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310.転売屋は化粧品を売らせてみる

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「ここで働かせてください。」

「はい?」

「ここで働きたいんです!」

「働きたい?なんで?」

「シロウ様、王家の支援を受けられるとはいえマリー様は我々と変わりありません。貴族という身分ではない以上働かなければ生きていけませんよ。」

「いや、それはわかるんだが・・・。ここで?」

「ここでしたら私の事を知っている方が多いので、安心して働けます。」

それはわかる、わかるが・・・。

元王子様が買取屋で働く?

鑑定は?

それが無いとして道具や素材の知識は?

無いよな?

それでどうやって働くんだ?

「あの、マリー様大変申し上げにくいのですが・・・。」

「どうしました、アネットさん。」

「不躾ですが、ここが何のお店かはご存知ですよね?」

「もちろん、買取をする店よね?」

「では何を買っているかもご存知ですよね?」

「当たり前です。冒険者がダンジョンから持ってきた素材や武具を・・・。」

「見て分かりますか?値段の相場をご存知ですか?」

「アネット、それ以上は俺が言おう。申し訳ないがマリーさんをここで働かせることはできない。ここはかなり高度な知識と経験を必要とする店だ、鑑定スキルが無い場合はよほどの知識がないとやっていけないだろう。」

思っていたことをアネットに全部言わせるわけにはいかない。

ここは俺の店。

俺が店主。

なら相手が誰であれ云うべきことは言わないとな。

「そう・・・ですよね。」

「申し訳ありませんマリー様。」

「ごめんなさい。」

「そんな顔しないでください皆さん。私が愚かでした。そうですね、働くという事は簡単な事ではないのですね。」

落胆した表情で項垂れるマリーさん。

朝一番のあのテンションという事は、昨日から期待していたんだろうだけど出来ないことはできないんだ。

買取屋はね。

「だが別の仕事はある。ちょうど販売員を一人探していたんだ、上品でどんな身分の相手でも対応できるような人をな。」

「え?」

「化粧品の販売ですね。確かにマリー様にはうってつけでしょう。」

「私が化粧品を・・・売る?」

「買取と違って専門知識はさほど必要ない。むしろ必要とされるのは話術の方だが、向こうで色々な連中とやりあってきたマリーさんなら大丈夫だろう。」

「ピッタリです!」

「でも、出来るでしょうか。」

「出来るじゃなくてやるんだよ、生きていくってのはそういう事だ。」

好きな事を仕事にできればそれが一番良いだろうが、世の中そう甘くない。

俺はそれが嫌だったから大変でも自分のしたい事で生きて来たんだけどな。

もちろん平坦な道じゃなかったが、おかげで今はこんなにいい暮らしが出来る。

世の中何が起きるかわからない物だ。

「わかりました、私やります。」

「二号店ではカーラが待機してる、詳しくは彼女に話を聞いてくれ。」

「カーラ?」

「王都で研究職についていたようだが、今はこっちで化粧品の製造を請け負ってくれている。で、販売が俺達の担当だ。」

「ではあの、カーラですね。彼女なら大丈夫です。」

「知っているのか?」

「私の本性を見抜いた数少ない知人です。」

「へぇ、世の中せまいもんだな。」

「突然いなくなったので心配していましたが、そうですかシロウ様と一緒に働いておられたのですね。出ていくのも頷けます。」

「どういうことだ?」

「シロウ様と働いて不幸になった方を私はまだ知りませんから。」

知りませんってここに来てまだ一週間しか経ってないんだが?

