牧師に飼われた悪魔様

リナ

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第十八章「奇跡の十字架」

嫌なユメ…?

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 “おね、がい…おれを…ころし、て…”

 “お願い…ザク、俺のことを忘れていても…それぐらいは、できるだろ、ばか悪魔…”




「ーーーーっは!!!!」

 ベッドから飛び起きる。

 びっしょりと汗をかいた体を気持ち悪く感じつつ、それに構わず俺様は周囲を確認した。

「る、ルト…どこだ!?」
「すー…すー…」
「!」

 ベッドですやすやと眠るルトの姿を見つけて、ふうっと息を吐いた。

(んだよ、焦るじゃねえか…)


 夢を見た。

 ルトの首を俺様が絞める夢。


 そんな事するわけないのに、手の中にはその感触が…頸動脈の脈打つ音すらやけに生々しく掌に残っている気がして、体中の毛穴から汗が噴き出してきた。こんなに冷や汗をかいたのは久しぶり、いや、初めてかもしれない。

「ったく…夢でも、勘弁してくれっての」

 はあ、と息を吐いて、大量にかいた汗を拭くため一度ベッドから出ようとしてギョッとする。

 チカッ

 ベッド横の棚に、ルトが無造作に置いたであろう十字架が光っていたのだ。

「ヒイイイイイッお助けエエエエッ」

 俺様は速攻で体の向きを変えてベッドに戻った。十字架への恐怖から思わずルトに抱きついてしまう。

「あ、やべ」

 起こしたか?と焦るが、ルトは俺様に抱きつかれてもむにゃむにゃと言うだけで起きてこなかった。数時間前まで俺様と疲れきるほど体を交わっていたためぐっすりと眠ってくれている。

「………クソ可愛い寝顔だな…」

 襲いたい衝動を堪え、俺様は額に口付けるだけに留めた。



 明日からルトは遠征に行く事になっていた。

 どこかの雪山で雪崩が起きたとか、なんとか。とにかく白服の奴らからの指令らしくルトの立場では逆らえないらしい。その指令を聞いてからというもの、ルトは俺様と抱き合って気絶するまで、死にそうな顔をしてため息ばかり吐いていた。本当に行きたくないのだろう。

(…俺様は無力だな)

 そんな痛々しいルトを、抱いて気を紛らわしてやる事しかできない。そんな自分が歯がゆい。

「っけ…この俺様が、なんてザマだ」

 部屋に置いてあるグラスをとり、中に入っていた水を一気に飲み干す。喉を潤したところで窓際に移動した。まだ薄暗い夜明けの空を見つめながら、ぼーっと黄昏れてみる。



 ルトと出会うまでは、力が全てで、力を持てば…使えば、何もかも手に入った。

 悪魔相手に意思疎通なんて必要ない。

 力で言う事を聞かせればいいのだから。
 至ってシンプル。

 そんな圧倒的な力を持つ自分に満足し、当時は無敵だとさえ思っていた。

 しかし、力では解決しないことがたくさんあることを、俺様はルトと出会ってから知った。まず、何かを愛するということ。自分がどんなに力を持っていようと、愛する者に愛してもらえるわけではない。

 そして、今ひしひしと感じている、他の種族と暮らすということの難しさ。


 ルトは人間で、俺様は悪魔だ。

 別の種族が共に暮らすためには様々な壁がある。いくら俺様が無敵でも、力を持っていようとも…ルトを助けられない時がある。

 例えば今回のような、仕事、という面だ。

 ルトが白服に嫌な仕事を回されたとしても、俺様には何もできない。どんなにそれが嫌なものだとしても、危険だとわかっていても、俺様やリリと共にここで暮らすためにはそれに従うしかないからだ。

(ルトを悪魔としてでなく、人間として助けることができたら…)

 少しはあの、悩ましげに寄せられた眉間の皺をとってあげられるのだろうか。


「っけ…情けねえ」


 自分の無力を呪いながら俺様はもう一度、眠りにつくのだった。






 ***


「やっとついた…!!」

 クアドルカにたどり着き、ルトが嬉しそうに伸びをしてるのを横目に、こっそりと鞄から抜け出した。

(今のうちに外に出て、ルトを驚かしてやろう)

 護衛にずっと見張られて元気がなかったからな。気分転換させてやるんだ。そう思って俺様は猫の姿のまま、もぞもぞと馬車の中から抜け出す。えいやっと着地すると地面が雪のため、ずぼっと足が半分以上埋まってしまった。

 =うぎゃ!ぬ、ぬけねー!=

 わたわたと足を引っ張っていると、誰かの両手がわき腹を掴んできた。そのまま上に持ち上げられる。おかげで足は雪から抜け出ることができた。

 =?!=

 上を見ればさっきまで馬車に一緒に乗っていた護衛が立っていた。どうやらこいつに助けられたようだ。さすが教会の手先。雪に埋もれた猫まで助けてくれるのか。とんだ博愛精神だこと。フシャーっと威嚇してやると、護衛は特に気にした様子もなくまた馬車の方に戻ってしまった。ふと、そこで護衛が何者かと話しているのに気付く。

 =なんだ…?=

 そろりそろりと気配を消して忍び寄ってみる。

「情報通り、雪山奥の民家にそれらしき男達がいたようです」

 護衛ではない方の男がぼそぼそと話しているようだ。護衛は無表情のまま男に短く尋ねる。

「情報は確かか」
「はい、目撃情報が多数あります」
「…わかった……、誰だ?!」


 シュバッ!!


 木々の合間の雪の積もった場所に細いナイフが突き刺さった。護衛の投げたナイフは毒が塗られているのか刃の所が黒く光っている。

(あ、あ、あっぶねええーー!!)

 ナイフが刺さっている場所は先ほどまで俺様が隠れていた場所だったのだ。いち早く逃げたためナイフの餌食にはならなかったが気付くのが一歩遅ければ串刺しになっていただろう。

(ほんと、油断ならねえ奴らだ…!)

 これ以上探っていると見つかってしまいそうなのですぐに街のほうに向かった。

(しかも、さっきの会話…雪山の民家に男達?って…一体なんだったんだ?)

 今回ルトが派遣されたのはの調査のはず。民家の話なんて一つも出てきてない。

 =ここは思ったよりも危険な場所なのかもしれねえな…=

 街に入り、人のいない空間で人型へと変身した。それからすぐに人に声をかけてみる。こういう見知らぬ場所・状況に来た時はまず情報を集めるのが先決だ。口の軽そうな若い女性を中心にざっと聞いて回る。そうして数人に聞き込みをしていたら、俺はとあることに気付いて振り向いた。

 雪のなかでルトが誰かとぶつかって座り込んでいたのだ。

「ルト!!」

 駆け寄り、助け起こそうと手を伸ばす。

「大丈夫か…おい、気をつけろ!」

 マントで顔を隠した男を睨みつける。そこで俺様は男から人間からはありえない量の濃い血の匂いを感じ取った。

(こいつ…人間じゃねえな…)

 訝しげに奴を観察していると、ルトが起き上がって男に手を差し出した。男はルトと目が合って何を思ったのか突き放してくる。

 どさっ

 再び雪に尻餅をついてしまうルト。俺様は怒りを込めて奴を追いかけようとした。

「てめえっ!!」
「ザク待って!追いかけなくていい!」
「だけどよルトっ」

 ルトに止められてしまいそれ以上は追いかけることができなかった。奴の去っていった方を睨みつけながら俺様は誰にも聞こえぬよう舌打ちする。

(あいつといい、護衛といい…嫌な予感がするな)

 ルトにはまだ黙っておこう。

 これ以上不安にさせても仕方がない。


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