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二話
*おまけ* クロ様の独り言②
***
あれから二週間が経過した。
予想通りだが、青年は一度もブルームを訪れていない。あんな酷い体験をしたのだし“二度と近づくまい"と思うのも当然だが、いつまで経ってもクローゼットの隅でエロ色紙が鎮座したままなのは困る。色々モヤモヤするし軽く店長に探りを入れてみた。
「ああ、ウタか。特に連絡はないぞ」
「…ブルームからは動かねえの? 甘口さんが家まで送り届けてるし居場所はわかってるだろ?」
「そうなんだが…“無理矢理押しかければ相当な恐怖を与えるから”って甘口が渋るんだ。俺としては嫌がられたとしても謝罪と補償を優先すべきだと思ってるが、万が一ウタがトラウマを抱えていた場合、悪化させるのは確実だ。甘口の葛藤も一理はある」
「まー、あんたの顔ヤクザ並みに怖いしな」
「そういう話じゃねえ」
丸めた新聞で軽くはたかれる。
「にしても、意外だな。まさかお前までウタの事を聞いてくるとは…」
「お前までって事は…他にも気にしてる奴がいるのかよ? もう二週間も前の事だぜ?」
発情期×素人×甘口乱入というなかなかにインパクトのある事件だったし、ブルームもしばらくはその話題で持ちきりだったが、二週間もすると誰も口にしなくなった。てっきり皆もう忘れたのだと思っていたが…。
「それがいるんだよ。シンジに、望も、顔を合わす度に“ウタはどうしてる"、“ウタから連絡はないのか"、ウタは~ウタは~ってしつこくされて…いい加減ノイローゼになりそうだ」
「なるほど」
どうりであんたの眉間のシワがいつもより深いわけだ。珍しく愚痴をこぼす店長の肩を「御愁傷様…」と叩いた。
***
マンションを出た俺は、仕事までの時間を潰すべく散歩する事にした。
「トラウマねえ…」
「「おにいさ~ん」」
駅近くを歩いていると、ギャル×2に絡まれた。
(相手するのも面倒だな…)
強めの言葉を使って追い払うのも、走って撒くのも面倒で、奴らが嫌がりそうなオタクの店に行く事にした(たまに前を通るからそういう店だと知っている)。すると面白いことに、そこで例の青年と遭遇したのだ。
「…ちいきゃわ?」
「???」
あっちは俺がクロだとわからないのか首を傾げて間抜け面を晒している。
(こりゃちょうどいい)
俺は偶然の出会いに内心ニンマリしながら青年を店外に引っ張っていき、ブルームに寄るように誘導した。
「僕!探してみます!!!」
誘導されてるとも知らず、青年は拍子抜けするほどあっさりと、会ったばかりの俺を信じてとてとてっと走っていく。
「アイツ、あんなにチョロくて大丈夫か…?」
あまりにも単純すぎて流石の俺も心配しかけたが、実際二週間前のブルームでは全然大丈夫じゃなかったので青年の周囲の人間の心労を憂い、ため息をつくのだった。
***
青年と別れた後、俺はクローゼットから色紙を回収し、出勤準備(※女装)をした。下に行けばすでに甘口が待機しており、俺の姿を確認すると丁寧な仕草で後部ドアを開けてくれる。
「どうぞ、お足元にお気をつけください」
「ありがとうございます」
甘口はヒールを履いた状態だとこうしてドアの開閉をしてくれる。もちろん状況にもよるし急いでいる時は省略されるが、俺はこのエスコートをされたいが為にあえて女装出勤を多めにしていた。上機嫌になって車に乗り込むと、
ブーブー
甘口のスマホが鳴る。どうぞ、とジェスチャーで伝えると甘口は申し訳なさそうにしながら「失礼します…」と耳に当てた。
「はい、甘口です。はい、はい…え?…いえ、失礼しました。かしこまりました。では、この後は前原さんの送迎を…はい…」
(…前原って確か、ちいきゃわの苗字だよな)
よしよし、ビビらずにブルームまで行けたか、と心の中で青年を褒めてやりながらこれからの流れをシミュレーションした。いかにして立ち回り、青年に色紙を返すか。なにぶん青年の滞在時間が読めないし、俺がすぐにフロアに駆り出される場合も考えれば、直接会えない可能性が高い。
(となると、俺が持ってるよりここに置いておいた方が確実か)
