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第十一章「星砂の子守り唄」
旧市街地の住人
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とん、とんっと軽い音をさせ建物の屋根を飛んでいくザク。衝撃が来ないよう丁寧に飛んでくれているようで俺へのダメージはほとんどなかった。いっそこのまま寝れそうなぐらいだった。
「けけ。なんかこうやって飛ぶのも慣れてきたなあ~」
ザクも同じことを考えてたらしい。そこであることに気づいた。ザクの髪を引っ張る。
「いてててっなんだよ!」
「しっ」
「?」
下を指差す。ザクは音もなく着地して屋根の陰に隠れた。そっと下をのぞく。
「こちらA5異常なし」
『B6異常なし、C2に移動せよ』
白服二人が無線で連絡をしている。気配を消して聞き耳を立てた。無線報告を終えた片方がおもむろにタバコを取り出し一服する。
「はあ~それにしても本当にあるのかねえ悪魔の封印紋なんて」
「私語は慎め、任務中だぞ」
「少しぐらいいいだろう、うるさい上司もいないし」
「はあ…まったく」
それからは本当にどうでもいい話が続いた。巨乳がいいか、美乳がいいかとかそういうしょうもない会話。隣でザクがぼそっと「巨乳だな~」と呟いたので足を思いっきり踏んでやった。
「いって!(小声)」
「お前もエロ会話に参加してこれば」
「しねえし!ルト拗ねるなって~」
「拗ねてない。考えてるんだよ」
今の会話で「悪魔の封印紋」という言葉があった。これはどういう意味だろう。俺はさっぱりわからなかったがザクはビクリと体を反応させていた。どうやら心当たりがあるようだ。
(ここで話してて見つかるのもな…帰ってからでいいか)
「そろそろ行こう。ザク...あれ?」
立ち上がろうとした時だった。黄緑色の頭が、白服たちのいる路地の先にちらりと見えたのだ。一瞬のことだったがあれは確かにザントの姿だった。
「ザク!あっち!」
「わーってる!」
俺を抱き、そのまま屋根を走る。なるべく音を立てぬよう気をつけながらザントを追いかけた。
「ん!あれ!ザク止まって!」
路地を指さす。その先の袋小路になった所で右往左往してるザントの姿が見えた。俺達は音もなく着地してザントに近づく。
「…ザント」
『うわああ!んぶっ!』
「しー!大きい声を出すな、白服にバレるだろ!」
『...!』
こくこくと頷くザント。その体を見て気づいた。
「怪我、してるのか」
『さっき人間に、なにか打たれて』
「やっぱお前だったか...」
『ごめんなさい』
しょんぼりするザント。それを俺は呆れたように眺めたあと頭に手を伸ばした。よしよしと撫でる。
「謝る事じゃないだろ。痛くないのか?」
『かすっただけなんで大丈夫っす』
「そっか。ザントが生きてくれててよかったよ」
『ルトさん~~ー!』
「おいショボ妖精!ルトにくっつくんじゃねえ!」
「馬鹿ザク!しー!うるさい!」
「おい!こっちから声がしたぞ!」
ザクの声でがっつりバレたようだ。睨みつけるとザクは気まずそうな顔をした後ザントを指さした。こいつのせいだと言わんばかりに。
『る、ルトさん!逃げてくださいっす!』
ザントが慌てて俺の背を押してくる。
「馬鹿!一緒に逃げるんだよ!白服は容赦ないんだ。見つかったらどうなるか!」
『ここで誰もいなくなったら捜索の手が広まって逃げにくくなるっす。おれが残って陽動に…』
「陽動になった後逃げる手段はあるのか?」
『うう…でも、だめっすよ...こんな誰にも思い出してもらえない、価値のない妖精の為に二人を危険に晒すなんて』
「ザント…」
一人で歩いて頭を冷やしたらしい。慰めようにもすでに白服たちの騒がしい声は近くまで来ていた。
(ここは袋小路だから上に飛ぶしかない。ザクに抱えてもらって飛べば何とかなるか…??)
