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しおりを挟む寒い。
床から寒さが伝わってきて体温が奪われていく。上半身はほんの少し着込んでいるけれど、それも間もなく冷えてくるだろう。
「あんた、寒いだろ? そんな隅っこで丸まってないでこっち来い」
「え、でも……」
彼の言葉に戸惑う。宅間重政さん。名前ぐらいは知っているけど私は彼と話したことはほとんどない。大柄で、大胆でおおざっぱ。けれど意外と気さくで気が利くと話しに聞くぐらいに、社内でも話題に上りやすい人物だったけれど。
ただ、いかにも男らしい彼と、男性とあまりしゃべるのが得意でない私では、部署が違うと全然接点がなかった。
大柄でちょっといかつい顔でちょっと乱暴な話し方の彼は、私から見るとちょっと怖い。思わずビクビクと離れて座っていたのだけれど、もしかしたら彼も彼で二人っきりで閉じ込められたこの状態が居心地悪いのかもしれない。
「見てる方が寒いんだよ。あんたみたいなちっこいのがそんな隅で丸まってると、そのまま凍死しちまいそうだ。頼むからこっち来い」
頼むから、などと言われると、断りにくい。
二人っきりの夜だ。いつまでもビクビク逃げているのも感じ悪いし。
緊張しながらも近づいていくと、そばまで行ったところで手招きされる。
何か話しでもあるんだろうかと、声を聞こうと座り込んだ彼に向けて腰を折って「はい?」と首をかしげたところで、彼に腕を引っ張られた。
「ひゃっ」
バランスを崩し、転ぶと思った瞬間、私の身体は温かい物に包まれた。
「あ、あのっ」
ガチンと身体がこわばる。それも仕方ない。だって、ここは彼の腕の中だったのだから。
腕を引かれ倒れ込んだ私を抱き留めた彼は、そのまま私を膝の間に抱え込むように抱きしめたのだ。
これはどうなの?!
小さくて小動物のようだと言われることもあるけれど、これも、その範疇だろうか。ガチガチに強ばったままパニックに陥った私に、溜息交じりに宅間さんが説明をした。
「ここにいろ。暖房もないんだ。これから本格的に冷える。人肌っていう最高の暖房があるんだから、恥ずかしがって別々に凍えるのはばからしいだろ」
「で、でもっ」
「まともな判断とは言い難いけどな。でも俺もあんたにコート渡していい男気取って満足して震える自虐趣味もねぇし、かといってあんたを隅っこで震わしといてほおっておけるほど人でなしでもねぇし? これが一番無難だと思わねぇ?」
「えええええ?!」
思わず叫ぶと、彼がそんな私の様子を見て、ぶっと吹き出す。
「そんなに嫌がるなよ」
「え、いえ、そんな、嫌がってるとかじゃなくて!!」
動揺しすぎて、慌てて首と両手を振りながら叫ぶ。
嫌じゃない。嫌じゃないけど、でもダメな気がする。だって、これは他人の距離じゃない! 日本人、こんなにくっつかない!
「あー。はいはい、ちょっと落ち着こうな」
くっくっといかにもおかしそうに喉元を震わせて笑いながら、彼が私の肩をぽんぽんと叩く。
ち、ちかい。
未だかつて無い男性との距離に動揺する。なんと言っても、彼の足と腕の中にがっちりホールドされていて、それを見上げると、顔なんてすぐそこ。ほんの少し私が伸び上がったらキスできてしまいそうだ。
なにこの距離、なにこの距離。なのになんでこの人こんなに落ち着いてるの?
バカみたいに緊張している私に、彼はなんでもない様子で話している。
「一応、俺だって、あんたが動揺するのは分かってるつもりだから。さすがに俺も、迷って悩んだ末の判断だぞ?」
「え、そうなんですか?!」
思わず叫ぶぐらい驚く。だって全然悩んでるように見えないし!
すると、また彼がぶっと吹き出した。
「当たり前だろ? いくら暖を取るためとはいえ、こんな事したらセクハラって言われても仕方ないしな」
「セセセセクハラ?!」
「だから、動揺しすぎ」
クククッと笑うその様子は楽しげで、自分ばっかり動揺しているようにしか見えない。
「嫌がるヤツを、無理矢理どうこうする気はねぇから、心配すんな」
「は、はい……」
……って、結局、この状態はキープなの?
私は彼の両膝の間に挟まれるようにして、体育座りしている。彼は私の動揺など気にもせず、その後ろから私を覆い隠すみたいに、大きな彼が私を抱きしめるようにして座っていて。
お母さん。私、この状況に耐えられません……!!
体育座りしたまま、がちんがちんに固まって、彼の体温を感じていた。
なんという苦しい沈黙。
実家の母に心で助けを求めてしまうぐらい心苦しい状況だった。
でも温かい。さっきみたいに一人で座っているのとは全然違う。たぶん、あのままだったら、まださらに寒くなってた。あのまま夜超えるのは、たぶん無理。
ぬくもりを感じていると、彼の言った事は正しく思えた。こうしてくっついてしまえば、また離れて一人で凍えるのはちょっと………ううん、かなりイヤだし。暖を撮るの大事。人間のぬくもりすごい。
この状況はかなりいたたまれないけれど。
寒そうな私を気遣ってくれた彼のために、ここは頑張って楽しい会話の一つでもして彼に迷惑をかけている現状を楽しい物へと変えなければ!
……と決意するも、何を話していいのか分からないという一番最初の段階で蹴躓いて、自分の情けなさに絶望する。
「……なぁ、そんなにがちがちに固まると、疲れるだろ? もっと力抜いたらどうだ? 触らないようにしてるみたいだけどな、それ温め合うには逆効果だろうが。寄りかかっていいから、もっと力抜け」
「でででも、ご迷惑をっ」
「……あんたにこわがられる方が、軽く傷つくけどな」
ハハッと笑っているけど、全然傷ついている様子はない。
「えええええ?! そ、そうなんですか?! なんで?!」
「叫ぶな。近いから十分聞こえる」
「あ、すみません!」
と、思わず叫ぶ辺り、もう自分の緊張具合に泣けてくる。ちゃんと会話をしなきゃって張り切りすぎて、声が勝手に大きくなる。
「だから、お前はもっと落ち着け、な?」
苦笑しながら、彼がぽんぽんと私の頭を叩く。
あ、なんかちょっと、気持ちいい……。
子供扱いになんかちょっとほっとして、ちょっとずつ力が抜けてきながら、なんでこんな事に、と現状に至った経緯を思い返していた。
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