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第5章 【黒の心】

第5章3 【黒雪の三節】

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 あたり一面を雪に覆い尽くされた景色。白く、そして暗い。

 なんか、前にも似たような景色を眺めながら、こうして遺跡に行ったような気がする。確か、まだネイが安定していた頃だったか......。

「ネイ、お前本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫です。一晩休んだら、頭痛いの治まりましたし」

 ならいいのだが......。

 ネイの不調なんて、何時どこでやって来るか分かったもんじゃない。正直なところ、あの書庫を使って調べることが出来れば良かったのだが、もう戻ることは出来なくなっているらしい。

 そんなこんなで、結局ネイには今回の本当の目的を伝えずに出発してしまった。

 話した方が良いのではないかと思ったが、本人が何かを隠しているかもしれないため、本題を話せばついて来ない可能性もある。

「っくしゅん!」

 セリカが小さくクシャミをする。

 これだけ寒けりゃ当たり前か。むしろ、こんな寒さでまともに行動できるやつが、今回の面子には多すぎる。
 フウロ、シアラ、ネイ、そして俺。
 セリカとヴェルドを除いて、俺達は一切の寒さを感じていない。いや、多少は肌寒い感じはするが。

「ねぇ、フウロ、ちょっと休憩しない?」

「してもいいが、どこでしようと言うのだ?」

「そりゃぁ、どこかその辺に竪穴くらい......」

 もう少し、頭を使ってから発言してほしかった。

 竪穴などどこにもない。見えるのは一面に広がる雪景色だけ。雪をかき分ければ、どこかその辺にあるかもしれないが、そんなことに無駄な労力を注ぐくらいならさっさと神殿に辿り着いちまった方が早い。

「ごめん。普通に進もう」

 その後は黙々と歩み続けた。

 変わり映えのしない景色に、1度は無限ループしてるんじゃないかと思った。一応神殿の周りだ。そんな力が働いても不思議ではないーー


「よいしょっと......」

 ようやく、神殿がある場所に辿り着いた。フウロが大岩をほんの少しの力でどける。
 ちなみに、どうでもいい話だがセリカとヴェルドの鼻先が凍っていた。

「なんだよ、中も寒いじゃねえか!」

「当たり前だバカ。完全に外の空気を遮断できているとでも思ったのか」

 こんな寂れた神殿なのだから、いくら山に埋まっていようが寒いに決まってる。まぁ、俺も少しは暖かくなると期待していたのだが、ここまで外と変わらないのは期待外れであった。

「いいから、さっさと、奥に行こ......。そしたら、少しは、マシになるかも、しれないし......」

「それもそうだな」

 セリカが先行して歩き出した。寒さから逃げたいのは分かるが、道は分かるのか?

「ヴェルド様。寒いのでしたら、私シアラが暖めて差し上げましょう」

 シアラがヴェルドにいつも通りのことをする。

「......この際寒さが緩和できりゃなんでもいいや」

 珍しくヴェルドが嫌な顔をせずにそのままにする。

「セリカ、先に進むのはいいが、道は分かるのか」

「どうせただの一本道でしょ。分かれ道に来たら止まればいいじゃん」

 確かに、セリカの言う通りだ。ネイが先頭に立つよりかはまだいい方か。

「ーーどうした?ネイ」

「......すみません。少し、ボーッとしてました」

 ネイが慌てて俺の隣に駆け寄ってくる。そして、勢いそのままに俺の腕にしがみつく。

「大丈夫か?」

「......」

 無反応。
 何か感じてるのか?

「おーい、ネイー」

 耳元に声を当ててみる。

「っ、な、何か言いました?」

 どうも様子がおかしい。ここまで無反応なネイは見たことがない。

「......何を考えてるのか知らねえが、変に気を張りすぎんなよ」

「......」

 またしても無言。ただ、今回は首をちょっとだけ縦に振った。

 本当に大丈夫なのだろうか?いや、大丈夫じゃない。何かを隠している。
 多分だが、ネイは特別な魔導師故に何かを感じている。何かが何なのかは分からないが、この神殿に何かがあるのだろう。まずい、『何か』がゲシュタルト崩壊してきた。

(ったく、そんなに人の心にズケズケと入るのが怖ぇか?)

「っ......誰だ!」

 突然、どこからか声がして、辺りを見渡す。

(あーあ、そんなんだから守りたいもんも守れねえ小さなお子様なんだよ)

「誰だ!どこにいやがる!」

(どこって、そんなのも分からねえのか?)

