桜は雪と舞い踊る

しそ

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告白、その前に

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 告白の一週間前、外も暗くなった午後6時。
 
 冬弥は課題もそこそこに、真新しいノートを広げ、春真へ告白をするために、思いつく限りの方法を書き出していた。その中にはナツミに相談して教えてもらったものもある。春真が誰のものでもないのなら、取られる前になんとかして自分のものにしたい。

 冬弥はただひたすらにペンを走らせた。ざりざりとシャーペンの芯が削れ、黒くなっていくノートが冬弥の手の側面を汚した。
 
 ノートにはありとあらゆる方法が書かれている。中には人には言えないものも。しかし、あまりに人の道から外れた案にはバツ印がつけられていた。
 ちくたくと秒針が時を刻む。
 つけっぱなしのテレビから有名な俳優らしい男の声が聞こえる。突然、はた、と筆が止まった。これ以上は思いつかない。冬弥は悔しさのあまりペンを握りしめた。
 
 その時だった。
 
 聞き覚えのある単語が耳に届く。冬弥は思わずテレビの画面へと目を向けた。
 画面に映っていたのは旬をときめくイケメン男性アイドルと、1000年に1度の美少女、という触れ込みで瞬く間に人気をかっさらったくりくりとした目の可愛らしい女の子。
 
 青春ものなのだろうか、2人とも学生服と思わしき格好をしていた。
 冬弥はかすかに覚えている芸能人一覧の中から記憶を引っ張り出す。男の方はサクラバ、女の子の方はモトハシ、だったか。
 流行には疎い冬弥でも、さすがにこの2人は見たことがあった。
 
 流れている内容は最近話題だという恋愛ドラマの番組宣伝のようだった。映像を見る限り、どうもバスケ部の男子と、そのマネージャーの恋物語のようだ。そういえばあのきらびやかなクラスメイト達が、今これにハマっているとかなんとか話していた気がする。
 
 画面の中では、女の子が意中の相手へ想いを告げていた。頬を赤く染めた画面の中の彼女は、可愛らしい封筒に包んだ手紙を手に、目の前の彼へと思いの丈をありのままにぶつけている。
 放課後、誰もいない体育館。外はしんしんと雪が降っている。凍てつく寒さの中2人だけが世界に残されていた。
 
 これだ。
 
 冬弥は生唾を飲み込み1人頷いた。
そうだ、春真と恋人になってしまえばよかったのだ。そうすれば彼のそばに自分が傍にいてもなにも不思議ではないというのに。どうしてこんな簡単なことが思いつかなかったのだろう。
 
 10年前ならともかく、今は恋愛に男も女もない時代だ。幸いなことに、いま春真に好きな人はいない。
 冬弥はやおら立ち上がると机の引き出しを掻き回した。薄灰色の便箋をようやく見つけ、ボールペンを手に椅子へと座り直す。
 
 手紙を書くなど始めてのことだったため、10枚は無駄にした。何度も何度も書き直し、たっぷり4時間はかけて。ようやく1枚の手紙が完成したのだった。
 
 冬弥は満足げに頷くと、書き上げた手紙をジップ付きの袋に包んでクリアファイルに挟むと鞄の奥底へとしまいこんだ。カレンダーを眺めると、冬弥はここにしよう、と独り言を呟き1週間後の日付に丸をつけた。
 
 ――それから1週間、告白の日へと至る。

 
「あの時書いたの、確か全部で30枚だっけ。我ながら執着しすぎだろ……きもちわる……」
 
 冬弥の乾いた笑い声が雪空へと消えた。自嘲気味に笑ったその顔は、自らへの呆れと同時に優越に浸り恍惚としていた。
 音もくぐもる凍てつく世界の中で、冬弥の心はほっかりと暖かった。
なぜなら告白の返事を一晩置かれたとて、春真が自分からの申し出を断るはずがないだろうという思いがあったからだ。いわば、多少は自信があったのだ。
 
 春真は恋愛感情こそないものの、自分の手が冷たいと包んで温めたりと、同性同士にしてはスキンシップをよくとっていた。少し驚いただけだと言っていたし、多少は悩むかもしれないが結局は了承してくれるのではないか。
 
断られる可能性についてはひとまず考えない事にした。思い浮かべるだけで心が砕け散りそうだったからだ。
 もしそんなことになってしまったとしたら、もう二度と春真の顔を見られる気がしない。だからきっと上手くいくのだと、根拠もない自信を持ってみることにしたのだ。
 
 春真と恋人になったら何をしようか、まずは近くのカフェに行って2人でパンケーキを食べたい。それから、水族館に行きたいし、映画も見たい。
そうだ、のんびりお家デート、というやつもいいかもしれない。
 
 そんな考えばかりが冬弥の頭を埋めつくしていく。降り積もったばかりの雪を踏む足取りが軽い。
 ふと、コンビニが目に入った。春真のすきなガムの新しい味が発売されているようだ。

 昔、お小遣いが少なかった時には1個だけ買って2人で分け合ったもののが懐かしい。春真は甘いガムが好きで冬弥はミント味が好きだった。好みの違う2人で、今日はどっちを買うのかで軽く喧嘩になるのはたまの恒例行事だった。
 
 明日、これを2人で食べながら水入らずの会話をしよう。冬のからっ風に亜麻色の髪を揺らす春真の姿を思い浮かべて、冬弥は口の端を緩めるのだった。
 
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