【王国内屈指の公爵家の令嬢ですが、婚約破棄される前に婚約破棄しました。元婚約者は没落したそうですが、そんなの知りません】

はくら(仮名)

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【嘘偽りの婚約者】 3


「君との婚約を破棄したいと考えている」


 数日後、街のカフェにて。

 ライアは目の前に座るヘレナにそう告げていた。

 ヘレナは努めて落ち着いた様子で尋ねる。


「理由を聞かせてもらってもよろしいですか?」

「僕は君を愛していないからだ。愛のない結婚に未来はない。そこにあるのは白くて冷たくて寒い、家庭という名の空虚だろう」

「……貴方のご両親には、もうこのことを話されたのですか?」

「まだ話していない。まず話すべきは君が先だというのが、せめてもの礼儀だと思ったからだ。今日、家に帰ったら話すつもりだ」

「…………」

「父さんも母さんも了承してくれると思っている。君も、きっと分かってくれると思っている」

「……自分勝手ですね」

「君の言葉を、僕は甘んじて受け入れよう。何とでも言ってくれ。それで別れられるなら安いものだ」

「…………」


 少しの間。


「いいえ、文句は言いません。言ったところで、貴方の気持ちは変わらないのでしょう?」

「その通りだ。このカフェを最後通告の場に選んだのも、君が取り乱して拒否しないように、公の場を選んだわけだからな」

「いまさら取り乱しません。貴方とはいつもここでお話していましたから」

「…………」


 今度はライアのほうが少し黙ってから。


「帰ろう。君の家の馬車を呼びたまえ。君が馬車に乗り、去る後ろ姿を最後に見送ってから、僕もゆくことにする」

「もう二度と会うことはないのでしょうね」

「そのつもりだ」


 ヘレナがブレスレット型の通信魔法具を起動して、ハイネス家の馬車を呼び寄せる。

 その後、二人はカフェを出て、その前の道で馬車がやってくるのを待った。

 ヘレナもライアも、口を開かなかった。話すことがなかったからだ。

 ヘレナは悲しくはなかった。怒りもなかった。嬉しさもなかった。


(いずれ、こうなる予感はあったものね……)


 しいて彼女にある気持ちといえば、それはライアに対する『分からない』という気持ちだった。

 婚約を決められてから最初に会ったときから、いままで、何回となく彼と会い、話をして、いろいろなところに行った。

 食事もした。観劇もした。互いの家族を同伴しての会合もした。

 しかし。


(結局、何を考えてる人か、分からなかった。いまも隣にいるけど、やっぱり何を考えてるのか、分からない。分からない人というのが、分かるだけ)


 ちらりと、ヘレナはライアのほうを見る。

 彼は道の先に顔を向けていた。ヘレナの馬車が来るのを待っていた。

 その顔はいつも通りの生真面目が張り付いていて、だからこそ、ヘレナにはなにを考えているのかが分からないままだった。


(せっかく別れられるんだから、嬉しそうな顔の一つでもすればいいのに)


 まるであまのじゃくのように、ヘレナはそう思ってしまう。彼がもっと表情を動かしていれば、いまよりは彼のことが理解出来ただろうに、と。

 そのとき、二人の近くで馬のいななきの声が聞こえた。そして馬が猛スピードで駆けてくる足音。


「危ない!」


 ヘレナが状況を理解するよりも速く、彼女の身体が地面に押し倒される。

 なにかがなにかにぶつかる衝撃音が響いた。けたたましい馬の鳴き声や壁が崩れる音やガラスの割れる音が聞こえた。

 誰かの悲鳴がした。人々が騒ぐざわめきがした。


「ヘレナ様⁉ ヘレナ様⁉」

「ライア様⁉ ライア様⁉」


 ハイネス家のメイド長の声と、レオン家の執事長の声がすぐ近くで聞こえた。

 しかしそれらは全て音声で聞こえるだけで、姿はヘレナには見えなかった。

 彼女のすぐ目の前に、一人の顔があったからだ。

 頭から血を流す、ライアの顔が。彼の額や頬を伝って、ヘレナの頬にぽたぽたと血が落ちていっていた。


「……無事だったか……」


 彼はそうつぶやいた。


「……な……んで……?」


 彼女はそうつぶやいた。


「さあ……なんでだろうな……?」


 最後にそうつぶやいて、彼は気を失って、地面に顔を落としてしまう。


「ライアさん⁉ ライアさんっ⁉⁉」


 ヘレナの声が辺りに響いた。



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