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第3章 ギルド体験週間編―2日目
ギルド体験週間2日目⑩ 潜入
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「確かに何もないな…オリガ君、魔法の糸はどこに繋がっている?」
「えっとこの下に繋がっています!」
「やはり地下室への入り口があるのかも知れないな…」
「しかし入り口らしきものはありませんが…おや?この模様は何でしょうか?」
見るとそこには魔法陣のようなものが刻まれていた。
「おそらく、魔法回路を用いた鍵だと思います。真ん中に魔法石が埋め込まれていて、そこを中心に5つの同心円状の模様が描かれています。
でも、よく見るとその模様が繋がっていません。おそらく、この模様を正しい形に組み上げると、魔法石から魔法回路へと魔力が流れて、地下への入り口が開く仕組みだと思います」
ルーシッドはそれを観察してそう述べた。
ルーシッドは自分で『魔法回路』だと説明しながら、頭の中では別の事を考えていた。
違う…これは魔法陣だ
ここの主は魔法陣を描く技術を持っているのか?
それとも何かの文献から発見したものだろうか?
「これは…だいぶ骨が折れそうね…一体何通りあるのかしら…」
ルビアはそうもらしたが、ルーシッドはそれには答えず、腕組をしてじっとそれを眺めていた。そして、おもむろにそれに触れ、真ん中の円から順番に回し始める。その手には迷いがない。一度も悩むことなく5つの円を回すと、模様はぴたりとはまり、真ん中の魔法石が光を発し、魔法回路に魔力が流れ出す。そして、そこには地下へ続く階段が現れた。
「す、すごいな。ルーシッド君…」
「まぁ、こういうのは得意なんで。さて、乗り込む前に、キリエ、一応中を確認してきてくれる?」
『うん、オッケー!』
『一応、私も行こう。何やらヤバい空気がひしひしとするぞぃ』
「わっ!だ、誰だ!?」
「キリィと同じ思念体!?」
マリーが突然姿を現したので、マリーの事を知らないマーシャとフランチェスカ、オリガは驚く。先ほどのルーシッド達との会話は姿を見せずに、ルーシッド達だけと行っていたのだ。
『厳密には思念体とは少し違うな。私には元より肉体という概念がないからの。私は神位の妖精ヴァンパイア。今はフェリカの契約に応じ、この魔法界におる』
「ヴァ、ヴァンパイア!?実在したのか…てっきり空想上の妖精かと思っていた…」
「神位の妖精は契約に応じないと思っていました…」
『まぁ、私が少し特別なだけじゃ。他のやつは応じないと思うぞ。さて、キリィ、行くぞ』
『はい、マリーさん!』
2人は地下へと続く階段を滑るように降りて行った。階段は薄っすらとだが明かりがともっていた。
『マリーさんとの会話って周りの人には聞こえないんですかね?』
『キリィは〈思念体〉という存在じゃ。思念体というのは結局実体があるわけではない。相手の思考に直接働きかけることで、そこにいると相手が認識したり、相手と話したりできるだけじゃ。キリィのことを知らない人からは全く認識されないから安心せぇ。
むっ!キリィ、見てみい、護衛が2人じゃ。それに奥にあるのは、扉じゃな…おそらくあの奥に実験室があるのじゃろう』
『中を確認してみますか?』
『いや、やめておこう。さすがにここは何があるかわからん。敵を倒すだけなら行っても良かったが、今回はゲイリーとやらの救出が目的じゃからな』
『じゃあ、護衛はどうしますか?倒しちゃいますか?』
キリエは思念体の状態でも魔法が使えるし、マリーも同様だ。
『まぁそれでもいいんじゃが、上のやつらがどんな策を考えるか見てやろう』
そう言うと、2人は上に戻っていった。
「護衛が2人か…階段を下りて真っすぐのところに扉があっては隠れることもできない…どうしたものか」
「私が始末してきます」
ルビアが名乗りをあげた。
「そうか、ルビア君の影の魔法で…!」
『影の魔法』には様々な側面がある。
1つは影に潜む妖精、『影の妖精』を使役することで、自分の影や相手の影を実体化する魔法。これは影が実体化しているというよりは、影の妖精が実体化していると言ったほうが正しい。これによって相手の動きを止めたりすることもできる。
