Terminal~予習組の異世界召喚

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ep23.帰宅

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 大通りを抜け、城下町の端っこまで歩くこと2時間。城下町が想定より遥かに広く、かなりの時間を食ってしまったため、もう夜になりかけていた。



 街には街灯があり、夜なのに賑やかさは失われていない。夜の店が集まった歓楽街らしき場所もあった。だが俺の向かうのは生活区だ。


 細かな場所が分からなかったので街を歩く人に「このあたりで新しく出来たパン屋を知らないか」と尋ねれば「あぁあの可愛い子がやってるお店かな」とか「美男美女のお店って有名だよ」「美味しい上に、あのダンディな人が素敵」「あの美人さんと可愛い女の子の居るお店だね」などなど目立ちまくってるらしい。





 美男美女とは一体どういう事だ? パン屋の立てる評判じゃないだろう。



 というか、ダンディな奴って誰だ。



 というか道行く人々全員が知っている段階で、目立ち過ぎだ。これはダメだろう。後で厳しく叱るとしよう。 



 そうこうしているうちに、人伝でようやく目的地にたどり着く。街頭の光に照らされるレンガ創りのこじんまりとした店だった。看板には『子猫のパン屋』と書かれている。




 何を思ったのか看板に猫耳の女の子のシルエットが書かれている。


「え、あいつこれわざわざ描いたのか」


 椿の恐るべき執念というか愛情というか、それに驚愕しつつ店の扉に手をかけて開く。




カランコロンと扉の上に備え付けられたベルが店内に鳴り響く。



 店内に入ると天井に簡易なシャンデリアがあり、店内を明るく照らしていた。パン屋らしく店にはパンの香りが漂い、ディスプレイされたパンがずらりと並んでいる。



店内に入り、中を見渡していると店の奥から泣き声が聞こえた。



「びぇええええ、びぇええ」


「ミーニャ泣いてもダメ。お店のパンは持ってきちゃダメって言ってるでしょう」




 店の奥で泣いている声はミーニャらしく、ミーニャを叱っている椿の声が聞こえた。だが更に店の奥から「マスター、お客様のようですよ」と男の声が聞こえ「え、本当?」と慌てて椿が出てくる。




 なので俺は勝ってきた荷物を傍にあった会計台に置く。

「いらっしゃいまs……あ、影虎!」

 慌てて店の奥から来た椿は、髪をポニーテールにしてエプロンと三角巾を頭に付けた姿だった。椿は俺の課を見ると指をさして驚き、何故か飛びついて来た。



 なので、飛びついて来た椿の顔をわし掴み、力を込める。

「にょおおお、え、いた、え、なんで」

 空中でプラ―ンと吊あげられた椿は、アイアンクローを受けて涙目になる。そして疑問を口にしながらもがいている。




「久しぶりだな椿。随分と好き勝手やっているようでなによりだ」



「え、あに!? なんか怒ってる!? にょおお」




 少しし力を強めると椿が呻く。そして椿を掴んだまま、俺の怒りの理由を告げる。

「お前の作った魔道具のせいで大変な目にあってな。それにお前はお前で何好き勝手にやってるんだって話だよおい。確かゼピュロスウィンドスーパーブレードだったけ」

「いや、それはゼピュロスウィンドスーパーアルティメットセーフティブレードとにょおおおお!!」



 俺は涙目になって居る馬鹿を締めあげながら、報告と言う名のお仕置きを行う。

 椿がくだらない名前を魔道具に付けたせいで勇者と戦う羽目になったと告げる。そして、その勇者を始末し、魔王とも遭遇、いろいろ面倒な事があったと告げる。


 魔王との戦闘を切り上げるために腕を切り落としたと告げれば、解放した椿が顔を抑えながら俺の肘から先のない腕を見る。

「え、えぇ!? そこまでやるかお前!?」
「やるだろ。どうせ治るんだし」



「そ、そうだけど……オレと漫才やってる場合じゃなかっただろ。患部を見せろ。治癒と同時に再生能力を向上させる」


椿は指を弾いて魔法陣を空中に展開。椿に押され店の奥の厨房に連れられる。肘から先のない腕を見せると椿は魔法陣を俺の腕に当てる。桜色の魔法陣から優しい光の粒子が俺の患部に降りかかる。




