短編

リナ

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Ifシリーズ

レンタル彼氏②(フィン×ライ)

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 ***


 ザアアアア…

 シャワーの音が無駄に響く。汗だくになった体を流しながらボーっとタイルの壁を眺めた。
 (どうしてこんな事してるんだっけ…)
 頭がぼんやりしていてすぐに思考が霧散してしまう。

 とんとん

 外からノックされた。

「雷くん?大丈夫?死んでない?」
「…生きてます」
「そっかよかった。気持ち悪くなったり、体調が優れなかったらちゃんと呼ぶんだよ」
「…はい、すみません…」

 お湯を止め、ボディソープを取った。体を洗いながらこの後の事をなんとなく考える。体の熱は未だに燻り続けてるし頭も溶けたままだ。できるならこのままベッドに倒れて寝てしまいたいが…この状況だし流石に無理だろう。
 (腹をくくるしかない…)
 この後の展開を思うと恐怖もあったが、少しだけ期待する気持ちもあった。
 (これで…真人さんの気持ちがわかれば…)
 客としてからかってるのか、本気で俺を求めてるのか見極められる。男女と違って男同士は遊びではなかなかできないはずだ(どっちをやるにしても)。真人の本気を探るにはちょうどいい機会だ。体も髪も洗い終えて、意を決して外に出ると

「!」

 タオルを持って真人が待っていた。ぎょっとする。

「??!」
「あ、ごめん、倒れた時用に待機してた。ビックリした?」
「い、いえ…まぁ…少し」
「はは、相変わらず素直だね。さ、拭いてあげるからジッとしてて」
「?!」

 わしゃわしゃと髪を乾かすように拭かれ、そのまま肩や胸も拭かれそうになる。慌ててその手を掴んだ。

「あの!自分で!できます…!」
「大丈夫。雷くん、今フラフラなんだから僕に任せて」
「い、いえ、大丈夫ですから…!」

 押し問答をしつつ真人の手がタオル越しに触れてきてドキリとしてしまう。こんな風に誰かに体を拭いてもらうなんて初めてだった。
 (…こ、恋人みたいだ…)
 こんなバイトをしてる癖に恋人いない歴=年齢なので全てが新鮮に思えた。

「雷くん、細いと思ってたけど結構引き締まってるね。鍛えてたりする?」
「筋トレを…少し」
「なるほど。僕もやろうかな…」

 そういってじーっと体を舐め回すように見てくる。好意を持ってるとはいえそんな風に見られるのは居たたまれない。何より恥ずかしかった。

「あの…」

 気まずげに視線を彷徨わせると「ごめん」と謝って視線を外してくれた。ホッと胸を撫で下ろしバスローブに手を伸ばす。

 がしっ

「それはいいよ」

 手首を掴まれバスローブを奪われた。意味が分からずキョトンと目を丸くして真人の方を見る。

「え?」
「脱いだり着たり忙しくなっちゃうでしょ?ほら、こっちおいで」
「え、あ…」

 手を引かれ、ベッドのある部屋に連れていかれる。
 (とうとうか…)
 流れはどうであれとうとう真人とベッドに入れるのだ。期待と緊張でドキドキと心臓が暴れた。胸が苦しい。トイレにも行っておけばよかったかな…なんてしょうもない事を思ってると、


「や~っとですかー?待ちくたびれましたよ、真人さーん」


 ベッドにもう一人、男が座っていた。一瞬夢かと思った。その男はアイドルのように顔が整っていて真人と同じスーツを着ている。「真人さん」と呼んでいたから真人の知り合いではあるのだろうが俺にとっては全く知らない人間で
 (は…???)
 思考と共に体も完全停止する。

「ごめんごめん、薬でぼんやりしちゃってるからさ、急かすのも可哀想で」

 凍り付く俺の横で真人が笑っている。

「もー死にゃしないんですから構わず引っ張ってこればいいんですよ」

 そう言って男はベッドから立ち上がり、俺の目の前に来た。

「はーい、レンタルくん、突っ立ってないでこっちですよー」
「え、、は、??」

 腕を掴まれベットに引きずり込まれる。慌てて真人に助けを求めれば、特に変わった様子もなく、にこりと人の良さそうな顔で微笑まれた。

「大丈夫だよ、雷くん」
「真人さん…この人は…っ?!?」
「ああ、紹介がまだだったね。この子は職場の後輩で、たまにこうしてホテルに行く関係なんだ」
「たまにじゃないでしょ~週一で抜いてあげてんのに何言ってるんですか~」
「もう、雷くんの前なんだから格好つけさせてよ。…バレちゃったしいいか。この後輩くんとは定期的にセックスしてるんだけどね、最近ちょっとマンネリしててさ」

