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309.転売屋は早すぎる流れに戸惑う

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「マリー様おはようございます。」

「おはようございます、ミラ様。」

「私はシロウ様の奴隷です、様付けは不要です。」

「でしたら私もただのマリアンナです、マリーと呼んでください。」

「あはは、二人とも強情なんですから。」

「おはようございますアネットさん。」

「はい、おはようございますマリーさん。」

「エリザさんは?」

「ダンジョンに行かれました。襲撃は終わったものの後片付けが待っているそうです。」

うん、よくわからない。

朝、いつものように朝食を食べているとさも当たり前のようにマリアンナ様が入って来た。

いや、今はただのマリアンナ。

マリーと呼ばないと拗ねて返事をしてくれない、なかなかに面倒な女だ。

いやいや、自分一国の王子やったやんか?

何でそんな違和感なく女性としてふるまってるん?

って、心が女やったんやから当たり前やん!

なんて関西弁バリバリでツッコミを入れたくなってしまう。

入って来たと思ったらそのまま俺の正面に座り、ミラが朝食と香茶を出した。

「私のせいで申し訳ありません。」

「マリーさんが気にすることではありません、お砂糖はお一つでしたね。」

「はい。」

「御主人様どうかしましたか?」

「いや、なんでもない。」

気にするな。

気にしたら負けだ。

俺は所詮ただの買取屋、国家権力には敵わないんだ。

外を見ると黒い旗が風に揺れている。

あれは王子が死んでしまったという報が流れ、国民が喪に服すために掲揚している。

確かに王子は死んだ。

でも、俺の目の前にいる。

女として。

エドワード陛下はロバート・・・いやマリアンナをただの平民として生活するように取り計らうようローランド様に指示を出した。

ローランド様は指示に従い町の一角にお屋敷を建てる事になったが、すぐに出来るわけもなく、当分はアナスタシア様の家に住むらしい。

平民なのにお屋敷という部分に触れてはいけない。

世の中には気にしちゃいけないことが山ほどある。

「シロウ様、そろそろご挨拶されてはいかがですか?」

「ん、あ、あぁ。マリーさんおはよう。」

「はい、おはようございますシロウ様。やっとご挨拶してくださいました。」

「ちょっと考え事をしていたんだ、悪い。」

「ふふふ、そう言いながらご主人様はマリーさんのことを考えてたんですよ。」

「そうだと嬉しいんですけど。」

よし、考えるのをやめよう。

彼女はマリー。

ただのマリー。

元が男で王子だとか、そういうことは忘れてしまおう。

その方が、色々と都合がいい。

「マリーさん、今日は何をしますか?」

「今日もお手伝いをして構いませんか?」

「では今日は市場を見に行きましょう、案内します。」

「ありがとうございます!」

「私は材料の仕入れをしに取引所に行きます。この間大分使ってしまったので。」

「ってことは俺は店番だな、楽しんで来い。」

「お昼にカーラ様が来られるとの事でしたので、それまでには戻ります。」

カーラが来る、そうか化粧品の準備が整ったんだな。

この前の襲撃の際に大量に素材が手に入ったので隣町に送っておいたんだ。

眼球は生ものだが、成分を抽出してしまえば長持ちする。

それを加工すれば化粧品の出来上がりってね。

引き続き仕入れは行うが、安定供給できるまで在庫が手に入ったのは僥倖だった。

「はぁ、美味しい。」

「ふふふ、お口に合ったようで何よりです。」

「シロウ様は毎日こんなにも美味しい香茶を飲めるのですね。」

「今までもっと美味しいのを飲んできたんじゃないか?」

「確かに茶葉は美味しいものですが、淹れてくれた人の気持ちが違います。」

「そういうものか?」

「そういうものです。」

そうなのか。

うん、わからん。

とりあえずよくわからないこの状況から脱するためにさっさと食事を終わらせよう。

パンを口に頬張り、香茶で流し込む。

「ご馳走様、倉庫にいるから出る時には声をかけてくれ。」

「かしこまりました。」

「お手伝いしましょうか?」

「いや、いい。あそこは埃っぽいし危ないものが多い。」

「ふふ、女性扱いして貰えるとこんなに嬉しいものなのですね。」

「あぁ見えてシロウ様はお優しいですから。」

後ろで女達が何か言っているが聞かなかったことにしよう。

っていうか、所々元男だって事を匂わすような発言はやめていただきたい。

もう完全に女なんだろ?慣れろよ!

