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二十七話 浅井家の最後(その三)

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先ほどの覚醒状態の重治であったならば、才蔵一人、味方にいれば、どんな猛者の四人の相手でも、容易に対処出来たであろう。

しかし今の重治は、その覚醒の反動から走る事すら思うようにならず、全身に苦痛を感じてさえいる状態である。


重治の左後ろに控える才蔵からは、殺気が感じ始めていた。
重治は、相手の武将には気付かれないように、慌てて左手を少し動かし、才蔵をなだめる。


「‥‥実は、奥方様に、お館様への言付けを授かりました。‥‥お館様は、こちらの方に向かったと伺っております」


「‥‥うーん。どうもにも怪しい……」


四人の武将が、四人ともが重治達を怪しんで睨んでくる。


再び、重治の左後方より殺気が強まった。

どうみても才蔵には、穏便に敵をやり過ごすつもりはないようである。やる気満々の気配が、背中越しにも重治には、手に取るように感じられていた。

重治は懸命に、しかも左手を極力目立たぬように動かし、才蔵に合図を送り続ける。


才蔵の力を持ってすれば、ここにいる四人の武将など、事も無げに倒してしまうだろうと重治は思った。
また、その反面、戦いの騒ぎを他のものに見つかった場合、収集をつける事が困難である事も重治には解っていた。


「……お館様に、お館様に、取り次いでいただければ、我らの言っていることが真実であると解っていただけまする」


「うーん‥‥」


四人の武将は、互いに顔を見合わせ、互いに首を横に振り合っている。


「我らは、そのお館様より、この先の小丸には人を近づけぬようにと命を受けておる」


四人の出した答えはやはり、否。
重治の左後方の才蔵の殺気が三度目の高まりを見せ始める。

重治は、慌てて左手を下の方で、素早く左右に振った。


「そのほう、何をしておる!?」


重治が手を動かしていることが、遂にバレて、とがめられたのである。


「えっ、‥‥そ、そんな。な、何も、……そ、そう、む、虫が‥‥」


「むし?‥‥なんか怪しいな‥‥」


やや遠巻きにあった四人のうちの一人を残し、三人の武将が重治に近づいてくる。


重治の左側後方からは、先ほどよりも更に強まる殺気を感じる。


『仕方ない、やるか!?』


重治も覚悟を決めた。


「‥‥まあ、待て。良いではないか……」


前方の行くてを塞いでいた武将のうち、重治には近づかなかった一人、四人の中では、最も年齢の高そうな男がそう言った。

三人の武将は、その声で立ち止まり、その男の方を振り返った。


「赤尾様、良いのですか?」


三人の男は、合図でもしたかのように声を揃えてそう言った。


「うむ、このかたな‥‥、いや、このものなら、お館様に会っても問題有るまい」


赤尾と呼ばれたその男は、重治に迫った三人に、ゆっくり近づいた。
そして、三人が並んだ間をすり抜け、重治にいっそう近づいた。


赤尾と呼ばれた男に、重治は見覚えはなかった。
しかし、先ほどの言葉からして、相手には、どうも自分の事を知られているような雰囲気があった。


「‥‥竹中殿。若殿を頼む」


重治のすぐ横にまできたその男は、味方である三人には、聞こえぬ小さな声で、重治に囁いた。


赤尾と呼ばれた老武将は、重治に囁いたあと振り向いて、三人の武将たちに指示をだした。


「ここは、私に任せて、おまえたちは、下の畝掘りと曲輪のほうを見てきてくれ」


「しかし……」


「大丈夫じゃ。‥‥よく見れば、小奴のことは見たことがある。間違いないく我が浅井のもの」


「……はあっ、赤尾様がそう、おっしゃられるのであれば‥‥」


赤尾と呼ばれる人物にそこまで促された三人は、不承不承の表情をにじませながらも、山の中腹に仕掛けられた曲輪群のほうへと向かって歩き出した。


追い込まれていた重治には、赤尾という者の素性がわからぬ以上、そんなやり取りをことの成り行きのまま、ただ見守ることしか出来なかった。


三人が、いなくなってからもその男は何も語らず、ただ唐突に、重治の両の手をがっしりと掴んで、必死の形相で重治に告げた。


「竹中殿。若殿を頼む……。若殿は……。!! 急いでくれ、若は……」


「………」


その男に、何も言わずに頷いた重治は、固く握られた手を振り解き、才蔵と目配せしたあと、再び走り出した。



「間に合ってくれ。……わしには、若殿を止めることはできなんだ……」


走り出した重治を見送りながら、その男、赤尾美作守清綱は、祈りにも似た思いで、そうつぶやいていた。


小丸に入ってからは、全く人の気配はなかった。

重治は持てる力で、今、出せる全ての力で、長政の元へ向かって走った。


「重治様。この廊下の先、右の部屋が久政の部屋になります」


重治に併せて走る才蔵がそう告げた。

重治には、すでに返事をする余裕もない。ただ、ひたすらに走り続けるだけであった。


才蔵に教えられた部屋の前までたどり着いた重治は、即座に、その部屋への入り口の襖を力強く開け放った。


重治の見たその場所が、真っ赤な血の海であると、部屋に入ったその瞬間に、重治には理解できた。例え、それが入り口から離れた場所であってもである。

畳、二十畳ほどの大きな部屋の続きにある、その奥の控えの間が それであった。


重治は、何の身の安全の確認せず、慌てて部屋に飛び込んでいた。

重治の視界を捉えて離さなかったものは、真っ赤な血の海であり、他のものなど、全く何も見えてこなかったのである。


重治が、その奥の間で見たものは、血の海に倒れ伏せる一人の男と、そのすぐそばで、脇差しを鞘から抜き、今まさに腹を切ろうとする長政であった。


「やめろ!!」


重治の叫びに、それまで切腹の覚悟を決めていた長政が、閉じていた瞳をゆっくりと開いた。


「……重治どの?」


虚ろな目をした長政は、重治を見てもまだ、ぼんやりとした表情は変わらない。

素早く長政に走り寄った重治は、長政の手から脇差しを奪い取った。

長政の表情は、ここで初めて精気を帯び始めた。


「死なせてくれ‥‥。わしは、信頼をする義兄を裏切った。‥‥わしには、義兄に、再び、会わす顔はない。‥‥頼む、死なせてくれ」


目の焦点の定まった長政ではあったが、その死ぬ覚悟の変わることはない。

長政の発する言葉は、脇差しを奪い取った重治に対し、死を懇願する言葉のみに終始していた。


「長政様。お市様を置いて逝かれるつもりか!?」


「……義兄も、妹の市にまでは、手に掛けるようなまねはなさらぬであろう‥‥。だから、頼む、死なせてくれ」


長政のこの様な無様な様を見る事になるとは、重治は思いもしなかった。

重治の中での浅井長政は、名将中の名将で、若くして死ななければ、信長のあとを継いだのは彼だとさえ思っていた。


「長政。お前が一人死ぬのは勝手だ。しかし、残される者の事を考えてみろ」


「‥‥しかし、重治殿。いくら父が仕掛けた事とはいえ、食い止める事の出来なかった私に、その責任はある‥‥」


徐々にではあるが、死に神に取り付かれていたような表情からは脱し、長政は、冷静さを取り戻しつつあるようであった。


「久政殿は、亡くなった。このうえ、長政自身が死んでなんになる」


「しかし‥‥、私が生きていては、義兄、信長殿の邪魔になる。重治殿なら、わかっているだろう!?」


確かに長政の言っている事に間違いはない。

織田家の者のなかには、浅井家さえ同盟を覆さなければ、長年において苦境を味わう事はなかったと思っている者が数多く存在している。
そして、北近江を完全に織田家の支配下に置くためには、浅井の名前はこの世から抹殺する必要があった。


「先に、自ら命を絶った父を見て、父一人を逝かす訳にはいかぬと思った‥‥。重治殿、どうか、義兄に謝っておいてくれ。……武士の情けじゃ。どうか、このまま、なにも言わずに死なせてくれ」


流石に名将と名高い一国の主、長政である。一度決め込んだその覚悟は、一筋縄では変えることはできない。

重治が、どう説得するかを悩み出した時であった。


「……あなた」


声のする方を振り向いた重治の見たものは、伊蔵に託して、ここに来るはずのない市姫であった。

市姫は、子供を無理やりに伊蔵に押し付け、重治のあとを追いかけて来たのである。


「……いち」


市姫を前にして、柔和に変わる長政の表情を見て、重治は二人の繋がりの強さを再認識していた。


「市、どうしてここへ!?‥‥お前は、義兄上の元へ帰れと言ったはずだ……」


「‥‥わたくしは、あなただけを先に逝く事を許しません。‥‥あなたが死を選ぶなら、わたくしも子供とともに‥‥、あなたのあとを追います」


長政の表情が、それまでとはまるで違い、複雑に追い詰められていくように見えた。


「……あれほど、話し合ったではないか。子供たちのために死なぬと‥‥」


長政は、血の海となった奥の座敷から出て、市姫の元へと近づいた。

強く左右に首を振る市姫の両肩に手を乗せた長政は、市姫の顔を間近で見つめた。


「‥‥いち…… 」


市姫の顔を見つめた長政は、肩を引き寄せ、そのまま市姫を抱きしめた。


どれぐらいの時が、流れたであろうか。

その間、二人の世界に立ち入れない重治も才蔵も、二人の姿から視線を外し、ただ黙って、二人の成り行きを見守るしかなかった。


やがて、長政は抱きしめた市姫を引き離し、重治に向かって近づいていった。


「‥‥重治様。すべてが上手くいく方法は、有りませぬか?その為ならば、どんな事でも致します‥‥」


長政は、重治に深く深く頭を下げた。


「重治。わたくしからも頼みます。兄上に、兄上に、何とか頼んでみてはくれませんか‥‥。兄上は、重治の言うことならば、必ず、聞いてくれると‥‥」


長政に続いて、長政のすぐ横にまで来た市姫もまた、重治の前で深々と頭を下げたのである。

二人は、重治の前に並んで頭を下げたまま、その姿勢を変えようとはしない。


「長政様もお市様も、頭をお上げください。そんなにされては、私が恐縮してしまいます‥‥」


「では!?‥‥」


重治が発した言葉をきっかけに、長政が先に顔を上げた。


「はい‥‥」


重治は、そんな長政に、にっこりと微笑み返事した。


「‥‥私は、信長さまより、妹と、その家族を助け出すようにと命を受けてまいりました」


重治は、史実を曲げてでも長政を助けたいと思った。

それまで、死に神に取り憑かれていた長政が、生きていたいと思う、今、事を上手く運ばねば、いつまた、長政の気が変わるともわからない。それほど長政の精神状態は不安定だったのである。


「では、まいりましょうか!?」


とにもかくにも、まずこの部屋を出ることが先決だと思った。
死の世界がすぐ隣り合わせあるようなこの部屋から。
重治は、長政と市姫に、急かせるように出発を促していた。


子供たちの元へ、市姫の願い以前に、重治の考えもまた、それを抜きには考えてはいない。


最初に来た道を逆へと辿り、重治たちは急いだ。


京極丸に近づいた時、子供の泣き声が、重治の耳に届いた。
その声は、もちろん、母親である市姫の耳にも届く。


「‥‥万寿丸。‥‥あれは、万寿丸」


泣き声を聞いた市姫は、それまで長政に引かれていた手を離し、駆け出した。

駆け出したと言っても女性の着物姿、男の走るものとは比べようがない。
それでも重治にとっては、市姫が走り出した行為は有り難かった。


日が昇ってから、かなりの時が過ぎている。
日が暮れる前には、信長自らが兵を率いて、小谷への総攻撃を開始する手筈になっていた。

ご先祖、竹中半兵衛が、時間稼ぎをしているうちに、城からの脱出を計らねばならないのだ。


京極丸に入った重治たちを迎えたのは、母を求め泣きじゃくる子供達と、今にも泣きだしそうな顔をした伊蔵であった。

伊蔵が、どれほど優秀な忍びであっても、泣く子には勝てなかったのである。


無事に伊蔵達と合流する事が出来た重治ではあったが、子供が加わったことで更に足が遅まった。予想していたよりも時間を要した事に、重治の顔には、焦りの表情が現れていた。


