14 / 153
第3章 ギルド体験週間編―2日目
ギルド体験週間2日目① 朝の風景
しおりを挟む
『ルーシィ、朝ですよ?ルーシィ、起きてください』
エアリーの声だ。
いつものようにエアリーの声で目を覚まし、うっすらと目を開ける。
視界に入ってきたのは、見知らぬ顔、いや違う、フェリカの顔だ。
すやすやとよく眠っている。実に可愛らしい寝顔だ。
自分は真ん中で眠ったはずなので、後ろにはルビアがいるはず。
寝返りをうつが、そこにルビアはいなかった。先に起きたのだろう。
そこまで考えてから、ルーシッドはゆっくりと起き上がった。
この魔法界は、基本的には日が昇ってから暗くなるまで活動するという、牧歌的ともいえる生活を行っている。
『時計』に当たる魔法具はあることはある。しかし一般的ではない。
魔法具は、詠唱文を魔法回路と演奏装置という特殊な方法で木材や鉄などを加工したものに書き込むことによって作られる。
魔法回路には魔法界と妖精界の間のリンクを形成する働きがあることが知られており、演奏装置は魔法詠唱文を翻訳によって音楽化したものを演奏するための装置である。楽譜の通りに並べられた鍵盤を流れるように動くバチが叩くように設計されたもので、この演奏装置のお陰でメロディーやテンポを覚えることなく、誰しもが魔法具を起動するだけで全く同一の魔法を発動することが出来るという仕組みである。
魔法回路に魔力が流れ、それと同時に演奏装置で音楽を流すことによって魔法が発動する。
この一連の流れが早ければ早いほど優秀な魔法具であるが、時計の魔法具は逆に発動にものすごく時間がかかる。それぞれの長さを調整し、魔法が発動するスピードを調整することにより、ちょうど私たちの時間で言うところの約1時間で1度魔法が発動する仕組みである。発動する魔法は時計によって様々だが、いずれにしろ魔法によって大きな音を出すことによって時間を知らせる仕組みとなっている。
その仕様上非常に大きな魔法具となるので、一般家庭に時計はなく、各町や学校などの大きな施設にあるだけである。
時計の魔法具は夜の間は鳴らないようにしてあって、日の出と同時に鐘が鳴り、そこから1時間おきに鳴る仕組みである。
魔法界にも四季は存在しているが、夏と冬で日の出日の入りの時刻、昼と夜の長さが大きく変わることはない。ちょうど日の出から6時間でだいたい正午くらい、そこから6時間で日没となる。昼と夜の時間はほぼ同じである。
日の出と同時になる鐘を「1の鐘(日の出の鐘)」と言うが、学校の授業は「3の鐘」から始まって、午前中は3の鐘の授業と4の鐘の授業の2つ、「5の鐘」から「7の鐘」までがお昼休み。
午後は、今は新入生ギルド体験週間なので授業はないが、通常であれば7~9の鐘の授業の3つがある。
10の鐘で学校が終了し、その後はスクールギルドに行ったりする。「13の鐘」が日の入りの鐘、その日の終わりを告げる鐘である。
ルーシッドは寝起きはあまりよくない方なので、日の出の鐘で起きることはあまりない。なので、日の出の鐘が鳴っても起きなかったら、ぼちぼち起こしてくれとエアリーに頼んであるのだった。ぼちぼちがどのくらいなのかは完全なエアリーのさじ加減なのだが、だいたい日の出から10~20分くらいで起こすようにしていた。エアリーは、自分の中の魔法回路の中を無色の魔力が巡る時間によって、正確に時を計測することができるのだった。
ルーシッドがフェリカを起こさないようにそっとベッドから立ち上がり、リビングルームに行くと、ルビアがストレッチをしていた。開脚をし、地面に頭をぺたりと付ける、開脚ストレッチの体勢だ。
「おはよう、ルビィ」
「あら、おはよう」
目線だけをちらりとルーシッドに向けてそう言ってから、ルビアはゆっくりと上半身を持ち上げた。
「毎朝やってるの?」
「えぇ、日課ね。今からランニングに行くけど、ルーシィも行く?」