いくらマックの知り合いとは言え、警戒区域に立ち入った者を返してくれるとは思わない。何かペナルティ、いや最悪秘密裏に消されるかもしれない。かつての冷徹な白服たちを思い出し身震いする。
(くそっ、抜け道はないのか…)
辺りを見る。散らばるゴミ袋に、立て付けの悪そうな家屋。ボロボロの壁。
「おい、こっちだ!」
「捕らえろ!」
白服の姿が見えた。先程しょうもない話をしていた二人だ。ザクが戦闘に備えて腕まくりをした。
「仕方ねえ俺様が...」
スッ
「...お嬢さんお嬢さん」
突然のしわがれ声に固まった。すぐ近くから聞こえた事に驚く。
「今の声…どこから…?!」
「こっちじゃ」
ボロボロの壁が外れてホームレスっぽい外見の男が出てくる。手招きしてきた。
「袋小路だ、もう逃げれないぞ!捕まえろ!」
「...あれ?!」
「え、?」
間抜けな声が壁の向こうから聞こえる。それもそうだろう。追い詰めたと思ったら誰もいないのだ。いや、正確には。
「おお、これはこれは小綺麗な方がいらっしゃったのう」
路地にはホームレスの男が一人、ゴミ袋を漁っているのみだった。白服にいま気づいたというように振り返る。戸惑う白服たち。
「お、おいお前!ここにいた男たちを見なかったか?!」
「へえ、男ですか?そうですねえ…今日は新街地の方々の捨てたポルノ本以外は特に収穫なしですわ、へへへ」
下品な笑いを浮かべ白服に答える。白服はそれを蔑むように見下ろしため息をついた。
「くそ、聞き間違えたのか?」
「ただの独り事かよ…紛らわしいやつらめ」
「酷いですなあ。あなたたちが我々をここに押し込んだんでしょうに」
「うるさい黙れ」
「殺されたくないのなら今日我々を見たことは話さぬことだ」
そう言って去っていく白服。ほっと胸をなでおろした。しばらくしてから男が壁を取り外しこちら側に歩いてきた。カモフラージュされていて咄嗟には見えなかったが、袋小路には道がまだあった。そして驚くことにその先にはホームレスたちの居住地が広がっていたのだ。そこで俺達は匿ってもらったのだ。
「先程は助かりました、えっと…」
「ラウズでいいよ、お嬢さん」
「...俺男ですが」
そう言うとラウズは笑っていた。気さくに笑う姿は先程と印象が違ってどこか品がある。
「わかってるさ、ただどんなポルノ本の女よりも美しくてついね」
「……」
しゃべると下品だけど。ザクが俺の前に出てきてラウズを睨みつけた。お手上げ、というように手を上げる。
「待て待て、手を出すつもりはないよ。残念ながらわしは女しか抱くつもりはない」
「っけ、良い事教えてやるぜ。そういう奴ほどハマると抜け出せねえんだぜ(実体験)」
「ハハハ!気を付けるとしよう。さて置きだ、奴らはまだ去る気配がない。しばらくはお二人さんもここにいた方がいいだろう」
「すみません助かります」
「いやなに、お互い様さ。実はわしもお二人さんに聞きたいことがあってな」
「聞きたいこと?」
「いや、なに。急ぎじゃないんだがな」
なんだろう。彼が知りたい事に心当たりはないが。
「ん?そういやショボ妖精はどこいった」
ザクが辺りを見る。なんだかんだで心配なんじゃん。笑ってると鼻をつままれた。
「あ、いた」
俺の視線の先に、ボロ布をまとった子供と楽しげに話すザントがいた。子供には見えているようで一緒に遊んでいる。
「けっ。妖精ってのは気楽でいいねえ~」
「悪魔も大して変わらないだろ」
「一緒にすんな!てかもう悪魔じゃねえし~」
「はいはい」
『あ!ルトさん!こっちにきて一緒にオママゴトするっす!』
「は?」
ぐいぐいと引っ張られそのまま子供とザントの間に座らされる。子供が俺をじっと見つめてきた。
「パパ、この人は誰?」
『この人がおれの奥さんだよ!』
「奥さん...ママなの?」
『そうそう』
「おい、誰がお前の奥さんだって」
怒りそうになったが子供が目を輝かせて見ていることに気づき口を閉じた。
「...はあ、そうだよ」
ため息をつき、子供の頭をぽんぽんと撫でる。旧市街地のこんな奥まった区域にいるってことはこの子も身寄りがないんだろう。そう思うと強く当たることなんてできるわけがなかった。
「わーい大好き!ママ!」
『おれも大好きっす~!』
「はいはいありがと」
「ごらああ~~~~!!!」
ザントが俺にハグしようとしたところでザクが割り込んでくる。俺とザントを引き剥がすように間に入った。
「誰が誰の奥さんだと?!ルトは俺様のだ!調子乗るなよ!ショボ妖精ごときが!!