小谷城からの脱出のルートは、城郭のある小谷山上部から、敵の侵入を防ぐ為に作られた曲輪群のある中腹部まで、まずは行かなければならない。

既に、日は、やや傾き始め、最早、時のないことを重治に教えていた。


「さあ、あまり時間がありません」


長政も含めて男三人、若干名一人の重治を除いて各々が子供を抱き上げた。

若干名一人、男からは除外された重治は、市姫とともに、茶々の手を引き、できうる限りの速さで山を下り始めた。
あとは、時間との競争である。


幸か不幸か、敵兵との遭遇、咎められることなく、小谷城から唯一、脱出するために造られた、抜け道のある曲輪群の近くにまでやって来ることができたその時であった。


前方に、一人の鎧武者がこちらを注意深く、じっと見つめているのが遠目にも確認できた。


今、重治たちのいる場所、小谷城郭部と曲輪群を繋ぐ、一本道であって迂回する事も出来はしない。


重治の覚悟は、初めから決まっていた。

子供を抱きながら止める伊蔵を後方に下げて、重治、自らが戦うつもりで、その鎧武者に向かって歩きだしたのである。


攻撃を仕掛けるには、まだまだ不足な、かなり遠い間合いから声がかけられた。


「……よかった、間に合いましたか‥‥」


そう言って柔和な笑顔を見せたのは、小丸への道を通してくれた、あの赤尾と呼ばれていた人物であった。


「……清綱。すまぬ‥‥。死ぬことは、できなんだ」


抱いた万寿丸を市姫に預け、重治の後を追った長政は、重治の横を通り過ぎ、清綱に深く頭を下げた。


「若。‥‥いや、お館様。よいのです。‥‥浅井久政、長政の親子は、今日、早朝、小谷の城にて自害。‥‥それで、よいのです。‥‥浅井家の名前は消えまするが、浅井の血は、受け継がれて行きまする……」