ルビアは運動用の少しぴたっとしたスポーツウェアを着ていた。
「う~…運動はちょっと…」
『私は体力も少しはつけるように勧めているのですが、ルーシィは運動嫌いでして』
「ははは…」
ルーシッドは苦笑いする。
「そ?じゃあ、帰ってきたら、ご飯に行きましょう?」
「うん、いってらっしゃーい」
「あぁ…そっか、コフェア無いんだ。後で買いに行かないと…」
ルーシッドはコフェアという飲み物が好きだ。(コフェアは私たちの世界でいうところのコーヒーに近い飲み物で、製法も味もだいたい同じである)普段は朝はコフェアを飲むのが日課なのだが、昨日寮に来たばかりで、買っていないことに気づいた。
数分でフェリカが起きて来た。
「ふわぁ~…おはよ~…あたしが1番最後か~」
フェリカは伸びをしながら
「おはよ、良く眠れた?」
「寝た寝た~…あれ、ルビィは?」
フェリカは辺りをきょろきょろ見渡す。
「ランニングに行ったよ」
「へぇ…すご…ストイックな感じがルビィらしいね…ルーシィは日の出の鐘で起きたの?」
「いや、無理だから、いつもエアリーに頼んでる」
「へぇ、エアリー偉いね。あたしも明日から同じ時間に起こしてくれない?」
『いいですよ』
「そうだ、フェリカ、今日の放課後、買い物に行ってもいい?コフェアが欲しくて」
「いいね!私も足りないものあるから行こうと思ってた!ルビィも誘って3人で行こう」
「うん…あれ、そういえば、マリーさんは?」
ルーシッドは、ふと気が付いて誰にともなく尋ねた。
「あれ、ホントだ。マリー?マリーどこ?」
『なんじゃ、呼んだか』
マリーはすぅっと姿を現した。
「あ、そこにいたんだ」
『そこに、というかずっといたがな。姿を見えるようにしただけじゃ』
「そういうもんなんですね?」
『誰に見せるわけでもないのに、姿見せてても意味ないじゃろ』
「確かに…」
そうこうしているうちにルビアがランニングから戻ってきた。ルビアがシャワーを浴びて、3人がそれぞれ身支度を始める。ルビアに放課後に買い物に行かないかと誘うと、快く了承してくれた。
ちょうど2の鐘が鳴った。学校が始まるのには十分な余裕がある。
「そういえばさ~…昨日クレア先輩に貸したあれ…すごく便利そうだよねぇ…?」
フェリカがちらっとルーシッドの方を見る。
「そうね、瞬時に相手と連絡が取れるわけでしょ?完全にオーバーテクノロジーじゃない。どんな仕組みか想像もつかないけど、売ればすごいもうかりそう」
ルビアはツインテールのバランスを整えながら返事をした。
「まぁ、でもあれはまだ試作段階だからね。私自身よくわかってない部分も多いから、一般化はまだまだ先かな」
「へぇ…ねぇ、ルーシィ……あれってさ……クレア先輩に貸したやつの他にないの…?」
「ははは、欲しいんでしょ?2人の分もあるよ」
フェリカが明らかに欲しそうに聞いてくるので、ルーシッドは思わず笑ってしまった。
「やったぁ、ルーシィ愛してるぅー!」
「え、私もいいの?」
ルビアは内心欲しかったのか、目を輝かせた。
「まぁ今後あったら色々便利だしね。クレア先輩に渡したのはメール機能だけにしたけど、2人のにはコール機能も付けておいたよ。遠くにいてもこれを使えば会話ができるよ」
「なにそのオーバーテクノロジー…どうなってんの?いや、多分聞いてもわかんないけど…」
「んー…このいつも私が使ってる魔法具の予備を作ってる時に偶然発見したんだけどね。その魔法回路に無色の魔力を流してみた時に、正常に動作しなかったんだよ。多分、設計ミスだね。でも、その時、もう一つの魔法具の方のには触ってないのに、その中の魔力が勝手に魔法回路を流れ出したんだよね。
たぶん、思念波みたいなのを発生させてるんじゃないのかなぁ。まぁその辺はちょっとわかんないんだけどね。一応私は『魔力波』って呼んでるよ。
で、それを色々改良して作ったのがこれだね。一方の魔法具の魔法回路に魔力を流すとそれに反応して、もう一方の魔法具にある魔力が魔法回路の中を流れるんだ。それによって、文字や音とかの情報を送ってるんだよ」
「理屈はともかく、魔法回路の中を魔力が流れるだけよね?それで何で文字や音が送れるわけ?」
「全ての情報を魔法回路の中を魔力が『流れたか(1)・流れないか(0)』の2パターンに変換して送ってるんだよ。
まぁ、これ自体は前から私が使ってた方法だけどね。情報を記録する時には、『1か0』の情報に変えて保存して、魔術を発動する時には、情報を元に戻して(DECOMPRESSION:解凍の意味)使ってるんだよ」
「うん…やっぱりわかんないわ…」
ルビアはあきらめたように言った。深く考えないようにしよう、そう思った。
ルーシッドが偶然発見した『魔力波』の正体は、私たちが無線通信にも活用している『電波』である。
そして、ルーシッドが情報を記録するために使っている技術は、私たちの世界のコンピューターなどでも使われている『二進法』である。
ルーシッドは、魔法回路を『電気回路』、無色の魔力を『電気』の代わりのように使い、魔法と科学を掛け合わせたような、独自の技術を発展させていたのだった。それがルーシッドの言うところの『魔術』であった。
「ねぇねぇ、この魔法具って名前はないの?」
「名前…そういえばつけてないな、なんだろう?」
「まぁ見た目的には、『書き板』よね。機能的にも似ているところがあるわ」
「タブレット…ひらめいた!ルーシィの名字、リムピッドとかけて、『リムレット』にしよう!どう?あたしセンス良くない?」
「おー、いいんじゃない?呼びやすいし、じゃあはい、これ2人のリムレットね」
3人の身支度が整い、学食に朝食を食べに向かおうとした時だった。
「あれ、そういえばさ、マリーって私たちにしか見えないの?」
フェリカがマリーに尋ねる。
『見えないというわけではない。特定の人にだけ見えるようにできるというだけじゃ。じゃが、多分、妖精に対する感受性の強い魔法使いなら、存在くらいはわかるかもしれん』
マリーは朝の食事をしながら答える。今朝のレシピはマフィンだ。同じ魔力でも調理法によって味は少し変わるらしい。
「そうなんだね。なら良かった。じゃあ、一緒に登校できるね?」
『そうじゃな。他にすることもないし、一緒に行くとするかの。じゃがお前ら、癖で私に話しかけないように気を付けるのじゃぞ?ひとり言喋ってる変な奴扱いされても責任持たんぞ』
「気を使ってくれてありがとう」
ルビアがくすくすと笑う。妙に人間味のある妖精だ。契約専門と言っていたし、長い間人間と共に暮らしてきたからだろうか。
「そういえばマリーの属性って何?どんな魔法が使えるの?」
『私か?私は闇属性が一番得意かのぉ』
「あぁ、ぽいっ!かっこいい!」
『じゃろ?ヴァンパイアらしいじゃろ?ヴァンパイアといえば闇属性じゃろ?』
ヴァンパイアっぽい、ヴァンパイアらしいと言っても、この世界にはヴァンパイアはマリー1人しかいないのだから、何がぽくて、何がらしいのかはよくわからないが、何となくヴァンパイアに関して残されている文献からすると、闇属性っぽいのは事実である。
「闇属性」とは純色の1つ黒の魔力に対応する属性であるが、これは「闇」すなわち「暗闇」を操る属性ではない。それはどちらかと言えばルビアが得意とする「影属性」の方である。
「闇属性」は「温度を下げる」という特殊な属性である。夜になると気温が下がることがこの属性が闇属性と言われている理由だと思われる。
闇属性は他の属性と違い、生成を行うことができないのが特徴である。
そこに水が存在するならそれを氷に変えることができるが、氷そのものを生成することはできない。
「氷の魔法」つまり、氷の生成や造形を自ら行うことができるのは紺系統(青と黒の混色)の魔力を持つ魔法使いである。
相手が水属性や火属性だった場合には、相手の魔法を乗っ取ったり、無効化したりすることが可能なので、かなり強力な属性となる。
ちなみに反対の効果「温度を上げる効果」を持つのは「火属性」である。
科学的な観点から言えば、そもそも「火」とは物質が燃焼することによって生じる現象のことである。「火の魔法」とは厳密に言えば「酸化反応を生じさせる魔法」であり、それゆえにものを温める「熱の魔法」なども赤の魔力で使うことができるのである。
余談ではあるが、この魔法界の冷蔵庫・冷凍庫にあたる魔法具は、この闇属性の魔法を使ったものである。
以前にも少しふれた、ライカが使用する白の魔力に対応する「光属性」についても少し触れておくと、これは一般的には「雷の魔法」と呼ばれているもので、「電気を操る魔法」である。これも厳密には「光」とイコールではない。光は放電によって生じるものであって、雷の魔法で光だけを発生させることはできないからだ。
雷の魔法は、夜の明かり用の魔法具などにも広く使われている。
『あとは火属性も得意じゃな!攻撃用では風属性も使えるぞ、爪でずばっとやれば、斬撃がびゅーんって飛ぶぞ。それと、毒属性じゃな。まぁこれは噛んだやつにしか効かんが。それと移動手段として、影属性が使えるかの。あとは治癒が得意じゃ、傷はすぐに治せるぞ。あとは造形も得意じゃ、翼を作って飛ぶこともできるぞ。動物の形を作って動かすやつ、いわゆる眷属ってやつも得意じゃな』
「えぇ!?マリーすごくない?何でもできるんだね!」
『まぁな、神位じゃからな、神、じゃからな!というか、契約者なんじゃから、今やこの力はお前のものも同然じゃぞ?約束を違わぬ限り、お前のそばにいてやろうぞ、わはは!』
マリーはマフィンを食べながら上機嫌にフェリカの周りをふわふわと飛び回る。
「そうか…よく考えたら、私たちは妖精の力を借りて、生成や治癒や造形、操作いろいろな魔法を使っているけど、そもそも妖精たちは、自分の力を自由に使えるのよね」
「特にマリーさんは神位だからね」
「ねぇ…もしかして、フェリカこれで一気に魔法使い最強レベルなんじゃない…?」
「だねー、さすがに私でも倒せないなー」
「負けはしないのね…あんたも大概だわ…」
無色の魔力によって妖精を使役することなく、ありとあらゆる事象を改変できる『魔術師』ルーシッド・リムピッド
高い魔法力・魔法技術を有するオールラウンダーでありながら、隠密・暗殺にたけた影の魔法の使い手『緋色の魔法使い』ルビア・スカーレット
失われた古代魔法、ルーン魔法の使い手であり、そして今や神位の妖精ヴァンパイアの『契約者』となったフェリカ・シャルトリュー
この3人が同じパーティーというのは反則である。もはや卑怯といってもいい。
エアリーの声だ。
いつものようにエアリーの声で目を覚まし、うっすらと目を開ける。
視界に入ってきたのは、見知らぬ顔、いや違う、フェリカの顔だ。
すやすやとよく眠っている。実に可愛らしい寝顔だ。
自分は真ん中で眠ったはずなので、後ろにはルビアがいるはず。
寝返りをうつが、そこにルビアはいなかった。先に起きたのだろう。
そこまで考えてから、ルーシッドはゆっくりと起き上がった。
この魔法界は、基本的には日が昇ってから暗くなるまで活動するという、牧歌的ともいえる生活を行っている。
『時計』に当たる魔法具はあることはある。しかし一般的ではない。
魔法具は、詠唱文を魔法回路と演奏装置という特殊な方法で木材や鉄などを加工したものに書き込むことによって作られる。
魔法回路には魔法界と妖精界の間のリンクを形成する働きがあることが知られており、演奏装置は魔法詠唱文を翻訳によって音楽化したものを演奏するための装置である。楽譜の通りに並べられた鍵盤を流れるように動くバチが叩くように設計されたもので、この演奏装置のお陰でメロディーやテンポを覚えることなく、誰しもが魔法具を起動するだけで全く同一の魔法を発動することが出来るという仕組みである。
魔法回路に魔力が流れ、それと同時に演奏装置で音楽を流すことによって魔法が発動する。
この一連の流れが早ければ早いほど優秀な魔法具であるが、時計の魔法具は逆に発動にものすごく時間がかかる。それぞれの長さを調整し、魔法が発動するスピードを調整することにより、ちょうど私たちの時間で言うところの約1時間で1度魔法が発動する仕組みである。発動する魔法は時計によって様々だが、いずれにしろ魔法によって大きな音を出すことによって時間を知らせる仕組みとなっている。
その仕様上非常に大きな魔法具となるので、一般家庭に時計はなく、各町や学校などの大きな施設にあるだけである。
時計の魔法具は夜の間は鳴らないようにしてあって、日の出と同時に鐘が鳴り、そこから1時間おきに鳴る仕組みである。
魔法界にも四季は存在しているが、夏と冬で日の出日の入りの時刻、昼と夜の長さが大きく変わることはない。ちょうど日の出から6時間でだいたい正午くらい、そこから6時間で日没となる。昼と夜の時間はほぼ同じである。
日の出と同時になる鐘を「1の鐘(日の出の鐘)」と言うが、学校の授業は「3の鐘」から始まって、午前中は3の鐘の授業と4の鐘の授業の2つ、「5の鐘」から「7の鐘」までがお昼休み。
午後は、今は新入生ギルド体験週間なので授業はないが、通常であれば7~9の鐘の授業の3つがある。
10の鐘で学校が終了し、その後はスクールギルドに行ったりする。「13の鐘」が日の入りの鐘、その日の終わりを告げる鐘である。
ルーシッドは寝起きはあまりよくない方なので、日の出の鐘で起きることはあまりない。なので、日の出の鐘が鳴っても起きなかったら、ぼちぼち起こしてくれとエアリーに頼んであるのだった。ぼちぼちがどのくらいなのかは完全なエアリーのさじ加減なのだが、だいたい日の出から10~20分くらいで起こすようにしていた。エアリーは、自分の中の魔法回路の中を無色の魔力が巡る時間によって、正確に時を計測することができるのだった。
ルーシッドがフェリカを起こさないようにそっとベッドから立ち上がり、リビングルームに行くと、ルビアがストレッチをしていた。開脚をし、地面に頭をぺたりと付ける、開脚ストレッチの体勢だ。
「おはよう、ルビィ」
「あら、おはよう」
目線だけをちらりとルーシッドに向けてそう言ってから、ルビアはゆっくりと上半身を持ち上げた。
「毎朝やってるの?」
「えぇ、日課ね。今からランニングに行くけど、ルーシィも行く?」
ルビアは運動用の少しぴたっとしたスポーツウェアを着ていた。
「う~…運動はちょっと…」
『私は体力も少しはつけるように勧めているのですが、ルーシィは運動嫌いでして』
「ははは…」
ルーシッドは苦笑いする。
「そ?じゃあ、帰ってきたら、ご飯に行きましょう?」
「うん、いってらっしゃーい」
「あぁ…そっか、コフェア無いんだ。後で買いに行かないと…」
ルーシッドはコフェアという飲み物が好きだ。(コフェアは私たちの世界でいうところのコーヒーに近い飲み物で、製法も味もだいたい同じである)普段は朝はコフェアを飲むのが日課なのだが、昨日寮に来たばかりで、買っていないことに気づいた。
数分でフェリカが起きて来た。
「ふわぁ~…おはよ~…あたしが1番最後か~」
フェリカは伸びをしながら
「おはよ、良く眠れた?」
「寝た寝た~…あれ、ルビィは?」
フェリカは辺りをきょろきょろ見渡す。
「ランニングに行ったよ」
「へぇ…すご…ストイックな感じがルビィらしいね…ルーシィは日の出の鐘で起きたの?」
「いや、無理だから、いつもエアリーに頼んでる」
「へぇ、エアリー偉いね。あたしも明日から同じ時間に起こしてくれない?」
『いいですよ』
「そうだ、フェリカ、今日の放課後、買い物に行ってもいい?コフェアが欲しくて」
「いいね!私も足りないものあるから行こうと思ってた!ルビィも誘って3人で行こう」
「うん…あれ、そういえば、マリーさんは?」
ルーシッドは、ふと気が付いて誰にともなく尋ねた。
「あれ、ホントだ。マリー?マリーどこ?」
『なんじゃ、呼んだか』
マリーはすぅっと姿を現した。
「あ、そこにいたんだ」
『そこに、というかずっといたがな。姿を見えるようにしただけじゃ』
「そういうもんなんですね?」
『誰に見せるわけでもないのに、姿見せてても意味ないじゃろ』
「確かに…」
そうこうしているうちにルビアがランニングから戻ってきた。ルビアがシャワーを浴びて、3人がそれぞれ身支度を始める。ルビアに放課後に買い物に行かないかと誘うと、快く了承してくれた。
ちょうど2の鐘が鳴った。学校が始まるのには十分な余裕がある。
「そういえばさ~…昨日クレア先輩に貸したあれ…すごく便利そうだよねぇ…?」
フェリカがちらっとルーシッドの方を見る。
「そうね、瞬時に相手と連絡が取れるわけでしょ?完全にオーバーテクノロジーじゃない。どんな仕組みか想像もつかないけど、売ればすごいもうかりそう」
ルビアはツインテールのバランスを整えながら返事をした。
「まぁ、でもあれはまだ試作段階だからね。私自身よくわかってない部分も多いから、一般化はまだまだ先かな」
「へぇ…ねぇ、ルーシィ……あれってさ……クレア先輩に貸したやつの他にないの…?」
「ははは、欲しいんでしょ?2人の分もあるよ」
フェリカが明らかに欲しそうに聞いてくるので、ルーシッドは思わず笑ってしまった。
「やったぁ、ルーシィ愛してるぅー!」
「え、私もいいの?」
ルビアは内心欲しかったのか、目を輝かせた。
「まぁ今後あったら色々便利だしね。クレア先輩に渡したのはメール機能だけにしたけど、2人のにはコール機能も付けておいたよ。遠くにいてもこれを使えば会話ができるよ」
「なにそのオーバーテクノロジー…どうなってんの?いや、多分聞いてもわかんないけど…」
「んー…このいつも私が使ってる魔法具の予備を作ってる時に偶然発見したんだけどね。その魔法回路に無色の魔力を流してみた時に、正常に動作しなかったんだよ。多分、設計ミスだね。でも、その時、もう一つの魔法具の方のには触ってないのに、その中の魔力が勝手に魔法回路を流れ出したんだよね。
たぶん、思念波みたいなのを発生させてるんじゃないのかなぁ。まぁその辺はちょっとわかんないんだけどね。一応私は『魔力波』って呼んでるよ。
で、それを色々改良して作ったのがこれだね。一方の魔法具の魔法回路に魔力を流すとそれに反応して、もう一方の魔法具にある魔力が魔法回路の中を流れるんだ。それによって、文字や音とかの情報を送ってるんだよ」
「理屈はともかく、魔法回路の中を魔力が流れるだけよね?それで何で文字や音が送れるわけ?」
「全ての情報を魔法回路の中を魔力が『流れたか(1)・流れないか(0)』の2パターンに変換して送ってるんだよ。
まぁ、これ自体は前から私が使ってた方法だけどね。情報を記録する時には、『1か0』の情報に変えて保存して、魔術を発動する時には、情報を元に戻して(DECOMPRESSION:解凍の意味)使ってるんだよ」
「うん…やっぱりわかんないわ…」
ルビアはあきらめたように言った。深く考えないようにしよう、そう思った。
ルーシッドが偶然発見した『魔力波』の正体は、私たちが無線通信にも活用している『電波』である。
そして、ルーシッドが情報を記録するために使っている技術は、私たちの世界のコンピューターなどでも使われている『二進法』である。
ルーシッドは、魔法回路を『電気回路』、無色の魔力を『電気』の代わりのように使い、魔法と科学を掛け合わせたような、独自の技術を発展させていたのだった。それがルーシッドの言うところの『魔術』であった。