ってのはさすがに無理だよなぁ。

裏庭を通り過ぎて店の倉庫へ。

この前買い取った品々がうず高く積まれていた。

いい加減ここも片付けないとなぁ。

幸い今日も晴れだし、庭に出して一気にやるか。

思い立ったら何とやら。素材を倉庫から出し、新しい木箱に仕分けしていく。

普段はお目にかからないような珍しい素材ばかりだ。

特に竜種の素材は高値で取引されている。

それが無造作に積まれているなんて普通は考えられないんだろうなぁ。

例の核は大事にしまってある。

どれ、仕分けが終わったら目録を作って隣町の親方に送ってやるかな。

また張り切りすぎて腰を痛めたりして。

とりあえず片付いたところで女達が出かけたので店に戻る。

「よぉ。」

「ダンじゃないか、一番乗りなんて珍しいな。」

「リンカが邪魔だからさっさと売ってこいってうるさくてよ。」

「もうすぐ生まれるんだったか?」

「あぁ、今月中には出てくるだろう。」

「ダンもいよいよ父親かぁ、頑張れよ。」

「無理のない程度に頑張らせて貰うよ。んじゃま、こいつを頼む。」

ダンがカウンターに乗せたのはこれまた竜種の素材だった。

『ランドドラゴンの鱗。翼を持たないランドドラゴンの鱗は非常に硬く、そして重い。多種多様な品に加工が出来るため需要も多い。最近の平均取引価格は銀貨10枚、最安値銀貨5枚、最高値銀貨13枚。最終取引日は5日前と記録されています。』