『出たな!口の悪い愛人!』
「愛人だあぁ?!」
ザクが愛人。まさかのフレーズ過ぎて吹き出してしまった。
(妖精のくせに愛人とかそういう俗世の言葉知ってるんだな…)
「けけ!いいぜ、ルトがどっちを愛してるか選んでもらおうじゃねえか!ルトは俺様を選ぶはずだぜ!なあ、ルト?」
「えっ・・・」
「ええっ?!(´・д・`)なんで困り顔!?」
『はっはっはー!おれの勝ちっす!』
「わーパパすごーい!」
おままごとに何はしゃいでるんだか。盛り上がる三人を見ながら笑ってしまう。そのドタバタの光景は見ていて嫌な気分はしなかった。
『さあ、たくさん遊んだしもう寝る時間っすよ、ミミちゃん』
「えーもっとあそびたい!」
『だめっす、一回遊んだら眠る約束っすよ』
「むー」
ミミと呼ばれた子供は頷いた。そこで急に俺の手を握ってくる。
「ママとパパと一緒におねんねしたい」
「えっ」
『いいっすよ』
断りかけたがお人形みたいなキラキラの瞳を向けられて言葉を飲み込んでしまった。横からザクがジト目で見てくる。
「おいショボ妖精...ルトに手出しやがったら」
『妖精は悪魔と違ってそんな邪なこと考えないっすよ。やるなら正々堂々っすから』
「っけ。見てっからな」
子供が目をゴシゴシとこすっている。そろそろ限界のようだ。
(今何時なんだろう、一時過ぎぐらいか?)
どちらにしても夜中なのは確かだ。
「ほら、床で寝るなよ。ベッドに行くぞ」
「べっどってなあに?」
「あっ...」
そうか。この子ベッドを知らないのか。
「ごめん、なんでもない。いつもはどこで寝てるんだ?」
「こっちー」
日陰になった場所に布と紙がしかれていた。そこの上に座りえっへんと笑う少女。
「ここ!」
「いいとこだな」
「うん!お気に入りなの!」
子供がウキウキとしながら寝転がる。子供をはさんで俺とザントが並んだ。
「ねえママ」
「?」
「こもりうた、うたって」
「!」
『!』
俺とザントが顔を見合わせる。子供はニコニコ笑って俺の腕にくっついてきた。
(こ、子守唄って)
「あのね、わたし。ここに来たばかりは眠れなかったの、こわくてさみしくて」
「...」
「でも、白ひげのお爺ちゃんが歌ってくれたの。夜ふかしをするわるいこは~♪って」
『その歌って...!!』
ザントが飛び起きる。驚いた様子で子供を見つめていた。今口ずさんだ歌は朝にザントが歌ったものと同じに聞こえた。
(偶然か…?いや、そんなわけないよな)
ザントは信じられないという顔で子供を見つめている。
「...今の子守唄を俺が歌えばいいのか?」
「うん。ママ、知ってる?」
「多分わかると思うけど…ザントも一緒にいいか?」
『も、もちろんっす!』
子供を撫でながら一緒に歌った。何かが空から降ってくる。
「わあ…!」
星の形をした砂がキラキラと光って俺たちを包む。それらは夜空の星と相まって柔らかく俺たちの体を照らした。これが妖精…ザントマンの力。
(キレイだな...)
