牧師に飼われた悪魔様

リナ

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第十六章「カラドリオス街長選挙」

それぞれの門出

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「掴まってろ」

 そういって俺を姫抱っこしたと思えば、カーテンの中から出て行く。

「え、ちょ、ざ、ザク???」

 俺下脱げたままなんですけど??焦ってザクの腕をゆするが放してくれない。まさか公開プレイとか言い出さないかと気が気じゃなかった。

「ザク!聞いてるのか??おい!ザク!ばかっ捕まるって!」
「帰るぞ」
「えっ」
「ちゃんとルトを気持ちよくさせたいから帰る」
「な……」

 口をパクパクと魚のように開け、言葉を吐き出せずにいると、優しく口付けられた。

「ルトも落ち着いた場所で思いっきり抱かれたいだろ?」
「…っ!!」
「嫌か?」

 鼻先が擦れる距離で囁かれたら…心臓が止まりそうで。呼吸も思考も止まっていたが俺はほとんど無意識に首を振った。
 (嫌なワケない…)
 他の事なんて考えずザクと抱き合いたい。

「で、でもっ…バンに、帰るって伝えて、ない…」
「ここに書き置きしておきゃいいだろ。さ、掴まってろよ」
「ーっうわ!!」

 ベランダの手すりから空に飛び上がる。そのまま落下するかと思ったけど、ザクの背に生えた黒い翼が羽ばたいて俺たちの体はどんどん地上から離れていく。

「わああーっ!!」

 悲鳴をあげていたが、じきに独特の浮遊感にも慣れて、こつんっとザクの肩に顔を埋めた。落とされるなんて事は心配してないが普通に高所への恐怖でしがみついてないと落ち着かない。両腕でザクの首に抱きついた。

「はあ…、もう、ほんと滅茶苦茶だ…っ」
「けけけ、でも楽しいだろ?」
「…ふん」

(ちょっとだけ、な)

 ザクの腕の中で、ぼそりと呟く。小さくなっていく演説会場を眺めながら、俺はその力強い腕に身を任せて空を見上げた。綺麗な夜空には満天の星が広がっていた。

「おっと、これを忘れてたぜ」

 ザクが指をぱちんと鳴らして紙を取り出し、そこに文字を描いていく。そこにはこう書かれていた。


『ルトはいただいたぜ、情報屋』


 こんな攫われ方もたまにはいいかな

 …なんて思ったりした







 ***


 一週間後。

「おい、それは僕のチキンだぞ!」
「あ、すまんすまん、代わりに俺のをやるよ」
「まあいい、それで許してや…ってこれ骨じゃん!!!」
「ははは」

 ララとバンが兄弟のようにじゃれあっているのを微笑ましく思いながら俺は追加の料理を並べた。軽く報告をしておくと、選挙はべラさんの圧勝で終わった。八割以上の票を獲得して、晴れ晴れしく街長の立場に選ばれたのである。さすがというか、なんというか。とりあえず今日はベラさんの街長就任祝いと、今日で街を去ってしまうララのために、教会でパーティを行うことにしたのだ。メンバーはいつもの面子(シータとかエスとかラルクさんとか)に加えて、アイザックさんカップル、そしてバン姉弟、クライドさんもちゃっかりいる。

「これは鶏肉のあぶり焼き、か、美味しいな」
「そうですね、べラ様」
「こんな香辛料初めてだ、どうやって作るのだろう」
「今度シェフに同じものを作らせましょうか」
「そうしよう、バンもこの味付けは気に入ってるようだしな」

 にやりとべラさんが笑う。これでバンを家に連れて行く理由が増えた、と嬉しそうだった。バンがぞくりと身震いして振り返る。
(はは、べラさんもいつも通りだな)
 ふと、賑やかな教会の隅で猫が丸まって寝ていることに気付いた。赤毛の猫に近づいてこっそりと話しかける。

「ザクは食べなくていいのか?」
 =っけ、俺様はいつでも食べられるからな=

 尻尾だけゆらゆらと揺らして目を瞑る。それに笑みを浮かべた後、猫ザクの頭をよしよしと撫でて、その前に鶏肉の焼いたものをのせた皿を置いた。猫ザクはちらりと肉を見た後、ぱくぱくっとあっという間に飲み込んでしまう。

