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第十八章「奇跡の十字架」
底知れない不安
しおりを挟むボロボロのルトが俺様を見上げて囁く。
『おれを、ころし、て…』
殺してと、言うルトはあまりにも痛々しくて、見ていられなかった。
(ルト…っ)
だから俺様は、答えの代わりに…
「―――っ!!」
がばりと勢いよく飛び起きた。
「はあ…はあ…っ」
またあの夢だ。傷だらけのルトに殺してと頼まれる夢。まるでルトの死の宣告を予期していたかのようで気味が悪い。
(っけ、俺様がルトを殺すわけがないだろが!)
ありえない、と頭を振って夢を打ち消した。きっと宣告への不安からあんな夢を見てしまったのだ。
(でも…)
隣に眠るルトを見つめた。ルトは少し寒そうにしながらも穏やかに眠っていた。明日からまた調査があるので起こすことはないが、しばらくジッとその寝顔を見つめた。さらりと前髪を指先で撫でてやると、ルトは邪魔そうに布団の中に潜ってしまう。
(もしも…夢の内容が本当になったら、俺様は…どうするんだろう…)
そんな問いを飲み込んで、もう一度浅い眠りについた。
***
それから数時間もせず、騒がしい足音で目を覚ました。
「なん、だ?」
ゆっくりと起き上がり、気配をたどる。時計の針はまだ4時過ぎで、普通の人間なら起きるにはかなり早いだろう。しかし、気配をたどってみると、確実に宿の中の数人がまとまって動いているのがわかる。そして彼らは怪しげに会話をしているのだ。
(クソ、ほんとは一秒でも離れたくねえが…)
ルトをちらりと見てから立ち上がる。ルトと離れるのは不安になるが、すぐ戻ってくれば問題ないはずだ。俺様は急かされるように猫の姿となり、部屋を出た。気配を殺して、一階で怪しい動きをする者達に近づく。
(こんな時間にコソコソと何してんだ?怪しい奴らめ…)
そうっと一階を覗くと
=んなっ…あいつらは!!=
クアドルカに来て初日、護衛と怪しげな会話をしていた男が宿の一階のソファに座っていた。向かい側の椅子には保安官と思われる男と、護衛の姿がある。ぼそぼそと小声で何かを話していた。
(白服共…一体何の話をしてるんだ…?)
声が聞こえるよう更に近づいていく。
「男達が動き出しました」
「やはり、そろそろか」
「はい」
護衛に尋ねられ、男が小さく頷く。
(動き出した…?男達…?)
「男達はまっすぐこの街に向かってきています。例の雪崩の犯人と思われる悪魔を引き連れており、念のため近隣地区には警戒レベルを上げるよう伝えてあります」
=?!=
保安官の言葉を脳の中でもう一度再生させた。
(例の、雪崩の犯人と思われる悪魔…?)
その言葉が聞き間違いでなければ、白服達はもう雪崩の犯人はわかっている事になる。
(じゃあなんでルトがこんな所まで遠征させられてんだ??)
犯人がわかってるなら調査は必要ない。こんな寒い土地で、一晩雪が降れば全ての証拠が消え去るような場所で何日も無駄に遊ばせて何がしたいんだ。
(キナ臭い…白服達はルトで何を企んでいるんだ…)
彼らを睨み付けながら心の中で舌打ちした。
「明日あたり、接触してくる可能性が高いでしょう」
「…よし、では作戦を決行しよう」
作戦?接触?
