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第5章 【黒の心】

第5章19 【顔は想い出を映す】

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「オラッ大人しくしてやがれ!」

「痛っ」

 牢の中へと蹴り飛ばされる。

 硬い床とぶつかった肩に、じんじんと痛みが伝わってくる。

「何を抵抗しておるのやら」

「......なんで、なんであなたのような人が、意図も簡単に捕らえられてるのですか」

「確かに、妾の手にかかれば奴らをミジンコにすることは容易じゃ。でもな、それじゃと全てが解決するわけではない。物事には、順序というものがあるのじゃ」

 よく分からない人だ。

 お祖母様もそうだ。なぜそこまでの力を持っておいて、自分のために使うわけでもなく、人のために使うわけでもない。どうして力を持て余す。

 どれだけ多くの人が力有る者になろうとして、なれずに挫折して、力有る者はその力を有効に使わない。

 未来を見ることが出来るのに、なぜその力を使わない。時を止める力があるのに、なぜその力を使わない。

「ユミ。ユナの同類として言わせてもらうが、力を持っていても、その力は無闇に扱うものではない。人のために使うわけでも、自分のために使うわけでもないが、力には使い方というものがある」

「使い方ってどういう事よ。使い方なんて1つでしょう。自分の目的のために使う。それが最善」

「そうかもしれん。じゃが、それはただの自己満足に過ぎん」

「自己満足で何が悪いって言うの。お祖母様もそう。どうして自分のために使わないの?その力を使えば、自分だけでも幸せになれるかもしれないのに。未来が見えるのに、なんでその力を使わないの......」

「お主。蘇らせたい人物がおると言ったな。それは、ユナの事か?」

「......」

「残念じゃが、1度死んでしまった者は、どう足掻いても二度と蘇らん」

 なぜそう言いきれる。世の中には無限の可能性がある。お祖母様がそう言ってた。

「試したこともないのに言わないで!」

「試したことならある」

「......」

「試したことならある。妾も、昔、蘇らせたい人がおった。両親じゃがな」

 この人も、私と同じ、空っぽだ。

 空っぽだった。下手したら、私よりも悲しい人かもしれない。今の一言が、私にそう感じさせた。

「人を蘇らせるなんてバカなことはせん方がええ。人が人を作るなんぞ神の祖行じゃ。神の怒りに触れるその行いは、その身をも滅ぼすぞ」

「じゃあ、あなたは何者だと言うんですか」

「さあ?何者じゃろうな」

「......答えに、なってませんよ」

「......やれやれ。妾は怠惰の魔女、ツクヨミ。またの名をヴァルの契約龍、ネイと呼ぶ。ちなみに、そのヴァルというのはあのギルドで妾の隣におった赤髪の少年じゃ」

「......」

「よいか。人を蘇らせるとかいうことは望むな。死んだ者は死んだままじゃ。人体錬成なんぞ、やっても後悔しか残らん」

「じゃあ、じゃあお祖母様はどうしろって言うの!私を庇って死んだお祖母様は......、血は繋がってても何も知らない私を庇ったお祖母様は......、そんなんで幸せだって言うの......?」

「お主に何があったのかは知らんし、調べる気もない。じゃが、起きたことはそのまま受け入れる他無い」

 なんで力有る者は、その力を正しきことに使わない。

 私には、なんの力もないのに、力がない者の苦しみが、この人に分かるわけが無い。

「そう睨むな」

「力が有る人は良いですよね。そうやって余裕な態度でいられるんですから。力がない人の気持ちも知らずに......」

「......確かに、妾は力なき者の気持ちは分からん。じゃが、お主ら力なき者も、力が有る者の気持ちを知らんじゃろ?」

「......」

 それは......考えたことがなかった......。

「力有る者は、力なき者に勝手な期待を押し付けられる。その期待に応えられなければ、勝手に失望される。所詮、手の平返ししか出来ん雑魚の溜まり場じゃからな」

「そんなこと......」

「無いとでも言うのか?そうやって、傲慢な人間どもが争いを始める。ユナは、そんな人間どもを嘆いておったな」

「......」

「いつも人のことを思って、自分が犠牲になることは顧みない。どこが傲慢なのじゃろうな。周りの人間の方が余っ程傲慢じゃろうが」

「あなたも、そうなんですか?」

「いや、妾は本当に怠惰な魔女じゃよ」

「......」

「さて、そろそろ助けが来る頃かのう」

 助け?そんなもの、やって来るはずがない。ここの場所を知ってるのは、私とあいつらだけなんだから。

「......?」

 上の方から地響きがする。

「ほれ、来よった」

 ネイが立ち上がって、鉄格子へと近づく。

「こんなオンボロ鉄格子で閉じ込められるとでも思うたか」

 ネイがその鉄格子に触れると、小さな光と音を立てて砕け散った。

「ほれ、逃げるぞ」

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「まーったく、なんであんな奴のために俺達が駆り出されなきゃならねえんだよ」

「そう言ってやるなミイ。依頼人を守るのも俺達の仕事だ」

 突如として俺とミイの脳裏にやってきたSOS。その発信源はここの地下にある。

「ユミとネイがここに閉じ込められているのか......」

「あいつがホラでも吹かねえ限りな」

「その可能性、大いにあるんじゃないの?」

「わざわざ脳内通信使ってまで嘘はついてこねえだろ」

「そういう事だ。めんどくせえが、殺るしかねえ」

 ネイが捕まえられるほどの敵だから、警戒しないといけない。下手したら、レイジみたいな魔女って可能性もあるからな。ヒェッ......。

「どうでもいいから、ちゃっちゃと終わらせちまおうぜ。というか、ちゃんと給料出るよな?」

「後で残業代請求してろ。行くぞ」

 入口は精一杯建物に擬態して隠されている感じだったが、中はどこぞの神殿を思い出すデザインだ。

(そういや、こんな感じの神殿であいつのはっちゃけぶりを見たことがあったな)

 あの頃のあいつは、あれはあれで可愛げがあったな。今の全てを悟った賢者のような奴よりかは余っ程マシだ。なんであんなになったんだろうな。

 俺は、なぜか哀れみの目でミイの方を見る。

「なんだよ。急にジロジロ見て」

「いや、なんでもねえ」

 隠し事が多いままだが、それはそれであいつの個性として認めるしかない。口の悪さを改善できても、これだけは治せられない。何度も言うけど、絶対に治せられない。

「何者だ、貴様ら!」

「邪魔だ!どけ!」

 ミイの高速の剣が敵の腹部を貫く。

「安心しろ。殺しはしてねえよ」

 こんなに血溜まりができても、死にはしないのだと言う。どんな技術だ?

「待て!貴様ら!」

 うわぁ、どんどん出てきやがった。

 しかも、全員190は超えているであろう巨漢の大男達。こりゃ、人の良いネイだったら捕まるな。性的嫌がらせを受けてなきゃ良いんだが......まあ、そんな事しようものなら殺されてるし、問題はないだろうな。

 次から次へと現れる。この施設のどこに隠れていられる場所があるんだ。

「アイスニードル!」
「爆炎剣!」

 ただ、唯一の救いはこいつらが普通の人間だってことだな。

 今まで戦ってきた相手が相手だったが、こうして魔法が効いてくれるヤバそうな奴らは久しぶりだ。

 邪龍教は、殺しても殺せれねえし、邪龍は魔法が効かねえし、ラースだって魔法が効かなかったし。魔法が効かないってそれだけで強敵感あるからな。

「ネメシス!」

「やあ、お呼びかな?」

 あれが写し鏡の神殿で契約した精霊か......。他と違って随分幼いな。

「あれ?もしかして、戦えるかどうかも分からず呼んじゃった?」

 まさかのお試しで呼んだのか......。そういうのは何もない時に確認しとけよ。

「えっと......戦える?」

「うーん、まあ任せておいて」

 そう言うと、その精霊は自分の背丈よりもデカい斧を構える。

「ヴァル、それを気にするのもいいが、ちゃんと目の前の敵を狩っていけよ」

「ああ分かってる」

 それにしても敵が多い気がする。まさかまさかとは思うが、教徒みたいに増産タイプなんじゃないだろうか。

「流石に多過ぎねえか?」

「安心しろ。こいつらは全員ただの人間だ。大量生産されてるような物じゃねえよ」

「そうか。なら安心......できるわけねえよな」

「ああ。こいつら他と比べれば普通に強いからな」

 と言っても、数々の強敵を打ち負かしてきた俺たちにとっては雑魚に等しい。フウロ、シアラがついて来てないヴェルド、セリカ、俺、ミイ。これだけの武装戦力があれば余裕だ。

