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1章
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しおりを挟む「は?」
再び漏れた、正臣の、声。
正臣さんも、こんな顔するんだなぁ……。
頭の片隅で冷静にそんなことを考える自分がいる。
正臣の目をむいた顔を見ながら、ルカの視線も正臣が見ている方へと移動させる。
何度見てもそこには、ルカから放たれた放物線が未だじょのじょぼと落下していた。
二人の間に沈黙が訪れた。
聞こえるのは、風が草を撫でてゆく爽やかな音と、水音と言えなくもない、放尿の音ぐらいの物だ。音だけ聞けば、爽やかである。いたたまれない。
人間、困ると笑顔で固まるらしい。
何度か「ばれてしまえ」と思っていたルカだが、こんなバレ方は想定していなかった。
なんで私はスカートをたくし上げる前に正臣さんを確認しなかったんだ……。
なんでも何も、我慢の限界だったからである。それどころじゃないぐらい気がそぞろだった。
……だからといって。
悔やんでももう遅い。後悔とは、先に立たないものである。
ルカは、なぜ自分が微笑んだ状態で表情が固まっているのか理解出来ないまま、他人事のように穏やかな声を出した。
「……すみませんが、あちらを向いていてもらえますか?」
何も考えてないのに、出てきたのは見事に現実を逃避する言葉であった。
「あ、あぁ。す、すまん。まさか既に用を足しているとは思わなくて、だな……」
そりゃそうだ。女は立って小便しないもんな……。
正臣の反応からも動揺がうかがえる。言ってることがおかしい。いや、正しいのだが、色々とおかしい。
誰が立ってスカートまくり上げて美女が放尿をおっぱじめていると思うよ……。
ごめんなさい、悪いのは私の方です。
座ってするからお花摘みである。花を摘むフリぐらいしておくべきだった。
謝られると、ルカの心が痛い。いや、痛むほど感情は戻ってきていない。なぜなら今、ルカの心は無だ。そして働いているのは、なけなしの理性の方だ。
どうする。どうごまかす。……いや? ごまかせるのか? ……無理だ。
感情が麻痺したまま、頭だけがフル回転していた。回転するも、どこにも逃げ場がなく、から回りしている感がある。
というか早く終わらせたいのに、小便が止まらない。
こういうとき、早く終わって欲しいことほどやけに長く感じる。これほど気まずい用足しが未だかつてあっただろうか。
もうこのままなかったフリして、そのままごまかす方向で押し切るか。それとも謝り倒すか……。
なにが正しいのか、もはや判断が全く付かない。
とりあえずごまかしてみよう。そんで怒られたら謝ろう……。
ルカはとりあえず、方向性だけ決めてみる。正臣ならこの場はごまかしにつきあってくれそうな気がした。
……でも、嫌われるだろうな……。
悲しい。動かなかった感情が、わずかに疼く。
……いや、ちょうどよかったかもしれない。もし怒ったら、それを理由に、離れよう。どうせ、いつまでもこうしていられなかったんだ。
そして、以前軍への身分証明に見せた旅券について、正臣が偽造に言及してこないことを祈ろう。
起こってしまった物は仕方がない。ちょうど良い機会だ。
ルカは自分に言い聞かせた。最悪の状況で、こんな形で知られるだなんて思ってなかった。間抜けすぎて、もう、絶望する気にもなれない。笑顔のまま固まって、真顔に戻る余裕さえない。
チラリと目を向ければ、正臣はしっかりと後ろを向いている。さすが紳士である。
今更慌てる事もあるまい。落ち着いてペニスを軽く振ってから下着にしまう。スカートを下ろして身なりを整えると、深く息を吸った。
絶望どころか、用を足し終わって、身体はすっきりしている。
漏らさなくてよかった。
とりあえずルカは、前向きになれることを考えてみた。
感傷とは裏腹に、喜劇のような滑稽さだ。もはや感傷など行方不明である。
男だと知られてしまったのを理由に、このまま会えないと言わなければならない。いっそ騙されたことを嘲笑ってやれば良いのかもしれない。そうすればきっと、もう関わることなく、離れられる……。
頭ではそう思っているのにルカが絞り出した言葉は結局、ごまかすような、なんでもないフリじみた物だった。
「すみません、お待たせしました…」
……いっそ、このまま流してくれ。
などと身勝手なことをルカは考える。今まで通りの日常が続けばいいのに。けれどそれは無理だろうと覚悟して、ゆっくりと振り返った。
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