彼女は終着駅の向こう側から

シュウ

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「廃線……」

 言葉が詰まって、それ以上何も出てこなかった。
 晴天の霹靂というのはこういうことか。
 あまりのことに頭が真っ白だ。
 考えることを自分以外の何かが、必死で否定しているようだった。

「調べてみたけど、どうやらオレたちの方も同じらしい。利用者は少なくて赤字続きだから前々から廃線にするって話は出ていたみたいだ」

 スマホをいろいろいじっていた松川君が、この電車の最終運行予定日を告げる。
 十二月の末頃、ちょうど向こうの世界での廃線予定日と同じだった。
 こんなところで二つの世界は、やはりどこかつながっているんだと実感する。

「じゃあ……」

 ぼくたちは互いの顔を見合わせ、それぞれと視線を交え合った。
 ライトとぼくたちは、この電車でライトが互いの世界を行き来できることで関係が成り立っている。
 この電車がなくなることは、互いに会えなくなることを意味していた。

「どうしよう……」

 ライトが悲痛な声をあげる。それにはぼくも松川君も、うつむいてただ沈黙するしかなかった。
 本当にどうしたらいいのか。
 そもそもこれからどうなるのか何も頭が働かない。

「わたし嫌だよ。こっちに来れなくなるなんて。二人とこうして映画を撮影したりできなくなるなんて」
「ぼ、ぼくだって嫌だよ」
「ああオレもだ」

 こんな時がいつまでも続く。
 どこか信じていたそれは、とても儚くて危ういものだと思い知らされた。
 確かなものなんて、永遠に続くものなんて存在しない。
 それが本来交わらない、天の気まぐれか奇跡で成り立ったぼくらの関係は、本当に壊れやすい薄氷の上にあったんだって。

「なんとかできないかな」
「なんとかって、何ができるの?」

 別に方法があってつぶやいた訳じゃ無いけど、ライトはすがるように食いついてきた。
 そもそもぼくらがこうやって一緒に過ごすようになれた原因すらよくわかっていないのに、それが崩壊しようしている現状をなんとかするなんてできるのか。
 
「この路線が無くなるのを、止めさせることができないかな」

 ぼくらは同時に松川君の方に首を向ける。
 彼は自分の考えを頭の中で整理しているようで、ぼくらはじっと口を開くのを期待して待っていた。
「この電車が無くなるのは利用者が少ないからだ。実際オレたちもこうして集まっているけど乗ることはほとんどないし」

 夏頃に何度か乗ったぐらいだ。
 それも二つの世界で行き来を自由にできないかの実験が主で、電車に乗らないと駄目な目的は無い。
 出かける用事があるなら自転車やバスを使う。

「でも、ほら。時々足の不自由なお年寄りとかが乗っていたじゃんか。この電車がなくなるとそういうお年寄りが困るみたいなことを陳情できれば中止にできないかな。せめて延期になって時間ができれば他に方法が見つかるかもしれないし」

 松川君はクラスのリーダー的な存在で、おそらくサッカー部でもそうだと想像がつく。
 そしてぼくらの間でも彼はやはりリーダーだった。
 泣きそうな表情を浮かべていたライトに、生気がみるみる戻っていく。
 ぼくもきっとそうなのだろう。
 リーダーの席に座るべき行動力を持った、選ばれた人間であることを改めて実感する。
 かつては羨望した彼の才覚に、ぼくは心の底から感謝した。 

「わたしの方でも掛け合ってみる! だってあの駅を一番利用しているお得意様はわたしだよ。無くなることで文句を言う権利はあるはずだよ」

 俄然やる気を出したらしい。
 勢いよく声を上げると生き生きとした勝ち気な眼を向ける。
 やっぱりライトは落ち込んでいるより、こんな風に元気な表情の方が彼女らしかった。
 場の空気が一気に明るくなる。
 最近は夕方少し冷え込むようになり、日が落ちるのも速くなってきた。
 でも今、ぼくらの間では夏と同じか、それ以上の空気が流れているのを実感する。

「せっかく三人そろっているんだから撮影を進めようよ。時間は待ってくれないよ」
「そうだな。トヨジ、カメラは持ってきているな」
「忘れるわけないよ。二人ともちゃんと自分の台詞を覚えている? シーン登場の際の行動は?」
「完璧だよ。わたしを誰だと思っているの」
「こっちもオッケーだ。オレだって練習とかしているんだからな」

 二人は互い笑いあい、そしてまっすぐにぼくをみた。

「じゃあ監督、はじめようか」
「了解。じゃあ次のシーンを始めよう。逃げるライトを松川君がかくまうところだ」

 さっきまでの悲痛な表情が夢であったかのように、ライトは明るい表情で応える。松川君も楽しそうに照明などの準備を始めた。
 こうしている今が楽しい。
 その気持ちは本当で、二人もそうに違いないと確信できた。
 ぼくにはなにかできることが無いだろうか。
 カメラを回しながら、そんなことを考えていた。
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