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第6章 幕間
週末③ リサとアイリーン
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ディナカレア魔法学院の先生の1人であるリサ・ミステリカは自室にいた。ディナカレア魔法学院の先生たちは、基本的には学院の寮内に自室を持ち、そこで生活している。
「ふぅ…」
リサはこの1週間のことを思い返してため息をついた。
リサ自身も魔力ランクAAの魔法使いであり、自らの黒みがかった紫の魔力を生かした新魔法『霧の魔法』を学生時代に発表したことで、希代の天才、若手ナンバーワンとも言われた魔法使いである。彼女の卒業後の動向は大きな注目となったが、彼女は母校で教鞭をとることにし、今年から晴れてこの学校に赴任したのだった。
彼女は自分の魔法力と知識には確かな自信があった。もちろん自分より上のランクAAAやSの魔法使いはいる。でも、その差はわずかなものであって、実際のところ決闘になったとしても負ける気はしなかった。
だが、それとは反対にA以上とB以下の間には埋められない大きな差があるとも考えていた。それは彼女だけでなく、この魔法界全体の風潮でもある。何せ、ランクA以上の魔法使いは全体のわずか10%以下という貴重な存在なのだ。自分たちが特別な存在だと考えても仕方がないのである。
だが最近は、そんな魔力ランクによる評価が本当に信頼できるのか、と疑問に思うことばかりだ。確かに魔力ランクの評価項目は、どれも強さを測る重要なファクターだ。だが、果たしてそのような数値だけで魔法使いの強さ全てを表すことなど本当にできるのだろうか。
そのように考えさせられた原因は、自分が受け持つことになったクラスにいる、ルーシッド・リムピッドという生徒だ。
学院のクラス分けは、クラス対抗戦などもあるため、魔力ランクのバラつきをなくすように考えられている。リサは初めて受け持つクラスということもあって、今回の新入生の中で最も魔力ランクが高いSランクのルビア・スカーレットがいるクラスとなった。お陰で、他の生徒のランクは少し低めで、ルビアを除けば、Aランクは1人だけ、シアン・ノウブルという生徒がいるだけだった。そうだとしても、ルビアがいるだけで百人力だと喜んでいたのもつかの間、編入という形でルーシッド・リムピッドを受け持つことになったのだ。
そう、彼女は新任の先生なので、入学試験の時のルーシッドを見ていなかったのだ。
魔力ランクによる評価を信頼していたリサはFランクという評価に愕然とした。そんな評価の魔法使いが、自分の母校でもある由緒正しいディナカレア魔法学院に入れるものなのか、Eランクですら魔法職につくことは不可能、Dランクですらかなり厳しいというのに、Fランクがこの学院で学んだところで何になるというのか、教えるだけ時間の無駄なのではないか、そう考えたのだ。
だが、実際ルーシッドを見ていると、この子は本当にFランクなのか、と思うことばかりである。筆記試験の答案を見せてもらったが、とても入学希望者とは思えないレベルの知識量であった。特に圧巻だったのは最終問題。ディナカレア魔法学院の入学試験の最終問題の難易度は有名である。もはや解かせる気がないといっても良いレベルだ。自分が入学した時も、最終問題は全く手が付けられなかった。それでもリサはその年度の首席だったのだ。
その最終問題をルーシッドは解いてしまったのだ。しかも『土属性か水属性による飛行魔法』なんていう無理難題に対して、片方だけでもあり得ないのに、両方の魔法を考案したのだ。なんという独創的で斬新な発想力だろうか。しかも噂によると、魔法詠唱文すらすでに完成しており、友達たちの間ではすでに発動に成功しているとのことだ。まぁでもそれも当然だろう、あそこまで完璧な解答を出せるのだから、入学試験の段階ですでに魔法詠唱文もできていたと考えるのが当然である。
魔法が使えない人間がなぜ魔法の発動原理をあそこまで完璧に把握しているのだろうか。