「すまぬ、ほんとうに、すまぬ」


「なんの‥‥。あとは、このわしに任せて‥‥。これからは、今までとは違う、新しい人生を歩んでくだされ」


自害すべく籠もった小丸から、生き恥を晒して出てきた自分の事を全くせめる事をしない赤尾清綱に、長政は、ただひたすらに詫びることしかできなかった。


「赤尾様。何かございましたか!?」


巡回中の者たちであろうか、二人の武将が、赤尾清綱の様子に気づいて、心配して、こちらに急ぎ足で駆け寄ってきた。


「いやいや、大事ない。お市の方様に、今、別れを述べていたところじゃ」


「はっ。これは、失礼いたしました」


二人の武将は、清綱の後ろに位置する市姫に向かって深々と頭を下げた。


「では、お市の方様、お元気で‥‥」


「……清綱、‥‥すまぬ。私のわがままで‥‥」


「良いのですよ、お市様。ご家族、仲良く。お元気で……」


清綱は、にっこりと優しく微笑み、市姫と長政を優しい瞳で見つめた。


「さぁて、それでは後始末じゃ」


清綱は、二人の武将の肩に手を置き促したあと、曲輪の仕掛けられた方に向かって歩き出した。


市姫と長政は、清綱の背中が小さくなるまで頭を下げたままであった。


「さあ、急ぎましょう。もう、あまり時間は残されていません」


重治の言葉に頷いた二人は、再び歩き出した。



この先、向かう抜け道を知るものは、浅井家の中でもほとんどいない。
抜け道にたどり着きさえすれば、安全が確保されたに、ほぼ等しい。


重治は、傾きだした太陽を見つめたあと、それまでよりも更に足を速めるようにと皆を励ました。




「‥‥赤尾様。先ほどの、お市の方様と一緒だった者の中におられた御方は、もしかして‥‥」

「おお、そういえば、よく似ておったの。あれほど似ておれば、影武者でも、させればよかったかのぉ!? はっははは‥‥」


「ははは、そ、そうですよね‥‥。お館様が、こんなところにいるわけはないですよね‥‥は、ははは」


「あたり前じゃ。お館様は、本丸に控えておられるわい」


曲輪群を通り越し、畝掘りの守りのある陣についた清綱は、諸将を集めてこれからの策を各自に伝えた。



同刻、畝掘りを挟んだ秀吉の陣では、日の入りを間近にして、秀吉が最後の決断に迫られ、頭を悩ませていた。


「うーん、さすがの重治様でも、やはり無理だったか‥‥」


秀吉にとって、苦渋の決断を迫られる時が刻一刻と迫っていた。


「大変で、ございます!!」


城下町部で、陣をしき、傾く太陽を睨んでいた秀吉の元へ、大慌ての伝令が叫びながら駆け込んできた。


「どうした!?何があった!?」


駆け込んできた伝令は、弾む呼吸を調えようと、大きく息を吸い込んだ。


「何が起きた!?早く申さんか!?」


秀吉は、焦る気持ちから、呼吸を調える間さえ、惜しんで伝令を急かす。


「は、はい。畝掘りの柵防に、造られた通用門が開放され、投降してくる者が多数現れだしました」


「‥‥そ、そうか。……やってくれたか。……よし、全部隊に、進軍の命令を伝えよ!!」


それまで悲壮感さえ漂わせていた秀吉が、一転、笑顔を見せ、伝令にそう告げた。





「では、打ち合わせ通りにな。火を放った後は、そのほう等も降伏して投降せよ‥‥。命を無駄にするではないぞ」


「では、赤尾様。我らは、これにて‥‥」


清綱の残す最後の言葉に、その場にいた武将たちは、何も答える言葉を見つけられなかった。


清綱の最後の命を受けた者たちの中には、一人、自害しようとする清綱だけを逝かすことを由としない者たちも数多く存在し、城と共に散り花を咲かそうと、城郭で、数多くのそんな浅井兵が織田軍を待ちかまえたのである。


こうして、秀吉の配下によって、火の放たれた城郭部で、死に場所を求めた浅井兵と織田軍秀吉隊が激突した。




重治たちが、小谷の山をようやく山裾近くまで降りてきた時、山頂方向に、谷合から煙の上がる様子が見ることができていた。

長政らは、子供を足元に下ろすと、誰も言葉を交わすことなく、山頂に向かい、長い合掌黙祷をした。

子供達の『どうしたの?』の声だけが、山裾の林の中を何度も何度も木霊していた。




全ての事が、万事上手く運んだかに見えた。しかし、山を下る重治の気持ちは、山の稜線へとゆっくり見えなくなる太陽の儚さのように、どんどん沈んだものになっていた。


『全てが、上手くいくように‥‥』


重治に必死で頼み込んだ長政の言葉が、ズキンと重治の胸の奥をえぐり込んでいた。


今、重治たちが連れだっている子供は四人。
歴史に興味のあるかたならば、当然?と思われるであろう。

織田家の総攻撃の前、浅井家嫡男、幼名、万福丸は、既に浅井家後継者として城外に逃がされていた。

しかし、歴史上での、万福丸の最後を知る重治にとっては、誰にも話す事の出来ない凄惨なものである。


山を下りれば下りるほど、長政と市姫の悲しむであろう様が重治に重くのしかかる。

疲れた様子を見せながらも、幸せそうな長政家族。
先に逃がされている万福丸の幸せも疑っていないであろう市と長政であった。


既に、自分に出来る事のない重治には、その遠くない未来の事を考えれば考えるほど、心に重石が課せられていくような思いがしめていったのである。
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