「分からねえ。だから聞いてんだ!」

 声の主を探して、必死に辺りを探す。

「っ、ネイ!セリカ!どこだ!」

 気がつくと、いつの間にかネイもセリカも、その他の面子も皆いなくなっていた。

「なんだ。どうなってんだ......」

「まだ分からねえのかよ」

 今度はハッキリとした声が、正面の方から聞こえた。

「ようこそ。心へ」

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「ようこそ。心へ」

 俺は、自信満々に目の前にいる『俺』に向かってそう言う。

「心?どういうことだ!」

「相変わらず熱いし騒がしいねぇ。まあでも、その気持ち分かるよ。誰でも目の前に自分そっくりのやつが現れたら困惑する」

「誰なんだてめぇは」

「俺はお前だ。もう1人の、俺」

「はぁ!?どういうことだ!」

「まぁまぁ、熱くならずに聞きなよ」

「舐めてやがんのか......」

「そうやって、すぐに感情任せに動くのは、君の欠点だ。そのせいで仲間から信用を失う」

「んだと?」

「変わらない態度だ。でも、お前のその意地。俺は好きだ。仲間のためにすぐに熱くなれる。仲間のために命を張れる。仲間のために、自分は後回しにできる。見上げたものだ。くだらない」

「......おい、お前は俺だと言ったな」

「ああ言ったさ」

「なら、さっきの発言はなんだ。くだらないってどういうことだ!」

「分からないのかい?」

 俺は、『俺』に詰め寄り、目と目を直に合わせる。

「これはお前のもう1つの人格だ。そして、お前の本性だ」

「本......性......?」

「そうだ。お前が、どんなちっぽけな思いだとしても、こうして『俺』という形で出てきたもう1人のお前だ」

「......なるほど。これが、写し鏡ってわけか」

 『俺』が、俺を突き放してそう言う。

「そうだ。これは紛れもないお前だ。お前の本性が、鏡のように写し出されているだけだ」

「チッ、こういうことかよ。まためんどくせぇことになりやがって」

「理解はできたようだね」

「ああ理解したさ。だから、こうするだけだ!」

 そう言い終えると、『俺』が俺に向かって殴りかかってきた。

「これが『俺』だと?ふざけるな!俺は仲間を見捨てることなんかしねえ。ましてや、仲間のために命を張ることをくだらねぇなんて思わねえ!」

「そう思っていたとしても、お前の心の片隅に、この思いがある」

「ふざけんな!そんなちっぽけな思い。本当にあるんだとしたら、ここで焼き払ってやる」

「それが、お前の答えかい?」

「ああそうだ!」

 そうか。所詮、俺は『俺』だったというわけか。

「お前のような『俺』はいらない。そんな生温い考えで、この世の中は生きていけない」

「黙れ!」

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「俺はシアラのことが好きだ。誰よりも愛してる。なのに、お前はなぜあいつのことを認めない?自分に好意を寄せてきているのだぞ?またとないチャンスじゃないか」

 目の前に佇むナルシストがそう言ってくる。

 ハッキリ言って、気持ち悪い。あいつは、もう1人の俺だと言ったが、流石にこんなナルシストをもう1人の俺だとは思いたくない。

「おや、さっきから君はずっと黙りだね。大丈夫。気持ちは分かるさ。なんせ、君は俺だからね」

 オェ......

 見てるだけで吐き気がしてくる。本当に、あれは俺なのか?誰でもいいから嘘偽りだらけのものだと言ってくれないか?

 そう願ったところで、こいつは本当に俺自身らしい。写し鏡とは言ったが、まさかこんな自分を見せられるとは思わなかった。どうせなら、闇堕ちした俺とかを見せてくれた方がまだ良かった。

「さぁ!君も己をさらけだしてしまえ!そうして、シアラと幸せな道にーー」

《ドカッ......》

 流石にこれ以上は聞いていられない。我慢に耐えかねて、俺はもう1人の俺に対して腹パンを喰らわせた。

「ひ、酷いことするね。これはもう1人の君だ。自分で自分を殴っているのだぞ......」

「ああそうかい。だとしたら、俺はお前を徹底的に痛めつけてやらねえとなぁ?こんなナルシストを俺は知らねえ」

「ふ、ふざけないでくれたまえ。これも君の一部なんだぞ。君を形成してる、君自身であるーー」

「次会う時はもっと自分に正直になれ」

 あいつの言葉を全て無視して、氷の槍で腹をぶっ刺してやる。

 自分殺し、という形にはなるが、こうしてナルシストな自分を鎮められるのなら丁度いい。二度と変な気を起こさないように、自分を叱るつもりでやる。

「......あっけねえ俺だったな。写し鏡なんて、隠れた自分を写し出すものでしかねえ。そこにどんな答えを出そうと、ハッキリとしたもんなら神殿は認めてくれるさ。ありがとな、ナルシスト俺」


 こうして、ヴェルドはあっさりと写し鏡の魔法を乗り越えてしまった。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「あなたねぇ。もう少しヴェルド様の気持ちを考えたら?あんたのせいでヴェルド様は困ってるのよ?」

 清楚な私が、私に向かって変なことを言ってくる。

「何を言ってるんですか!ヴェルド様にはあれくらいの愛情表現がいいんです!こうやって、ちょっとずつヴェルド様の心を開いていくことにこそ価値があるんですよ!分かりましたか?もう1人の私!」