ゴソゴソと色紙入り封筒を取り出した。甘口の車にはゴミどころかチリ一つない上に、物を隠せるような無駄な障害物もない。“乗る人間”の快適さを極限まで突き詰めた空間なのは素晴らしいが、今だけは困ってしまう。キョロキョロと車内を確認した後、
(もう足元でいいか)
面倒になって助手席の下にそのまま置く。ビニール袋で包んであるから汚れることはない。
「到着いたしました」
甘口のアナウンスで顔を上げれば、すでに店の前につけられていた。甘口は運転席を降りて、後部ドアを開けにくる。
「お足元にお気を付けください」
白い手袋が差し出され、あんたは王子様か?と胸どころか色々なものをときめかせながらその手を握る。
ぐいっ
「!」
立ち上がるついでに力いっぱい引き寄せた。虚を突かれたことで甘口はバランスを崩し一歩踏み込む形で俺と密着する。…店の前なので誰が聞いていてもおかしくない。俺は警戒するように顔を近付けてからヒソヒソと耳打ちした。
「甘口さん、次の人が乗るまで…後部座席、絶対覗いちゃダメですよ」
「…?」
「かなりビックリするもの(※エロ色紙+俺の🖕宣言)が置いてあるんで」
「それなら余計回収した方がいいと思いますが…」
「持ち主の所に返るだけなんで放っておいて大丈夫です」
「…そう、ですか……」
甘口は不思議そうにしながらも「黒田さんが仰るなら…」と頷いた。きっと甘口以外の人間であれば、こんな気になる事を言われたら車内を覗こうとするだろう。しかし甘口はクソ真面目かつ善良なイケメンなので(最高か?)きっと俺との約束を守るに違いない。
「じゃあ、また」
俺は甘口に手を振って早足で事務室に向かった。
***
<なんでウタくんがフロア出てんだよッー!!ちゃんと見とけやー!!ハゲパンダーッッ!!!>
事務室に入ってすぐバカうるさい声が響いてきて俺は耳を塞いだ。どうやらその声はパソコンの前に立つ店長のインカム(店内無線機)から聞こえてくるようだが…、店長は俺に気が付くとパソコン画面に視線を移す。つられて見れば、そこにはフロアの監視カメラ映像が映っており、
「おいおい…」
驚くなかれ、ちいきゃわ青年はまたフロアに入っていた。しかもすでに客である望と絡み始めている。…いや、マジでなんでだよ。
「アイツ、あんな思いした場所によく凸れるな…メンタルお化けか?」
「まったくだ。トイレに行ったきり戻ってこないと思えばこれだ。望に乗っかってるって事は嫌々じゃないんだろうし、トラウマになってなくてよかったが……ウタは色々と大物かもしれんな…」
店長と共に呆れ返る。今回は青年の意思で突入している為、店長も焦っている様子はなかった。…シンジだけはキレ続けているので温度差が酷い。
<もう!!!見てないでさっさと回収しろよ!!またウタくんに嫌な思いさせたらあんたのタマねじ切ってやるからなーッ!!>
「あー、わかったから落ち着け。お前がそんなに叫ぶから横の客ビビってんぞ。お前は目の前の客に集中しとけ」
<だ○×の:*せ$@%+だあ☆ぁ^#!!!>
叫びすぎて完全に音が割れていた。店長はインカムを耳から外し、強制的にシャットアウトしてから俺の方に向き直る。
「ってわけで、クロ、ウタの回収頼むわ」
「…なんで俺が? あんたが行けよ」
「俺じゃ客からクレームがくる」
「じゃあシンジを行かせろ」
「シンジは接客中だし、あの通り今は頭に血が上ってるから…ウタといる客達を殴りかねない」
「…(確かに)」
「今日の遅刻ペナルティもあるし、文句言わず行ってこい女王様」
「…シンジにタマ取られてろ」
中指立ててそう言ってから渋々フロアに向かった。
***
「ほんと反省してる、悪かった」
ベッタベタになった青年をフロアから回収して事務室に戻り、二人きりになったところですべて開示する。併せて謝罪もすれば、青年は少し呆けた後、へらっと人懐っこい笑みを浮かべた。まるで子犬が尻尾をブンブン振りながら駆け寄ってくるような無防備な姿を見て
(コイツ、全然怒ってねえじゃん…)
俺は、ずっと抱えていた胸の重みが消えていくのを感じた。
「クロさん…僕も、甘口さんの事が、好きです」
どろどろに汚れて、俺にビビり倒して、それでもキラキラと真っ直ぐな目を輝かせてライバル宣言する青年。裏で言われるのは山ほど経験してきたが、正々堂々と宣言されたのなんて初めてで、いっそ清々しさすら感じる。
(こんなによわっちい癖に…)
