94 / 95
中
しおりを挟むあなたに知られたくなかった。それで、あなたのいない間にこれ幸いとばかりに片をつけようと焦った。
鏡を見る度見つめ返してくる二つの翡翠。
ずっと忌まわしいと言われ続けてきた。その目で見るなと嫌がられた。
だけどあなたは、あなただけは、この目を好ましいと言ってくれた。いつまでも見ていていいと笑って、実際にどれほど視線を向けても、一度もうっとうしがることがなかった。
――嬉しかった。
たとえ錯覚でも、その意がなかろうと、自分なら悪女の娘であっても気にしないと、言われたようで。
そう、わたくしは悪女の娘と暴かれる瞬間を恐れながらも、気にしない、関係ない、と声をかけてくれる存在に憧れていた。
だが、それも終わりだ。
皇子殿下はわたくしには手の届かない所にいる人。
嘘つきで卑怯なわたくしが、これ以上側になんて、望んではいけない相手だったのだ。
ぎゅっと目を閉じ、断罪の時を待つ。
――長い、長い、永遠に続くかに感じられる沈黙。
「……シャンナ? もしかして今、自分は悪女の娘と告白したから、罪人扱いされるとか思ってるの?」
「…………。えっ? あの、はい」
んんん? 流れが変だぞ? 怪訝に思って思わず目を開けてしまった。
皇子殿下は相変わらず困ったような表情で、首を傾げている。
「きみがマノン=ザンカーの実の娘であることで、どうして僕がきみを責めなければいけないんだい?」
「――――」
――今度こそ、絶句した。
これは夢ではないのか。なんだこの言葉は。都合が良すぎる。頬をつねる。しっかり痛い。なんで。
「それに、その……ごめんね。僕、これでも一応皇室の末席に連なるものだから、関わろうと思った相手の素性って、大体すぐにわかっちゃうんだ。本人が打ち明けなければ、知らない風にしているけど」
あっはいそうですよねそうでしょうね、皇国の諜報部は優秀って聞いているし。
なんだろう理解はできるけど処理が追いつかない的なこの、つまりわたくしは混乱している。
え、ええ? だってこう言っちゃなんですが、必殺が約束されている超特大地雷ですよ? 出したら絶対修羅場な隠しだねなのに(実際デュジャルダン侯爵家ではがっつり修羅場になったのに)、元々知ってたけど気にしていませんでしたって……えええええ、そんな、そんなことってあるの!?
「……ええと。なんかもっと、驚いた方が良かったのかな? わあそうだったんだシャンナ、まさかあのマノン=ザンカーの娘だなんて――」
「いえ、お構いなく。ありのままの殿下が一番です」
おまけに謎の方向に気を遣われてしまった。
こ、この……人生賭けた決死の自白が、約束されし避けられぬ断罪ネタが、「うん、知ってたけど、どうしたの?」で返されるって! 全身から力が抜けていく。
――でも、ああ、そうか。本当に、その程度のことだったのかもしれない。
マノン=ザンカーは王国では誰もが知っている悪女だ。だけど隣国では所詮、「隣の国を騒がせた女」程度の存在なのかもしれない。
もし仮に世間ではあり得ない奴扱いなんだとしても……皇子殿下は公正で、証拠がなければデュジャルダン侯爵を悪とする噂すら話すのを厭うような方だ。
なんだ。そうだ。結局人に偏見を持って心を閉ざしていたのは、わたくし自身だったんじゃないか。
こういうとき、どういう顔をすればいいのかも何を言えばいいのかもわからない。じわじわと羞恥心がこみ上げてきた。穴があったら入りたい。
0
あなたにおすすめの小説
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
2/26 番外編を投稿しました。
読んでいただけると嬉しいです。
思っていたよりずっとたくさん読んでいただいていてとても嬉しいです。
とてもとてもありがとうございます!!
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~
しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。
豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。
――食事が、冷めているのだ。
どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。
「温かいごはんが食べたい」
そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。
地下厨房からの高速搬送。
専用レーンを爆走するカートメイド。
扉の開閉に命をかけるオープナー。
ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!?
温かさは、ホッとさせてくれる。
それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。
冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、
食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ!
-
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる