裏信長記 (少しぐらい歴史に強くたって現実は厳しいんです)

ろくさん

文字の大きさ
59 / 104

四十二話 武田勝頼

しおりを挟む

伊蔵が配下の者を使い、甲斐の国の情報を集めにかかってから半月あまりが過ぎたが、その成果はあまり順調とは言えない状況であった。


そんな苛つくような日々を重治が送っていたある日、思いがけない人物の来訪が重治屋敷にあった。




「此度の戦勝。おめでとうございます」


重治は、いつになく丁重な態度をとっていた。


「重治様、おやめくだされ。そのようにかしこまられては……」


「‥‥いや、しかし、‥‥信忠様は、今や、織田家の御当主ではありませんか……」


重治が、信忠と呼んだ男は、はにかんだ照れた笑みを見せた。


この日、重治屋敷を訪れたのは、信長の嫡子である織田信忠その人であり、信貴山での松永久秀との戦いを終え、信長への報告を済ませたところだと重治に説明していた。


「信貴山攻めなど、私でなくとも、だれが指揮をとっても勝ち戦になるものです」


「ははっ‥‥」


重治は、肯定とも否定ともとれる曖昧な笑みを漏らした。


「…………」


「……ところで、本日は、なにようでのお越しでしょうか?」


過去に遡ってみても、信忠が、重治を訪問した事実は一度としてない。

今まで家督を継いでいなかった事を差し引いても、重治と信忠とのなかがとても親密だとは言い難かった。


「……じつは、‥‥重治様に、頼みたき議が、あって参りました。‥‥何とぞ、お聞きいれくださいますよう‥‥」


信忠は、そう言うと突然、頭を下げ、重治の前で平伏の姿勢をとった。


「ちょっ、ちょっと、お待ちください。お、お手を お手を お上げください……」


焦ってしまったのは、重治の方だった。

仮にも、天下をうかがう織田家の当主である信忠に、頭を床につけさせ、土下座をされるとは、そんな状況、夢にも想ったことなどない。


「とにかく、とにかく、お手をあげて‥‥、詳しい、お話しを……」


重治が、そこまでの言葉を続けると、信忠は勢いよく頭をあげた。
重治に見せたその顔は、百万の援軍を得たかのような会心の笑みであった。


「聞いてくれるか!?」


「‥‥聞くも何も、話しが、見えてまいりません。詳しい説明をしていただけませんと、返答のしようが、ないじゃないですか‥‥」


「‥‥ははっ。そりゃ、ごもっとも。ははっははは」


信忠の表情は、重治に受け入れられたと言う思いからか、屋敷を訪れた時の緊張した面持ちが、幾分和らいだかのように見えた。


「重治様と親父の関係をわかっいて、尚、この話しだけは、親父にだけは、秘密にしておいてもらいたいのじゃ」


再び、強い緊張感を漂わせた信忠は、慎重に言葉を選びながら重治に語り始めた。


「‥‥重治様の事ならば、わしに正室が居らぬ事は、当然、承知だと思うが、今からその理由を聞いてもらいたい」


「?、では、その理由が頼み事と関係すると……」


神妙な面持ちの信忠は、黙って頷いた。


当時の信忠には、数人の側室がいたが、正室として名前を残した人物はいない。しかし、信忠自身には、正室と認める、ただ一人の女性が存在した。


織田家と武田家が同盟を結んだおり、勝頼に信長が娘(養女)を嫁がせたと同様に、信忠にも信玄の娘である松姫を正室として迎える運びとなっていた。

しかし、織田家と武田家の間の同盟が、破棄され戦闘状態となると同時に、信忠と松姫との婚姻も幻と消えたのであった。


「わしの正室は、今でも松、ただ一人。‥‥勝頼とわしは、義兄弟になるわけじゃ。偉大な父を持った苦労は、わしも同じじゃ……」


「……つまり、わたしに、勝頼殿の手助けをして欲しいと!?」


「………………」


信忠は、自分の頼みが、とんでも無い事であると、この時になって初めて冷静に見つめ直し、理解し始めていた。


「ふふふふ‥‥」


複雑な表情で悩む信忠を見て、重治は笑った。


「‥‥な、なにが、おかしい!!」


「……一度は、義息子となった縁ある男じゃ。このまま、惨めな死を迎えさせたくはないのじゃ」


「……?!!」


重治は、信長の声色を真似て、表情の険しくなった信忠に、信長の言葉をそっくりそのままに告げた。

信忠の表情は、重治の言葉の意味の理解と共に、悩み、驚き、喜びと、次々に変わっていき、百面相の如き変化を見せた。


「さすがは、親子ですね‥‥」


重治は、にっこりと微笑んだ。


「‥‥では、親父も……」


信忠の言葉に、重治は、黙って頷いた。

信忠は、無理な頼みが、偉大なる父と同じであると知ると、それまでの緊張が嘘のように、一気に柔和な笑顔へと変わっていった。

そんな信忠が重治に向かい、再び、姿勢を正した。


「‥‥では、改めて頼む。‥‥勝頼のこと、よろしく頼む」


今度も土下座とまではいかないが、信忠は、丁寧に、重治に向かって深々と頭をさげた。

そんな信忠の姿を見て、重治は、信忠の情の深さ、その思いのを心底、強く感じていた。


重治が、屋敷の外で信忠を見送る間、何度も何度も振り返り、頭を下げる信忠の姿を見て、依頼の責任の重さをひしひしと感じる重治であった。



思いがけない訪問を受けた重治は、思う情報を集められずに、その冬の最初の雪を安土の地で見る事になる。


重治が、そこまで詳細な情報にこだわったのには、ある大きな理由があった。


重治は、幼い頃より竹中家家訓として歴史に関わり続けていた。

特にご先祖の竹中半兵衛に関してのことならば、知らない事は何一つないと自慢できる。それは当然、半兵衛の仕官していた織田家の関わりある事も同様である。

ある種の歴史オタクに間違いなく分類される人間である。

上杉謙信も尊敬しているし、武田信玄もまた大好きで、いろいろな知識を有している。


しかしである。

それが上杉家全般、全ての事を知っているかと言えば、当然、答えはNOである。

もちろん武田家に関しても、特に、勝頼個人の事となると尚更の事である。


重治は、持ち得ない歴史的事実としての知識の代わりに、現状で手に入れられる精一杯の情報が、喉から手がでるほど、欲していたのである。




「やっぱり、現地に行かなきゃ、駄目か……」


重治は、この冬、初めて舞い落ちてくる白い華をみながら、独り言を呟いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

処理中です...