【王国内屈指の公爵家の令嬢ですが、婚約破棄される前に婚約破棄しました。元婚約者は没落したそうですが、そんなの知りません】

はくら(仮名)

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【嘘偽りの婚約者】 4


 街の病院。

 気絶したライアは医師達によって手当てされ、いまは個室のベッドに眠っていた。

 幸いなことに、街馬車の事故による怪我は大事には至らず、一応脳に悪影響がないか検査するために一日入院する程度だった。

 "馬車による事故の怪我"、は。

 病院の診察室にて。ヘレナは医師の前に座っていた。彼女の後ろにはハイネス家のメイド長と、レオン家の執事長が控えている。

 医師が神妙な面持ちでヘレナに口を開いた。


「ヘレナ=ハイネスさん、貴女はライアさんの婚約者だそうですね」

「……はい」

「…………」

「あの……話というのは? もしかして事故の怪我の後遺症が……?」

「いえ、いまのところ、それの後遺症は見当たりません。一応念の為に一日入院するだけで、怪我自体も回復魔法によって完治しています」

「ほっ……」


 ヘレナは安堵していた。

 ライアとは確かに表面的な婚約者ではあったけれど、それでも自分を守ってくれた彼を心配してもいた。

 自分を守ったせいで死んでしまったり重篤な後遺症が残ってしまったりしたら、責任を感じてしまうだろうから。

 しかし彼女の安堵とは対照的に、


「…………」


 医師はなにかを言い渋っているような雰囲気を見せた。

 本当に伝えても良いのかどうか、いまだに迷っているような雰囲気を。

 それを見て、ヘレナが医師に尋ねた。


「あの、先生? まだ何かあるのでしょうか?」

「…………」


 医師は彼女の後ろにいる、レオン家の執事長を見る。医師の視線に、執事長は観念したように小さくうなずいていた。

 医師が再びヘレナを見て、今度こそ意を決したように告げた。


「ヘレナさん、落ち着いて聞いてください。決して取り乱さないように」

「…………」


 ヘレナがごくりと喉を動かした。


「ライアさんは、現在、重い病に冒されています」

「「……⁉」」


 ヘレナとメイド長が目を見開いた。

 医師が続ける。


「現代の医学でも回復魔法でも治療が困難な、心臓の病気です。余命は残り一年といったところでしょう」

「そんな……」


 ヘレナが自分の口に手を当てて、しかし何を言ったらいいのか、言葉を続けられない。


「ライアさんの家族や専属の使用人の方には伝えていたのですが……実はライアさん自身から、婚約者のヘレナさんには伝えないでほしいと言われてまして……」

「「……っ⁉」」


 ヘレナもメイド長も初耳のことだった。


「しかし、やはり、婚約者である貴女にこのことを伝えないのは心が苦しく……ライアさんには後で謝罪をします。それでも貴女には伝えなくてはならないと思いましたので」

「…………」

「私達もどうにかして治療法を探してはいますが……ヘレナさん、どうか残された時間を、悔いのないようにお過ごしください」

「……………………はい」


 振り絞り出せたかすかな声は、それだけだった。



 ライアの病室。

 いまだに眠っている彼の寝顔を、ヘレナは椅子に座って見つめていた。

 病室には二人しかいなく、メイド長もレオン家の執事長も退席させていた。


「…………ん……」


 ライアが目覚めたらしく、薄目を開ける。

 ヘレナが声を掛けた。


「気が付きましたか」

「……君は……ここは……」

「病院です。貴方は気絶して、ずっと寝ていたのですよ。事故の怪我は、先生達が全部治してくれました。一応念の為に今日は入院するようですが」

「……そうか……」

「まずはお礼を。事故から守って頂き、誠に感謝致します。入院費も治療費も、全額ハイネス家が負担致しますので」

「……気にするな……」

「そういうわけにも参りません」

「……義理堅いんだな……」

「ただの礼儀です。命を助けてもらったのに、はいそうですかとそれだけで終わらせるわけにはいきませんから」

「……それを義理堅いというんだ……」

「そうですね」

「…………」

「…………」


 少しの沈黙。

 ヘレナが口を開く。


「先生から聞きました。ライアさん、貴方は、重い心臓病に冒されているそうですね。余命は一年しかないとか」

「……………………、……医者には、君に伝えるなと言っておいたんだがな……」

「後で先生が謝罪するそうです」

「…………」

「だから、私との婚約を破棄したかったんですね。私に迷惑を掛けない為に。結婚してすぐに未亡人になっては、ハイネス家に多大な迷惑が掛かってしまいますから」

「……そうだ……」

「私に冷たい態度を取っていたのも、婚約破棄を滞りなく進める為ですね。私やハイネス家がごねないように」

「……そうだ……」

「私を事故から助けたのも、もうすぐ自分が死ぬから、どうせ死ぬ命なら、いままでの非礼を詫びる意味も込めて、私を助けたということですよね。それが、いままで黙ってきた償いだと」

「…………」


 ベッドに横たわって白い天井を見つめながら、ライアが告げた。


「…………君が、好きだったんだ……」

「……っ⁉」


 そして彼が独り言のように話し始める。



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