そして、極めつけはおとといの決闘である。あの『完全焼却』を相手に手も足も出させない戦いだった。今までに見たこともないような魔法、しかもあれは魔法陣だった。失われた技術とされる魔法陣を彼女は使っていた。そして、オリジナルの魔法具の作成。魔法具を個人で作れる学生など存在するのか。
しかも、何か相手にわざと魔法を出させてからそれを上回る魔法を見せつけている感じがあった。きっとルーシッドの強さは、あんなものではない、はるか上にある。本来ならもっと恐ろしく強い、そんな気がしてならなかった。自分が完全焼却を相手にしたらどうだろう……無理だ。全く勝てる気がしない。自分の魔法では分が悪すぎる。
そんなルーシッドを見ていると、魔力ランク制度に対する疑問や、それを基にしている自分の評価に対する疑問がどんどんとわいてくるリサなのだった。
「なんだ、お疲れか?」
部屋には同僚のアイリーン・アリアンロッドがいた。リサとアイリーンは、この同じディナカレア魔法学院の卒業生で、どちらも今年からこの学院で働くことになった新任の先生だった。
「まぁね…何か自信がなくなっちゃってねー」
「おいおい、まだ1週間だぞ。頼むぜ」
「あなたは良いわよね。医務室勤務だから、クラスの受け持ちもないし」
アイリーンは治癒魔法師で、今年から魔法学院の医務室担当として赴任することになったのだった。アイリーンは治癒魔法に関してはかなりの腕で、ディナカレア魔法学院も摸擬戦には出場せず治癒魔法担当として参加し、かなりの評価を得ての入学となった。また、彼女は魔法薬学の専門家でもあった。
「あー、わかった。ルーシッドだろ?」
「えぇ……あの子を見てると、何を信じたらいいのかわからなくなってくるわ。魔力ランクで人を評価することに意味なんてあるのかしら。魔力ランクなんて何の当てにもならないんじゃないかしら」
「ははは、確かにな。まぁ、でもあいつは特別だろ」
「特別ね…だとしたらなおさらよ。今までランクが低いからというだけの理由で魔法学院に入れなかった人や、魔法職につけなかった人の中にも、本当はすごい才能がある人もいたんじゃないかしら…」
「まぁ、それを考えても仕方ないだろ。人の能力は何かで測らないといけない。魔力の純度や基本属性値、魔力生成速度、最大魔力量、再生成可能時間、どれも大事な要素じゃないか。それに、この学院はだいぶ公平な方だと思うぞ?ペーパーテストも重視するし、私みたいに非戦闘系の魔法使いも評価されるしな」
「うーん…」
「まぁ、そういう風に思うんなら、せめてお前はちゃんとルーシッドを評価してやることだな。もしかしたら、ルーシッドによって、この学院の考え方、ひいては魔法界全体の考え方が変わるかもしれないぞ」
「そうね…あなたもたまには良いこと言うわね」
「『たまには』は余計だ」
そんな会話をしていると、部屋のドアをノックする音がした。
訪ねてきたのはなんと、今まさに話題にしていたルーシッドだったのだ。
ルーシッドの隣には見慣れない人が立っていた。美しい人だが、自分のクラスの生徒ではない。誰だろう?そう思いつつリサはルーシッドを部屋の中に通した。
「えっと…その魔法人形も一緒に登校していいかってことね?」
「はい…」
「別に構わないわよ。学院側に言って教室に椅子を準備しておくわ」
「え、そんな簡単にいいんですか?」
「えぇ、人形魔法師が自分の魔法人形を教室に連れてくることはよくあることだから。でも、ルーシッドさんって、人形魔法師の才もあったのね?」
「あー、いや…そういうわけではないんですが…」
「え、違うの?じゃあこの人形どうやって動かしてるの?」
「動かしているのはルーシィではなく、私です」
「……え、今この人形喋った?」
「おいおい、マジかよ。どうなってんだ?『音の魔法』を使った腹話術か?」
急に人形が喋ったので、リサとアイリーンは驚いてルーシッドの方を見る。
「あー、いえ、違います…その、勝手に喋ります…」
「え、何これ?どうなってるの?」
「そんな魔法あったか?いや、ある訳ないか…マジでどうなってんだ?」
「自動魔法人形の類と思っていただければ良いかと」
エアリーは説明がめんどくさかったので、『自動魔法人形』だと説明した。実は、自らの意思で喋る自動魔法人形などこの世に存在しない。そもそも『めんどくさい』という感情を持つこと自体が、エアリーが普通の自動魔法人形とは全く違うことを示している。
「え、これ、ルーシッドさんが作ったの?」
「えーっと、人形の素体は違いますよ?魔法回路を組んだのは私です」
「うそぉ……私、自動魔法人形なんて初めて見たわ。ルーシッドさんはやっぱり天才ね…」
「いや、そんなことは…」
「いや、これはマジでヤバいだろ…どんな魔法回路組めばこうなるんだよ、てか魔法回路って魔法を発動するためのものだろ?やっぱりおかしいじゃねぇか。こんなの魔法を使ったって無理だろ…」
「あー、えっと、まぁ、そうですね。魔法回路って言ってもその、一般的な魔法回路ではないです。私魔法使えませんから。えっと、元々エアリーっていう『人工知能』を作ったんです」
「じっ、人工知能ですって?」
「はい、人間の脳の構造をですね、魔法具の構造式で再現したんです」
「なんじゃそりゃ…」
「人間の脳にもいくつかの領域がありますので、記憶領域とか計算領域とか言語領域とか…そういう役割ごとに再現してます。で、それぞれの部分がどういう時にどう反応するのかをプログラムしまして、そこに私の無色の魔力が流れると、それぞれの領域が連動して動くっていう感じです」
「おいおい…そんなのを学生が作ったっていうのか?ありえねーだろ」
「まぁ、エアリーを作ったのは7歳の時なんで、6年くらい前ですけど」
「もはや狂気だよ」
アイリーンは頭痛がしてきたという感じで頭を抱えた。
「一昨日の決闘もすごかったわね。見たこともない青い炎を放つ魔法とオリジナルの魔法具。あなたはその全てを自分一人で考えたの?」
「あぁ、ありがとうございます。まぁ、エアリーにも手伝ってもらってますけどね」
「いえいえ、私はルーシィが考えた術式が作動するかどうかのエラー解析とか、物理演算処理とか、そのくらいです」
「むしろすげーよ…」
「ルーシッドさん…学院生活は楽しいですか?」
これほどの知識と技術、実力を持つ魔法使いなら、どこかのギルドに所属することが難しくても、フリーの魔法技師として十分やっていけるだろう。何も魔法学院で差別を受けながら、いらぬ苦労をしなくてもいいのではないか、そう思ったのだ。
だから、ルーシッドの答えは少し意外だった。
「…そうですね。まぁ、楽しいです。友達もできましたし」
最初は魔法が使えない自分がこの学院でやっていけるのかと不安だったが、今のところは何とかやれている。サラ以外にも良い友達もできたのは意外だった。自分の事を認めてくれる人がこんなにいるとは思っていなかった。これから実技などが入ってきたときに、魔法が使えない自分がどうなるのかはまだわからなくて不安な部分もあるが、考えても仕方のないことだ。まぁ何とかなるだろう。
「そう、それは良かったわ。今まで特殊な魔力のせいで嫌な思いをしたこともいっぱいあったでしょう。私自身も当初はあなたに否定的だったわ。ごめんなさいね…」
「いえ、そんな。普通そうですから」
「あなたは強いのね」
「そんな…全然強くなんてないです…多分、本当に本当の1人ぼっちだったら、生きる気力も失ってたと思いますし、文字通り死んでたかも知れません。でも、1人じゃなかったので」
家族からも酷い扱いを受け、友達もいない。どんなに頑張っても誰からも認めてもらえない。そんな日々が何年も続いた。そんな寂しさを紛らわせようとがむしゃらに勉強して作ったのがエアリーだった。そして、サラに出会えた。エアリーとサラがいなければ、本当に死んでいたと思う。
「魔法使いにとっては魔力こそが全て…だから、魔力でその人の才能を測るランク制度は非常にわかりやすい。ランクが高い魔法使いにとっては特にそれにすがりたくなる気持ちもわかるわ。私だってそういう気持ちはあるわ。多分この魔力ランク制度はなくならない…だから、あなたに対する偏見も完全にはなくならないかもしれない。でも、これからもきっと良き理解者は増えていくわ。先生もそうなりたいと思ってる。だから頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