「…ちゃんと噛まないと体に悪いぞ」
 =悪魔は丈夫だから問題ねえ=

 けぷっと満足げに息を吐いて、再び丸まる猫ザク。

「あ!猫!」

 ララが俺たちに気付いて駆け寄ってくる。猫ザクの姿をみてキラキラと瞳を輝かせていた。

「なあ、ルト…その子、だ、抱っこしてもいい、かな??」
「んーどうだろう」

 猫ザクを見る。前回ララに抱かれたとき、ザクは体調を崩してしまった。浄化の力のある歌を聞いたせいもあるだろうが、ララの肉体にもその力が宿ってる可能性がある。そもそもザク自身がララのことをどう思ってるかわからない。

(毛嫌いしてないといいけど…)

 これでララとしばらくはお別れなのだ。少しぐらいは触らせてやりたいと思った。でもアイツの事だから同情で触らせるなんて事はしないだろう。様子を窺いつつララに耳打ちする。

「に、逃げなかったら、大丈夫だと思うんだけど…」
「そっか…わかった!チャレンジしてみる!ルト、こいつ持ってて」
「え、うわっ、グレムリンか」

 ララを困らせたり助けたりしてくれたあの時のグレムリンを押し付けられる。どうやらずっと一緒にいるらしい。グレムリンはララの残したチキンの骨を熱心にしゃぶっていた。落っこちてしまわないよう両手でグレムリンを支えながら、ララと猫ザクの様子を伺う。

(引っ掻いたりしませんように…)

「こ、怖くないぞー」

 ララがそろりそろりと猫ザクに近づいていく。腕を広げて警戒を解こうと努めている。猫ザクは顔を上げてじーっとララの方を見ていた。その瞳は鋭く細められている。尻尾は警戒するように立ち上がっていた。

(やっぱり、無理か…)

「ね、猫ー…おいでー…おーい…」

 そんな猫ザクを見てもめげずにララは呼び続ける。

 =…=

 猫ザクはちらりと俺を見た後立ち上がった。それから、何を思ったのか、

 すたすた

 ララの腕の中に素直に入っていき、大人しく抱かれにいく。

(おお…!!)

 猫ザクは嫌そうな顔をしつつも暴れる様子はなく、目を瞑り、好きなようにさせていた。ララは目を真ん丸にして驚いている。俺も俺で、目の前の奇跡的な光景に驚き、内心拍手していた。

(す、すごい…)

 感動しつつ、まさか今日猫の姿をしてるのって、ララのためとかだったりして…?と思ったりした。

 (いやそれはないか…)

 …そうだったら、嬉しいけど。


「うわあ…可愛いな、やっぱり!」


 ララが年相応の顔で笑う。応えるように猫ザクも尻尾を振った。俺様が愛らしいのは当たり前だろうと言わんげである。

「お、ルトんとこの猫じゃないか」

 バンも近づいてきた。猫ザクの頭をぽんぽんと撫でて(すごい嫌そうな顔をしてる…)、ついでにララの頭も撫でていく。

「なんで僕までっ」
「いやつい、俺、頭撫でるの好きなんだよ」

(あ、やっぱ好きなんだ)

 よくやるもんな…と一人納得する。

「はあー?!さてはロリコン?!きもっ!」
「違うって。あとちょいちょい口悪いぞ、ララ。表向きの天使みたいな顔はどこいったんだ」
「うるさい!僕はこういう売りなの!」
「弟よ…、彼女の一人も紹介してこないと思えば…そんな道に…」
「ち、違うって!姉さんまで何言ってるんだっ」

 バンが慌てたように姉に弁解する。本気にはしてないのか、笑ってからかうだけのべラさんと焦ったように話すバン。もう二人はすれ違ってる姉弟ではない。本当に仲のいい(逆に良すぎるぐらい?)姉弟になったのだ。二人が打ち解けたようで、嬉しかったし…安心した。

「ルト牧師」
「うわっ」

 クライドさんが音もなく横に立っていた。こんなにうまく気配を消せる人も珍しい。

「クライドさんか…心臓止まるかと思った…」
「すみません、仕事柄ついつい気配を殺してしまうんです」
「悪気はないのはわかるけど…。で、えっと?」
「ルト牧師、あなたに改めて言わせていただきたいのです。今回のことは大変申し訳ありませんでした」
「…!」

 クライドさんは頭を下げて謝罪し、数秒の後びしりと姿勢を正した。その眼差しに迷いはなく澄んだ色をしていた。

「私はもっとべラ様とお話しするべきでした。自分の中でだけで、勝手にベラ様の幸せを思い込み…暴走して、もしもあのまま突き進んでいたら、もっとべラ様を悲しませることになっていました」
「クライドさん…」
「ルト牧師にとってはいい迷惑だと思いますが、あなたでよかったと私は思っています。あなただからお二人をあんな風に笑いあえる関係に救う事ができたのです」
「そんな…俺は何も…、全然無力だし、逆に学ばせてもらった…というか」