なんとなく甘口が青年の事を気にする理由がわかった気がした。
***
「…さん、クロさん、クロさんー!」
ふと我に返ると、青年が俺の顔の前で手を振ってくる。少し先の通路で、甘口が心配するように振り向いていた。どうやら青年を車に運んでいる途中で少し飛んでいたらしい。
「すみません、甘口さん」
「…変わりましょうか?」
「いや大丈夫です。コイツが思ってるより重くて疲れただけです」
重いと言われた青年が「うくぅ…」と謎の鳴き声をあげて縮こまる。
「く、クロさん、すみません…、僕…、自分で、歩けるので…、お、おろしてください…」
「おろしたってこの体じゃ歩けねえだろ。床で行き倒れられたらまた抱き上げなきゃいけねえし、もたついてひんひん泣きついてくるのは目に見えてんだから、黙って運ばれてろ」
「あぅう…すみませ…」
青年は申し訳なさそうにしつつ、本当に疲労困憊なのか、謝った後は俺の腕の中で静かになった。しばらく無言で通路を進んでいると青年は頭を揺らしながらうとうとし始める。
(なんだかんだ女装していないコイツ、初めて見たな…)
ふーん、ぐらいで眺めていると
「な、なんで、す…か……?」
青年が上目遣いでチラリと見てきた。
「何って…ミジンコ観察?」
「ミジッ…、僕、ミジンコじゃ、なぃです…っ」
「自分で言ったんだろ」
「うう、そ、そうですけど…っ、でも、く…クロさん…、僕の、名前…知ってます…?」
青年がしゅーんと落ち込みながら尋ねてくる。疑問形だが「どうせ知らないんでしょ」とむくれ顔をしていた。俺がちいきゃわ呼びしかしないのが気になっていたらしい。俺は鼻で笑ってやってから、腕に力を入れて青年の体を引き寄せる。
ぐっ
「!」
耳元に口を寄せて囁いた。
「まえばら うた君…だろ?」
ガッツリ低めの声で呼んでやれば、青年は「ひぇえッ」と顔を真っ赤にして…囁かれた方の耳を覆った。
「発禁だぁ…ッ!!!」
「は?」
「歩く発禁!!! “女王様は実は雄でした”エロボイス付き!!! R20でッ!!! 待ってます!!!」
「………お前、何言ってんだ?」
マジで落としてやろうかと思う、クロ様なのであった。
END
あれから二週間が経過した。
予想通りだが、青年は一度もブルームを訪れていない。あんな酷い体験をしたのだし“二度と近づくまい"と思うのも当然だが、いつまで経ってもクローゼットの隅でエロ色紙が鎮座したままなのは困る。色々モヤモヤするし軽く店長に探りを入れてみた。
「ああ、ウタか。特に連絡はないぞ」
「…ブルームからは動かねえの? 甘口さんが家まで送り届けてるし居場所はわかってるだろ?」
「そうなんだが…“無理矢理押しかければ相当な恐怖を与えるから”って甘口が渋るんだ。俺としては嫌がられたとしても謝罪と補償を優先すべきだと思ってるが、万が一ウタがトラウマを抱えていた場合、悪化させるのは確実だ。甘口の葛藤も一理はある」
「まー、あんたの顔ヤクザ並みに怖いしな」
「そういう話じゃねえ」
丸めた新聞で軽くはたかれる。
「にしても、意外だな。まさかお前までウタの事を聞いてくるとは…」
「お前までって事は…他にも気にしてる奴がいるのかよ? もう二週間も前の事だぜ?」
発情期×素人×甘口乱入というなかなかにインパクトのある事件だったし、ブルームもしばらくはその話題で持ちきりだったが、二週間もすると誰も口にしなくなった。てっきり皆もう忘れたのだと思っていたが…。
「それがいるんだよ。シンジに、望も、顔を合わす度に“ウタはどうしてる"、“ウタから連絡はないのか"、ウタは~ウタは~ってしつこくされて…いい加減ノイローゼになりそうだ」
「なるほど」
どうりであんたの眉間のシワがいつもより深いわけだ。珍しく愚痴をこぼす店長の肩を「御愁傷様…」と叩いた。
***
マンションを出た俺は、仕事までの時間を潰すべく散歩する事にした。
「トラウマねえ…」
「「おにいさ~ん」」
駅近くを歩いていると、ギャル×2に絡まれた。
(相手するのも面倒だな…)
強めの言葉を使って追い払うのも、走って撒くのも面倒で、奴らが嫌がりそうなオタクの店に行く事にした(たまに前を通るからそういう店だと知っている)。すると面白いことに、そこで例の青年と遭遇したのだ。
「…ちいきゃわ?」
「???」
あっちは俺がクロだとわからないのか首を傾げて間抜け面を晒している。