「ヤバいやつだとは思ってたが、想像をはるかに超えるヤバさだったな」
ルーシッドが部屋を去った後で、アイリーンはそう話を切り出した。
「あの自動魔法人形とか言ってたやつ、あれを自分で作っただって?そんなのありえねー。もはや魔法学院の授業なんか退屈でしょうがないんじゃないか?あいつがこの学院から学べることなんてあるのかよ。この学院の先生たちがむしろあいつから教えてもらった方がいいぜ」
「そうね。でもまぁ、学校は勉強が全てじゃないからね。だから、この学院に通うことで、勉強以外のところでもあの子が苦痛を感じているんなら、それこそ本当にこの学院にいる意味はないんじゃないかと思ったけど、あの子楽しいって言ってたし、いいんじゃないかしら」
「そうだなー。まぁこっちとしては非常に興味深い生徒ではあるな。シンディちゃんとか絶対好きだろ」
「こら、理事長をちゃん付で呼ばないの」
「いーじゃんか、ちっさくて可愛いし、シンディちゃんはシンディちゃんだろ」
アイリーンがシンディちゃんと呼んでいるのは、この学院の理事長シンシア・サクリフィスだ。シンシアは面白いことが大好きで、色々なイベントを考えては、自らもそれに参加したりしている。このディナカレア魔法学院の自由な校風は、シンシアの性格をそのまま体現していると言ってもいい。
頭の硬い先生陣や、突然イベントの企画を持ってこられる生徒会からは困りものだが、楽しいイベントが大好きな魔法学院の生徒たちからは非常に人望が厚い理事長だった。理事長室にいることはあまりなく、学院内の適当なところをうろうろしては、先生や生徒にちょっかいを出しているので、非常に神出鬼没である。
「でもそうね…そう考えると、ルーシッドがこの学院に編入扱いで入学したのもシンシア理事長の計らいだったのかも知れないわね」
まさにその通りであった。
「あ、それだ。絶対そうだわ」
「まぁ何にせよ本人が楽しんでいるようだし、私も少し安心したわ。うん、私も負けないように頑張ろう」
少し自信を失っていたリサだったが、今日ルーシッドに会ったことで、やる気を取り戻したのだった。
「ふぅ…」
リサはこの1週間のことを思い返してため息をついた。
リサ自身も魔力ランクAAの魔法使いであり、自らの黒みがかった紫の魔力を生かした新魔法『霧の魔法』を学生時代に発表したことで、希代の天才、若手ナンバーワンとも言われた魔法使いである。彼女の卒業後の動向は大きな注目となったが、彼女は母校で教鞭をとることにし、今年から晴れてこの学校に赴任したのだった。
彼女は自分の魔法力と知識には確かな自信があった。もちろん自分より上のランクAAAやSの魔法使いはいる。でも、その差はわずかなものであって、実際のところ決闘になったとしても負ける気はしなかった。
だが、それとは反対にA以上とB以下の間には埋められない大きな差があるとも考えていた。それは彼女だけでなく、この魔法界全体の風潮でもある。何せ、ランクA以上の魔法使いは全体のわずか10%以下という貴重な存在なのだ。自分たちが特別な存在だと考えても仕方がないのである。
だが最近は、そんな魔力ランクによる評価が本当に信頼できるのか、と疑問に思うことばかりだ。確かに魔力ランクの評価項目は、どれも強さを測る重要なファクターだ。だが、果たしてそのような数値だけで魔法使いの強さ全てを表すことなど本当にできるのだろうか。
そのように考えさせられた原因は、自分が受け持つことになったクラスにいる、ルーシッド・リムピッドという生徒だ。
学院のクラス分けは、クラス対抗戦などもあるため、魔力ランクのバラつきをなくすように考えられている。リサは初めて受け持つクラスということもあって、今回の新入生の中で最も魔力ランクが高いSランクのルビア・スカーレットがいるクラスとなった。お陰で、他の生徒のランクは少し低めで、ルビアを除けば、Aランクは1人だけ、シアン・ノウブルという生徒がいるだけだった。そうだとしても、ルビアがいるだけで百人力だと喜んでいたのもつかの間、編入という形でルーシッド・リムピッドを受け持つことになったのだ。
そう、彼女は新任の先生なので、入学試験の時のルーシッドを見ていなかったのだ。
魔力ランクによる評価を信頼していたリサはFランクという評価に愕然とした。そんな評価の魔法使いが、自分の母校でもある由緒正しいディナカレア魔法学院に入れるものなのか、Eランクですら魔法職につくことは不可能、Dランクですらかなり厳しいというのに、Fランクがこの学院で学んだところで何になるというのか、教えるだけ時間の無駄なのではないか、そう考えたのだ。
だが、実際ルーシッドを見ていると、この子は本当にFランクなのか、と思うことばかりである。筆記試験の答案を見せてもらったが、とても入学希望者とは思えないレベルの知識量であった。特に圧巻だったのは最終問題。ディナカレア魔法学院の入学試験の最終問題の難易度は有名である。もはや解かせる気がないといっても良いレベルだ。自分が入学した時も、最終問題は全く手が付けられなかった。それでもリサはその年度の首席だったのだ。
その最終問題をルーシッドは解いてしまったのだ。しかも『土属性か水属性による飛行魔法』なんていう無理難題に対して、片方だけでもあり得ないのに、両方の魔法を考案したのだ。なんという独創的で斬新な発想力だろうか。しかも噂によると、魔法詠唱文すらすでに完成しており、友達たちの間ではすでに発動に成功しているとのことだ。まぁでもそれも当然だろう、あそこまで完璧な解答を出せるのだから、入学試験の段階ですでに魔法詠唱文もできていたと考えるのが当然である。
魔法が使えない人間がなぜ魔法の発動原理をあそこまで完璧に把握しているのだろうか。
そして、極めつけはおとといの決闘である。あの『完全焼却』を相手に手も足も出させない戦いだった。今までに見たこともないような魔法、しかもあれは魔法陣だった。失われた技術とされる魔法陣を彼女は使っていた。そして、オリジナルの魔法具の作成。魔法具を個人で作れる学生など存在するのか。
しかも、何か相手にわざと魔法を出させてからそれを上回る魔法を見せつけている感じがあった。きっとルーシッドの強さは、あんなものではない、はるか上にある。本来ならもっと恐ろしく強い、そんな気がしてならなかった。自分が完全焼却を相手にしたらどうだろう……無理だ。全く勝てる気がしない。自分の魔法では分が悪すぎる。
そんなルーシッドを見ていると、魔力ランク制度に対する疑問や、それを基にしている自分の評価に対する疑問がどんどんとわいてくるリサなのだった。
「なんだ、お疲れか?」
部屋には同僚のアイリーン・アリアンロッドがいた。リサとアイリーンは、この同じディナカレア魔法学院の卒業生で、どちらも今年からこの学院で働くことになった新任の先生だった。
「まぁね…何か自信がなくなっちゃってねー」
「おいおい、まだ1週間だぞ。頼むぜ」
「あなたは良いわよね。医務室勤務だから、クラスの受け持ちもないし」
アイリーンは治癒魔法師で、今年から魔法学院の医務室担当として赴任することになったのだった。アイリーンは治癒魔法に関してはかなりの腕で、ディナカレア魔法学院も摸擬戦には出場せず治癒魔法担当として参加し、かなりの評価を得ての入学となった。また、彼女は魔法薬学の専門家でもあった。
「あー、わかった。ルーシッドだろ?」
「えぇ……あの子を見てると、何を信じたらいいのかわからなくなってくるわ。魔力ランクで人を評価することに意味なんてあるのかしら。魔力ランクなんて何の当てにもならないんじゃないかしら」
「ははは、確かにな。まぁ、でもあいつは特別だろ」
「特別ね…だとしたらなおさらよ。今までランクが低いからというだけの理由で魔法学院に入れなかった人や、魔法職につけなかった人の中にも、本当はすごい才能がある人もいたんじゃないかしら…」
「まぁ、それを考えても仕方ないだろ。人の能力は何かで測らないといけない。魔力の純度や基本属性値、魔力生成速度、最大魔力量、再生成可能時間、どれも大事な要素じゃないか。それに、この学院はだいぶ公平な方だと思うぞ?ペーパーテストも重視するし、私みたいに非戦闘系の魔法使いも評価されるしな」
