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H1.どうも、ヤンデレな弟から逃げてきた皇子です(ハイライトの消えた目) 前

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「兄上、魔法で勝負しよう!」

 今日も弟がぼくを死地に誘ってくる。ぼくはにっこり微笑みを浮かべ、定型句を返した。

「今度のテストで、ぼくより良い点が取れたらね」
「やった! 約束、忘れないでくれよな!」

 素直で努力家。才気に溢れるが、そこにおごることなく常に上を目指している。
 どこに出しても恥ずかしくない立派な皇太子であり、自慢の弟だ――異母兄ぼくを定期的に殺しにかかってくる癖さえなければ、本当にもう何一つ言うことはないのに。

 後ろ姿を見送ってから、ふっ、と目を遠くする。
 どうしてこうなったのだろう……?


 ハインリヒ=ツェーザル=エーデルトラウト=プロプスト。それがぼくの名前だ。
 皇国の第一皇子ということになっているが、正直過分な肩書きだと思う。

 何しろぼくは、間違いでできた子どもだからだ。

 現皇帝カール――ぼくの父親は、文よし武よし容姿よし、真面目で公正な気質であり、この男ならば支配者として何ら問題ないと考えられている男だった。
 何人か兄弟がいたが、彼が次の皇帝になることに誰も反対しなかった。

 ただ一つだけ、カールにはどうしようもない欠点があった。

 酒だ。激弱だった。しかも酒乱だった。
 酒を飲むとすぐさま昏倒した後、一時間程度で覚醒し、その後一晩野獣と化す――まあ体質は努力だけで治るものでもなし、それに基本的には関係者が気をつけていれば対処できる問題ではある。

 が、人間は事故を起こす生き物だ。
 そして事故が連鎖した結果、ぼくはよりによってカールと妃との婚約披露宴の夜、新人メイドだった母の腹に宿ってしまった。

 だが皇妃陛下は非常にできたお方だった。血の気をなくした夫に懺悔されると、彼女はこのようにのたまった。

『生まれてくる命に罪はありません。倒れていた人を介抱しようとしたメイドとて無実でしょう。酔っ払いは許されませんが、誤飲にすぐ気がつき、人のいない場所に移動しようとしたそうですね。残念な結果となってしまいましたが、その努力は認めましょう。――ただしもう一度同じことが起きたら、わかりますね?』

 以後、カールの酒乱エピソードは根絶された。偉大なる皇妃陛下の業績の一つである。

 実母は穏やかな余生を望んでいたので、愛妾に迎えられることはなく、皇宮を辞してどこかの平民に嫁いでいったらしい。
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