そして、暗闇に潜むことで、相手に視認させにくくする魔法。これは文字通りには相手の目に入る光を制御し、認識を阻害する魔法である。それに加えて、地面に作用し、足音を消すことができる。まさに火属性と土属性の混合魔法である。
それに加えて、地面に作用することで、影に潜るように地面の中に潜って移動する魔法もある。影の妖精の働きにより、地面の中を移動している間も土まみれになったり、息ができないというようなことはない。影から影への移動に制限はされてしまうが、相手の背後に回ったり、緊急回避のような使い方もできるため、非常に有用な魔法である。
「はい、では行ってきます」
そう言うと、ルビアは懐から漆黒の短刀を取り出した。魔剣『カルンウェナン』である。その効果は「認識阻害」。ルビアがカルンウェナンに魔力を込めると、ルビアは闇へと溶けた。
ルビアが影の魔法の効果で音もなく階段を下りていくと、そこには報告通り、2人の護衛が立っていた。一瞬でもタイミングがずれれば、どちらかに気づかれてしまう。また、カルンウェナン以外の武器を使っても、自分の存在に気づかれてしまう。カルンウェナンを手にしたこの状態では、攻撃はカルンウェナンによる直接攻撃に限られてしまうのだ。
しかし、そんなことはルビアにとっては何の問題にもならない。それこそ子供のころから何百回と練習してきた攻撃だ。
そう、ルビアはみんなには秘密にしていることがあった。それはスカーレット家に関する秘密である。スカーレット家はディナカレア王国の東に位置する、ミルギニア帝国に代々続く名家であるが、謎に包まれている部分も多い。
それもそのはず、実はスカーレット家は、歴代のミルギニア皇帝に代々仕え、影から守り支えてきた存在である。
表向きはいわゆる普通の貴族階級であるが、裏では護衛や諜報活動、場合によっては暗殺も行う、いわゆる『アサシン』の一族、それがスカーレット家なのである。
今は、各国の間で協定が結ばれ国同士の戦争はなくなった。また、ミルギニア帝国内でも、内紛やクーデターなども起きていないので、平和な世界である。魔法使いが戦争に駆り出されるなどという事態は何十年も起こっていない。
しかし、スカーレット家はいつ何が起きてもいいように、代々皇帝一族に仕え続けているのである。
皇帝の護衛の地位は基本的に代々男性が継ぎ、今はルビアの父がその地位についている。ルビアには兄もいるので、ルビアがその地位につくことは基本的にないと思われる。それゆえに、ルビアは比較的自由に行動することを許されている。ディナカレア魔法学院に入学したのも、各国から集う色々なタイプの魔法使いと対峙することで、対処法や技術を学んでくるようにという家族の意向があったからだ。
ルビアは正々堂々、真正面から戦うのが好きであった。こそこそ隠れて相手を攻撃するのは卑怯だと思っていた。子供の頃は、そのことで家族に反発したこともあった。もちろん、家族との仲は決して悪くない。むしろ良い方である。兄からは溺愛されていると言ってもいい。
それに今では、『アサシン』という在り方を少しは理解できる。それはこの学院に入って、ルーシッドやフェリカ、キリエなど良い友達に会うことができたからだろうと思う。
仲間の役に立つのなら、せっかく自分が持っているもの、使えるものはありがたく使おうという気になったのだ。
ルビアは速やかに敵に近づき、ほぼ同時に2人の意識を奪う。殺すこともできるが、今回の目的はゲイリーの奪還、そして、この研究施設の実態を暴くことである。最終的な判断は、国の騎士団や調査団に任せることになるだろう。戦闘に巻き込まれて、自己防衛で仕方なく倒したと言えば別に問題はないだろうが、事情聴取を行うに当たっては、なるべく生け捕りが望ましい。
ルビアは『鉄の生成と造形の魔法』を使い、口に猿ぐつわをかけ、2人を壁に貼り付けにする形で拘束し、地上へと戻った。
「よし、では乗り込もう」
全員で階段を降りていき、扉の前に立つ。
「この扉には何も仕掛けはありませんね」
「護衛も置いていたし、そもそもここまで来る人はいないと考えていたんだろう。では…開けるぞ?みんな準備はいいな?」
マーシャが重い扉をゆっくりと開ける。
「こ…これは…何だ?」
「人間…いや、魔法人形…!?」
その部屋の壁には何体ものマネキンのようなものが立っていた。しかし人影はない。そして、さらに奥に扉があり、その先にまだ部屋があるようだ。
「これは、自動魔法人形…自動魔法人形がこんなにたくさん!?
そ、そんなことより、ゲイリーは…あの奥の部屋だわ!」
オリガは奥にある扉を指差す。
「なんと…ここまでたどり着くとはねぇ?」
その時だった。奥の部屋から白衣を着た女性が姿を現した。その後ろにはゲイリーの姿があった。
ゲイリーは薄い布一枚だけをまとっていた。その目には輝きが無く、額には魔法石がはめ込まれており、そこから顔、そして全身へと記号やら謎の文字やらが網目のように書き込まれ、張り巡らされていた。
「あなたは……リスヴェル・ブクレシュティ!?」
「知り合いか?」
オリガに対してマーシャが尋ねる。
「はい…『世界最高の人形師』と言われた人です。私たちのように糸によって操作する魔法人形ではなく、自立して動く自動魔法人形という人形を作れる唯一の人形師です。そんな、リスヴェルさんが何で…」
「あぁ、あなたは確か、シュタイン家の娘さん?大きくなったね」
「リスヴェルさん、私のゲイリーに何をしたんですか?」
「なに、この子が強さを求めていたから、それに答えたまでだよ。私の『生人形』の実験体としてね」
「りっ、生人形?」
聞いたことがない言葉だが、何か響きから嫌な予感がして、オリガは聞き返した。
「私が編み出した『人間を生きたまま人形にする技術』だよ。魔法石によって魔力が補強され、さらに全身に組み上げた、私独自の魔法回路、古代言語魔法回路により、無詠唱で魔法を発動することができるんだ。
ゲイリーはもともとの魔力ランクも高かった分、今や魔力ランクはS相当。超高位魔法だって無詠唱で即座に発動できる。どうだい、この私の最高傑作。すごいと思わないか?」
「ゲイリー!返事をして、ゲイリー!」
「ふむ、少しは私の作品に対する賛辞をくれてもいいと思うんだけどね?
…話しても無駄だよ。彼女は今は人形だからね。意識がないんだよ」
「そんな…ゲイリー!お願い、答えてゲイリー!私、強さなんていらない!あなたがいてくれればそれでいいの!ねぇ、ゲイリー!一緒に帰ろう!」
ゲイリーは答えない。
だがその時だった。ゲイリーの目から頬に一筋の涙がつたった。
「声が届いた!
さっき『生きたまま』人形にするとあの人は言った。完全に意識がないわけじゃない。意識が封じ込められているんだ…」
ルーシッドはそう分析した。
「さて…この秘密を知られたからには、あなたたちを生きて返すわけにはいかない。すまないね?」
リスヴェルがパチンと指を鳴らすと、後方の自動魔法人形たちが動き出す。そして、ゲイリーも唸り声を上げて、動き出した。
「まずいぞ…」
「そんな、ゲイリー!ゲイリー!」
その時、ルーシッドが口を開いた。
「みなさん、お願いがあります。ゲイリーは私が何とかするので、その間他のやつらの対処をお願いします」
「何とかできるのか?」
「無理に魔法回路を切ろうとすれば、恐らく魔法石から回路に流れる魔力が暴走し、精神に負担がかかって、ゲイリーの意識は戻らなくなるか、最悪死にます。
あの魔法回路を分析して、全身に流れている回路を順番に切断していきます。さすがに他の攻撃を処理する余裕が無いので、私の背中はみなさんに任せます」
「わかった、頼んだぞ」
「任せて!ルーシィには指一本触れさせないわ!」
「はい!
エアリー、久々にやるよ!
形態:拡張現実モード」
「えっとこの下に繋がっています!」
「やはり地下室への入り口があるのかも知れないな…」
「しかし入り口らしきものはありませんが…おや?この模様は何でしょうか?」
見るとそこには魔法陣のようなものが刻まれていた。
「おそらく、魔法回路を用いた鍵だと思います。真ん中に魔法石が埋め込まれていて、そこを中心に5つの同心円状の模様が描かれています。
でも、よく見るとその模様が繋がっていません。おそらく、この模様を正しい形に組み上げると、魔法石から魔法回路へと魔力が流れて、地下への入り口が開く仕組みだと思います」
ルーシッドはそれを観察してそう述べた。
ルーシッドは自分で『魔法回路』だと説明しながら、頭の中では別の事を考えていた。
違う…これは魔法陣だ
ここの主は魔法陣を描く技術を持っているのか?
それとも何かの文献から発見したものだろうか?
「これは…だいぶ骨が折れそうね…一体何通りあるのかしら…」
ルビアはそうもらしたが、ルーシッドはそれには答えず、腕組をしてじっとそれを眺めていた。そして、おもむろにそれに触れ、真ん中の円から順番に回し始める。その手には迷いがない。一度も悩むことなく5つの円を回すと、模様はぴたりとはまり、真ん中の魔法石が光を発し、魔法回路に魔力が流れ出す。そして、そこには地下へ続く階段が現れた。
「す、すごいな。ルーシッド君…」
「まぁ、こういうのは得意なんで。さて、乗り込む前に、キリエ、一応中を確認してきてくれる?」
『うん、オッケー!』
『一応、私も行こう。何やらヤバい空気がひしひしとするぞぃ』
「わっ!だ、誰だ!?」
「キリィと同じ思念体!?」
マリーが突然姿を現したので、マリーの事を知らないマーシャとフランチェスカ、オリガは驚く。先ほどのルーシッド達との会話は姿を見せずに、ルーシッド達だけと行っていたのだ。
『厳密には思念体とは少し違うな。私には元より肉体という概念がないからの。私は神位の妖精ヴァンパイア。今はフェリカの契約に応じ、この魔法界におる』
「ヴァ、ヴァンパイア!?実在したのか…てっきり空想上の妖精かと思っていた…」
「神位の妖精は契約に応じないと思っていました…」
『まぁ、私が少し特別なだけじゃ。他のやつは応じないと思うぞ。さて、キリィ、行くぞ』
『はい、マリーさん!』
2人は地下へと続く階段を滑るように降りて行った。階段は薄っすらとだが明かりがともっていた。
『マリーさんとの会話って周りの人には聞こえないんですかね?』
『キリィは〈思念体〉という存在じゃ。思念体というのは結局実体があるわけではない。相手の思考に直接働きかけることで、そこにいると相手が認識したり、相手と話したりできるだけじゃ。キリィのことを知らない人からは全く認識されないから安心せぇ。
むっ!キリィ、見てみい、護衛が2人じゃ。それに奥にあるのは、扉じゃな…おそらくあの奥に実験室があるのじゃろう』
『中を確認してみますか?』
『いや、やめておこう。さすがにここは何があるかわからん。敵を倒すだけなら行っても良かったが、今回はゲイリーとやらの救出が目的じゃからな』
『じゃあ、護衛はどうしますか?倒しちゃいますか?』
キリエは思念体の状態でも魔法が使えるし、マリーも同様だ。
『まぁそれでもいいんじゃが、上のやつらがどんな策を考えるか見てやろう』
そう言うと、2人は上に戻っていった。
「護衛が2人か…階段を下りて真っすぐのところに扉があっては隠れることもできない…どうしたものか」
「私が始末してきます」
ルビアが名乗りをあげた。
「そうか、ルビア君の影の魔法で…!」
『影の魔法』には様々な側面がある。
1つは影に潜む妖精、『影の妖精』を使役することで、自分の影や相手の影を実体化する魔法。これは影が実体化しているというよりは、影の妖精が実体化していると言ったほうが正しい。これによって相手の動きを止めたりすることもできる。
そして、暗闇に潜むことで、相手に視認させにくくする魔法。これは文字通りには相手の目に入る光を制御し、認識を阻害する魔法である。それに加えて、地面に作用し、足音を消すことができる。まさに火属性と土属性の混合魔法である。
それに加えて、地面に作用することで、影に潜るように地面の中に潜って移動する魔法もある。影の妖精の働きにより、地面の中を移動している間も土まみれになったり、息ができないというようなことはない。影から影への移動に制限はされてしまうが、相手の背後に回ったり、緊急回避のような使い方もできるため、非常に有用な魔法である。
「はい、では行ってきます」
そう言うと、ルビアは懐から漆黒の短刀を取り出した。魔剣『カルンウェナン』である。その効果は「認識阻害」。ルビアがカルンウェナンに魔力を込めると、ルビアは闇へと溶けた。
ルビアが影の魔法の効果で音もなく階段を下りていくと、そこには報告通り、2人の護衛が立っていた。一瞬でもタイミングがずれれば、どちらかに気づかれてしまう。また、カルンウェナン以外の武器を使っても、自分の存在に気づかれてしまう。カルンウェナンを手にしたこの状態では、攻撃はカルンウェナンによる直接攻撃に限られてしまうのだ。
しかし、そんなことはルビアにとっては何の問題にもならない。それこそ子供のころから何百回と練習してきた攻撃だ。
そう、ルビアはみんなには秘密にしていることがあった。それはスカーレット家に関する秘密である。スカーレット家はディナカレア王国の東に位置する、ミルギニア帝国に代々続く名家であるが、謎に包まれている部分も多い。
それもそのはず、実はスカーレット家は、歴代のミルギニア皇帝に代々仕え、影から守り支えてきた存在である。
表向きはいわゆる普通の貴族階級であるが、裏では護衛や諜報活動、場合によっては暗殺も行う、いわゆる『アサシン』の一族、それがスカーレット家なのである。
今は、各国の間で協定が結ばれ国同士の戦争はなくなった。また、ミルギニア帝国内でも、内紛やクーデターなども起きていないので、平和な世界である。魔法使いが戦争に駆り出されるなどという事態は何十年も起こっていない。
しかし、スカーレット家はいつ何が起きてもいいように、代々皇帝一族に仕え続けているのである。
皇帝の護衛の地位は基本的に代々男性が継ぎ、今はルビアの父がその地位についている。ルビアには兄もいるので、ルビアがその地位につくことは基本的にないと思われる。それゆえに、ルビアは比較的自由に行動することを許されている。ディナカレア魔法学院に入学したのも、各国から集う色々なタイプの魔法使いと対峙することで、対処法や技術を学んでくるようにという家族の意向があったからだ。
ルビアは正々堂々、真正面から戦うのが好きであった。こそこそ隠れて相手を攻撃するのは卑怯だと思っていた。子供の頃は、そのことで家族に反発したこともあった。もちろん、家族との仲は決して悪くない。むしろ良い方である。兄からは溺愛されていると言ってもいい。
それに今では、『アサシン』という在り方を少しは理解できる。それはこの学院に入って、ルーシッドやフェリカ、キリエなど良い友達に会うことができたからだろうと思う。
仲間の役に立つのなら、せっかく自分が持っているもの、使えるものはありがたく使おうという気になったのだ。
ルビアは速やかに敵に近づき、ほぼ同時に2人の意識を奪う。殺すこともできるが、今回の目的はゲイリーの奪還、そして、この研究施設の実態を暴くことである。最終的な判断は、国の騎士団や調査団に任せることになるだろう。戦闘に巻き込まれて、自己防衛で仕方なく倒したと言えば別に問題はないだろうが、事情聴取を行うに当たっては、なるべく生け捕りが望ましい。
ルビアは『鉄の生成と造形の魔法』を使い、口に猿ぐつわをかけ、2人を壁に貼り付けにする形で拘束し、地上へと戻った。
「よし、では乗り込もう」
全員で階段を降りていき、扉の前に立つ。
「この扉には何も仕掛けはありませんね」
「護衛も置いていたし、そもそもここまで来る人はいないと考えていたんだろう。では…開けるぞ?みんな準備はいいな?」
マーシャが重い扉をゆっくりと開ける。
「こ…これは…何だ?」
「人間…いや、魔法人形…!?」
その部屋の壁には何体ものマネキンのようなものが立っていた。しかし人影はない。そして、さらに奥に扉があり、その先にまだ部屋があるようだ。
「これは、自動魔法人形…自動魔法人形がこんなにたくさん!?
そ、そんなことより、ゲイリーは…あの奥の部屋だわ!」
オリガは奥にある扉を指差す。
「なんと…ここまでたどり着くとはねぇ?」
その時だった。奥の部屋から白衣を着た女性が姿を現した。その後ろにはゲイリーの姿があった。
ゲイリーは薄い布一枚だけをまとっていた。その目には輝きが無く、額には魔法石がはめ込まれており、そこから顔、そして全身へと記号やら謎の文字やらが網目のように書き込まれ、張り巡らされていた。
「あなたは……リスヴェル・ブクレシュティ!?」
「知り合いか?」
オリガに対してマーシャが尋ねる。
「はい…『世界最高の人形師』と言われた人です。私たちのように糸によって操作する魔法人形ではなく、自立して動く自動魔法人形という人形を作れる唯一の人形師です。そんな、リスヴェルさんが何で…」
「あぁ、あなたは確か、シュタイン家の娘さん?大きくなったね」
「リスヴェルさん、私のゲイリーに何をしたんですか?」
「なに、この子が強さを求めていたから、それに答えたまでだよ。私の『生人形』の実験体としてね」
「りっ、生人形?」
聞いたことがない言葉だが、何か響きから嫌な予感がして、オリガは聞き返した。
「私が編み出した『人間を生きたまま人形にする技術』だよ。魔法石によって魔力が補強され、さらに全身に組み上げた、私独自の魔法回路、古代言語魔法回路により、無詠唱で魔法を発動することができるんだ。
ゲイリーはもともとの魔力ランクも高かった分、今や魔力ランクはS相当。超高位魔法だって無詠唱で即座に発動できる。どうだい、この私の最高傑作。すごいと思わないか?」
「ゲイリー!返事をして、ゲイリー!」
「ふむ、少しは私の作品に対する賛辞をくれてもいいと思うんだけどね?
…話しても無駄だよ。彼女は今は人形だからね。意識がないんだよ」
「そんな…ゲイリー!お願い、答えてゲイリー!私、強さなんていらない!あなたがいてくれればそれでいいの!ねぇ、ゲイリー!一緒に帰ろう!」
ゲイリーは答えない。
だがその時だった。ゲイリーの目から頬に一筋の涙がつたった。
「声が届いた!
さっき『生きたまま』人形にするとあの人は言った。完全に意識がないわけじゃない。意識が封じ込められているんだ…」
ルーシッドはそう分析した。
「さて…この秘密を知られたからには、あなたたちを生きて返すわけにはいかない。すまないね?」
リスヴェルがパチンと指を鳴らすと、後方の自動魔法人形たちが動き出す。そして、ゲイリーも唸り声を上げて、動き出した。
「まずいぞ…」
「そんな、ゲイリー!ゲイリー!」
その時、ルーシッドが口を開いた。
「みなさん、お願いがあります。ゲイリーは私が何とかするので、その間他のやつらの対処をお願いします」
「何とかできるのか?」
「無理に魔法回路を切ろうとすれば、恐らく魔法石から回路に流れる魔力が暴走し、精神に負担がかかって、ゲイリーの意識は戻らなくなるか、最悪死にます。
あの魔法回路を分析して、全身に流れている回路を順番に切断していきます。さすがに他の攻撃を処理する余裕が無いので、私の背中はみなさんに任せます」
「わかった、頼んだぞ」
「任せて!ルーシィには指一本触れさせないわ!」
「はい!
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