銃と火薬とアイスクリーム

クロ

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十二月十六日(4)

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「どうしたのさ? そっちも顔色が優れないけど」
 どうやら考えごとをしながら歩いているうちに、いつの間にか蒼太の横を通り過ぎてしまったらしい。
「……長い間立っていたから身体が冷えただけだ」
 咄嗟に誤魔化す。
「じゃあ、あったかいものでもどうだい? たまには何か食べた方がいいと思うし、ね?」
 コンビニエンスストアまで着いて来てしまったのだから、断りづらい。
 お腹はあまり空いていないが、そろそろカロリーを摂取しておいた方がいい、と割り切ることにする。
 明るい入店音が私達を出迎える。
 温かい乾燥した空気と、冬のコンビニエンスストア特有のおでんの匂いに人心地ついた。
「肉まんなんてお勧めなんだけど」
 保温器の中の一つを指差す。
「じゃあ、それをいただこうかな」
 カロリーさえ取れるのであれば何でも構わない。
 吸血鬼症が発症すると体温調整がうなくいかない。
 主に身体が熱を持つという症状に苛まれる。
 程度も身体が軽く熱を持つ程度から、内臓を焼かれるような激痛を伴うものまで様々。
 鉄分不足から来る氷食症も相まって、吸血鬼化症を発症した者は冷たいものを好む。
 私も普段なら冷たいアイスなどを好んで食べるのだが、外が今年一番の寒さ級に冷え込んでいることもあり、今日に限っては蒼太のお勧めを食べてみようと思う。
 会計を済ませた蒼太が紙に包まれた肉まんを渡してくる。
 ふわりとした温もりが包み紙から私の手に伝わってきた。
 よくよく記憶を辿ってみれば肉まんを初めて食べる気がする。
 一般の人間と比べて私は食事をする回数が極端に少ないので、食べたことがある食品も少ない。
 この年齢なら当たり前に食べているだろう物を、私は大抵口にしていない。
 肉まんをマジマジと眺めるが、見ているだけで味がわかるわけはない。
 勢いよくかぶり付く。
 口の中に広がる熱さに、ぴょんと飛び上がってしまう。
 めったに熱いものを食べないので、自分が猫舌だという事実を完全に失念していた。
 中身の熱さは包み紙越しに感じた熱さとはレベルが違った。口内が業火に襲われる。
 右手で持っていたせいで正確な熱さを図れなかったのも敗因の一つだった。
 私は左手と右手の感覚が違う。右手の感覚が左手よりも鈍いのだ。
 まったく無いというわけではないが、右手は申し訳程度の感覚しか持ち合わせていない。
 なので数日前のように力の加減を間違え、ビンを割るなどの無様を晒すこともしばしばだった。
 蒼太は涙目になった私に肉まんと一緒に買ったであろうペットボトルを問答無用で握らせる。
 すでに蓋が開けられていたそれの中身を口の中で確かな存在感を放つ肉まんと共に喉に流し込む。
 瞬間。
 本能的に液体を噴出した。
 気管に熱々の肉まんだけが残る最悪の展開になる。
「熱い、まずい、熱い、まずい」
 コンビニの前でパニックになり、身体をくねらせる私を冷ややかな目でみる蒼太。
「桃源郷の出し物でも見れそうにないダンスだ」
「なんだ、これ!? 甘いドブの味がする!」
 名伏しがたい後味の悪さが私の口内に残り続けている。
 条件反射的に手に持ったペットボトルに目を落とす。緑茶に炭酸を混ぜたという内容の言葉がラベルに印刷されていた。
「パッケージの文字を読むだけで地雷とわかるだろ」
「男たるもの挑戦しないといけないかなと思って」
 私の手からペットボトルを毟り取ると、コンビニエンスストアのゴミ箱にダンクシュートを決める。
「挑戦すると大仰なことをいうのであれば、何故飲まないんだ!?」
 ジト目で蒼太をねめつける。
「もうまずいってことはわかったから、いいかな。ごめん……もしかして和月……癖になった?」
「一度捨てたものを拾おうとするな! もう生きてる間に飲むことはない、断言する」
 ゴミ箱を漁ろうとする蒼太の肩を揺さぶる。
 それに間違っても二度飲みたいと思える味ではなかった。
 ふぅと一息吐くと、手に持った肉まんの存在を思い出す。