(こりゃちょうどいい)
俺は偶然の出会いに内心ニンマリしながら青年を店外に引っ張っていき、ブルームに寄るように誘導した。
「僕!探してみます!!!」
誘導されてるとも知らず、青年は拍子抜けするほどあっさりと、会ったばかりの俺を信じてとてとてっと走っていく。
「アイツ、あんなにチョロくて大丈夫か…?」
あまりにも単純すぎて流石の俺も心配しかけたが、実際二週間前のブルームでは全然大丈夫じゃなかったので青年の周囲の人間の心労を憂い、ため息をつくのだった。
***
青年と別れた後、俺はクローゼットから色紙を回収し、出勤準備(※女装)をした。下に行けばすでに甘口が待機しており、俺の姿を確認すると丁寧な仕草で後部ドアを開けてくれる。
「どうぞ、お足元にお気をつけください」
「ありがとうございます」
甘口はヒールを履いた状態だとこうしてドアの開閉をしてくれる。もちろん状況にもよるし急いでいる時は省略されるが、俺はこのエスコートをされたいが為にあえて女装出勤を多めにしていた。上機嫌になって車に乗り込むと、
ブーブー
甘口のスマホが鳴る。どうぞ、とジェスチャーで伝えると甘口は申し訳なさそうにしながら「失礼します…」と耳に当てた。
「はい、甘口です。はい、はい…え?…いえ、失礼しました。かしこまりました。では、この後は前原さんの送迎を…はい…」
(…前原って確か、ちいきゃわの苗字だよな)
よしよし、ビビらずにブルームまで行けたか、と心の中で青年を褒めてやりながらこれからの流れをシミュレーションした。いかにして立ち回り、青年に色紙を返すか。なにぶん青年の滞在時間が読めないし、俺がすぐにフロアに駆り出される場合も考えれば、直接会えない可能性が高い。
(となると、俺が持ってるよりここに置いておいた方が確実か)
ゴソゴソと色紙入り封筒を取り出した。甘口の車にはゴミどころかチリ一つない上に、物を隠せるような無駄な障害物もない。“乗る人間”の快適さを極限まで突き詰めた空間なのは素晴らしいが、今だけは困ってしまう。キョロキョロと車内を確認した後、
(もう足元でいいか)
面倒になって助手席の下にそのまま置く。ビニール袋で包んであるから汚れることはない。
「到着いたしました」
甘口のアナウンスで顔を上げれば、すでに店の前につけられていた。甘口は運転席を降りて、後部ドアを開けにくる。
「お足元にお気を付けください」
白い手袋が差し出され、あんたは王子様か?と胸どころか色々なものをときめかせながらその手を握る。
ぐいっ
「!」
立ち上がるついでに力いっぱい引き寄せた。虚を突かれたことで甘口はバランスを崩し一歩踏み込む形で俺と密着する。…店の前なので誰が聞いていてもおかしくない。俺は警戒するように顔を近付けてからヒソヒソと耳打ちした。
「甘口さん、次の人が乗るまで…後部座席、絶対覗いちゃダメですよ」
「…?」
「かなりビックリするもの(※エロ色紙+俺の🖕宣言)が置いてあるんで」
「それなら余計回収した方がいいと思いますが…」
「持ち主の所に返るだけなんで放っておいて大丈夫です」
「…そう、ですか……」
甘口は不思議そうにしながらも「黒田さんが仰るなら…」と頷いた。きっと甘口以外の人間であれば、こんな気になる事を言われたら車内を覗こうとするだろう。しかし甘口はクソ真面目かつ善良なイケメンなので(最高か?)きっと俺との約束を守るに違いない。
「じゃあ、また」
俺は甘口に手を振って早足で事務室に向かった。
***
<なんでウタくんがフロア出てんだよッー!!ちゃんと見とけやー!!ハゲパンダーッッ!!!>
事務室に入ってすぐバカうるさい声が響いてきて俺は耳を塞いだ。どうやらその声はパソコンの前に立つ店長のインカム(店内無線機)から聞こえてくるようだが…、店長は俺に気が付くとパソコン画面に視線を移す。つられて見れば、そこにはフロアの監視カメラ映像が映っており、
「おいおい…」
驚くなかれ、ちいきゃわ青年はまたフロアに入っていた。しかもすでに客である望と絡み始めている。…いや、マジでなんでだよ。
「アイツ、あんな思いした場所によく凸れるな…メンタルお化けか?」
「まったくだ。トイレに行ったきり戻ってこないと思えばこれだ。望に乗っかってるって事は嫌々じゃないんだろうし、トラウマになってなくてよかったが……ウタは色々と大物かもしれんな…」
