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6 新たな一日
しおりを挟む次に気が付いたとき、アリエスはとある安アパートの一室で横になっていた。布団のなかから見上げる天井には年季の入った染みが点在し、窓を覆うカーテンの隙間からは朝の光が差し込んでいる。
『貴女が転生する先は、街にあるアパートの一室です』
アリエスの脳裏に、体感的にはつい先ほどの女神の言葉が思い出されていく。
『貴女は天涯孤独の身として日々を生活し、転生前の貴女の知り合いは全員、貴女のことを覚えていません。貴女の生い立ちに関する種々の記録も、私のほうで都合をつけておきます』
それはすでに説明されたことでもあり、アリエスはそれを承知で転生したのだ。
『とりあえず、そのアパートの家賃については、二ヶ月分を前払いしている状態で、転生後の生活を始められるようにしておきます。転生してすぐに野宿はハードでしょうから』
つまりはその二ヶ月の間に、収入源である仕事を見つけて、あとは自分でなんとか二度目の人生を生き抜いていくということだった。
『私が関わるのはそこまでです。あとは貴女次第ということで、一応忠告しておきますが、次に死んでもまた転生出来るとは思ってはいけませんからね』
また死んでもまたやり直せばいい、とか、どうせまた転生出来るのだから上手くいかなかったら死ねばいい、とか……そういうデスリセットが出来ないようにするためだった。
『それを許可すると、たいていの人は甘えてしまいますからね。自分の命を軽く見てしまいますから』
女神のその言葉は、まるで以前そのような経験があるかのような口ぶりだった。
『それでは、アリエスさん、貴女の二度目の人生が良いものであることを願っていますよ』
最後にそう言って、女神はアリエスの前から姿を消し、アリエスは再び眠るように暗闇の世界に包まれて、そしてこのアパートの一室で目を覚ましたということだった。
上体を起こして、アリエスは室内を見回してみる。転生前に自分が住んでいた屋敷とは比べ物にならない、とても小さな部屋だった。小さなテーブルと床に敷かれた布団……物といえるものはそれくらいしかなく、それだけで部屋がいっぱいだと思えるくらい小さく狭い部屋だった。
「贅沢は言ってられないですよね……」
だが、いまの自分にはそれだけで充分だといえた。こうして転生出来ただけでも奇跡なのであるから。
物が足りないと感じるなら、増やせばいい。そのための時間と手間が……命があるのだから。
命あっての物種……それはまさにいまのアリエスが感じている言葉に違いないだろう。そしてこれから彼女がするべきこと……自分がするべきことを、彼女は分かっていた。
「まずは、仕事を探さなくちゃ、あと今日のご飯も……」
ふとそばの丸テーブル……ちゃぶ台といったほうが正しいそれに目を向けると、そのちゃぶ台の上に茶封筒と一枚の手紙が置かれていた。
アリエスは布団から出ると、その手紙を手に取る。そこにはこう書かれていた。
『そうそう、忘れてましたが、転生したばかりで無一文だと困るでしょうから、少ないですがお金も用意しておきました。仕事が見つかるまではこれで食べ物を買ってください。もちろん仕事を始めるための準備資金として使っても良いですよ。 女神より』
読み終えた瞬間、手紙は光の泡となって消えていく。アリエスはびっくりしたが、女神様なのだからこれくらい出来て当然なのかもしれない。
それから彼女は封筒の中身を見てみる。封筒のなかには紙幣が数枚……数万ゴールド紙幣が入っていた。それとこの部屋のものだと思われる鍵も。
「とりあえず、今日のご飯はなんとかなりそう……節約はしなくちゃいけないけど」
父親の事業が傾いていたとき、ご飯を節約して食べていたことがある。他にも色々と節約していたので、節約すること自体には慣れていた。
封筒を一度ちゃぶ台に置いてから、アリエスは窓まで近付いていく。床まで届いているような大きな窓であり、そこにかかっているカーテンを開けると、朝の心地良い日差しが彼女を照らし出した。
「……うん……頑張らなくちゃ……」
転生したアリエスの、新たな一日が始まった。
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