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

「しつこい敵ですね。ここの組織はどれだけの人員を確保してるんですか」

「知りません。この組織には深く関わってはいないので」

 牢を抜け出したのはいいが、敵が多すぎる。ユミを守りながらの突破は中々にしんどい。

「上でヴァル達も戦ってるみたいですね」

「とは言っても、ここが何階なのかが分からないと、イマイチ距離感が分かりませんね」

 距離感なんて、私にとってはあってないようなもんだから。適当に進んでいればそのうち合流できる。方向音痴に帰り道は存在しないのだ。

「止まれ!」

「止まれと言われて止まるやつがおるか!」

 そろそろ体力切れになってきた。改めて貧弱な体だと思う。かと言ってジーク達に交代しても、この数の敵を相手にユミを守りきることは難しい。

「はぁ、はぁ......」

「大丈夫ですか、ネイさん」

「ちょっと厳しいかもです......」

 ユミも戦えてはいるが、たくさんの敵を相手にするような戦い方ではない。1体1なら強いだろうが、1対複数の戦いには慣れていないようだ。

「フルヴァーナ!」

 本当に敵が多い。範囲技はマナの消費が激しいからあまり使いたくないのに、四方八方から攻め寄せてくるせいで、範囲魔法に頼らざるを得なくなる。

 ヴァル達も、この数の多さには苦戦しているのだろう。下の層に降りてくる気配がしない。

「ネイさん。こんな状況なんですけど......」

「要求があるなら一文で終わらせてください」

「あのネックレスを取り戻したいです」

「......」

「1度、欲望のために手放してしまいましたけれど、あれはお祖母様の大切な物なんです。よく分からない奴らには渡しておけません」

「今回だけですよ」

「ありがとうございます」

 ならば、まずはこの組織のリーダーを見つけなければならない。

 でも、どうやって探そうか。背格好はこいつらとほぼ一緒だった。これといった特徴も無いし、なんなら、今戦ってる奴らの中に紛れている可能性もある。

 もう1回、ユミに連れられて来た場所に行けばいるかもしれない。だが、あそこまでの道のりが分からない。

「......」

 雑魚兵士はたくさんやって来るが、幹部とかその辺の地位にいる強い奴らは現れない。

 これだけ騒ぎになっているのだから、「もうお前らは引っ込んでろ」とかそういうフラグを吐いて見事に死んでいくやつがこの手の話にはありがちなのに。

「......」

 使うしかないか。出来れば、ユミの目の前では使いたくなかった技ではあるが、この状況を乗り切るにはこれしかない。

「ユミ、妾にベッタリとくっついておれ」

「え、はい......?」

「輝月の世界」

 私とユミ以外の全ての時間を止める。

「今のうちに突っ切るぞ。お主が最初に連れて行った場所まで案内せい」

「え、あ、はい。ところで、これは......?」

「怠惰の特権じゃ。時間を止めることが出来ると言うたじゃろうが」

「......本当に出来るなんて」

「舐めるなよ。ユナの子孫。妾達が活躍しとった時代は、これより若干は劣るが、今よりも凄かったんじゃからな」

 800年前の人が、今の魔導師達を見れば、あれ程度でと思うだろう。それくらい今の魔導師達は弱い。

 だが、だからこそこの手の魔法はあまり使いたくない。簡単に言ってしまえば化け物だからだ。人から忌み嫌われるのはもう嫌だ。

「ユミ、お主は、妾のことを嫌いにならんでおくれよ」

「わ、分かりました」
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