魔法学院の階級外魔術師

浅葱 繚

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第8章 地下迷宮探索編

地下迷宮探索③ ジョンの新魔法具

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「ジョン、何か策があるのね?」
リサがジョンに尋ねる。
「はい、この演習のために用意したこの魔法具を使ってみたいと思います」
そう言うと、ジョンは背中に背負っていた魔法具を降ろした。
「それは…ソードシールドですか?」

ソードシールドはちょうど剣の鞘が盾に一体化したような武器で、盾の上部から剣の柄が突き出た見た目になっているものである。魔法界における『魔法付与剣エンチャントソード』としてはよく使われる武器である。魔法付与剣エンチャントソードとは、剣に魔法で様々な付与効果を持たせた武器の総称である。一般的にはこの剣のことを単に『魔法剣』と呼ぶ。魔法騎士達が好んで使うのがこの魔法剣である。

これは、魔法生成剣クリエイトソードとは区別される。魔法生成剣クリエイトソードは、剣を構成する物質全てを魔法で生成・造形した剣のことであり、魔法を発動している間だけ、剣が出現するものだ。
一方で魔法付与剣エンチャントソードとは、剣自体は鍛冶師ブラックスミス魔法具師マジックスミスが作成したもので、そこに後から魔法使いが魔法で追加効果を付与する剣のことである。未加工の剣に普通に魔法で効果を付与することもできるし、魔法具の剣は魔法を詠唱することなく追加効果を付与できる。

魔法具は演奏装置メロディカ魔法回路マジックサーキットの2つの部分から構成されているが、これを剣に組み込むのは技術的に難しい。剣に演奏装置メロディカを剣に組み込んでしまうと、重すぎて扱えないのだ。また、演奏装置メロディカは比較的繊細な装置であるため、激しくぶつけ合う剣に組み込むと壊れて音が正しく出ず魔法が上手く発動しなくなる可能性がある。さらに、魔法回路マジックサーキットに関しても普通であれば、最小面積の問題から剣に組み込むのは不可能である。
そこで、魔法具の剣は、演奏装置メロディカ魔法回路マジックサーキットを組み込んだ盾をセットにしたソードシールドがよく用いられる。

意外に思えるかも知れないが、剣単体で魔法を発動できるような魔法剣はいまだに製造は困難である。杖タイプの魔法具であれば、先端部分に大きな演奏装置メロディカ魔法回路マジックサーキットを組み込んだものが開発されている。
ルビアが使っている魔法剣『カルンウェナン』は、現代の技術で作られたものではなく、古代言語ハイエイシェント魔法式によって作られた特殊な剣であり、その製造方法に関してはスカーレット家の秘匿技術である。そのように代々受け継がれているような一点物に近いような武器でない限りは、剣単体で魔法を発動できるような魔法剣は存在していない。

また、通常であれば、このような携帯用の魔法具に組み込む演奏装置メロディカは、技術的な問題やスペースの問題で、自動演奏ではなく、手動演奏の形を取るのが普通である。構造はいたってシンプルで、盾に鍵盤だけを配置したものであり、通常は剣でそのままこするようにして叩く、いわゆるグリッサンド奏法という方法を取る。

ジョンの魔法具は、肩に背負えるぐらいの丸形の盾のちょうど真ん中の上部から柄のようなものが突き出ている、一般的なソードシールドような見た目だったので、リサはそう尋ねたのだった。

「まぁソードではないですけど…」
ジョンが柄を持って盾から抜くと、それはハンマーだった。
「あぁ、なるほど掘削用の魔法具ですか?」
「まぁ、本来の用途はちょっと違うんですが、そういう使い方もできます」

穴を掘ったり、魔法鉱石を発掘したりする際の掘削用の魔法具としては、ハンマーやシャベル、ピッケルなど様々なものが存在している。これらは土や石の操作魔法を用いて穴を掘るのを容易にしたり、土砂崩れを防止したりする働きがある。
これらもそれ単体に演奏装置メロディカ魔法回路マジックサーキットを組み込むことは難しいので、道具一式を入れるケースのようなものにその役割を持たせ、それを腰に巻き付けたり肩掛けにしたりして、作業を行えるようにしているのが一般的なスタイルである。
盾と違い、耐久性を持たせる必要がないゆえに、ケースを木製にすることで軽量化を図っている。

ジョンは盾の持ち手に付いている魔法石に親指を置いて集中する。すると、盾の表面に描かれた魔法回路マジックサーキットに魔力が流れ光を放つ。
そして、盾の円周にはレバーのようなものが付いており、ジョンはそのレバーをハンマーを持った方の手で右に4分の1回転させる。回転させるのに合わせて音楽が流れる。

「これは…自動演奏?でもこんな構造の演奏装置メロディカ見たことないわ…それに音楽が短すぎる…?」

リサがそうつぶやいているうちにジョンはそのハンマーを振りかぶって壁を叩いた。
すると、石の魔法が発動し、壁は粉々に砕け散った。壁の先には確かに通路が繋がっていた。

クラスから歓声や拍手が沸き起こる。

「な…なかなか威力が高いですね。これは自分の魔力で発動させる魔法具ですか?それとも魔法石ですか?」
「今のは自分の魔力だけで出来ましたが、足りない場合には魔法石から補えるようになっています」

ジョンはレバーを手前に引いて、元の位置に戻しながらそう言った。
手前に引くことで、鍵盤からバチを離して音が鳴らなくする仕組みになっているようだ。


「へぇ、そういう魔法具もあるのね~」
「……いえ…そんな魔法具は今まで聞いたことがないわ…」
リリアナに対して、リサはそう答えた。

「え?」
「結晶石と魔法石を両方つけた魔法具なんて聞いたことがないわ」
「僕も初めてこの魔法具のアイディアをルーシィから聞いた時には、そんなの聞いたことがないと思いましたが、使ってみるとすごく便利ですね」

「ルーシッドさん、このアイディアはあなたが考えたの?」
リサがルーシッドの方を向いて尋ねた。ルーシッドは自分が作った魔法具が正常に作動しているのを満足そうに眺めていた。
「え?まぁ…でも別にそんなに大したもんじゃないと思いますけどね?魔法石を使用した魔法発動延長自体は普通に知られている方法ですし」
「言われてみれば…」
「今まで誰も考えつかなかったとか試さなかったというよりは、誰も必要としなかっただけじゃないですか?」
「…そう…なのかも知れないわね」

魔法石には魔力が込められているので、魔法石の魔力だけで魔法を発動することもできるが、例えば自分と同じ魔力が込められた魔法石を使えば、自分の最大魔力量や魔法生成速度の底上げが期待できるのだ。自分の魔力と魔法石の魔力を同時に使えば魔法生成速度が上がるし、途中で魔法石に切り替えることで魔法の発動時間を長くすることもできる。
ルーシッドの魔法具はこれを取り入れたものだ。盾の持ち手の部分に結晶石と魔法石を2つ並べて配置し、片方だけ使うか、両方同時に使うか、途中で切り替えるかを自由に選択できるようにしたいわば『ハイブリッド型魔法具』である。


「それもそうだけど、この演奏装置メロディカはなかなか変わってるわね?これどうなってるの?」
シアンが盾を興味深そうに眺めながら尋ねる。
「簡単な作りだよ。鍵盤を円形に設置してるんだよ。で、中心部分を軸に回転するバチをレバーを回して鳴らす仕組み」
「へぇ~。良いアイディアねぇ~」

良いアイディア?
いや、これは良いアイディアなどという簡単なものではない。
リサはそう思った。

今まで携帯型の魔法具にはどうしても自動演奏装置オートマチックメロディカを組み込むことが難しく、自分で叩くしかなかった。
だがこの魔法具は、魔法回路の最小面積の中に自動演奏装置オートマチックメロディカも組み込まれている。これは今までどの魔法具師マジックスミスも実現できなかった技術だ。
そしてそれを可能にしている1つの要因はあの音楽の短さにあるだろう。先ほど魔法発動の際に流れた音楽は通常の魔法具に比べて圧倒的に短かった。だいたい半分くらいの短さだった。
もちろん魔法具師マジックスミスによって音階や音楽の長さは多少変わるし、いかに音楽を短くするか、いかに鍵盤の量を減らしたり、演奏装置メロディカを小型化するかが、魔法具師マジックスミスの腕の見せ所なのだが、それにしてもこれは短すぎる。
今までコンマ数秒のところでしのぎを削っていたところを一気に数秒単位で発動を縮めた感じである。

「ルーシッドさん…その、答えれる範囲で良いのだけれど、ルーシッドさんの魔法具はなぜこれほど短い音楽で魔法が発動できるのかしら?」
「あー、まぁその…短くできたという感じですかね。はい」

あまり詳しくない生徒たちならともかく、さすがに先生ともなれば気づいたか、とルーシッドは思った。


この魔法具にはルーシッドの持っている技術はほとんど入れていない。
魔法回路マジックサーキットの大きさは標準通りだし、魔法石も通常のつなぎ方だ。演奏装置メロディカもルーシッドが考案したオルゴール方式ではなく従来通りの方式だ。
ほとんど入れずにこの出来だというのだから驚きではあるが。

しかし、ルーシッドは自分が手がけた魔法具に関しては、例えそれを自分が使うものでないとしても、一切の妥協を許さない、完璧主義な部分があった。
その道具を使う時に使用者が感じるちょっとした不便さや効率の悪さも、ルーシッドにとっては妥協に他ならなかった。

片手に武器を持っている人にとって、鍵盤を自分で弾くというのは結構手間である。しかもソードならまだしもハンマーをバチ代わりにするのはどうやっても難しい。そうなるとハンマーとは別にバチを用意する必要があるが、バチを持ち歩いたり、途中で持ち替えたりなどというのは非常にめんどくさい。
また、今は『石の操作魔法』だけを使ったが、この魔法具にはもう1つの魔法『鉄の生成魔法』も組み込まれている。この2つの魔法を発動するための演奏装置メロディカを従来通りの楽譜で盾に組み込むと、盾のサイズが人の体を隠せるくらいの大盾サイズになってしまい、持ち運ぶのには重すぎて探索などには向かなくなってしまう。
そう考えた時に、『妖精たちの踊りフェアリーダンス』を使った楽譜の改良だけはどうしても行う必要があったのだ。

「そう…まぁ、魔法や魔法具の詳しい内容に関しては詮索しないのが鉄則だから、深くは聞かないわ。
でも、ルーシッドさん。この魔法具はすごい、すごすぎるわ。これはとてもじゃないけど一学生が、しかも一年生が作ったとは思えない…間違いなく現代魔法具の最高峰、いえ、新時代の魔法具だわ」

「えっと…ありがとうございます…」
ルーシッドは素直に褒められて恥ずかしそうに頭をかいた。

それと同時に、これが最高峰ではないんだけどなぁ、とも思った。
サラが言った通り、自分が持っている技術全てを詰め込んだ魔法具を出すのは、もう少し後にしようと思うのだった。
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