(ど、どういうことだ…)
俺様がよくわからないまま、男達はそれ以上詳しいことは話さず二階に戻るべく立ち上がった。
=やっべ=
このまま階段にいたら奴らと鉢合わせしてしまう。急いで部屋に戻るのだった。
***
翌日、また当たり前のように調査は再開された。俺様はそれをじーっと雪山の木々の合間からルトを見つめた。ルトは保安官たちと何やら話し込んでいる。懸念されていた吹雪も止み、調査は順調に進んでいるようだった。順調、といっても、その調査というのが「形だけ」と思うと、この状況が良い方に転がっているとは思えない。
=はあ…=
とんだ茶番だ。しかし、白服が何かを企んでいる状況で、ルトに余計なことを吹き込んで予想外な動きをされたらたまったもんじゃない。宣告の悪魔や怪しい悪魔の噂があるってのに、白服の矛先までルトに向いたら流石の俺様でもキャパオーバーだ。
(ルトは宣告されてる…過保護に“守りすぎる"ぐらいでちょうどいい)
俺様は今日、ずっとルトを監視していた。勝手に外出しないよう厳しく言いつけて、危なそうなものはなるべく先回りして排除する。俺様に止められる度にルトは不審がるような目を向けてきて心が痛んだ。
(普段ならこんな回りくどい事ぜってえしねえのに…)
悪魔や白服がいたところで俺様は不安にならないだろう。ルトの横に俺様がいられればそれで問題ないのだから。
だが、今回は訳が違う。
死神にルトは宣告されてしまった。
宣告の真偽はともかく、こんなアウェイな状況でルトを狙われたのは痛すぎる。
(いっそもうルトを攫ってどこか違う場所に隔離しちまうか…?)
突拍子もない衝動を、ぐっと堪えた。衝動のままルトを連れ去ればこれから先のルトの、牧師としての人生…人としての生きる道を奪ってしまう。それはだめなのだ。ルトは死なせたくない。というか死なせない。…だがここからも離れてはいけない。どんなに危険が待っていたとしても。ルトがルトの願うままに生きられるようにしなければならない。
(くそっ…!ルトは俺様のものだ…たとえ死神であろうと神様であろうと…ルトは、ルトの魂は渡さないぞ…!!)
「ふう…どうしようかな。うーん…仕方ない、ちょっと…散歩するか」
そんな俺様の葛藤など知りもしないルトは、早めに切り上げられた調査の後、のんきにも散歩へ行こうとする。
(何馬鹿なことを!)
苛立ちをぶつけるのはなんとか堪えたが、慌てていた為、表情が硬くなってしまう。
「やめておけ」
「わっ」
(今動くのは危険だ)
白服や、白服が言っていた“男達”が近くにいるかもしれないのだ。さっさと宿に戻って本でも読んでいてくれと心の中で願った。けれどルトは従おうとしない。
「そんなこといってもさ…宿にいてもやることないし、少しぐらいいだろ?ただの散歩だし危ないことなんて起きないよ」
「だめだ、大人しく宿に戻れ」
「はあ?そんなこといわれても」
「いいから早くしろ」
「なんだよ一方的に…っ」
「ほら、こい!」
苛立ちを必死に押し殺そうとするが、どんどん溢れてきて…次第に押さえられなくなる。ルト、どうしてわかってくれねえんだ。お前は今かなり危ない状況にあるんだぞ、今までの比じゃないぐらい。死の危険がすぐそこまでるんだ。
「あのなあ!確かにレイの言葉は…怖いけど…!閉じ込めておけば俺が死なないってわけじゃないだろ!」
「死ぬなんて言うなッ!!!」
頼むからそんなこと言わないでくれ。俺様の中に蓄積された不安や焦りが爆発し、声を荒げてしまう。
「…!!」
ルトは一瞬傷ついたような顔をして、それから泣きそうな顔で謝ってきた。
「…ご、めん…ザク。…わかったよ…俺、部屋で大人しくしてる…」
「ルト…」
だから怒らないで、と。
そんな風に瞳が告げていた。
(…っ!!)
そのルトの表情を見た瞬間、グラりと心が、決心が揺らぎかける。
俺様はこんな顔をさせたいんじゃない。
ただルトに笑っていてほしい。
それだけ、それ以外はいらない。
なのに、なのにどうしてそれだけのことが…これ程難しいんだ。
自分の無力と、不器用さを呪った。
悲しそうにとぼとぼと宿に向かうルトの背中を見つめ、俺様は無意識に足を動かしていた。
(ちがう、違うんだ…ルト!)
ぎゅっ
ルトの小さな体を後ろから抱きしめた。
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