「うーん…」
「まぁ、そういう風に思うんなら、せめてお前はちゃんとルーシッドを評価してやることだな。もしかしたら、ルーシッドによって、この学院の考え方、ひいては魔法界全体の考え方が変わるかもしれないぞ」
「そうね…あなたもたまには良いこと言うわね」
「『たまには』は余計だ」
そんな会話をしていると、部屋のドアをノックする音がした。
訪ねてきたのはなんと、今まさに話題にしていたルーシッドだったのだ。
ルーシッドの隣には見慣れない人が立っていた。美しい人だが、自分のクラスの生徒ではない。誰だろう?そう思いつつリサはルーシッドを部屋の中に通した。
「えっと…その魔法人形も一緒に登校していいかってことね?」
「はい…」
「別に構わないわよ。学院側に言って教室に椅子を準備しておくわ」
「え、そんな簡単にいいんですか?」
「えぇ、人形魔法師が自分の魔法人形を教室に連れてくることはよくあることだから。でも、ルーシッドさんって、人形魔法師の才もあったのね?」
「あー、いや…そういうわけではないんですが…」
「え、違うの?じゃあこの人形どうやって動かしてるの?」
「動かしているのはルーシィではなく、私です」
「……え、今この人形喋った?」
「おいおい、マジかよ。どうなってんだ?『音の魔法』を使った腹話術か?」
急に人形が喋ったので、リサとアイリーンは驚いてルーシッドの方を見る。
「あー、いえ、違います…その、勝手に喋ります…」
「え、何これ?どうなってるの?」
「そんな魔法あったか?いや、ある訳ないか…マジでどうなってんだ?」
「自動魔法人形の類と思っていただければ良いかと」
エアリーは説明がめんどくさかったので、『自動魔法人形』だと説明した。実は、自らの意思で喋る自動魔法人形などこの世に存在しない。そもそも『めんどくさい』という感情を持つこと自体が、エアリーが普通の自動魔法人形とは全く違うことを示している。
「え、これ、ルーシッドさんが作ったの?」
「えーっと、人形の素体は違いますよ?魔法回路を組んだのは私です」
「うそぉ……私、自動魔法人形なんて初めて見たわ。ルーシッドさんはやっぱり天才ね…」
「いや、そんなことは…」
「いや、これはマジでヤバいだろ…どんな魔法回路組めばこうなるんだよ、てか魔法回路って魔法を発動するためのものだろ?やっぱりおかしいじゃねぇか。こんなの魔法を使ったって無理だろ…」
「あー、えっと、まぁ、そうですね。魔法回路って言ってもその、一般的な魔法回路ではないです。私魔法使えませんから。えっと、元々エアリーっていう『人工知能』を作ったんです」
「じっ、人工知能ですって?」
「はい、人間の脳の構造をですね、魔法具の構造式で再現したんです」
「なんじゃそりゃ…」
「人間の脳にもいくつかの領域がありますので、記憶領域とか計算領域とか言語領域とか…そういう役割ごとに再現してます。で、それぞれの部分がどういう時にどう反応するのかをプログラムしまして、そこに私の無色の魔力が流れると、それぞれの領域が連動して動くっていう感じです」
「おいおい…そんなのを学生が作ったっていうのか?ありえねーだろ」
「まぁ、エアリーを作ったのは7歳の時なんで、6年くらい前ですけど」
「もはや狂気だよ」
アイリーンは頭痛がしてきたという感じで頭を抱えた。
「一昨日の決闘もすごかったわね。見たこともない青い炎を放つ魔法とオリジナルの魔法具。あなたはその全てを自分一人で考えたの?」
「あぁ、ありがとうございます。まぁ、エアリーにも手伝ってもらってますけどね」
「いえいえ、私はルーシィが考えた術式が作動するかどうかのエラー解析とか、物理演算処理とか、そのくらいです」
「むしろすげーよ…」
「ルーシッドさん…学院生活は楽しいですか?」
これほどの知識と技術、実力を持つ魔法使いなら、どこかのギルドに所属することが難しくても、フリーの魔法技師として十分やっていけるだろう。何も魔法学院で差別を受けながら、いらぬ苦労をしなくてもいいのではないか、そう思ったのだ。