こんな神秘的な子守唄があったんだと感動した。横で寝転がっている子供も夢みたーいと喜んでいる。それから少しすると遊び疲れたのかすやすやと寝息を立て始めた。
『眠ったっすね』
ザントが歌をやめ上半身を起こす。
「すごいな。歌ってる本人は眠くならないんだな」
ゴロツキに絡まれたとき、俺にも砂がかかったのに眠くならなかったのを不思議に思っていた。もしもそうなら納得がいく。
『正解っす。元々はおれたち妖精にしかできなかった魔法を、人間にも使えるように変換したのが子守唄なんす。これでも昔は子供を寝かすための呪文として親御さんに親しまれてたんすよ』
誇らしげに言う。それからすぐに表情を曇らせた。何かの葛藤をするかのような表情だった。
『本当はおれ諦めてたんす』
「...」
『人間たちはもうザントマンの事なんか忘れてるって、じいじは口癖のように言ってたんす。本当は誰よりも人間のことが好きなのに、隠すように人間なんか嫌いだって言うんす。それが悔しくておれは妖精の国を飛び出して...そしてここに来たんす』
「そうだったんだ」
『この街に来てすぐ絶望したっす。みんな忘れてしまってるんだと思い知った。でも諦められなくて突っ走って、無茶して…たくさんの人に迷惑をかけて』
でも、と小さく呟いた。
『忘れられてはなかった』
そう言って泣き始める。子供を起こさないよう静かに涙を流していた。
『もう十分っす。おれらの子守唄が人間の世界に残ってるってわかっただけで十分救われました。おれ、国に戻るっす』
「そうか…」
ザントの事を思えばここに残るよりよっぽどいいだろう。白服や悪魔や悪い人間。こっちには危険が多すぎる。妖精は妖精の住む世界に帰った方がきっと幸せだ。
(ん、そういえば...)
「さっき子供が言ってたよな。白ひげのお爺さんが子守唄を知ってるって。どうせだし帰る前に会いに行ってみれば?」
『え』
「だってこの子守り唄を知っていた本人なんだろ。何かもっと知ってるかもしれないだろ」
『で、でも…おれに会う資格なんて、あるんすかね…』
「資格とかないだろ。そもそもザントマンはお前だけなんだから。お前が適任だろ」
行くぞ、と手を伸ばす。もじもじするザント。行かないなら別にいいけど、と手を下ろそうとした時だった。
「きゃーーーー!!!!」
突如、切り裂くような悲鳴が辺りを響かせた。
「けけ。なんかこうやって飛ぶのも慣れてきたなあ~」
ザクも同じことを考えてたらしい。そこであることに気づいた。ザクの髪を引っ張る。
「いてててっなんだよ!」
「しっ」
「?」
下を指差す。ザクは音もなく着地して屋根の陰に隠れた。そっと下をのぞく。
「こちらA5異常なし」
『B6異常なし、C2に移動せよ』
白服二人が無線で連絡をしている。気配を消して聞き耳を立てた。無線報告を終えた片方がおもむろにタバコを取り出し一服する。
「はあ~それにしても本当にあるのかねえ悪魔の封印紋なんて」
「私語は慎め、任務中だぞ」
「少しぐらいいいだろう、うるさい上司もいないし」
「はあ…まったく」
それからは本当にどうでもいい話が続いた。巨乳がいいか、美乳がいいかとかそういうしょうもない会話。隣でザクがぼそっと「巨乳だな~」と呟いたので足を思いっきり踏んでやった。
「いって!(小声)」
「お前もエロ会話に参加してこれば」
「しねえし!ルト拗ねるなって~」
「拗ねてない。考えてるんだよ」
今の会話で「悪魔の封印紋」という言葉があった。これはどういう意味だろう。俺はさっぱりわからなかったがザクはビクリと体を反応させていた。どうやら心当たりがあるようだ。
(ここで話してて見つかるのもな…帰ってからでいいか)
「そろそろ行こう。ザク...あれ?」
立ち上がろうとした時だった。黄緑色の頭が、白服たちのいる路地の先にちらりと見えたのだ。一瞬のことだったがあれは確かにザントの姿だった。