徐々に患部に熱がこもり始め、焼き切れたはずの俺の腕が再生を始める。そして椿が新たに指を弾けば、俺の腕のあった部分に魔法陣が出現。新たに魔力で構成された腕が形成された。魔力で出来た腕を動かそうと思ったが動かない。



「腕を最初から生やすとなると、一週間はかかるぞ影虎」

「まぁ仕方ないな。後さ、これどう動かせばいいんだ」

「魔力コントロールで自在に動かせるはずだ」

「本当だな。良い感じだ。多少反応が遅れるけど、義手としては最高だな」




 椿に言われた通り、魔力で腕を動かすと思い通りに動いた。俺の感想を聞いて椿も調整は必要ないらしいなと笑っていた。あらかじめこういう魔法を制作しているあたり、こいつも異常だなと思う。




「ん?」




 腕を動かしていた俺が視線を感じてその方向を見れば、建物の柱からこちらを覗く猫耳がいた。その猫耳、ミーニャはさっきまで泣いていたため目元を真っ赤にしている。そして、小さな手にはクロワッサンが握られており、少し齧った跡がある。




 そしてその瞳は俺を少し警戒している。だが興味があるのか視線を一切外しはしない。




「……久しぶりだな」




「……なー」







 睨み合っている訳にもいかず腰を落として、目線を合わせる。するとミーニャも俺を覚えているのか柱からか体を離して歩いてくる。

 ミーニャが俺の傍に来るなり、手に持っていた齧りかけのパンを差し出してくる。




「あげう」













「え、ああ。貰っとく」







 俺にパンを渡したミーニャは少しだけ後ろに下がると、ポケットから新たにクロワッサンを取りだした。いったいいくつ店から持って来たんだろうこいつ。そして取りだしたパンに齧りついていると、俺の治療を終えた椿がミーニャの行動を見て怒る。


「こぉおおら!。まださっきのお話は終わってないよミーニャ」


「やー!」





「ダメなものはダメ!」




「うぅ。……」

 ミーニャは口をとがらせ涙目で椿を睨むも、椿は腰に手を当て一切譲るつもりはない。やがてミーニャが泣きながら手に持っていたパンを椿に渡す。椿はそれを受け取ると「もうすぐ晩御飯だから」と言い聞かせる。




「今夜はお魚にしたからね」

「おたかな!? おたかな!」







 魚だと聞いた途端、ミーニャが喜び始める。好物なのだろうか。

「席に着いて待っていて。今晩は影虎も一緒に食べるからね」 

「くぉがとぅな?」 

「影虎。そうだな。ママの彼氏、旦那、恋の奴隷?」



「最後だけは関係ないな」



「マニャ、とら?」 




「うーん、どうしよっかな。パパでもいいか?」



「とら でいい。」

 ミーニャに影虎の発音は無理だろう。パパはダメだ。俺はミーニャの身柄は守ると誓うが、根本的には親元に帰してやるつもりだ。まだ小さいこいつに理由を説明するのは難しい。だが混乱させないためにも父親と勘違いさせてはいけない。


 俺の言葉に椿は少し不満げだが、知った事じゃない。ミーニャについてはまた話しあう必要があるな。

「とら、とら」

「おう。お土産も買ってきたからな。飯食ってから渡すよ」

 俺がそう言うとミーニャは良くわかっていなさそうだった。だが走って店の奥へと向かって言った。




「……なんだよ」 

「いや、ミーニャにお土産買ってくると思ってなかったから」


「そうか?」



 俺が土産を買ってくるのが意外だったらしい。どうやら椿は俺がミーニャを嫌っているとでも思ってたのかな。そんなことはない。苦手なのは否定しないが、ミーニャ個人と言うよりも力加減しないと壊してしまいそうなほど弱い生き物が苦手と言うだけだ。


 俺の魔法は兵器だ、俺の魔力は危険物だ、俺の体は凶器だ。そんな俺の傍に子供がいると考えたら、気が抜けない。


「そういえば忘れてたな。お帰り影虎」



「ただいま椿」



「……寂しかったぞ。怖かったぞ。本当に」




「あぁ無事で良かった。」


 いったん落ち着いた後、椿が俺に抱きついてくる。やっと落ち着けた事で俺も椿を片手で抱きよせる。少しの期間だったが俺も寂しさを感じていたのだろうか。





 思えば一月以上離れた事は、無かった気がする。一番離れていた期間が長かったのは半月くらいか。たった半月で大問題を起こした椿の事を思い出し、俺はよく椿が不安定にならずに一月乗り切ったなと感心した。


