりもないが、もしやれと言われたらチョーシークにもいくつかの方法は浮かぶ。
(それに……私は男だが、この者は女子なのだ。我が国よりは西国の方があるいは女子にとって自由な環境やもしれぬが、それでも男性優位の社会であることに変わりはなかろう。ならばこれほど有り余る才能を持って、苦労もしたのだろうな……)
いつの間にかそんな同情の方向にまで感情が向いている。
パパラの方は、手の中でくるくるとカップを回し始めた。
「けれどこれでも支配者層でしたからまだマシな方だったのでしょう。眉は顰められても、命まで取られることはありませんでしたから。それに、わたくしなりに周囲の顔色を窺って、一応ギリギリ目を瞑られるだろう範囲をキープしていましたのよ。外国の方の前では普通の令嬢らしく心がけておりましたし――三年前までは、の話ですけれど」
言われてみれば漠然とした違和感の一つではあった。
「これだけ目立つ女と三年前に会っていてなぜ全く心当たりがないのだ?」
という疑問である。
なるほど、当時は大人しく他のご令嬢達に紛れていたと言うことなら、結婚相手や家族以外の女性をじろじろ見ることは無礼とされている国の王が見過ごしてしまうのも自然な成り行きだ。
西国の人間達とて、わざわざ自分たちにとっての恥部を外国にさらけ出そうとは思うまい。
「我が王。正直に告白致しましょう。最初あなたがわたくしにとって魅力的に映ったのは、故郷には珍しいその容姿と装束が理由でございました。わたくしはあなたに強い興味を抱きました。あなたはこうあらなければいけない、の外にいた方だったから」
何度目だろうか、お互いの視線が交錯する。
「本をめくり、人に聞き、昼夜砂漠の国とはどのような場所なのか、夜も明るい町とはどのような光景なのか――夢中になって、何度もこっそり思い巡らせて、やがてそれらのきらめきが婚約者の前でさえも片時も頭を離れないことに気がついた時、わたくしは悟ったのです。ああ、自分を偽ることなど不可能だ。それならば、行ける所まで行ってみようか、と」
シークの脳裏に一つの光景が浮かび上がった。
お前はもういらない、と言われた女が、晴れやかな顔で夜の砂漠を駆けていく。
昼と一転する寒さ、思うように動かせぬ足下、時折砂塵すら巻き起こり行く手を阻まんとする。
けれどそれらは何の障害にもならない。ここに天井はないのだ。もう女の頭を押さえつける余計な枷は何一つ存在しない。
女は鼻歌さえ奏でながら進んでいく。
夢に見た場所へ。
アブラダーバ国の王宮へ……。
「わたくしはどこに行っても異端児なのでしょう。この国も歓迎していないことはわかっています。ただ、我が王をお慕いしている事は本当ですのよ。あなたの幸せが、きっとわたくしの幸せ。ですからこれからも影ながらサポートさせていただきたいと思っておりますの」
そっと貰ったばかりのお守りを、無意識にだろうか、なぞりながらパパラは言う。
ずっと聞き手を務めていたチョーシークが、ここで口を開けた。
「一つ言っておく。そなたが常に常識の外にいることは皆もう身に染みていることではあろうし、そこを否定するのは不可能だとは思うのだが。それはそれとして、我が民達がそなたを全く歓迎していない……ということはないと思うぞ」
え、と間抜けな声を上げたパパラに、おほんとチョーシークは咳払いする。
『夕方に帰れる日が来るなんて素晴らしい! 妻とイチャイチャできる!』
『昼寝ができる幸せは仕事への満足感に直結するため継続を推奨致します』
『もう街道で蛮族の心配をする必要がない。だってパパラ様が皆やっつけてくれるから!』
『パパラ様素敵! こっち向いて!』
『姉御ー俺だー! 今日も撃ち抜いてくれー!』
交渉の場ではあれほど堂々とし、時に本音と建て前を巧みに使い分ける男なのだが、しかしこれは酷い大根役者っぷりだった。
目の前で繰り広げられる、棒読み……なのだがたぶん、実際あった人々の口調や身振り手振りを真似しようとしている……のだろう……? チョーシークの迫真の演技(下手)にパパラがあっけにとられていると、彼は再び咳払いした。
「……まあ、奇行を問題視する声も常にあるが。私の元にはそのような評判も伝わってきている。そなたがあまりに先鋭的過ぎて我々はしばらく置いてけぼりだったが、徐々に徐々にその背中を追いかけてみようかという者も出てきている」
「そ……それはそのう……わたくしが言うのもどうかとは思いますが、割と問題なのでは……?」
「もちろん保守的な者と意見は衝突するとも。主張をしたいがばかりに暴力に訴えかけるような輩が出てくるなら、これは厳しく排除せねばなるまい。だが、議論の契機に何の否やがあろうか? 同じ事ばかり続けていてはいずれ衰退する時がくる。言っただろう、人間が資源だと。我々はこの痩せた土地で生きて行くには、進み続けねばならぬ。……そなたの在り方は、強烈ではあるが……学ぶ部分も、ないわけではない……ぞ……?」
今までパパラはずっと否定され続けてきた。
「才能に溢れる狂人」
それが彼女の評価で、自分でももう覆せない、けれど覆したくもないと思ったから国外追放を受け入れたのだ。
だのにこの王は、彼女のそのありのままを受け入れ、それでいて「それも悪くないのではないか?」と今言おうとしている……の、だろうか? あまりにも現実離れしていて、これが夢なのかもはっきりとしない。
(こんなことがあっていいのかしら……追いかけるだけで充分、それしかできないと思っていたのに、それもいい、と好きな方に言っていただけるなんて……)
ぼうっとしているパパラを前に、シークは居心地悪そうに鼻の辺りを引っ掻いている。
しかし浮いた空気は長くは続かなかった。
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