「そんなことを言っても、ヴェルド様には一切気持ちは伝わりませんよ。もっと、こうやって清楚な気持ちで接しないとーー」

「素人は黙っててください。私には私なりのやり方があるんですっ!いくらもう1人の私だろうと、別人格なら別人そのもの。他人の恋路に口を出さないでください!ヴェルド様には今の愛情表現の仕方で振り向かせます」

「いや、でも、ほら、ヴェルド様だって困ってーー」

「その困った顔をするヴェルド様もまた、カッコいいんですよー。ああ、いつか私のものになる日が来ると思うと。んもぅっ最っ高!」

「え、えぇ......」

「いいですか!そんな弱腰で攻めても、ヴェルド様は堕とせません!」

「......」


 凄まじいまでの愛情表現で、もう1人の自分を引かせてしまったシアラは、ヴェルドと同じように試練を突破してしまった。このバカップル、頭が色んな意味でおかしい。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「本っ当にアホよねー?あいつら。人の話は聞かないし、すぐに暴れるし、ちょっとはこっちの身にもなってほしいくらいだわー」

 目の前のちょっとウザイ女の子ーーまあ、自分なのだがーーがそう言う。

 ここの仕組みはすぐに理解できた。写し鏡とは、自分の本性を写し出される場所。
 本性が表裏ない人ならば、こうやって全くもって悪人なのかどうかが分からない自分が現れる。私の場合、思いっきり裏の顔だったが。

 こんな自分がいる。それは、すぐに認められた。何せ、言ってることはそのまま思ったことがあるからだ。なんなら気が合いそうではある。これ、本当に裏の私?

「ねぇ、あんたはヴァルのことどう思ってるの?」

「えっ、ど、どうって......」

「どうもこうも、好きなんでしょ?」

「......好きっちゃ好きだけど......」

 あ、これ裏の私だ。表の私が絶対に思わないようにしてることを普通に言ってくる。

「はぁ、ヴァルのことが好きなのに、どうしてそんな我慢するかねー?」

「が、我慢ってそりゃ......」

「ネイがいるからでしょ?大丈夫。分かってるから。本当にあの子邪魔だよねー?スタイルは良いし、料理はできるし、賢いし、強いし、完璧だもの。それに比べて、私達は......」

 『私』が言うことがズキズキと心を痛めつけてくる。

「あの子さえいなければ、ヴァルは私のものだったかもしれないのに。もう手遅れだよ。ヴァルはネイが好き。私がヴァルに対してどう思おうと、あいつはもう気づかない。悔しいでしょ?」

「うん、悔しい」

「でしょでしょ?奪いたいでしょ?あんな龍人ごときが、なんで私なんかより上なの?って思うでしょ?」

「......」

「黙ってないで何か言いなさいよ!あなたは私。私はあなた。あなたが思うことは私も思ってる。ここは隠さず話せるところなの!」

「......」

 本当に、こんなのが自分なのだろうか?他人を妬み、恨む自分が、本当に自分なのだろうか?

「あーあ、黙りになっちゃったね。まあ仕方ないか。ネイさえいなくなれば、ヴァルは振り向いてくれる。あなたも、そう思うでしょ?」

 ネイがいなくなれば?ネイがいなくなったら、どうなる。私は、そんなことをしてまでヴァルの隣にいたいのか?

「ねぇどうなの?あなたの本心を聞かせてよ」

「私は......」

「うんうん」

「私はあなただ。でも、私は他人を妬み、恨むことなんてしない。善人ぶってるだけかもしれないけど、私は他人を蹴落としてまで手に入れる幸せが幸せだとは考えてない」

「......」

「でも、あなたは私。私も、そう思ったことはある。ヴァルが好きだ。でも、その気持ちは諦めないといけない」

「......」

「ごめん。私は自分に正直になれないタイプ。あなたのように、言いたいことを好きには言えない。でも、私は私の生き方で生きていく」

 嘘偽りの自分で、他人が幸せに、私も幸せになれるのなら、それでいい。ちっぽけな幸せばかりを追い求めはしない。それが、私だから。

「おめでとう。あなたはここのルールに抗った。自分を認め、そして自分を拒んだ。そんな矛盾した回答を持つ人は初めてだよ」

「あなた、やっぱり精霊だったのね」

「うん。僕はこの神殿で、ずっと君のような人が現れるのを待っていた」

 目の前にいた『私』が、小さな少年の姿に変わる。

「汝、真なる自分を導いた者として、ここに契約を結ぶ。我、名をネメシスという」

「よろしくね。ネメシス」

 ネメシスの小さな手を握ると、ネメシスの姿が消え、この手の中にアメジストのような輝きを放つ鍵が置いてあった。

「思わぬ収穫があったものね」
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