初雪はクリスマスに

シュウ

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三章 決戦はクリスマスイブに

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 病院の待合室でケントは時計を見上げる。
 時刻は八時近くになっていた。
 もうとっくにライブは終わり、あの子は家に帰っているだろう。

(結局あの女の子には会えなかった……)

 胸が何かに強く抑えられているような苦しさがあった。

(でも……これで良かったんだ)

 ケントが病院についていったからおばあさんは無事だったんだ。
 もしおばあさんの事を無視して会いに行っていたら、きっとケントは自分が嫌いになっていた。
 病院に着いた直後はバタバタと慌ただしかったが、今はすっかり落ち着いている。
 ちょっと前にお医者さんと女性の看護師さんが近くで何かを話していたけど、ケントにはよくわからなかった。
 おばあさんがどうなっているか聞きたいけど、夜の病院はとても人が少ない。
 ケントは椅子に一人座って誰かが出てくるのをうつむいたまま待っていた。

「君がケント君かい?」

 太い、よく通る声にケントは顔を上げる。目の前にはずいぶんと大柄なおじいさんがいた。あごをおおいつくしている、白い立派なひげがすごく印象的だ。

「妻を病院に連れて来てくれたようだね。ありがとう」

 そう言ってケントに笑いかけてくる。
 とても優しげな表情だと思った。
 ツマという言葉の意味が一瞬わからずにケントはキョトンとしてしまう。
 それが奥さんを意味する言葉だとようやく気がついた。
 おばあさんを妻だと呼ぶ発想が浮かばなかったのだ。
 つまりこのおじいさんはおばあさんと一緒に暮らしている旦那さんと言うことだ。
 仕事が忙しいと聞いていたけども、おばあさんの為に病院に来たのだろう。

「あの、はじめまして。おばあさんはどうなりましたか? もう大丈夫ですか? お仕事はいいんですか?」

 気になる事がたくさんあることもあり、急いた気分で一気に早口でいろいろな事を質問してしまう。
 おじいさんは穏やかな表情を浮かべるとケントの質問に一つずつ答えてくれた。

「はい、はじめまして。妻は大丈夫だよ。妻は前々から心臓が弱くてね。今日は腰を痛めて動けなくなった所に、急に寒くなったせいで発作が出たようだ。君のおかげだよ。本当にありがとう」

 おじいさんに改めてお礼を言われてケントは照れてしまう。
 ごまかすように右手で頭をかいた。おばあさんが大丈夫で本当によかった。

「仕事の方は、そうだね……ケント君。君は何か困っている事があるんじゃないかね?」
 「え?」と思わずケントはおじいさんの顔を見つめる。
 おじいさんは大きな眼を細めて、ケントを見つめていた。

「別に困っている事は……」
「おやおや、そうかな? もし困っている事があるのなら、遠慮なく言ってくれてもいいんだよ」

 おじいさんの優しい眼が、ケントを包み込む。どうしてだろう? なんだかこのおじいさんにはなんでも話さなければならない気がする。

「あの困っている、というわけじゃないんですけど、ぼく、とある人にハンカチを借りていて……」

 もごもご口を動かしながら、ケントはポツリポツリと話した。

「それで、そのハンカチを返したいんですけど、でも返す方法が分からなくて、それでどうしたらいいかわからなくて……」

 話しているうちに感情があふれかえってきて、なんだか泣きそうになる。
 男は泣いたらダメだとケントは自分に言い聞かせた。
「おや、そうだったんだね」
 おじいさんがケントの肩をやさしく抱き寄せる。
 なんだか亡くなったおじいちゃんに抱かれているみたいだった。我慢していたものがあふれ出しそうだ。

「あら? ここにいたの」

 看護師さんが部屋から出て来て、こちらに話しかけてくる。
 ケントは慌ててそっぽをむいた。
 眼から少し涙が出ている事に気がついたからだ。
 こっそり服の裾で涙をぬぐう。

「ケントくん」

 看護師さんにもう一度呼ばれ、ケントは振り向いた。
 多分涙はもう大丈夫なはずだ。

「今日は御苦労さま。あなたのおうちにお電話したいんだけど電話番号を教えてくれるかな? お父さんとお母さんもきっと心配しているわ」

 続いて少し屈むような姿勢で、笑顔でそう聞いてきた。
 すごく小さな子供扱いされたことが気になったけども、この看護師さんは母さんより少し若いくらいに見えた。
 シノブと同じぐらいか、もう少し小さな子供がいるのかもしれない。
 ケントはそう納得して自分の家の電話番号を伝えた。
 それを聞くと看護師さんはケントの頭をなでると、腰を上げて廊下の向こうに歩いて行く。

「ケントくん。君にもう一つお願いがあるんだけどいいかな?」

 看護婦さんが視界から消えるとほぼ同時に、おじいさんは相変わらずの優しい表情でケントに向かってそう聞いてきた。

「何ですか?」
 ケントは笑顔を向けた。

「ぼくはもう少しお医者さんとお話があるんだ。だからおつかいをおねがいしたいんだよ。病院の売店は閉まっているからね」

 そう言うとおじいさんは着ている赤いコートから、百円玉を五枚取り出した。

「病院を出て四つ目の曲がり角を左に曲がって、しばらくまっすぐ歩いたら右手にコンビニが見えてくるんだ。そこで飴玉を買ってきてもらえないかい?」
「わかりました」

 ケントが頷くとおじいさんは穏やかな表情のまま、ケントの右手にさっきの硬貨を手渡す。「お釣りは好きに使っていいからね」とおじいさんは続けた。
 おじいさんがお医者さんに呼ばれたので、ケントはコンビニへ向かうために外へ向かった。
 自動ドアをくぐって外に出ると、室内との温度差で身震いする。
 ケントはジャンバーのポケットに手を入れて、夜の街へと飛び出した。
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