 つらつらと真人が何かを言っていたが、俺の耳には届いてなかった。いや、届いてはいたが俺の脳では正しく処理されてなかった。
 (定期的にセックス…マンネリ…)
 呆然としながら真人の台詞を反芻する。週一でこの二人は寝てると言っていた。この後輩とやらが恋人なのかセフレなのか知らないが
 (そうか…俺は結局求められてなかったんだ)
 セフレ相手を盛り上げる為の道具。その程度の価値なのだと悟り、愕然とする。真人はこの半年俺を指名し続けてくれた客で、唯一求めてくれた人だった。だけどそれも結局体の欲を埋める為のものだった。俺が期待していたような想いは一切抱いてなかったのだ。
 (当たり前か…)
 俺はレンタル彼氏として金をもらっていた。相手もそれをわかって利用していた。
 (…本気になるわけがないのに、馬鹿だな)
 自分の愚かさに打ちのめされながらベッドに押し倒される。

 どさっ

「なんか反応なくなっちゃいましたけど、大丈夫ですかね?」
「だから言ったでしょ。薬に慣れてない子なんだから無理させたら可哀想だよ。ゆっくりやろう」
「えー俺焦らしプレイ嫌いなんですけど」
「僕だってやだよ」

 上に乗っかっている二人が何やら揉めていた。その間にのろのろと周囲を確認する。ベッド周りには武器になるようなものは置かれてなかった。一人ならこの体でも倒せたが二人では分が悪い。やってる途中で蹴って逃げる方が勝率は高そうだとぼんやり考えていると

「…」

 木彫りの鳥と目が合った。先程事務所で拾った鍵だが、俺がシャワーに入ってる間に“持ち物検査”でもされたのだろう。
 (ごめんな…持ち主のとこに返すの遅くなって…)
 心の中で謝り、その鳥に手を伸ばした時だった。


 コンコンコン


 遠くの方でノックの音が聞こえた。最初は隣の部屋の音かとも思ったが、何度も繰り返される為俺の上にいた二人も気付いて顔を見合わせた。

「真人さん、俺以外にも呼んだんですか?」
「流石に呼ばないよ。四人じゃこのベッドは狭いし」
「それもそうですよね…」

 じゃあ今ノックしてる者は誰だと不審げな顔をする二人。無視しようにもこれ以上放置すれば隣から苦情が来そうだ。渋々真人が確認しに行った。そして数秒後、ガチャン!!ドゴォ!と重い衝突音がする。

「ひい?!」

 俺とベッドで残っていた後輩と呼ばれた男が震え上がった。カツカツと革靴の音が近づいてくる。
 (この足音…)
 自然と姿勢を正したくなるような足音にまさかと目を見開いた。

「まったく…。行く場所に気をつけるようにと言ったはずだが?」
「!!」

 呆れ顔のオーナーが廊下から現れた。とんでもない展開に頭がフリーズする。まあ、思考できたとしても体の反応は鈍いわけだが。オーナーは俺の横にいた男を一睨みして黙らせた後俺に上着をかけてくる。

「さあ、帰るぞ」
「え…、まっ、わあ?!」

 すっ

 当然のように姫抱っこされ、そのまま廊下へと運ばれていく。信じられない気持ちでオーナーの横顔を見つめていると、出入り口付近で下から必死の声が聞こえてきた。

「ら、雷くん!!」

 真人だった。オーナーに殴られたのか蹴られたのかわからないが…床に倒れた状態で手を伸ばしてくる。

「ま、待って…!雷くん!僕が、悪かった…!怖がらせてごめん!行かないでくれ…!」
「真人さん…」
「君との時間が楽しかったのは本当だよ!欲しいと思ったのも…嘘じゃない!!もうこんな事はしない!真剣に付き合おう!だから…っ!」