店長と共に呆れ返る。今回は青年の意思で突入している為、店長も焦っている様子はなかった。…シンジだけはキレ続けているので温度差が酷い。
<もう!!!見てないでさっさと回収しろよ!!またウタくんに嫌な思いさせたらあんたのタマねじ切ってやるからなーッ!!>
「あー、わかったから落ち着け。お前がそんなに叫ぶから横の客ビビってんぞ。お前は目の前の客に集中しとけ」
<だ○×の:*せ$@%+だあ☆ぁ^#!!!>
叫びすぎて完全に音が割れていた。店長はインカムを耳から外し、強制的にシャットアウトしてから俺の方に向き直る。
「ってわけで、クロ、ウタの回収頼むわ」
「…なんで俺が? あんたが行けよ」
「俺じゃ客からクレームがくる」
「じゃあシンジを行かせろ」
「シンジは接客中だし、あの通り今は頭に血が上ってるから…ウタといる客達を殴りかねない」
「…(確かに)」
「今日の遅刻ペナルティもあるし、文句言わず行ってこい女王様」
「…シンジにタマ取られてろ」
中指立ててそう言ってから渋々フロアに向かった。
***
「ほんと反省してる、悪かった」
ベッタベタになった青年をフロアから回収して事務室に戻り、二人きりになったところですべて開示する。併せて謝罪もすれば、青年は少し呆けた後、へらっと人懐っこい笑みを浮かべた。まるで子犬が尻尾をブンブン振りながら駆け寄ってくるような無防備な姿を見て
(コイツ、全然怒ってねえじゃん…)
俺は、ずっと抱えていた胸の重みが消えていくのを感じた。
「クロさん…僕も、甘口さんの事が、好きです」
どろどろに汚れて、俺にビビり倒して、それでもキラキラと真っ直ぐな目を輝かせてライバル宣言する青年。裏で言われるのは山ほど経験してきたが、正々堂々と宣言されたのなんて初めてで、いっそ清々しさすら感じる。
(こんなによわっちい癖に…)
なんとなく甘口が青年の事を気にする理由がわかった気がした。
***
「…さん、クロさん、クロさんー!」
ふと我に返ると、青年が俺の顔の前で手を振ってくる。少し先の通路で、甘口が心配するように振り向いていた。どうやら青年を車に運んでいる途中で少し飛んでいたらしい。
「すみません、甘口さん」
「…変わりましょうか?」
「いや大丈夫です。コイツが思ってるより重くて疲れただけです」
重いと言われた青年が「うくぅ…」と謎の鳴き声をあげて縮こまる。
「く、クロさん、すみません…、僕…、自分で、歩けるので…、お、おろしてください…」
「おろしたってこの体じゃ歩けねえだろ。床で行き倒れられたらまた抱き上げなきゃいけねえし、もたついてひんひん泣きついてくるのは目に見えてんだから、黙って運ばれてろ」
「あぅう…すみませ…」
青年は申し訳なさそうにしつつ、本当に疲労困憊なのか、謝った後は俺の腕の中で静かになった。しばらく無言で通路を進んでいると青年は頭を揺らしながらうとうとし始める。
(なんだかんだ女装していないコイツ、初めて見たな…)
ふーん、ぐらいで眺めていると
「な、なんで、す…か……?」
青年が上目遣いでチラリと見てきた。
「何って…ミジンコ観察?」
「ミジッ…、僕、ミジンコじゃ、なぃです…っ」
「自分で言ったんだろ」
「うう、そ、そうですけど…っ、でも、く…クロさん…、僕の、名前…知ってます…?」
青年がしゅーんと落ち込みながら尋ねてくる。疑問形だが「どうせ知らないんでしょ」とむくれ顔をしていた。俺がちいきゃわ呼びしかしないのが気になっていたらしい。俺は鼻で笑ってやってから、腕に力を入れて青年の体を引き寄せる。
ぐっ
「!」
耳元に口を寄せて囁いた。
「まえばら うた君…だろ?」
ガッツリ低めの声で呼んでやれば、青年は「ひぇえッ」と顔を真っ赤にして…囁かれた方の耳を覆った。
「発禁だぁ…ッ!!!」
「は?」
「歩く発禁!!! “女王様は実は雄でした”エロボイス付き!!! R20でッ!!! 待ってます!!!」
「………お前、何言ってんだ?」
マジで落としてやろうかと思う、クロ様なのであった。
END
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YOHJI@yohji_fanart様
(無断転載×)