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49.転売屋は飲食店をプロデュースする

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目を点にするイライザさん達に待つように言って一度店に戻り、例の売れ残った食器をいくつか持って行く。

本当は木箱ごと持っていけたらいいんだが、残念ながら俺にそんな筋力はない。

むしろ西通りから東通りまで往復して息を切らせない体力がある事に感心するね。

昔の俺には無理だわ。

若いってやっぱりいいな。

「待たせたな。」

「おかえりなさいませ。」

「ねぇ、さっきのはどういう事?食器って何?」

「それは見てもらった方が早いだろ。エリザ、こっちにこい。」

興奮気味に突っかかってくるエリザの手を引いて例の通路へと向かう。

そして何も言わず皿を手渡した。

「え、なになに?」

「投げてみろ。」

「割れるよ!?」

「割っていいから投げてみろって。」

「割っていいからって・・・。」

挙動不審になるエリザをなだめて木箱の前に立たせる。

「イライザさん、ちょっとうるさくしますよ。掃除はこいつがするんで安心してください。」

「あの、何を?」

「この店を繁盛させる方法です、エリザやれ。」

「もぅ、知らないからね!」

意を決したように皿を振りかぶり、勢いよく壁に向かって投げる。

着弾まで一秒ちょっと。

イライザさんが息をのむのと同時に、ガシャンという破砕音が店中に響き渡った。

「キャッ!」

あまりの音に悲鳴が聞こえるが、投げた本人はどうだろうか。

「エリザどんな感じだ?」

「すっっっごい、気持ちいい!」

「だろ?」

「壊しちゃいけない物を壊すってすごいゾクゾクする。」

「また投げたいか?」

「投げたい!」

「次は銅貨5枚だ。」

「え、お金取るの?でもその値段ならいいかな。」

本当にポケットからお金を取り出そうとしたので笑ってそれを制してやる。

うん、生の反応としては中々だ。

「つまりシロウ様はこの店でこれを行おうというわけですね。」

「そうだ。冒険者以外にもイライラモヤモヤしている人は多いだろう。そういった人を取り込むことが出来るかもしれない。」

「絶対流行る!間違いないよ!今までこんなお店なかったもん!」

「本物の冒険者がここまで絶賛しているんだが、イライザさんはどう思う?」

興奮気味のエリザとは対照的にあまり反応が返ってこない。

うーむ、やり過ぎただろうか。

「いくつか聞いてもいいですか?」

「どうぞ。」

「投げるのが目的のお店になるんでしょうか・・・。」

「いいや、あくまでも食事をする所だ。味に関しては美味いと思うし量も十分だ、だがそれだけじゃやっていけないのは承知の通りだろう。だから付加価値をつけて宣伝するんだ。」

「付加価値?」

「あそこで食事をすると面白い事が出来るぞってね。」

「それが食器を投げる事なのですね。」

何故かイライザさんじゃなくミラが頷いているんだが・・・。

まぁいいか。

「そうだ。例えば銅貨50枚以上の食事をすると投げる権利を得られる。最初は無料だが二回目からはお金を取っても問題はないだろう。酒が入れば盛り上がり、ガンガン投げるようになるかもしれない。ここの客単価ってどのぐらいだったんだ?」

「一回で銅貨30~40枚ぐらいです。」

「それが50枚になれば儲けが出るよな。」

「それだけあればなんとか。」

「エリザ、銅貨50枚は高いか?」

「う~ん、二人だと高いけど三人だとお酒も飲むからすぐじゃないかな。ここの味付けならお酒がすっごい進むと思うの。」

それは俺も思った。

決して濃過ぎるわけじゃあいんだが、ついつい酒に手が伸びてしまいそうになる。

マスターの料理もそうだったが、上手な人はそういう風に作れるんだろうな。

「複数人で食べればハードルは下がるし、皿投げも盛り上がるんじゃないか?」

「絶対盛り上がると思う!」

「でも、そのお皿はどこから?」

「それは俺が提供するよ。言っただろ、格安で買わないかって。」

「でも陶器のお皿ですよね?安くてもそれを沢山なんて払えるかどうか・・・。」

「最初の一箱は一枚につき銅貨1枚で融通しよう。エリザは流行ると言っているがそうじゃない場合もある。もし成功したら銅貨3枚で買ってくれ。」

「そんなにお安くていいんですか?」

「言い出したのは俺だからな、それぐらいはさせてもらうさ。」

俺としては大量に眠っているあの不良在庫が無くなるだけでもありがたい。

捨てようかと思っていた品が適正価格で捌けるんだ、十分すぎる取引だろう。

「でも、掃除が大変よね。」

「幸い石床だから箒とチリトリががあればすぐに片付く。よく見たらあそこに穴が開いてるだろ?微妙に傾斜もついてるし水を流したらあそこから流れるようになってるんだろう。」