「お客様、申し訳ありません。私達が提供してるサービスは“レンタル彼氏”です。それ以上のサービスは一切お断りしております」

 俺の代わりにオーナーが答え、冷え冷えとした睨みを向ける。真人は「ひいっ」と怯えつつも俺の足先に縋りついてきた。

「雷くん、雷くんは僕の事…好き、だよね…??僕、これで最後なんて、嫌だよ…?!」
「…真人さん…」

 張り付いていた喉を、唾を飲み込みなんとか潤した。一呼吸の後口を開く。

「真人さんありがとうございました」
「!」
「真人さんと過ごした時間は…、楽しかったです。でもごめんなさい。俺は…あなたの“彼氏”になるつもりはありません」
「雷くん…ッ」
「…さようなら」

 ハッキリと俺が断るのを見届けてオーナーが再び歩き出した。今度は何を叫ばれてもその足を止める事はなかった。俺はオーナーの腕の中で少しだけ頬を濡らすのだった。


 ***


 車で来ていたらしくホテルを出てすぐ助手席に座らされた。そのまま事務所に向かうのかと思えば車は見知らぬ道を進み続けた。当然だが俺の一人暮らししてる家に向かってるわけでもなく、かといって「どこへ?」なんて尋ねる勇気もなく。俺は気まずさに俯きながら、車の揺れに誘われるように眠ってしまった。そして次に目が覚めると

 ぎしっ

 身を捩ると軋む音がした。ぼんやりと目を開ける。ホテルにいた時より大分体の違和感はとれていたが熱っぽさは相変わらずだった。はあ、とため息を吐いた後周囲を確認する。

「ここは…」

 キングサイズのベッドに一人で寝かされていた。高そうなシーツに高そうな枕。しかも天蓋付きのベッドだ。

「は、初めて見た…すげえ…」

 こんな部屋に寝てるなんて夢でも見てるのだろうかと瞼を擦る。しかも窓の外には大きなプールが見えて、どんな富裕層の家だよとドン引きした。

「起きたのか」

 ハッとしてそちらを見ると髪を濡らしたオーナーが立っていた。いつもの堅苦しいスーツではなく首元の緩い部屋着に着替えていて妙にドキドキしてしまう。見てはいけないものを見てしまったような…
 (ふ、風呂上がりのオーナー色気やば…)

「てか、え、ここ…オーナーの家…だったりします…?」
「逆にこの状況でお前をスイートルームに連れていくと思うか?私の家に決まってるだろう」
「で、ですよね…」

 俺が首を振ると、オーナーは肩をすくめるようにして呆れて見せる。

「それで、会話はできるようだが体の調子はどうだ?客に盛られたのだろう?」
「…まだ少し熱っぽいですけど平気です」
「そうか」

 ぎしっ

 オーナーはベッド端に腰かけたと思えば…額に手を置いてきた。熱い程の体温を掌から感じてドキドキする。

「オーナー??あ、…あの…」
「…熱っぽいと言っていたが、熱はなさそうだな」
「はい、多分体がおかしくなってるだけなんで寝たら治ると思います…。えっと、ご心配おかけして、すみません。俺もう大丈夫なんで、帰ります」
「帰る?」
「はい、店長にも連絡しないとですし…」

 尻込みしつつ立ち上がろうとすれば腕を掴まれた。

「店にはいかなくていい。グレイには私から説明してある」
「え」
「明日は平日だが授業はあるか?」
「午後から…一つだけ」
「なら今晩はここで休んでいけばいい。朝になったら家に送ってやる」
「?!」
「終電はとっくの昔に終わってるし、どうしても帰りたいならタクシーを呼ぶしかないが、タクシーでお前の家まで行けばこの時間だと数千円…いや、万はかかるぞ」
「っ!!」

 一万円を超える…そう言われ青ざめた。レンタル彼氏の稼ぎが飛びかねない額だ。オーナーは少しだけ表情を緩めて、額から頬へと掌を移動させ、優しく撫でてきた。

「何も気にしなくていい。スタッフのケアはオーナーとして当然の事だ」
「…そ、そう言われても…こんな綺麗な…オーナーの部屋で寝るなんて……。て、いうか…待ってください!さっきホテルに助けにきてくれましたけど、どうやって俺の位置がわかったんです??」
「ああそれなら、」