それに出会ってから・・・。

いや、これ以上は何も言うまい。

「とりあえず向こうの店までは案内するから、詳しい事はカーラから聞いてくれ。悪い、ちょっと出てくる。」

「行ってらっしゃいませ。」

「頑張ってくださいね、マリー様!」

女達に見送られてマリーさんと共に商店街を進む。

横を通り過ぎる男たちがしきりにこちらを見てくるのは、横を歩くこの人の美貌からだろう。

元王子だけあって姿勢も良く、歩くだけで様になる。

まるで元の世界の歌劇団のようだ。

仮に俺が女になったとしてもこんなに綺麗に歩くことは出来ないだろうなぁ。

そんな事を思いながら店の前まで行くと、早くも行列が出来ていた。

「マジか。」

「すごい人ですね。」

「おかしいな、再販するって情報は出していないんだが。」

「お店の中に人がいるので誰かが勝手に並びだしたのかもしれません。」

「あぁ、なるほどな。」

「どうします?」

「どうするも何も堂々と店に入るさ。」

なんせ俺の店だ。

別にやましい事をしているわけではない。

「あ、シロウさん!」

「ねぇ、化粧品は何時販売するの!?」

「あ~その辺はまた情報出すからもうちょっと待ってくれ。」

「でもあそこに並んでいるのは化粧水用の瓶よね?」

「お願い!もうすぐなくなるの!あれじゃなかったらお肌に合わないのよ!」

前言撤回。

真面目に正面突破を図るもんじゃないな。

もみくちゃにされながら何とか店内へと逃げこみ、大きく息を吐く。

「シロウさん正面突破はダメですよ。」

「まさかこんなことになるとはなぁ。」

「で、その美人さんは新しいお妾さん?」

「お妾って言い方。」

「カーラ、久しぶりですね。私が分かりますか?」

「え、どうして私の名前を?」

「学院での約束はまだ続いているとおもうんだけど。」

「ちょっと待って、何でそれを。まさかロバートなの!?え、嘘お化粧したらそんなに!?でも胸は本物っぽいし、え、シロウさんどうなってるのよ!」

カーラがここまでテンパるのは中々に面白い。

秀才だけあって普段から動じることは少ないのだが、慌てるとこんな感じになるのか。

地はこっちなのかもな。

「色々あったんだよ。」

「それじゃわからないわよ!」

「ともかく僕、いえ私がロバートだったのは間違いないわ。でも本人は死んじゃったから、今はマリアンナっていうの。マリーって呼んでね。」

「マリアンナって。もう、止めてよ。」

「不味い事でもあるのか?」

「あのね、カーラは研究も好きですけどお話を作るのが好きなんです。昔、それこそ学院にいた頃に二人で物語を作ったりしたんですよ。」

「それで名前がすんなり決まったのか。」

謎が一つ解けた。

普通名前ってのはしっかり考えるもんだが、すんなり決まっていた理由はそこにあったんだな。

「ともかく、私は生まれ変わったの。」

「そっか、夢が叶ったんだ。」

「うん。それで、シロウさんがここで働いたらどうかって紹介してくれたの。いいかな。」

「もちろん!マリーなら全く問題ないわ。それにしてもその顔にその胸、その髪の色。まさにマリアンナね。」

「いいでしょ。」

「作者からすると登場人物が目の前に出てくることほど恥ずかしいことは無いわ。」

俺にはよくわからないがそういう事なんだろう。

兎も角二人が旧知の中で、事情もすんなり呑み込める相手だという事は分かった。

むしろそれは好都合だ。

何もかも隠して生きるのは難しい。

本心を話せる人がいるのは良い事だ。

「ともかく早く前を開けないと入り口が破られそうだわ。値段はこの表を見て、材料はこっち。どれも上質なものを使ってるから安心して販売していいわよ。で、サンプルはこれ。もし再購入で瓶を持参したらこの金額ね。」

「・・・うん、わかった大丈夫。」

「大丈夫なのか?」

「これぐらいならすぐ覚えられます。それにカーラの作ったものに間違いはありませんから。」

「まぁお手並み拝見と行こうじゃないか。」

「シロウさんも手伝ってくれるのよね?」

「この状況じゃそうするしかないだろう。」

本当なら全部任せてしまいたいのだが、カーラは製造担当で俺は販売担当。

分け前を貰う以上仕事はしっかり果たさないとな。

「さぁ、お待ちかねの開店だ。とりあえず整理券を配るから番号を呼ばれた人から入ってくれ、数に限りはあるがこの人数なら問題ない。」

「「「「やったぁ!」」」」

用意してあった整理券をカーラが配り、俺とマリーさんで接客していく。

半数はリピーター。

残りは新規。

開店の情報はあっという間に街中に知れ渡り、結局夕方まで働かされることになった。

飯を食う時間もない。

「ありがとうございました!」

最後の一人を見送って鍵を閉める。

さて、普通ならこれで終わりと言いたい所だが、まだ後片付けが待っている。

「帳簿は俺がつけるから掃除と片づけをしてくれ。カーラは?」

「裏で化粧品の入った樽を洗っています。」

「品質が変わらないように作った特注品だったな。あぁ、くたびれた。」

「シロウ様もお疲れ様です。」

帳簿をつけながらマリーの動きに目を向ける。

本当に元王子様か?ってぐらいに気が利く。

掃除の手際もいいし、なにより接客態度が素晴らしかった。

なんてうか、おもてなし?

女性の心を掴むセリフとか、俺が真似するべきところはたくさんあった。

が、真似しない。

俺の客は冒険者だ、あいつらにマリーさんみたいな接客をしたら気が狂ったような目で見られるだろう。

まったく、失礼な話だ。

「どうだった?」

「とても楽しかったです。なんていうか、ただのマリーとして見てもらえる事が嬉しくて。」

「そいつは何よりだ。」

「本当に働いていいんですか?」

「むしろこっちから頼みたい所だよ。そうだ、給金はどうする?」

「シロウ様にお任せします。」

「それは困る。が、そうだなぁ・・・。この売れ行きと在庫から考えて週休二日、月銀貨35枚からスタートって感じか。」

「え、そんなに!?」

「うちの単価を考えるとそれぐらいが妥当だろう。今日の仕事ぶりを見る限りでは早々に引き上げてもよさそうだ。明日からは俺はいないし、カーラも明後日には向こうに戻るだろう。後は自分で好きにやってくれ。」

ようは雇われ店長みたいなものだ。

待てよ、そうなるともっと給料高い方がいいのか?

女達は奴隷とか、俺に借金があるとかだからまともな給金が分からないんだよなぁ。

今度羊男に聞いておくか。

「ここが、私のお店・・・。」

「在庫管理に帳簿付け、この辺はミラかアネットに聞けばいいだろう。在庫には限りがあるから、必要数が売れたら早めに店を閉めてくれて構わない。」

「頑張ります。」

「空き時間は好きに使ってくれ、ここがマリーさんの住む街だ、見ておくべきところはたくさんある。」

「そうします。」

「さ~ってこれで終わりっと。単価が決まってると帳簿付けも楽だな。」

「私はもう少し片付けて帰ります、カーラもいるので。」

「鍵はこれ、後はカーラに聞いてくれ、それじゃあ。」

「お疲れさまでした。」

深々と頭を下げるマリーさん。

はぁ、とんだ一日になったがまさかこんな才能があったとは。

新しい人生、楽しんでくれるといいんだがな。

そんな事を考えながら夕暮れの街を店に向かって歩くのだった。
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