「ほんとだ。シロウって罠を見つけるの得意そう。」

「残念ながら見つけたことはないけどな。」

昔から細かな変化には気が付くと言われている。

セドリとかやってると背表紙とかでレア品かどうかを見極めたりするからそれで培ったのかもしれないな。

「皿の在庫は潤沢にあります。また、補充が必要なようでしたら取引所で募集すればすぐに集まる事でしょう。」

「それでも無くなったら?」

「他の街から仕入れればいいさ。大量に買い付けて一気に輸送すればコストも下がる。多少割れても文句を言わないって言えば冒険者も護衛を引き受けるだろ?」

「割れてもいいならやってもいいかな・・・。」

「んじゃ、その時はお前がやれよ。」

「えー今のナシナシ!」

慌てて発言を取り消そうとするがもう遅い。

言質は取ったからな。

「どうだろう、決して悪い話じゃないと思うぞ。」

「私もそう思う!宣伝なら任せてよ、冒険者には顔が利くんだから。」

「ギルドにももう一度話を通してみたらどうだ?宣伝ではなく掲示だけでもできないかってな。」

「エリザ様の話を聞いた冒険者がそれを見てお店にやって来るというわけですね。」

「何事も最初はインパクトが大事だ。条件を銅貨50枚から30枚にしてやってもいい。一度やれば病みつきになるだろうさ。ミラもやるか?」

「いえ、私は結構です。」

「じゃあイライザさんだな。」

「私ですか?」

「店の主人がこの快感を知らないってのはアレだろ?」

アタフタしているイライザさんの手を取って誘導してやる。

木箱の前に立ったところでエリザが皿を手渡した。

「思いっきりやっちゃえばいいよ!」

「なんなら叫んでもいい。今までの不満を吐き出せばよりスッキリするだろうさ。」

「不満を・・・吐き出す。」

イライザさんが皿を手に深呼吸をするのが分かった。

二度、三度。

四度目に大きく息を吸い・・・。

「こんなに美味しい料理なのになんで食べに来てくれないのよーーー!」

思いの丈をぶちまけながら皿を思いっきり投げつけた。

空白の時間が一瞬だけ通り過ぎ、乾いた音が店中に響き渡る。

うーむ、良いフォームだな。

世界を狙えるんじゃないか?

なんつって。

「どうです?」

「・・・癖になりそうです。」

「そうでしょう。スッキリすればまた次を頑張ろうと思える。」

「そうですね。」

「大丈夫ですって、失敗したらこいつがちゃんと責任を取りますから。」

「えぇ!私!?」

「お前が流行るって言ったんだからな、気合入れて宣伝しろよ。」

「わ、わかった頑張る!」

責任重大だと認識したんだろう。

俺の店もそうだったし大丈夫だ。

絶対に流行るなんて言えないが大丈夫な気はする。

本当に些細なきっかけだと思うんだ。

この味とこの娯楽。

噛みあうと思うんだけどなぁ。

「どうだろう、やってみる気はあるか?」

「やります。いつまでもこのままじゃ先は見えているから。」

「エリザだけじゃなく俺の店を利用した冒険者にも宣伝はしておこう。美味い店があるってな。その時は何か一品サービスしてやってくれ。」

「よろしくお願いします!」

イライザさんがこの日一番の笑みを浮かべて頭を下げた。

最初はどうなる事かと思ったが、思わぬ形で話がまとまったな。

あとはこの店が成功すれば俺の在庫処理も完了だ。

「では交渉成立ですね。最初の一箱を一枚当たり銅貨1枚、その後銅貨3枚でご準備します。書類の準備をしますので皆様はこのままお待ちください。」

「じゃあ私はその最初の一箱を運んで来ればいいのね?」

「なんだ、珍しく気が利くじゃないか。」

「働いた後はご飯がよりおいしく感じるでしょ?」

「まだ食うのかよ!」

さっきあれだけ食べたのにまだ食べるのか?

アイツの分の支払いはしないからな。

「帰って来るまでにとびっきりの料理を作っておきますね。」

「やった!イライザさん大好き!」

「シロウさんも是非食べてください。」

「そのつもりだ。」

ミラとエリザの背中を見つめながら少しぬるくなった酒を流し込む。

一仕事終えた後の酒は美味いねぇ。

今後はここも利用させてもらうとしよう。

嬉しそうに厨房へ入り早速何かを作り出すイライザさん。

そうだ、上手くいった暁には別のお願いをしてみてもいいかもしれない。

え、ヤラせろっていうのかって?

そんなわけないだろうが。

別にそこまで飢えてるわけじゃないっての。

「あの、シロウさん。」

「なんだ?」

と、厨房の出窓からイライザさんが顔を出して俺を呼んだ。

「本当にありがとうございます。実は、このままお店を閉めようかなって思っていたんですけど、やっていく勇気が出てきました。」

「それはよかった。」

「この御礼はいつか必ずお返しさせてください。」

「成功したらで構わない、その時に覚えていたらな。」

「あと・・・。」

なんだ?

急にモジモジしだしたぞ。

まて、この流れは・・・。

「年上の女性って、お好きですか?」

その質問にどう答えるべきか。

グラスに残った最後の酒を流し込み、俺は長考に入るのだった。
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