「ザク!あっち!」
「わーってる!」
俺を抱き、そのまま屋根を走る。なるべく音を立てぬよう気をつけながらザントを追いかけた。
「ん!あれ!ザク止まって!」
路地を指さす。その先の袋小路になった所で右往左往してるザントの姿が見えた。俺達は音もなく着地してザントに近づく。
「…ザント」
『うわああ!んぶっ!』
「しー!大きい声を出すな、白服にバレるだろ!」
『...!』
こくこくと頷くザント。その体を見て気づいた。
「怪我、してるのか」
『さっき人間に、なにか打たれて』
「やっぱお前だったか...」
『ごめんなさい』
しょんぼりするザント。それを俺は呆れたように眺めたあと頭に手を伸ばした。よしよしと撫でる。
「謝る事じゃないだろ。痛くないのか?」
『かすっただけなんで大丈夫っす』
「そっか。ザントが生きてくれててよかったよ」
『ルトさん~~ー!』
「おいショボ妖精!ルトにくっつくんじゃねえ!」
「馬鹿ザク!しー!うるさい!」
「おい!こっちから声がしたぞ!」
ザクの声でがっつりバレたようだ。睨みつけるとザクは気まずそうな顔をした後ザントを指さした。こいつのせいだと言わんばかりに。
『る、ルトさん!逃げてくださいっす!』
ザントが慌てて俺の背を押してくる。
「馬鹿!一緒に逃げるんだよ!白服は容赦ないんだ。見つかったらどうなるか!」
『ここで誰もいなくなったら捜索の手が広まって逃げにくくなるっす。おれが残って陽動に…』
「陽動になった後逃げる手段はあるのか?」
『うう…でも、だめっすよ...こんな誰にも思い出してもらえない、価値のない妖精の為に二人を危険に晒すなんて』
「ザント…」
一人で歩いて頭を冷やしたらしい。慰めようにもすでに白服たちの騒がしい声は近くまで来ていた。
(ここは袋小路だから上に飛ぶしかない。ザクに抱えてもらって飛べば何とかなるか…??)
いくらマックの知り合いとは言え、警戒区域に立ち入った者を返してくれるとは思わない。何かペナルティ、いや最悪秘密裏に消されるかもしれない。かつての冷徹な白服たちを思い出し身震いする。
(くそっ、抜け道はないのか…)
辺りを見る。散らばるゴミ袋に、立て付けの悪そうな家屋。ボロボロの壁。
「おい、こっちだ!」
「捕らえろ!」
白服の姿が見えた。先程しょうもない話をしていた二人だ。ザクが戦闘に備えて腕まくりをした。
「仕方ねえ俺様が...」
スッ
「...お嬢さんお嬢さん」
突然のしわがれ声に固まった。すぐ近くから聞こえた事に驚く。
「今の声…どこから…?!」
「こっちじゃ」
ボロボロの壁が外れてホームレスっぽい外見の男が出てくる。手招きしてきた。
「袋小路だ、もう逃げれないぞ!捕まえろ!」
「...あれ?!」
「え、?」
間抜けな声が壁の向こうから聞こえる。それもそうだろう。追い詰めたと思ったら誰もいないのだ。いや、正確には。
「おお、これはこれは小綺麗な方がいらっしゃったのう」
路地にはホームレスの男が一人、ゴミ袋を漁っているのみだった。白服にいま気づいたというように振り返る。戸惑う白服たち。
「お、おいお前!ここにいた男たちを見なかったか?!」
「へえ、男ですか?そうですねえ…今日は新街地の方々の捨てたポルノ本以外は特に収穫なしですわ、へへへ」
下品な笑いを浮かべ白服に答える。白服はそれを蔑むように見下ろしため息をついた。
「くそ、聞き間違えたのか?」
「ただの独り事かよ…紛らわしいやつらめ」
「酷いですなあ。あなたたちが我々をここに押し込んだんでしょうに」
「うるさい黙れ」
「殺されたくないのなら今日我々を見たことは話さぬことだ」
そう言って去っていく白服。ほっと胸をなでおろした。しばらくしてから男が壁を取り外しこちら側に歩いてきた。カモフラージュされていて咄嗟には見えなかったが、袋小路には道がまだあった。そして驚くことにその先にはホームレスたちの居住地が広がっていたのだ。そこで俺達は匿ってもらったのだ。