「ねぇねぇ、この魔法具って名前はないの?」
「名前…そういえばつけてないな、なんだろう?」
「まぁ見た目的には、『書き板』よね。機能的にも似ているところがあるわ」
「タブレット…ひらめいた!ルーシィの名字、リムピッドとかけて、『リムレット』にしよう!どう?あたしセンス良くない?」
「おー、いいんじゃない?呼びやすいし、じゃあはい、これ2人のリムレットね」
3人の身支度が整い、学食に朝食を食べに向かおうとした時だった。
「あれ、そういえばさ、マリーって私たちにしか見えないの?」
フェリカがマリーに尋ねる。
『見えないというわけではない。特定の人にだけ見えるようにできるというだけじゃ。じゃが、多分、妖精に対する感受性の強い魔法使いなら、存在くらいはわかるかもしれん』
マリーは朝の食事をしながら答える。今朝のレシピはマフィンだ。同じ魔力でも調理法によって味は少し変わるらしい。
「そうなんだね。なら良かった。じゃあ、一緒に登校できるね?」
『そうじゃな。他にすることもないし、一緒に行くとするかの。じゃがお前ら、癖で私に話しかけないように気を付けるのじゃぞ?ひとり言喋ってる変な奴扱いされても責任持たんぞ』
「気を使ってくれてありがとう」
ルビアがくすくすと笑う。妙に人間味のある妖精だ。契約専門と言っていたし、長い間人間と共に暮らしてきたからだろうか。
「そういえばマリーの属性って何?どんな魔法が使えるの?」
『私か?私は闇属性が一番得意かのぉ』
「あぁ、ぽいっ!かっこいい!」
『じゃろ?ヴァンパイアらしいじゃろ?ヴァンパイアといえば闇属性じゃろ?』
ヴァンパイアっぽい、ヴァンパイアらしいと言っても、この世界にはヴァンパイアはマリー1人しかいないのだから、何がぽくて、何がらしいのかはよくわからないが、何となくヴァンパイアに関して残されている文献からすると、闇属性っぽいのは事実である。
「闇属性」とは純色の1つ黒の魔力に対応する属性であるが、これは「闇」すなわち「暗闇」を操る属性ではない。それはどちらかと言えばルビアが得意とする「影属性」の方である。
「闇属性」は「温度を下げる」という特殊な属性である。夜になると気温が下がることがこの属性が闇属性と言われている理由だと思われる。
闇属性は他の属性と違い、生成を行うことができないのが特徴である。
そこに水が存在するならそれを氷に変えることができるが、氷そのものを生成することはできない。
「氷の魔法」つまり、氷の生成や造形を自ら行うことができるのは紺系統(青と黒の混色)の魔力を持つ魔法使いである。
相手が水属性や火属性だった場合には、相手の魔法を乗っ取ったり、無効化したりすることが可能なので、かなり強力な属性となる。
ちなみに反対の効果「温度を上げる効果」を持つのは「火属性」である。
科学的な観点から言えば、そもそも「火」とは物質が燃焼することによって生じる現象のことである。「火の魔法」とは厳密に言えば「酸化反応を生じさせる魔法」であり、それゆえにものを温める「熱の魔法」なども赤の魔力で使うことができるのである。
余談ではあるが、この魔法界の冷蔵庫・冷凍庫にあたる魔法具は、この闇属性の魔法を使ったものである。
以前にも少しふれた、ライカが使用する白の魔力に対応する「光属性」についても少し触れておくと、これは一般的には「雷の魔法」と呼ばれているもので、「電気を操る魔法」である。これも厳密には「光」とイコールではない。光は放電によって生じるものであって、雷の魔法で光だけを発生させることはできないからだ。
雷の魔法は、夜の明かり用の魔法具などにも広く使われている。