「なんだ、この前ダンジョンに潜ったのか?」

「いや、これはこの前護衛に出たときに仕留めた奴だ。」

「ドラゴンとも戦うのか?」

「戦いはするが逃げるためだよ。まともに遣り合えるのはエリザぐらいなもんだろ。この前はレッドドラゴンを仕留めたんだって?」

「らしいぞ。」

「よくあんなのと戦おうと思うよな。」

「俺もそう思う。っと、全部で銀貨35枚だ。」

「それでいい、買い取ってくれ。」

「で、これが出産祝い。」

「早くないか?」

「産んでからだと時間がないだろ?よろしく言っといてくれ。」

「助かるよ。」

買い取り金額とは別に銀貨を10枚積み上げる。

現金で渡すのもどうかと思ったが、必要でもないものを渡すより現実的だ。

「それじゃあな。」

「そうだ、雨が降るらしいから早めに外のもん入れとけよ。」

「なに!?」

「今日みたいな日はざっと降ることが多い、風も湿っぽいし間違いないだろう。」

マジかよ。

せっかく仕分けしたのに、濡れたら面倒なことになる。

早く片付けなければ・・・。

そう思ったのも束の間、また次の客が遣ってきた。

その日は朝から忙しく、この前買取に出さなかった素材を売りに冒険者がたくさんやってきた。

気付けばもう昼過ぎ。ダンの言う通り外はどんよりと重たい雲に覆われ、今にも雨が降りそうだった。

客が切れたのを見計らって閉店の札を出し、片付けもせず裏庭に出る。

「やべ。」

早くもぽたぽたと雨粒が地面を濡らし始めていた。

あわてて木箱を抱き上げ、倉庫に押し込んでいく。

そのうちにざーーーっと激しい雨に変わってしまった。

濡れてほしくない奴は先に仕舞ったが、まだ二箱程残っている。

「シロウ様、手伝います!」

「マリー、重たいぞ。」

「このぐらい平気ですって、こう見えても兵士と一緒に稽古を・・・。」

裏庭に飛び込んできたと思ったら、目の前の木箱に手を伸ばし力いっぱい持ち上げる。

確かに木箱は持ち上がったが、手元が滑ったのかすぐに落ちてしまった。

その拍子に体勢を崩してしまうマリー。

「危ない!」

あわてて駆け寄り右手一本でその体を抱きとめた。

が、場所が悪かった。

俺の目測では腹を持つはずが、持っていたのは前までなかった二つの膨らみ。

それもかなりデカイやつだ。

慌てて腕を引こうとしたが、そうすると地面に倒れてしまう。

致し方なく柔らかなふくらみを感じたまま強く体を押し上げた。

「ったく、気をつけろ。もう元の体じゃないんだ、そんな力がある筈ないだろ。」

「あ、うん。そうだね。」

「マリー様大丈夫ですか?」

「風邪を引く前に先にお風呂へ!」

「でも、ミラ様も・・・。」

「私は後で結構です。アネットさんマリー様をお願いします。」

「わかりました!」

どうやら三人も雨に降られ慌てて帰ってきたんだろう。

さっきまでの勢いはどこへやら、フラフラとした足取りで中へと戻るマリー。

代わりにミラが手伝いに遣ってきた。

「俺がやるから大丈夫だぞ。」

「お手伝いします。」

「・・・何があっても俺がお前を手放すことはないからな。」

「何のことでしょうか。」

「よくわからんが、皆がマリーと仲良くしてくれているのはありがたい。正直俺はまだまだ慣れないが、よろしく頼む。」

「お任せください。」

「そういうことだから早く中に戻れ、風邪引くぞ。」

「いいんです。」

まったく強情な奴だ。

これ以上は埒が明かないので二人で木箱を倉庫に運び、一息つく。

ぶっちゃけ一番重い奴だったのでミラがいてくれて助かった。

「はぁ、色々ありすぎて目が回りそうだ。」

「大丈夫です、私たちがいますから。シロウ様はいつものように好きなことをしてください。」

「じゃあこういうこともだな。」

びしょ濡れのミラを強引に抱き寄せ、強めに抱き締めながら唇を押し付ける。

最初は微かな抵抗があったもののすぐに向こうから唇を押し付けてきた。

「満足か?」

「少々足りませんが我慢します。」

「これから大変だろうが引き続き頼むぞ。」

「大変なのはシロウ様の方かと。」

「なぁ、一つ聞きたいんだが。」

「何でしょう。」

「何でロバート、いやマリアンナさんはあんなに積極的なんだ?ぶっちゃけ、願いの小石を集めたことしか接点はないはずなんだが、明らかにグイグイ来るだろ。俺がいったい何をしたんだ?」

ここ数日の疑問をぶつけてみる。

ミラたちは同じ女同士仲良くしてくれているのはわかる。

だが向こうは元男。

心は女だったとしてもいきなり女になったからってほぼ接点のない男に好意を持つか?

普通はあり得ないだろ。

いや、状況は普通じゃないけれども。

「シロウ様お忘れですか?」

「何をだ?」

「願いの小石と一緒に送ったものをです。」

そこまで言われて思い出した。

あの時一緒に送ったもの。

マートンさんに作って貰った、友情を表すペーパーナイフ。

男同士なら友情を、でも相手が女性だとしたら?

いやいや、でも体は男な訳で俺も男として送っているわけで。

「マジか?」

「ものすごく嬉しかったと仰っておられました。状況はどうであれ、そう受け取られたのであればどうしようもありません。私は・・・ちょっと悔しいですが、一生一緒にいると誓いましたから。」

なぜこうも流れが速いのか。

その理由は判明したもののなかなか納得できないのだった。
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