「先程は助かりました、えっと…」
「ラウズでいいよ、お嬢さん」
「...俺男ですが」
そう言うとラウズは笑っていた。気さくに笑う姿は先程と印象が違ってどこか品がある。
「わかってるさ、ただどんなポルノ本の女よりも美しくてついね」
「……」
しゃべると下品だけど。ザクが俺の前に出てきてラウズを睨みつけた。お手上げ、というように手を上げる。
「待て待て、手を出すつもりはないよ。残念ながらわしは女しか抱くつもりはない」
「っけ、良い事教えてやるぜ。そういう奴ほどハマると抜け出せねえんだぜ(実体験)」
「ハハハ!気を付けるとしよう。さて置きだ、奴らはまだ去る気配がない。しばらくはお二人さんもここにいた方がいいだろう」
「すみません助かります」
「いやなに、お互い様さ。実はわしもお二人さんに聞きたいことがあってな」
「聞きたいこと?」
「いや、なに。急ぎじゃないんだがな」
なんだろう。彼が知りたい事に心当たりはないが。
「ん?そういやショボ妖精はどこいった」
ザクが辺りを見る。なんだかんだで心配なんじゃん。笑ってると鼻をつままれた。
「あ、いた」
俺の視線の先に、ボロ布をまとった子供と楽しげに話すザントがいた。子供には見えているようで一緒に遊んでいる。
「けっ。妖精ってのは気楽でいいねえ~」
「悪魔も大して変わらないだろ」
「一緒にすんな!てかもう悪魔じゃねえし~」
「はいはい」
『あ!ルトさん!こっちにきて一緒にオママゴトするっす!』
「は?」
ぐいぐいと引っ張られそのまま子供とザントの間に座らされる。子供が俺をじっと見つめてきた。
「パパ、この人は誰?」
『この人がおれの奥さんだよ!』
「奥さん...ママなの?」
『そうそう』
「おい、誰がお前の奥さんだって」
怒りそうになったが子供が目を輝かせて見ていることに気づき口を閉じた。
「...はあ、そうだよ」
ため息をつき、子供の頭をぽんぽんと撫でる。旧市街地のこんな奥まった区域にいるってことはこの子も身寄りがないんだろう。そう思うと強く当たることなんてできるわけがなかった。
「わーい大好き!ママ!」
『おれも大好きっす~!』
「はいはいありがと」
「ごらああ~~~~!!!」
ザントが俺にハグしようとしたところでザクが割り込んでくる。俺とザントを引き剥がすように間に入った。
「誰が誰の奥さんだと?!ルトは俺様のだ!調子乗るなよ!ショボ妖精ごときが!!
『出たな!口の悪い愛人!』
「愛人だあぁ?!」
ザクが愛人。まさかのフレーズ過ぎて吹き出してしまった。
(妖精のくせに愛人とかそういう俗世の言葉知ってるんだな…)
「けけ!いいぜ、ルトがどっちを愛してるか選んでもらおうじゃねえか!ルトは俺様を選ぶはずだぜ!なあ、ルト?」
「えっ・・・」
「ええっ?!(´・д・`)なんで困り顔!?」
『はっはっはー!おれの勝ちっす!』
「わーパパすごーい!」
おままごとに何はしゃいでるんだか。盛り上がる三人を見ながら笑ってしまう。そのドタバタの光景は見ていて嫌な気分はしなかった。
『さあ、たくさん遊んだしもう寝る時間っすよ、ミミちゃん』
「えーもっとあそびたい!」
『だめっす、一回遊んだら眠る約束っすよ』
「むー」
ミミと呼ばれた子供は頷いた。そこで急に俺の手を握ってくる。
「ママとパパと一緒におねんねしたい」
「えっ」
『いいっすよ』
断りかけたがお人形みたいなキラキラの瞳を向けられて言葉を飲み込んでしまった。横からザクがジト目で見てくる。
「おいショボ妖精...ルトに手出しやがったら」
『妖精は悪魔と違ってそんな邪なこと考えないっすよ。やるなら正々堂々っすから』
「っけ。見てっからな」
子供が目をゴシゴシとこすっている。そろそろ限界のようだ。
(今何時なんだろう、一時過ぎぐらいか?)