『あとは火属性も得意じゃな!攻撃用では風属性も使えるぞ、爪でずばっとやれば、斬撃がびゅーんって飛ぶぞ。それと、毒属性じゃな。まぁこれは噛んだやつにしか効かんが。それと移動手段として、影属性が使えるかの。あとは治癒が得意じゃ、傷はすぐに治せるぞ。あとは造形も得意じゃ、翼を作って飛ぶこともできるぞ。動物の形を作って動かすやつ、いわゆる眷属ってやつも得意じゃな』
「えぇ!?マリーすごくない?何でもできるんだね!」
『まぁな、神位じゃからな、神、じゃからな!というか、契約者なんじゃから、今やこの力はお前のものも同然じゃぞ?約束を違わぬ限り、お前のそばにいてやろうぞ、わはは!』
マリーはマフィンを食べながら上機嫌にフェリカの周りをふわふわと飛び回る。
「そうか…よく考えたら、私たちは妖精の力を借りて、生成や治癒や造形、操作いろいろな魔法を使っているけど、そもそも妖精たちは、自分の力を自由に使えるのよね」
「特にマリーさんは神位だからね」
「ねぇ…もしかして、フェリカこれで一気に魔法使い最強レベルなんじゃない…?」
「だねー、さすがに私でも倒せないなー」
「負けはしないのね…あんたも大概だわ…」
無色の魔力によって妖精を使役することなく、ありとあらゆる事象を改変できる『魔術師』ルーシッド・リムピッド
高い魔法力・魔法技術を有するオールラウンダーでありながら、隠密・暗殺にたけた影の魔法の使い手『緋色の魔法使い』ルビア・スカーレット
失われた古代魔法、ルーン魔法の使い手であり、そして今や神位の妖精ヴァンパイアの『契約者』となったフェリカ・シャルトリュー
この3人が同じパーティーというのは反則である。もはや卑怯といってもいい。
0
あなたにおすすめの小説
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
女神様、もっと早く祝福が欲しかった。
しゃーりん
ファンタジー
アルーサル王国には、女神様からの祝福を授かる者がいる。…ごくたまに。
今回、授かったのは6歳の王女であり、血縁の判定ができる魔力だった。
女神様は国に役立つ魔力を授けてくれる。ということは、血縁が乱れてるってことか?
一人の倫理観が異常な男によって、国中の貴族が混乱するお話です。ご注意下さい。
女神に頼まれましたけど
実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。
その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。
「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」
ドンガラガッシャーン!
「ひぃぃっ!?」
情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。
※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった……
※ざまぁ要素は後日談にする予定……
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
【完結】婚約者と仕事を失いましたが、すべて隣国でバージョンアップするようです。
鋼雅 暁
ファンタジー
聖女として働いていたアリサ。ある日突然、王子から婚約破棄を告げられる。
さらに、偽聖女と決めつけられる始末。
しかし、これ幸いと王都を出たアリサは辺境の地でのんびり暮らすことに。しかしアリサは自覚のない「魔力の塊」であったらしく、それに気付かずアリサを放り出した王国は傾き、アリサの魔力に気付いた隣国は皇太子を派遣し……捨てる国あれば拾う国あり!?
他サイトにも重複掲載中です。
追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている
潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる