十三回忌

佐倉島こみかん

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十三回忌前日

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 誰よりも私の誕生を願ったのは姉だった。
 でも私は、誰よりも姉の死を望んでいた。

『これでもう、全部、ちぃちゃんのものだからね』

 そんな姉の今際の言葉は、今でも呪いのように心の奥に刻みついている。






 姉の十三回忌を翌日に控えた土曜日、昼食後に2階の自室で数学の課題を解いていたら、母と祖母の言い争う声が聞こえてきた。
「だから、なんでそげん大事なことを前日になるまで言わんかったわけ? もう仕出し屋さんにも頼んだし、皆に連絡もしたでしょうが!」
「そんなに大きな声で言わなくても良いでしょうそげんふて声で言わんち良かがね泣きたくなる泣こごっあっ!」
「誰のために大きな声で言ってると思ってんのね! 耳が遠いからわざわざ大きな声で言ってんでしょうがっ、予定が急に変わって泣きたいのはむしろこっち!」
 何事かと1階に下り、台所の方からリビングに通じる引き戸をそっと開けて様子をうかがえば、母から強く言われた祖母が、不服そうにうつむいて黙り込む姿が見えた。
 母と祖母の喧嘩のいつものパターンだ。言いたいことを言いたい放題にきつく言う母と、気に入らないことがあるとすぐ黙り込む祖母。そんな祖母に母が更にイライラして言いまくって、祖母が更に機嫌を損ねて何も言わなくて……という悪循環。血の繋がった母娘おやこだけど正反対の性格で、血が繋がっているからこそ物言いに遠慮がなくて、ひどく相性が悪いのだ。
「何か言ったら?」
 黙ったままの祖母に、更に母は眉を吊り上げて言う。それでも、祖母は何も言わない。母は大きく溜め息をつくと、話にならんわと一言吐き捨てて、玄関に繋がっている方のドアからリビングを出て、大きな足音を立てながら二階に上がってしまった。たぶん、仕事部屋に行ったのだろう。
 この気まずい状態のリビングに入る勇気はなくて、私は足音を殺して2階に戻ることにした。
 2階に上がった母は仕事部屋にいた。階段を挟んで私の部屋の反対側にある仕事部屋のドアが開けっ放しになっている。中の様子をうかがうと、母はちょうど電話の子機を手に話しているところだった。
「あ、もしもし。明日の法事の仕出しをお願いしていました、松園です。はい。はい、そうです、十三回忌の」
 母は不機嫌さなど見せないオクターブ高い電話用の声で言う。
「それで、料理を11時に持って来てもらえるようお願いしていたんですが、お寺さんの都合で法事の開始が四十分ほど遅くなるそうで……はい、そうなんです。それで、11時半に変更して頂けないでしょうか……はい、はい、すみません。よろしくお願いします。はい、では」
 受け答えの終わった母はスイッチを切って子機をスタンドに戻し、また深いため息をついた。
「お母さん、どうしたの?」
 さも今、部屋から出てきましたというていで、母を気遣うトーンで声を掛ければ、母はハッとして私を振り返る。
「ああ、千里ちさと。ばあちゃんがね、遥佳はるかの法事の時間が、お寺さんの都合でずれることを今になって言い出して大変なのよ。しかも先週の内に聞いてたとか……伝えたつもりで忘れてたんだろうけど、何も言わないし。まあ、それで、これから方々に電話しないといけなくて。明日のことなのに、ほんっと、信じられない」
 話しているうちにさっきの苛立ちがぶり返してきたように母の語気が荒くなる。
「そうなんだ、大変なことになったね。私も手伝った方がいい?」
「律子おばちゃんに手伝ってもらうから大丈夫よ。あんたは気にせず、自分のことをしてなさい。来週からテスト週間でしょう」
 母は、私の叔母自分の妹の名前を出して、私に勉強を促した。
 母にとって私は、姉同様に県内トップの進学校に身を置いている自慢の娘なのだ。しかも、文理選択の末、文系トップクラスに入ったものだから、2年生になってから何よりも学業を優先させたがる。
「分かった、大変だったら言ってね」
「ありがとう」
 優等生で母思いの娘らしく労わるように言えば、母は小さく微笑んで返した。

 自室に戻って、小さく溜め息をつく。どうして母も祖母も何十年と親子をやっていて、ああも上手くやれないのだろう。もっと言い方を優しくすれば祖母もあそこまですねないし、祖母だって母のあの性格を知っているんだから自分の非を認めて素直に謝って理由を話せばいいのに。
 あいにく、父が単身赴任先から帰って来るまでまだあと3時間ほどある。それまで、私1人が祖母と母の間に立たなければならないのは苦痛でしかない。苦手な数列の問題を解いている方がずっとマシだ。

 お姉ちゃんは、また、誕生日に私を苦しめるんだね。

 ……なんて、居もしない姉への恨み言が口をつきそうになる。


 今日は、姉が亡くなってから12回目の私の誕生日――私は、姉と同じ歳になった。


 
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