 オーナーはベッド横に置かれていた棚から、木彫りの鳥のキーホルダーがついた鍵を取り出して見せてくる。

「それ…!」
「これは私の家の鍵だ」
「えっ!!!?」
「盗難防止のGPSのタグを特注でつけてる」
「!!」

 チャリ

 木彫りの鳥がこちらを向く。多分この鳥にGPSが埋め込まれてるのだろう。

「最初は誰かに盗まれたのかと思って泳がせていたが…ホテルに入ったところで色々と察した。ライ…、お前、レンタル彼氏のルールを破ったな」
「…!!……すみません」

 頭を下げた。隠しても仕方ない為、洗いざらい真人との事を話して、素直にもう一度謝った。

「ご迷惑をおかけしました。本当にすみません」
「……」
「俺、レンタル彼氏辞めます。こんな問題起こしちゃって、信用ないと思いますし…。そもそも向いてないというか…俺なんかがやれる仕事じゃないって痛感しました」
「向いてない、か」

 俺の言葉を聞いたオーナーが静かに呟いた。

「向き不向きで仕事を選ぶのは幼稚だな」
「!」
「仕事に向いてないからといって必ずしも人間性の否定には繋がらない。それがライの良さでもあり、磨けば個性に繋がる。私はそう思っていたし、期待もしていた」
「…え、っ…?」
「だが残念だ。お前は私の期待を裏切り、逃げ出すのだな」

 オーナーは再びベッド横の棚へと手を伸ばし、何かを掴み、俺の膝の上に置いてくる。…手錠だった。本日何度目かの思考停止を食らってるとオーナーは冷たい微笑みを浮かべて囁いてくる。

「これをつけるか、百万払うか、好きな方を選ぶがいい」
「は…!?」
「これだけのトラブルを起こし、私に無駄な徒労をさせ、しかも労働で返す気がないと言うのなら…こちらにも考えがある。百万の場合は明日の午前中に用意しろ。一秒でも過ぎたらトイチで締め上げる」
「なっ…百万をトイチ…悪徳業者じゃないですか…?!」
「私の事業に損害を与えたのはお前だ。スタッフなら守ってるが他人になるのなら容赦はしない」
「いっ…」

 冗談じゃない。百万なんて大金、大学生の俺に払えるわけがない。オーナーもそれはわかってるはずだ。わかった上で言ってる。つまり最初から“提案”になどなってない。青ざめつつ手錠をチラリと見て、すぐにオーナーの方をみた。

「じ、冗談…ですよね?」
「ここで私が冗談を楽しむほど酔狂に思えるか?」
「…、…っ」
「さあどうする?」

 オーナーはいつもの読めない笑みを浮かべて迫ってくる。恋人同士のように甘く名前を呼ばれるが、台詞の内容は決して甘くない。俺は俯き絞り出すように言った。

「わか、りました…、俺辞めません…!レンタル彼氏続けます!オーナーが満足するまでやりますから!こんな無茶振りやめてください!」
「良い心構えだが、残念な事に今日お前は“客とホテルを利用しない"という私のルールを破った。そのペナルティが必要だし、今後嘘をつかないと私が信じられるように、誠意を見せてもらう必要がある」
「うう…謝りますから…」
「謝る事は誰でもできる。何も殺そうとしてるわけじゃない。気楽に選べ。私はどちらでもいいぞ」

 オーナーは本当にどちらを喜んでも良さそうな雰囲気だった。手錠か百万円か。百万なら死ぬ気で一年働けば返せる気がするが、明日までに返せという事だから借金する事は確実になる。そうなれば返す金は膨れ上がり百万では済まなくなり、下手すれば大学期間に返せない…いや、大学の退学すらありえてくる。

「…そんなに辛そうな顔をするな。虐めてるみたいな気持ちになる」

 (いや虐めてるって十分…)
 自業自得ではあるがこんなの大学生につきつける無理難題ではない。俺が何も言えぬまま恨めしそうに見ると、オーナーは何故か楽しそうに目を細めた。許してもらえるとは到底思えない空気に俺は全てを諦め、せめて被害が少ない方を選ぼうと手錠を手に取った。

「そちらにするのだな」

 手錠で何をされるのかはわからないが、明日には家に帰すと言っていたし半日程度我慢すれば解放されるのだ。一年間、いや人生をかけて借金に追われるよりよっぽどいいはず。

 カシャン

 オーナーは俺の右手首に手錠をかけると反対側をベッドの柱にかけて繋げた。てっきり両手を繋がれると思っていた為、戸惑いを隠せずにいると、オーナーが優しく頬を撫でてくる。

「両手を繋ぐと邪魔だろう?」
「邪魔って…ん、…んん??!」

 顔の角度を誘導されたと思えば軽く触れ合うようなキスをされた。ファーストキスを手錠をかけられながら、しかも上司に奪われるとは思わず…自分の人生の先行きがとても不安になった。
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