 べラさんの事もそうだけど。女性経験がない事を思い悩み、俺は一人で空回っていた。ザクの気持ちも考えられないぐらいテンパってたけど、でもそれって一人で悩んでも解決するものじゃなかったって、後から気付いた。だって行為には相手があるものだし、見栄を張らずに最初にちゃんとザクに打ち明けていれば…もっと簡単に・早く解決していたはずなんだ。

(話したら話したで、すっきりしてしまったというね…)

 俺は一生童貞かもしれないという焦りはあるが、前よりは気が軽い。まあなんとかなるよな、とか、死にはしないし?と思えるようになった。何事にも対話って大事なんだなとバン達を見て学んだのである。

「これからも真っ直ぐ話し合おうって思ったんだ」
「それはとても大事な事ですね」

 クライドさんと頷き、笑い合う。穏やかな空気が俺達の間にも流れるようになって嬉しかった。

「ーっと、やばい」

 思い出したように手を叩く。

「ララ、そろそろ時間じゃない?」
「あ!ほんとだ!えー…もう少し猫ちゃん抱っこしたい…」
「ダメだよ、馬車に乗り遅れたらどうするんだ。それに合唱団の皆が待ってるだろ?」
「うう、わかってるよ…このオカン牧師っ」
「誰がオカンだ」

 頬をつねってやる。

「いひゃいひゃい!」
「ほら、見送りしてやるから」
「うん…」

 しょんぼりとしつつララは猫ザクを床におろし、代わりにグレムリンを肩にのせた。寂しげな顔をしていたが、すぐに切り替えて顔を上げる。流石は表舞台で仕事をしてるだけあってオンオフをつけるのは上手い。子供なのにな…と少し複雑な気持ちもあったがしっかりしてて偉いなと思い直した。

「ルト!また絶対会いにくるから!」
「ああ、待ってるよ」
「すごくイケメンになって帰ってくるから、な!!」
「う、うん…」

 どう答えていいかわからずとりあえず頷いておいた。今のララは天使みたいに可愛いし可憐だからイケメンになった姿がなかなか想像できない。でもきっと次会う時は精神的にも肉体的にも成長してるはずだ。その姿を見れるのは俺としても嬉しい。

「楽しみにしてる」

 俺の言葉にララは満足げに頷いて、荷物を抱える。そのまま、とててっと天使のように軽やかに教会の外へと走っていく。一度振り返って、大きく手を振ってきた。

「ルトー!僕が奪いに来るまで精々あの男とラブラブしてるんだぞー!!」
「っちょ…お、大声で何言って…!!あの馬鹿!」

 顔を赤くして、ララを睨む。でもすぐに笑顔に戻した。別れ際に見た顔がしかめっ面なんて寂しすぎる。もう振り返らないとは思うが笑顔でその小さな背中を見送った。

(元気でな、ちゃんと両親とも話すんだぞ…ララ)

 走り去る背中が見えなくなり胸がぎゅっと苦しくなった。永遠の別れではないとわかっていてもやっぱり寂しい。ちょっと切なくなってると、コツンと後頭部を小突かれた。

「何するんだよっ、あ、」
「ったく…ガキんちょの癖にルトを口説きやがって」
「ザク!」

 人型に戻ったザクが立っていた。ララがいないからもう猫でいる必要がないのだろう。一緒にララの消えた方を見つめていた。後ろから腕を回されて抱かれると寂しくなっていた気持ちが少し安らいだ。

「俺様からルトを奪うだと??んな隙なんてねえよバーカ」
「……、そうか?」

 結構今回がら空きだった気もするけど…と思ってると、むっとした顔のザクにキスされた。

「ルトが知らねえだけでずーーっと見張ってたっつーの」
「ええっ??てか今!どさくさに紛れてキスしたろ!誰かが見てたらどうすんだ!」
「このメンバーならいいんじゃね?」
「よくないっ」

 ほとんどの面子はララを見送り終えて再び教会の中に戻っていたが、チラリとでも振り返る事があれば見られていただろう。ハラハラとしつつ

(はあ…ザクってこういうやつだもんな。)

 あっけらかんとしたザクの言い草に呆れつつ、もうこれも仕方ないような気もしてきて、諦めの境地に至るのだった。

「…あ、いたいた、同居人さん」

 そこでバンが歩み寄ってきた。ザクが面白くないという顔でバンを睨む。
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