 俺と椿が抱き合っていると、店の奥から二人のメイドと執事が現れた。

「おやおや、お邪魔してしまいましたか」



「あらあら、続きはここでなくてベッドの上でお願いしますよマスター」



 執事は銀髪に赤目で俺にすごく似た容姿をしている。そしてメイドは同じく銀髪で赤目の椿に非常に似た容姿をしている。髪と目の色以外に唯一の違いが俺達より15歳ほど年上の容姿をしている事だろう。俺達二人が成人して、ある程度年を取ったらこんな感じになるだろうと容易に想像できる姿をしている。




 特にメイドに関しては椿の理想を体現したのか身長が10センチほど高い。







 そして突然現れたメイドと執事を俺は知っている。
「お前達も久しいな。ジョンにジェーン」

「えぇお久しぶりです影虎様」

「随分とご苦労なされたようで」


 メイドの名はジェーン。執事の名はジョン。わかりやすい名前なのは、この二人の名前は俺が決めたからだ。






「椿。お前人手確保のためにゴーレムであるこいつらを呼んだのか」


 彼ら二人だが人間ではない。人間の姿をしているが本当の姿は別にある。正体は、椿の家にあった1m程のウサギのメイドと執事のぬいぐるみだ。俺と椿が共同生活を始める際に家や施設の購入などに保護者が必要であり、中学生2人だけで生活していくのも不自然だったために作り出したゴーレムだ。椿が設計し、俺が魔力を供給源を提供する事で稼働する。



 人の姿で俺達の保護者の役を演じさせ、自分達で思考できる二人を俺達は重宝していた。椿の地球からの物資調達は生物は世界の壁に阻まれ不可能だと言っていた。だが魔力で稼働するゴーレムであれば世界の壁を越えられるという事だろうか。

「パン屋と子育ての両立が難しくてな。従業員として呼び出したんだ……けど問題も多い。すぐにサボる」


「全く人使いの荒いマスターですわ。影虎様も何とか言ってくださいな。自分に余暇を許す度量がないだけだって」


「元々オレの手伝いしてほしいから作ったんだから仕事してもらうのは当然だろ!」




「あらあら、酷い言い方。言っておきますが私達は奴隷ではありませんのよ!」




「そんなこと言ってないだろ!」





「言ってるも同じですわ!」


 ジョンは頬笑みながら見守っているが、正直やかましい。ジョンもたまに反抗するがジェーンは特に反抗が強い。裏切ったりはしないが椿に当たりが強く二人で喧嘩していることも少なくない。ハッキリ言ってジョンとジェーンの性格はあまり良くない。正確には俺と椿との相性が良くない。



 製造過程で調節を失敗したとしか言いようがない。ジョンは腹黒く人の不幸を頬笑みながら見つめるタイプだ。


 ジェーンは不満があれば口にするタイプ。直情型の椿とは相性最悪だろう。




「ところで、何か用なのか?」



「おやおや、私とした事が忘れていました。ミーニャ様が痺れを切らして泣きそうになってましたよ」


「「あ」」


 ジョンの言葉にジェーンと椿が間抜けな表情になる。そして、二人してテーブルの上で待っているであろうミーニャの元へと駆けこんでいった。残されたのは俺とジョンだけ。

 改めて思うと自分に似せて設計した事を後悔している。自分と見つめあっているようで気まずい。



 だがジェーンと椿が居ないのなら、例の話もできるというものだ。


「お前しかいないから聞くが」





「なんなりと」



「椿のアレは、顔を出したか?」

「少なからず無いですよ。ミーニャ様の世話をしている事が、精神の安定に繋がっているようです。私としてはあのマスターも嫌いではありませんがね」


「お前の本性は知っている。だが仕事だけはしてもらう。……いいな」


「えぇ。問題ありません」



 俺達が話していると、店の奥から焼き魚の匂いと「影虎、ジョンも配膳終ってるぞ」と椿の声が聞こえたので二人揃って店の奥に入る。


「どうだ我が家は?」


「こじんまりとしてるな」




 店の奥は生活スペースとなっており、まさかのダイニングキッチンでテーブルで座って待っていたミーニャの前には、大きな魚が置かれていた。ミーニャは目を輝かせながら子供用のフォークを握りしめ、ジェーンにナフキンを付けてもらっていた。

