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286.転売屋は米と出会う

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横の店で大騒動があった見舞い・・・というわけではなく、ピクルスが切れたのでいつものように買いに来た。

いつもなら元気な奥さんが出迎えてくれるのだが、今日は何故か店頭にいない。

「すみません。」

奥に声をかけるも返事はない。

「どうしたんでしょう。」

「裏で何かやってるのか、それとも何かあったのか・・・。」

「え!」

「冗談だよ。この間あんな事があったばかりだ、さすがにそれはない。」

と、思う。

だが心配だな、本当に倒れていたらどうする?

「入るぞ。」

心配なので一声かけてから店の奥に入ろうとすると・・・。

「いらっしゃいませ。」

ドンと壁にぶつかってしまった。

それどころか壁の上から声が聞こえて来る。

一歩下がると店の奥から出てきたのは巨大なクマ・・・ではなく、大柄な男性だった。

デカイ。

2mを越えるているであろう身長に横もなかなかのボリュームがある。

まるでビーストと一世を風靡した格闘家のようだ。

「あ、シロウさんミラさんおはようございます。すみませんすぐに出られなくて。」

「アンナさん!よかった、何かあったのかと心配したんです。」

「お知り合いなのかな?」

「はい!商店街で買取屋をしているシロウさんと奥様のミラさんです。」

「アンナ様、私はシロウ様の奴隷で・・・。」

「良いじゃないですか奥様で。」

元気な奥様ことアンナさんはいつものように笑顔全開で言い切った。

いやまぁ、俺も別にいいんだけどね。

「そうだ!アナタ、シロウさんがこの前お話しした人よ。ほら、昆布と鰹節を買って行ってくれたの。」

「おぉ!貴方が!いやぁあの味を理解してくれる方がいて本当にうれしい。ありがとう。」

旦那さんがこれまた大きな手で俺の手を掴み、ブンブンと大きく振って来る。

本人からしたら小刻みな動きかもしれないが、俺からしてみれば冗談みたいな動かし方だ。

動作がでかい、そして力強い。

まさに熊だな。

「お礼を言うのは俺の方だ。この土地で海産物を目にできるとは思わなかったからな、えぇっと・・・。」

「モーリスと呼んでくれ。そう言ってくれると遠くから買い付けた甲斐があったよ。醤油と味噌は?」

「それは別の行商人から買い付けた。」

「さすがだね、いやぁ貴方とは楽しい話がたくさんできそうだ。」

「俺もだよ、西方の話を色々と聞かせてくれ。わけあって向こうには行けないから、今どうなっているか知りたいんだ。」

「それならお安い御用だよ。今お茶を淹れよう、待っていてくれ。」

「アナタ、まさかあれを?」

「この人なら味が分かるだろう。」

モーリスさんは嬉しそうに店の奥へと消えて行った。

残されたアンナさんは少々不安そうな顔をしている。

「何か心配事ですか?」

「あの人の用意するお茶はとても苦いんです。それに粉っぽくて・・・。」

「あぁ、緑茶の粉末なのか。向こうから持ってくるのであればそれが一番効率的だな。」

「え、ご存じなんですか?」

「俺の思い浮かべるものと相違なければの話だが・・・。一度行ってみたいものだな。」

「西方へ行かれるんでしたら往復三か月は見た方がいいですよ。特に、夏以降は海が荒れるので時期を間違えるとなかなか戻ってこられない事もあるんです。」

台風か何かだろう。

それにしても三か月かぁ・・・。

ちょっと無理だな。

せめて何もせずに税金を稼げるようになるまではお預けだろう。

ま、老後の楽しみと思えばいいか。

しばらく店内の商品を物色していると、奥から湯呑を持ったモーリスさんが戻って来た。

「どうぞ。」

「いただこう。」

やはり粉末なんだろう、若干粉っぽい物が浮かんでいる。

あれだよ、回転寿司でよくおいてあるやつと一緒だ。

溶けきらないと浮いてくるんだよな。

息を吹きかけて少し冷ましてからゆっくりと口に含む。

粉っぽさの次に苦み、そして仄かなお茶の香り。

普段飲む香茶とは明らかに違う。

あぁ、懐かしい味だ。

「・・・美味い。」

「お口に合って何よりです。向こうで飲むともっと美味しいんですけど。」

「やはり茶葉と粉末では違いがある、それは仕方ないだろう。香茶だって茶葉によって味が違うだろ?それと一緒だ。」

「いやぁそこまでわかってくださるとは。」

「西方にはよく行くのか?」

「年に二度程。冬の終わりで出て夏前に戻ってくる感じです。」

「大仕事だな。」

「それだけの魅力がありますし、求めている貴族も多いので。危険はありますが良い稼ぎになります。」

離れれば離れる程物の価値は上がっていく。

胡椒一粒が金貨一粒と交換されたのと同じだ。

このお茶もなかなかに高い物なんだろう。

「こいつはいくらぐらいするんだ?」

「これぐらいの筒で銀貨30枚、一番大きいこのぐらいで銀貨50枚です。」

「やはり高いな。」

最初の筒が20cm程、次のやつが50㎝程だ。

それで銀貨50枚か・・・。

金持ちの道楽と言われればそこまでだが、欲しい。

「とりあえず小さい方をくれ。」

「え、シロウさん買うんですか!?」

「ピクルスも多めに頼む、うちの女連中が二日で食べきってしまうんだ。」

「美味しいのでつい・・・。」

「それは嬉しいんですけど、買ってくださる人がいるなんて・・・。」

「言っただろアンナ、この人ならわかってくれるって。」

嬉しそうな顔をするモーリスさん。

この人がいるから俺は懐かしい味を堪能できるんだ。

お礼を言うのはこちらの方だよ。

「ちなみに他にもないか?例えば、麦の代わりに食べる物とか・・・。」

「もちろん。」

「あるのか。」

「確か去年買い付けて売れずに残ったモノがあったはずです。取ってきましょう。」

麦の代わりに食べる物。

そんなの一つしかないじゃないか。

米だ。

米が手に入る。

それさえあれば俺はもう何も望まない。

味噌と醤油だけでもテンションが上がったが、やはり米に勝るものはないだろう。

しばらくしてモーリスさんが持ってきたのは・・・。

「こちらです。」

「思ったよりも少ないな。」

「どれぐらい売れるかわからなかったので。やはり売れませんでしたけどね。」

「食べ方が分からないんだろ?」

「その通りです。麦のように粉にしてから食べるとべちゃべちゃですし、かといってそのまま湯がいても美味しくないんです。向こうでは製法までは教えてくれませんでしたから。」

持ってきたのは小さな麻袋。

高さは1m程も無い。

恐らく10㎏も無いだろう。

「開けてもいいか?」

「どうぞ、確認してください。」

恐る恐る紐をほどくと、中から想像通りの形をしたお宝が顔を出した。

手を入れ、一掴みしてみる。

『米。西方で作られている穀物で主食として食べられている。腹持ちがよく様々な料理に使用される。最近の平均取引価格は銀貨55枚。最安値銀貨5枚、最高値金貨1枚。最終取引日は二日前と記録されています。』

価格に差があるのは地域の問題だろう。

まごうことなきお米。

醤油があるから何処かにはあると思っていたが、とうとう手に入れることが出来たぞ。

「米だ。」

「コメ?」

「あぁ、俺が探し求めていた食べ物だよ。」

「という事は貴方はこれを料理出来るんですね?」

「ここの調理器具で本来の味を出せるかはわからないが、おそらくは。」

「もし上手くいったら是非食べさせていただけますか?それを叶えて下さるのであれば銀貨10枚でこちらを譲りましょう。」

「ちなみに元はいくらだ?」

「銀貨30枚ですね。」

高いなぁ。

たかだか米10kgでその金額か。

お茶に比べれば安いが主食と考えれば高すぎる。

一日一回食べると仮定しても、一月20㎏。

年間で約500kgは必要だ。

「西方に行けば手に入るのか?」

「米だけであれば海を渡らなくても手に入ると思いますよ。」

「良い事を聞いた、俺も行商をしていてなそっちの人間に任せようと思うんだが・・・。」

「ちなみにどのぐらい必要なんですか?」

「年間500kg。」

「でしたらその方がいいでしょう。少量であればお断りしようと思いましたが、流石にその量を私個人で持ち帰るのは難しい。」

「悪いな、儲けを奪ってしまって。」

「むしろ在庫を買って下さって助かりました。大損するところでしたよ。」

銀貨10枚でも大損だと思うが、捨てるよりましだろう。

見た感じ古米のように色が変わってきている。

一年前って事は24カ月前、流石に限界だ。

「その代わりと言っては何だが、緑茶は定期的に買わせてもらう。数に限りはあると思うが、仕入れたら声を掛けてくれ。それと、乾燥した茶葉が手に入ったらそっちも頼む。予算は金貨1枚、前払いだ。」

「いやぁ、参ったなぁ。先を越されてしまいましたか。」

「だが思っていたよりも高いだろ?」

「はい。」

「俺にとってはそれだけ出せる価値がある品だからな。」

米の出所を教えてもらったんだ、それでも安い。

早速ハーシェさんにお願いして買い付けてもらわないと。

金に糸目は付けない。

その為に金儲けしてきたんだ、惜しむ必要はない。

「シロウ様がそこまで入れ込む食べ物ですか、非常に興味があります。」

「早速後で料理してみよう。出来たらここにも持ってくる。」

「お待ちしています。」

さぁ、早く帰ろう。

清算を済ませ急ぎ足で店へと戻る。

本当に手に入ったんだなぁ。

抱きしめた米の重さに感動が止まらない。

そしてそれと同時にもう一つの気持ちも湧き上がってくる。

この一年思い出す事の無かった、いや封じ込めていた気持ち。

それもこの米を食べれば吹き飛んでしまうんだろうな。
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