どちらにしても夜中なのは確かだ。
「ほら、床で寝るなよ。ベッドに行くぞ」
「べっどってなあに?」
「あっ...」
そうか。この子ベッドを知らないのか。
「ごめん、なんでもない。いつもはどこで寝てるんだ?」
「こっちー」
日陰になった場所に布と紙がしかれていた。そこの上に座りえっへんと笑う少女。
「ここ!」
「いいとこだな」
「うん!お気に入りなの!」
子供がウキウキとしながら寝転がる。子供をはさんで俺とザントが並んだ。
「ねえママ」
「?」
「こもりうた、うたって」
「!」
『!』
俺とザントが顔を見合わせる。子供はニコニコ笑って俺の腕にくっついてきた。
(こ、子守唄って)
「あのね、わたし。ここに来たばかりは眠れなかったの、こわくてさみしくて」
「...」
「でも、白ひげのお爺ちゃんが歌ってくれたの。夜ふかしをするわるいこは~♪って」
『その歌って...!!』
ザントが飛び起きる。驚いた様子で子供を見つめていた。今口ずさんだ歌は朝にザントが歌ったものと同じに聞こえた。
(偶然か…?いや、そんなわけないよな)
ザントは信じられないという顔で子供を見つめている。
「...今の子守唄を俺が歌えばいいのか?」
「うん。ママ、知ってる?」
「多分わかると思うけど…ザントも一緒にいいか?」
『も、もちろんっす!』
子供を撫でながら一緒に歌った。何かが空から降ってくる。
「わあ…!」
星の形をした砂がキラキラと光って俺たちを包む。それらは夜空の星と相まって柔らかく俺たちの体を照らした。これが妖精…ザントマンの力。
(キレイだな...)
こんな神秘的な子守唄があったんだと感動した。横で寝転がっている子供も夢みたーいと喜んでいる。それから少しすると遊び疲れたのかすやすやと寝息を立て始めた。
『眠ったっすね』
ザントが歌をやめ上半身を起こす。
「すごいな。歌ってる本人は眠くならないんだな」
ゴロツキに絡まれたとき、俺にも砂がかかったのに眠くならなかったのを不思議に思っていた。もしもそうなら納得がいく。
『正解っす。元々はおれたち妖精にしかできなかった魔法を、人間にも使えるように変換したのが子守唄なんす。これでも昔は子供を寝かすための呪文として親御さんに親しまれてたんすよ』
誇らしげに言う。それからすぐに表情を曇らせた。何かの葛藤をするかのような表情だった。
『本当はおれ諦めてたんす』
「...」
『人間たちはもうザントマンの事なんか忘れてるって、じいじは口癖のように言ってたんす。本当は誰よりも人間のことが好きなのに、隠すように人間なんか嫌いだって言うんす。それが悔しくておれは妖精の国を飛び出して...そしてここに来たんす』
「そうだったんだ」
『この街に来てすぐ絶望したっす。みんな忘れてしまってるんだと思い知った。でも諦められなくて突っ走って、無茶して…たくさんの人に迷惑をかけて』
でも、と小さく呟いた。
『忘れられてはなかった』
そう言って泣き始める。子供を起こさないよう静かに涙を流していた。
『もう十分っす。おれらの子守唄が人間の世界に残ってるってわかっただけで十分救われました。おれ、国に戻るっす』
「そうか…」
ザントの事を思えばここに残るよりよっぽどいいだろう。白服や悪魔や悪い人間。こっちには危険が多すぎる。妖精は妖精の住む世界に帰った方がきっと幸せだ。
(ん、そういえば...)
「さっき子供が言ってたよな。白ひげのお爺さんが子守唄を知ってるって。どうせだし帰る前に会いに行ってみれば?」
『え』
「だってこの子守り唄を知っていた本人なんだろ。何かもっと知ってるかもしれないだろ」
『で、でも…おれに会う資格なんて、あるんすかね…』
「資格とかないだろ。そもそもザントマンはお前だけなんだから。お前が適任だろ」
行くぞ、と手を伸ばす。もじもじするザント。行かないなら別にいいけど、と手を下ろそうとした時だった。
「きゃーーーー!!!!」
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彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
【完結】ホットココアと笑顔と……異世界転移?
甘塩ます☆
BL
裏社会で生きている本条翠の安らげる場所は路地裏の喫茶店、そこのホットココアと店主の笑顔だった。
だが店主には裏の顔が有り、実は異世界の元魔王だった。
魔王を追いかけて来た勇者に巻き込まれる形で異世界へと飛ばされてしまった翠は魔王と一緒に暮らすことになる。
みたいな話し。
孤独な魔王×孤独な人間
サブCPに人間の王×吸血鬼の従者
11/18.完結しました。
今後、番外編等考えてみようと思います。
こんな話が読みたい等有りましたら参考までに教えて頂けると嬉しいです(*´ω`*)
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
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