 生活感の溢れた温かみのある家だと思った。椿だけでなくミーニャやジョンとジェーンがいるおかげで手狭ではあるが。

 エプロンを壁に掛けた椿が俺の上着を受け取り、同じく壁に掛けている。俺はテーブルの椅子を引いて着席する。そして椿も俺の隣に着席。既に座っていたゴーレム組と向き合う形となり、ジェーンと椿が挟み込むようにミーニャの隣という形となった。


 全員が席に着くと椿が両手を合わせてミーニャの方を見る。するとミーニャは「あ」と言ってフォークを置いて真似をするように手を合わせる。


「いただきます」


「いたらきまー」


 椿に合わせて皆がいただきますと手を合わせる。俺も睨まれたのでしぶしぶ従う。そうすればミーニャも真似して作法を守る。そして椿がミーニャの魚を箸でほぐして、小皿に盛りつけていく。




「もいひー」


「そっか。美味しいならよかった。いっぱい食べるのよ」






「うん」







 パクパク食べていくミーニャの世話を焼きながら椿とジェーンも料理を食べていく。ジェーンとジョンはゴーレムではあるが食事も可能な高性能機だ。食事から活動用の魔力を吸収する仕組みを椿が付け加えていた。

 俺も見ているだけでは勿体ないので頂く。脂の乗っている魚は極上、舌の上で上手くほぐれ旨みが口の中に広がった。


 味付けも濃すぎず、それでいながらしっかりとしている。異世界で生活しているが、どうしても料理の味付けが俺には合わない事が多かったため、馴染んだ食事は助かる。箸が進み、あっという間に食事を終える。




「ふぅ喰った食った」







「おそまつさま」




 全員の食べ終えた食器類を俺がシンクまで運び椿が水と洗剤で洗っていく。5人分の食器を洗い終えるのを待っている間、家を観察していた。おもに居住スペースは二階にあるらしく、パン屋の厨房とカウンター、そして台所は一階。後は椿が地球から持ってきたであろうバスタブなども存在した。一応順番で使いまわしているらしく、今日はジェーンが眠そうなミーニャをお風呂に入れていた。


 俺は二階を覗いてみると、ジェーンとジョンの相部屋とミーニャ用の子供部屋、そして何故か『椿&影虎ハート』と書かれた部屋があった。



 とりあえず部屋に入ってみると、きれいに片付いた部屋にキングサイズのベッドが置いてある。何故薄型大型テレビまで置いてあるのかは謎だが、おそらく異世界でも電波が通じると思いこんで電気は魔法で補う事で使っているんだろう椿は。

 本当は椿の傍でないと電波が通じないのだが、椿が使うなら問題はないのだろう。テレビの下には日本の子供番組やアニメのDVDが揃えていた。 







 俺は部屋に備え付けられたソファーに座り、天上を眺めながら目を瞑る。やっと何も警戒することなく気が抜けると思い、俺は少しだけ仮眠をとる事にした。










「……」










「お、影虎、次お風呂はいったらどうだ」 










 いつの間にか洗い物を終え風呂を済ませた椿が、湯上りのままバスローブ姿で現れた。髪が濡れ、肌に張り付いたバスローブが椿のスタイルを浮き彫りにする。椿は眠っていた俺の顔を覗き込みながら、キスしようとしていたらしい。







 俺が目を開けた事で慌てて離れ、少し照れていた。その表情を見た時、俺は椿の髪に手を伸ばし、髪をかきわけて椿の顔を近寄せ口付る。




「んん? ん~……」










「……」 







 長いキスを終えて顔を離せば、椿が呆けており俺と椿の口が糸を引いており、俺は椿の手首を掴んでソファーへ押し倒す。その際バスローブがはだける。ろうそくの光の下で晒されたきめ細かな白い肌が目に入り、俺の中である種の衝動が生まれる。



「か、かげとら」

「風呂は後で一緒に入ればいいだろ?」 




 椿の髪に手を当て、豊満な胸に義手で触れれば、椿の瞳がうるんでいく。だが拒否というよりは、魔逆の男を誘惑するこわく的な表情のまま、俺の首に手をまわしてくる。




「わかった……ミーニャも寝てるし……うん」




 俺と椿は再び唇を交わし、椿が指を弾くとろうそくの光が消え部屋が闇に包まれた。 
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