Terminal~予習組の異世界召喚

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ep24.平穏な朝

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「影虎、影虎、おーい」

「ん? え、あぁ、そうか」







 深い眠りに着いていた俺は、俺の頬を優しく叩く椿の声で目を覚ました。まだ暗い時間だが、目覚めていた椿は全裸にシーツを被りながら「起き上がれないから、離してくれると嬉しい」と言ってくる。




 よく見ると俺は寝ながら椿を抱きしめていたようで右腕で椿の腰を抱いたままだった。




「何でこんな時間に?」

「パン屋の朝は早いんだぞ。仕込みとかはジョンに頼んでたから少し寝坊気味だ」 







 俺が解放すれば、椿はシーツから出てクローゼットから下着を取りだし身につけていく。そしてすぐに着替えを始める。俺も俺だけ寝ているのは気まずいので着替え終え、髪をまとめていた椿に着替えを出してもらう。




 椿に作ってもらった魔力の義手だが、意外と器用に動くので日常生活に苦はない。新しいシャツに着替え、先に部屋を出た椿に続いて部屋を出る。階段を下りて食卓へと入ると、椿とジェーンがまた喧嘩をしていた。







「まったく寝坊はともかく、夜くらいは静かにしてほしいものですわ」

「うるさかった訳ないだろ! オレの防音魔法は完璧だ」

「あらあら、防音までして何をしていたのかしら」

「え、あ、その」







 椿がおされぎみらしい。食卓では欠伸をして目をこすっているミーニャと方眼鏡をかけて本を読んでいるジョン。喧嘩している二人はそれでも手は動かしており、食卓にサラダとパンとオムレツが並ぶ。







「ぶぅう」













「どうかしましたかミーニャさん?」










 食卓を見てミーニャが口をとがらせる。それを見て眼鏡を外したジョンが声をかける。メニューが気に入らない訳ではないらしいが、どう見ても不機嫌なミーニャ。













「あれ、なんでミーニャすねてるの?」










 ようやく席に着いた椿も口を尖らせてパンに齧りついているミーニャに気が付く。椿が尋ねるもミーニャは不機嫌そうに赤い尻尾を動かしていた。













 しどろもどろしている椿を横に、オムレツを食べていたジェーンが説明した。







「ミーニャさんは起きた時に、マスターの部屋に行ったのに、マスターの部屋には入れなかったため不機嫌なんですよ。ねーミーニャさん」













「あ、結界解除するの忘れてた……ごめんねミーニャ?」













「う」
















 椿が手を合わせて謝るとミーニャも意味を理解したのか、椿に食べさせてほしいと手に持っていたフォークを手渡す。ずいぶんと甘えている気もするが、此処まで短期間で警戒心を解けたのは椿の手腕と疑いのない愛情ゆえだろうか。













 5人で朝食を終えるとジェーンとジョンが椿の指示でパン屋の方へ向かう。二人は店番らしく開店と同時に訪れていた主婦達の相手をしている。































 俺が店を覗いていると椿が不思議そうに首をかしげていた。































「店がどうかしたか?」













「いや、繁盛してるんだなと思ってな」













「こんなの序の口だぞ。この周辺にあるパン屋が少ないから、昼なんて戦争なんだぞ」































 椿は膝の上にミーニャを乗せて髪の毛を結っている。そして髪をいじられているミーニャの目線は俺へと向けられている。悪意もない好奇心に充ち溢れた目に見つめ続けられるのは居心地が悪い。













 なので気を紛れさせるため、昨日市場で買ってきた熊のぬいぐるみを手にとって渡して見る。































「う?」













「やるよ。お前に買ってきたからな」













「おー。くまたん」













「よく知ってるな」































 茶色い熊のぬいぐるみを受け取ったミーニャは、興味深そうにぬいぐるみを触り、臭いをかいでいた。やがて危険なモノではないとわかったらしく抱きしめていた。































「お気に召したようでなによりだ」













「ミーニャ。ぬいぐるみ貰ったんだからお礼なさい」































 ミーニャの髪を結い終えた椿がミーニャにそういうと彼女は椿の顔を見上げた後、俺の方に向き直る。































「てんきゅー」 













「え」













「ありがとうでしょミーニャ! 何センキューって!? ありがとうでしょ。あ・り・が・と・う」













「やー!」













「や―じゃない」































 人差し指を俺に伸ばしながらそう言ったミーニャに椿が驚く。間違ってはないんだが、この世界で英語はどうなんだろうか。おそらく椿が気軽に使っていた英語を覚えてしまったんだろうか。













 この世界に溶け込む上で、異世界の言葉を覚えてしまうのは危険だな。













 椿は教えた覚えのない言葉をミーニャが話しているので慌てて言葉使いを治そうとしている。ミーニャは気に入ってるのか首を横に振り「きゃー」と言いながら自分の部屋に走って行ってしまった。

















































「もう」













「ぬいぐるみも気に入ったんならよかったよ」 













「あの子、お人形とか好きだからな。後はボールかな」































 ボール遊びが好きと聞けば、さっきの猛ダッシュからも活発な子供なのは一目瞭然だった。お土産に少し悩んだかいもあったということかな。食後の紅茶を用意してくれたので休息していると、カランカランと裏口にあるベルが鳴っている。













 裏口から誰か来たのかと思って裏口を覗くと、金髪に緑の目を持った子供が入ってきていた。































「誰だ?」































 急に家に入ってきた子供にそう聞くと子供は驚いた後すぐに俺を警戒して睨んでくる。































「あんただれだ」













「俺か? 俺は……」













「その人は私の旦那だよアレックス。エノク、この子はお隣の肉屋さんの息子さんでアレックス」































 一瞬だけ本名を名乗りそうになる。家にいる事で気が抜けていた俺の代わりに洗濯物を畳んでいた椿が変わりに自己紹介した。綺麗な顔をしているアレックスという子供は、俺の事を不審者のような目で見ながらも「はじめまして」と頭を下げてきた。













 さすがに子供に礼をされては返さない訳にもいかない。 































「こちらこそ初めまして。つ……エダの旦那のエノク・ライトだ。よろしく」













「エダの旦那さん? じゃミーニャのとーちゃん?」













「……まぁ、そんなところかな」































 正確には違う。俺はあの子の父親でもないし、椿も母親ではない。だけど子供に説明してもややこしいだけだ。













 ミーニャを知っているという事は、ミーニャの友達だろうか。年齢もミーニャより少し上くらいだしな。































「ふーん。エダ、ミーニャいる?」













「今お部屋にいるはずだよ。約束してた?」













「今日公園であそぶ約束した、だから呼びに来た」













「にゃー!」































 アレックスが椿と話していると、自室から飛び出してきたミーニャ。どうやらアレックスの声が聞こえて外に出てきたらしい。手に熊のぬいぐるみを持ったままアレックスに駆け寄るというより、タックルしそうなミーニャ。































「おっと」













「にょ?!」 







 咄嗟にミーニャを抱き上げ、衝突事故を回避させてしまう。突然体が宙に浮きあがった事でミーニャが尻尾を膨らませ小さな手足をバタバタさせていた。




 やがて俺に掴まれていると知ったミーニャは、俺の手を尻尾でぺしぺし叩きながら口を膨らませる。







「とら、なー」













「離してあげて」

「おう」







 椿に言われてようやく手を離せば、ミーニャは綺麗に着地してアレックスの腕を掴む。早く行こうという意味らしい。一月ほど会ってなかったが随分変わったものだなと思う。友達が出来、言葉も少しわかるようになっているなど、子供の成長は早いというのは本当なんだな。













 これが単身赴任の父親の気持ちなんだろうかと、少し疎外感を感じてしまう。































 親じゃないんだが、何故かそういう心境になってしまうな。































「じゃ夕方までつれてくぞエダ」













「うん。ありがとうね。ミーニャ行ってきますは?」













「い、いっます」













「まだ長い言葉は無理そうね。いってらっしゃい」













 手を振って家を出ていくミーニャに椿も手を振る。そして子供二人が家からいなくなると一気に静かになる。店の方は繁盛しているらしく騒がしいが。













「ふぅ、紅茶冷めちゃったな」










 ようやく家事を終えた椿が俺の前の席に着くが、淹れておいた紅茶は冷めきっていた。椿はすぐに指を弾き、古カップの下に白い魔法陣を出現させ紅茶を温めなおす。というよりかは、湯気がカップに戻っていく光景から、時間を巻き戻しているのだろう。













 そして、好みの温度に戻して一口飲んでから「それで、この後はどうするんだ影虎」と聞いてくる。



















 最近の目的が椿との合流だった事もあって、先の事を考えていなかったな。































「そうだな。まずはギルドに顔を出してみる。その後はガリュウの所にも行くつもりだ」













「ガリュウに用があるのか?」













「そうだ。この世界で発見した鎧勇者やガンダーツについて聞いてみる。ガリュウなら安全に情報を引き出せるからな」













 謎が深まった今、一度情報の整理は必要だ。後は俺と椿の両方が早くも魔王と遭遇した事もだ。運命なんて言葉を使いたくはないが勇者と魔王の関係性からエンカウント率が高くなるのなら対策もいるはずだ。













「ゆっくりしていかないのか? ママの情報もミーニャの親の情報も、すぐに掴めるものじゃないだろ?」













「拠点は此処にするが、俺も色々やりたいこともあるしな。長期の仕事は受けないから、我慢しろよ」













「うーん、う、わかった……でも昼からにしろよ」













「何で昼から?」













「オレも行くからだ。いいだろ? たまにはデートしてくれたって」













「わかったよ奥さん」







「それでいい旦那さん」







 椿の頭を撫でながら、俺はギルドの位置を椿に確認する。そして城下町のデートコースを含めたプランを掲示されてしまった。俺を街に馴染ませる顔見せの意味合いもあるので、たまにはいいかとあきらめた。































「異世界の服も結構おしゃれで、見に行きたかったんだよ」













「荷物持ちかよ」













「いいだろ? オレのいろんな姿が見られるんだから感謝してほしいくらいだ」













「はいはい、椿さんとデート出来て光栄ですよ」
















 楽しみにしてくれるなら、それもまたよしとしよう。

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