だから、ルーシッドの答えは少し意外だった。
「…そうですね。まぁ、楽しいです。友達もできましたし」
最初は魔法が使えない自分がこの学院でやっていけるのかと不安だったが、今のところは何とかやれている。サラ以外にも良い友達もできたのは意外だった。自分の事を認めてくれる人がこんなにいるとは思っていなかった。これから実技などが入ってきたときに、魔法が使えない自分がどうなるのかはまだわからなくて不安な部分もあるが、考えても仕方のないことだ。まぁ何とかなるだろう。
「そう、それは良かったわ。今まで特殊な魔力のせいで嫌な思いをしたこともいっぱいあったでしょう。私自身も当初はあなたに否定的だったわ。ごめんなさいね…」
「いえ、そんな。普通そうですから」
「あなたは強いのね」
「そんな…全然強くなんてないです…多分、本当に本当の1人ぼっちだったら、生きる気力も失ってたと思いますし、文字通り死んでたかも知れません。でも、1人じゃなかったので」
家族からも酷い扱いを受け、友達もいない。どんなに頑張っても誰からも認めてもらえない。そんな日々が何年も続いた。そんな寂しさを紛らわせようとがむしゃらに勉強して作ったのがエアリーだった。そして、サラに出会えた。エアリーとサラがいなければ、本当に死んでいたと思う。
「魔法使いにとっては魔力こそが全て…だから、魔力でその人の才能を測るランク制度は非常にわかりやすい。ランクが高い魔法使いにとっては特にそれにすがりたくなる気持ちもわかるわ。私だってそういう気持ちはあるわ。多分この魔力ランク制度はなくならない…だから、あなたに対する偏見も完全にはなくならないかもしれない。でも、これからもきっと良き理解者は増えていくわ。先生もそうなりたいと思ってる。だから頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
「ヤバいやつだとは思ってたが、想像をはるかに超えるヤバさだったな」
ルーシッドが部屋を去った後で、アイリーンはそう話を切り出した。
「あの自動魔法人形とか言ってたやつ、あれを自分で作っただって?そんなのありえねー。もはや魔法学院の授業なんか退屈でしょうがないんじゃないか?あいつがこの学院から学べることなんてあるのかよ。この学院の先生たちがむしろあいつから教えてもらった方がいいぜ」
「そうね。でもまぁ、学校は勉強が全てじゃないからね。だから、この学院に通うことで、勉強以外のところでもあの子が苦痛を感じているんなら、それこそ本当にこの学院にいる意味はないんじゃないかと思ったけど、あの子楽しいって言ってたし、いいんじゃないかしら」
「そうだなー。まぁこっちとしては非常に興味深い生徒ではあるな。シンディちゃんとか絶対好きだろ」
「こら、理事長をちゃん付で呼ばないの」
「いーじゃんか、ちっさくて可愛いし、シンディちゃんはシンディちゃんだろ」
アイリーンがシンディちゃんと呼んでいるのは、この学院の理事長シンシア・サクリフィスだ。シンシアは面白いことが大好きで、色々なイベントを考えては、自らもそれに参加したりしている。このディナカレア魔法学院の自由な校風は、シンシアの性格をそのまま体現していると言ってもいい。
頭の硬い先生陣や、突然イベントの企画を持ってこられる生徒会からは困りものだが、楽しいイベントが大好きな魔法学院の生徒たちからは非常に人望が厚い理事長だった。理事長室にいることはあまりなく、学院内の適当なところをうろうろしては、先生や生徒にちょっかいを出しているので、非常に神出鬼没である。
「でもそうね…そう考えると、ルーシッドがこの学院に編入扱いで入学したのもシンシア理事長の計らいだったのかも知れないわね」
まさにその通りであった。
「あ、それだ。絶対そうだわ」
「まぁ何にせよ本人が楽しんでいるようだし、私も少し安心したわ。うん、私も負けないように頑張ろう」
少し自信を失っていたリサだったが、今日ルーシッドに会ったことで、やる気を取り戻したのだった。
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