ロスト・ファンタジア

ニセ神主

文字の大きさ
2 / 10
ユーグ村

2

しおりを挟む
「ユーグ、村?」

 朽ちた木の板に書かれたその村の名前を読み上げた薫は、信じられないと大きく目を見開く。
 嘔吐したことによって瞳に涙が滲んだが、その滲んだ視線の先にあるのは、看板に書かれた今まで見たことのない文字。見ようによっては図形のように見えなくもないそれは、不思議なことに自然とそこに書かれていることを理解することが出来た。

「ユーグ村って、えっ、なんで?」

 自体が全く飲み込めず、混乱したようにグルグルと思考が巡る。
 その間にも辺りに漂う異臭は薄まるどころか、僅かに腐臭も混じったものへと変わりつつある。

 薫は再び込み上げてきそうになるのを必死に堪えると、ゆっくりと立ち上がってフラフラとした足取りで歩き出す。
 
 目的があったわけではない。ただこの凄惨な状況と耐え難い臭いが立ち込めるこの場から少しでも離れたいという一心で薫は歩き続けた。


 そしていつしか村から少し離れた小高い丘を見つけ、その上で薫は倒れるように大の字に寝転がった。
 ここまでは異臭も届かず、その代わり周囲には生い茂る草花から放たれる青臭い匂いが漂っていた。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 息も荒々しく、薫は額に浮かんだ玉のような汗を袖で拭う。袖口が顔の前を過ぎる瞬間、僅かではあるが村で嗅いだ臭いが鼻を突き、薫は表情を歪める。

「な、んで、こんな……」

 乱れた呼吸は未だ整わず、その状態で声を出したせいか胸が苦しくなる。だが今の薫にそれを気にする余裕はなかった。
 何か声に出しておかないと、まともに考えることも出来ず、パニックを起こしてしまいそうだった。

 ーー部屋にいたのに。ゲームしてただけなのに。なんでユーグ村? ロスト・ファンタジア? なんで人が死んで。 そもそもあれは人? 夢? 夢ならなんで息が苦しい? 気持ち悪い。吐きたい。嫌な臭い。意味が分からない。誰か教えて。ここはどこ。なんで自分が。なんで。なんで。なんで。なんーー

「あぁぁぁぁっ‼︎」

 普段出したことのない荒々しい声を上げながら、額に当てていた手を思い切り地面に叩き付ける。予想以上に力を込めすぎたのか、叩きつけた部分の手の皮が剥けて血が滲み出てしまい、ジンジンとした痛みが走る。
 しかしその痛みのおかげか、濁流のように湧き上がってきた思考が一気に霧散し、薫はふぅっと一呼吸置いて先ほどより冷静に考えることが出来るようになっていた。

「はぁ、はぁ、ふぅ……」

 呼吸を整えながら起き上がる。
 薫はまず、自分の置かれている状況について考えることにした。


 ーー自分がこの状況に陥る前、確実に覚えているのは自室で『L・F』をプレイしていたこと。そして『ユーグ村襲撃イベント』をプレイしている最中に寝落ちしてしまったということ。
 眠る間際までやっていたゲームのことが夢に反映してしまった……つまりこれは夢である可能性もあるが、手の痛みや胸に未だ込み上げてくる不快感は、これが決して夢ではないと訴えてくる。

 そうなると、一気に考えが現実離れするがもう一つ可能性がある。あの村の名前が『ユーグ村』であることから考えられるように、この世界は『L・F』の世界なのではないか、という可能性。
 そう考えると、あの村の惨状にも納得がいく。あれは『ユーグ村襲撃イベント』なのだ。

「でも、まさか。そんなことあるわけ……」

 しかし如何にここがゲームの世界とするのが一番辻褄が合うと言っても、薫はそれを手放しで歓迎できる余裕も、受け入れる素直さも持ち合わせてはいなかった。
 ゲームの世界に入る、などといったのはアニメや漫画、小説の中だけのもの。いくらゲーマーの薫でもそこの分別はあるため、その可能性だけは到底信じることが出来ない。それにもし『L・F』の世界であれば、当然魔族や魔物といった存在もいるわけで、あの惨状を引き起こした存在がいる世界であって欲しくないという、薫の願望がその可能性を否定していた。


「アレがあれば怖くないんだけどな……」

 そう言って思い浮かべるのは、『L・F』のゲームにおいて入手できる装備アイテム『覇王の黒衣』。
 ゲームの中でも最高難度を誇ると言われている、『世界征服エンド』を見ることで入手できるクリア特典アイテムだ。

 その効果は絶大で、グラフィック上は黒色の外套のような見た目をしたそれは、一定以下のダメージを物理・魔法関係なしに全て無効化してくれるという、序盤から終盤までまさに覇王プレイをすることが出来る、ゲーム中最強防具の一つである。

 それ故に『世界征服エンド』はそれこそ何十回と周回したプレイヤーが漸くクリアできる難易度が設定されていて、薫も入手することが出来たのはごく最近のこと。
 それでも『覇王の黒衣』の恩恵を受けたプレイは爽快感のあるもので、薫のお気に入りでもあった。

「覇王の黒衣さえあればなぁ……なんて」

 バサッ。

 何気なしに呟いた薫を、何かが覆う。
 いきなり視界が黒一色となり、薫は慌てて自身に降りかかってきた物を払い除ける。

「な、なんっ、えっ?」

 払われた物は、ゆっくりと薫の前に落ちる。
 薫はそぅっと手を伸ばしてそれを持ち上げると、じっくりと確認する。
 一見すると黒一色に染められた布のようなそれは、よく見ればその色の下に薄っすらと幾何学模様のような複雑な図形が幾つも描かれており、前の部分で留められるようにと留め具が付けられている。

 その見た目に、薫は唖然とする。

「これ……覇王の黒衣?」

 見間違えるはずもない。
 画面越しに食い入るように見ていた『L・F』最強装備が、薫の手の中で確かな存在感を放っていた。





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 丘の上で、薫は腕を組んで考えていた。

 そんな薫の前には多くのアイテムが散乱していた。赤い液体の入った小瓶、青い液体の入った小瓶、金貨、虹色に輝く鉱石、古びた本。それに派手に装飾のされた幅広の剣や先端に宝石のような輝く石が付けられた杖、穂先が炎のように揺らめいた形状をしている槍、淡く輝く鎧といった武器や防具までもが無造作に散乱している。

 そのどれもが、薫にとっては見覚えのある物たちであった。

「『傾国の狐面』」

 薫がそう呟いて目の前へ手を伸ばす。
 するとまるで空間が裂けたかのように薫の手がその中に消える。そしてすぐに引き抜いた薫の手には、狐のお面が握られていた。
 『傾国の狐面』は、『L・F』におけるクリア特典アイテムの一つであり、それが今は薫の手に収まっていた。

 悟ったような表情を浮かべた薫は、その視線を目の前の散乱しているアイテム達に向ける。

 『傾国の狐面』だけではない。
 薫の前に散乱しているアイテム達は、全て『L・F』において薫が入手していたアイテム達だ。
 『上級回復ポーション』、『上級魔力回復ポーション』、『ユグランド金貨』、『エクスカリバー』……そのどれもが薫が『L・F』で見てきたままの姿をしていた。

 『覇王の黒衣』が薫の前に現れてから、薫は様々なことを試した。

 そして分かったことは、『L・F』で実際に自分が入手したアイテムを思い浮かべることで手元に呼び出すことが出来ることだった。
 薫が入手していないアイテムは、例えそのアイテムの名前を知っていたとしても現れることはなく、また一つしか持っていないものを更に呼び出そうとしても現れない。完全に薫がプレイしている『L・F』の状態に準拠しているのだ。

 それはつまり、この世界が薫のプレイしている『L・F』と同じ世界である可能性が非常に高いことを意味していた。
 まだ『L・Fのアイテムを使える薫が別の世界に来た』という可能性もないわけではないが、『ユーグ村襲撃イベント』というゲームとの共通点もあることから、前者の方が可能性が高いのは間違いなかった。

 薫はジャージの上から『覇王の黒衣』を纏い、『傾国の狐面』を顔に付ける。
 手持ちのアイテムの中でも特に防御に秀でたその二つを身に付けた薫は、黒尽くめにマスク装備という、傍から見れば完全に不審者の出で立ちをしていたが、今はそのことを指摘する者は誰もいない。

 薫は散乱しているアイテムの中から『聖樹の杖』だけを持つと、残りのアイテムは消えるように念じる。
 すると散乱していたアイテムが一瞬で消滅する。

「……認める、しかないか」

 どこか諦めたように呟いた薫は大きな溜め息を吐く。
 最初のように混乱から取り乱しかけたりすることはなかったが、それでも大声で叫んで自身の現状を嘆きたい気持ちはある。
 だけどそれをしないのは、やったところで事態が変わることがないということを理解したからにならない。

「『下位回復ヒール』」

 手に持つ『聖樹の杖』を僅かに掲げ、先程叩きつけて血が出た手に向けて『L・F』の回復魔法を唱えてみる。
 一瞬、薫の身体が淡い光に包まれたかと思うと、手の傷は跡もなく消えて無くなっていた。

「ははっ。やっぱり普通に魔法が使える」

 理屈は分からない。魔法の理論だとか法則なんかがあるのかもしれないが、それらを全く理解することなく、まるで呼吸をするかのように当然に魔法を使うことが出来る自分に、薫はもう乾いた笑いを浮かべることしか出来なかった。
 
 だが、魔法が使えることが分かったことで、薫の中に僅かではあるが余裕が生まれたのも事実だった。



 ーーキャアァァァァッ⁉︎

「なにっ⁉︎」

 突如村の方から聞こえてきた悲鳴に、薫はバッと立ち上がる。
 今度は意識して村の方へ聞き耳を立てていると、またしても女性の悲鳴が響く。今度はそれに加え、男性の声も聞こえてくる。

 生き残りがいた? まさかまた襲撃を受けているのか?

 ゲームでは主人公が村に戻ってきてから物語が始まるので、その頃には村に生き残りはいない。しかし薫がいるこの世界はゲームではなく、紛れもない現実。
 村に襲撃を逃れた生き残りがいる可能性もゼロではない。

「くそっ⁉︎」

 駆け出す薫。
 狐面に隠されていたが、その表情には先ほど村で見せたような怯えはなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生後はゆっくりと

衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。 日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。 そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。 でも、リリは悲観しない。 前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。 目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。 全25話(予定)

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

異世界カントリーライフ ~妖精たちと季節を楽しむ日々~

楠富 つかさ
ファンタジー
 都会で忙しさに追われる日々を送っていた主人公は、ふと目を覚ますと異世界の田舎にいた。小さな家と畑、そして妖精たちに囲まれ、四季折々の自然に癒されるスローライフが始まる。時間に縛られず、野菜を育てたり、見知らぬスパイスで料理に挑戦したりと、心温まる日々を満喫する主人公。現代では得られなかった安らぎを感じながら、妖精たちと共に暮らす異世界で、新しい自分を見つける物語。

処理中です...