 しまった……今吐いた、ふぅ、を肉まんにかけて少しでも冷やしておけば良かった。一ふぅ損した。
 でも、そんなことをしなくとも、寒風吹きすさぶ今日なら三日月状に穿たれた肉まんの中身は、冷やされているはず。
 意を決し、かぷりと一口。
 私の予想通り、猫舌の私が食べても悶えずに済む程度の熱さになっていた。
「美味しい」
 鳥肌が立ち震えるほどの美味しさだった。
 これを食べずにのうのうと生きていただなんて、私は人生を損していたといっても過言ではない。
 はしたないとわかっていても大口を開けて食べるのを止められない。一分もかからずに肉まんを食べきってしまう。
「寒い?」
 蒼太はわなわなと震えてる私を見て勘違いしたのだろう。
「違う、美味しいんだ」
「美味しいことと震えることが今一繋がらないんだけど」
「私もだ。どうやら自分でも気がつかなかったが、想像を絶するほどの美味しいものを食べると震えてしまうらしい」
「肉まん一つでそこまで喜んでくれると嬉しいよ、よかったら僕のも食べる?」
「いいのか! いや、これまでに無いほどのあり難い申し出だが遠慮しておく。もし、二つ目を食べてあまり美味しく感じなかったらさっきの感動が色あせてしまう。もっと空腹な時がいい」
 私の馬鹿……何を格好つけているのだろうか。普通にありがとうと言って貰えばよかったじゃないか……。
 いやいや、でもそれは諸刃の剣で私の食欲は満たされるが、蒼太からの評価が気になる。
 普段殆ど何も食べないのに、肉まんごときで急にテンション上げてどうしたんだ、と怪訝な目で見られるのが辛い。
 いや、完全に私の想像なのでこんな展開にならないだろうけど、だが、万が一、億が一あったら心が萎えること請け合いだ。
 気がつくと、エア蒼太からエア怪訝な目線を浴びたつもりになって変な汗をかいている私を、リアル蒼太がリアル怪訝な目で見ていた。
「ち、ちょっと尋常じゃない量の汗かいてるけどどうしたのさ?」
「す、すまない、ちょっとむせてしまってな、ゴホゴホ――」
「順序が逆な気がするけど……」
「まぁ、気にしないでくれ。たまにこういう風になるんだ」
「そ、そう……」
 蒼太は何とか納得してくれ、事なきを得る。
「あ、この紙、なんていうか知ってるかい?」
 何かを思い出したような蒼太の表情。
「グラシン紙だろ?」
 即答する。食べたことが無いからといって、物の名称を知らないわけではない。
 クイズに答え、先ほどの失態の名誉挽回、汚名返上をした私は満足げな表情を浮かべているに違いない。
「……」
 私の答えを聞いた蒼太は、なぜか悔しそうな表情を浮かべる。
 え、答えてはいけないタイプのやつだったのか……。
 あ、そうだ、しまった! ここは知らない振りをして蒼太に教えてもらい、蒼太は物知りだな、と持ち上げた方が会話が盛り上がったに違いない。
「……」
「帰ろうか」
「ああ、だが先に帰っていてくれ、私は用事ができた」
 冗談はここまでだ。
「なに? あ、肉まんなら僕達の分で最後だったよ」
「肉まんもカレーマンもピザまんも買わない、ちょっと散歩がしたくなった。それも至急にな」
「わかったよ、深くは追及しないよ。じゃ、あまり遅くならないようにね」
 私はコンビニエンスストアの前で蒼太の背中を見送ると、しばらく経ってから蒼太の歩いていった方向とは逆の方へ歩き始めた。
 コンビニエンスストアから十分ほど歩いて見知った通りから外れると、薄暗い路地裏に入る。
 夕日の光はほとんど入らず、かろうじて路地裏の入り口を照らすその弱々しい陽光もそう長くは持たないだろう。
 ここは直に闇に侵される。
 肌寒い風が通り抜ける。
 どうやらこの路地裏は風の通り道になっているようだった。
 オフィス街からも住宅街からも外れたこの通りは人通りが皆無で、その路地裏となれば言うまでも無い。
 閉店した店が残した、遺留品じみたものが転がっているだけだった。
 路地裏にあるものは、埃が付きそれを何度も雨が流し乾いたのだろう斑に黒くなった室外機が数個。
 ゴミ箱に使っていたであろう打ち捨てられたポリバケツ数個。
 後は、油で粘着質な音をさせる地面と――私の後ろにいるモノだけ。
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