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日向へ導く者
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「わたくしのことがお嫌いなのですか?」
コゼットがクレマンに詰め寄った。
「そんなことないさ。ただ私には他に愛する人がいる。そのことを誰も認めてくれないだけだ」
クレマンは正直に言った。
ここはベルクール邸のガゼボ。ふたりは婚約者同士、楽しいお茶の時間を過ごしている。表向きだが…
「この婚約は親同士勝手に決めたものだ。しかも急に」
クレマンが怒ったように言うと
「当たり前ではありませんか、貴族同士の婚姻とはそういうものです」
とコゼットが冷静に返す。こちらの方が大人である。
「その…きみは平気なのか?結婚相手が別の人を想っていても」
「クレマン様、何故急に決まったと思ってますの?」
ベルクール伯爵は頭を悩ましていた。
子どものころから優秀で大して手のかからなかった息子が街で有名な悪女に引っ掛かっている。
何か間違いが起こる前に身を固めることが大事だ。そこで子どものころから見知っているコゼットに白羽の矢が立った。
ポアソン伯爵のほうもクレマンの噂は知っていて気にかけていた。優秀な人材なので目を覚ましてくれるだろうと娘との婚約を了承したのである。
「クレマン様の日頃の行いからこうなったのですよ」
コゼットは正義感の強い娘であった。
(クレマン様はきっと騙されている)
この思いが彼女を突き動かした。私が彼を救うと。
クレマンは黙ってコゼットを眺めていた。
確かにコゼットとこのまま結婚すれば輝かしい未来があることはわかっている。
でもそれがなんだというのだろう?
クレマンはコゼットの先に透けてみえる架空の道を眺めていた。陽の当たる暖かな道だ。
一方で暗い道の先にはルシファンヌが見える。あらゆる困難が待っている厳しい道だ。
だがクレマンは暗い道の方にこそ真実の愛があるように思えてならなかった。
「コゼット、これで失礼するよ」
そう言ってクレマンは彼女を送ろうともせず屋敷の中に入ってしまった。
コゼットはクレマンの背を見ながら
(やはり変わってしまわれた…)
と悲しい気持ちになった。
「コゼット、どうしたんだ?」
兄のエンゾであった。
「お兄様こそどうしてここへ?」
暗い顔は見せまいとコゼットは笑ったがなんとなくぎこちなかった。
「…お前を迎えに、というかふたりの様子が見たくて。クレマンはどこだい?」
「屋敷に帰ってしまいましたわ」
「…しょうがないな。コゼット、先に馬車へ。ちょっと話してくる」
「お説教なら聞かないよ、エンゾ」
開口一番これだった。クレマンは頑なであった。
エンゾは部屋の中に入れてもらえただけでも良かったなと思いつつ
「そんなことではないよ」
笑って見せた。
「誕生日には少し早いがお前にプレゼントだ」
そう言って20cmくらいの木箱を手渡した。
「プレゼント?」
開けてみると美しい装飾の施された短銃であった。
「おもちゃじゃないぞ、ほら、これが弾丸」
そう言って弾丸を込め、扱い方を説明した。
「どういうこと?」
クレマンが困惑して聞いた。
「…身の危険を感じたらためらわず打て」
「?」
「ルシファンヌに殺されそうになったら迷わず打てということだ」
エンゾは真剣であった。
「そんなことあるわけない!まだそんなこと!」
クレマンは声を張り上げた。
「落ち着け。女男爵になった今、なんでお前を狙っているかわからないが気をつけろということだ」
そう言ってエンゾはため息をついた。
「…これは受け取れないよ、エンゾ」
突き返そうとするクレマンに
「いや、持っててくれ」
とエンゾも譲らない。
「頼むよ」
「…わかった。ただの護身用としてなら」
とうとうクレマンは折れた。
コゼットの待つ馬車に乗り込む時エンゾはどっと疲れが押し寄せた。
「大丈夫ですか?お兄様」
コゼットが慌てて手を差し伸べた。
「大丈夫だ」
エンゾは目を閉じて
「あれは重症だな」
とひとりごとのように言った。
「ルシファンヌの犯罪の証拠を集めて世間に公表するしかないか…」
難しいことはわかっている。でも…
「お兄様、わたくしも手伝いますわ」
「コゼット」
「元のクレマン様に戻っていただきたいのです」
「…そうだな」
ふたりはポアソン邸に戻るとこれからの計画を練った。
コゼットがクレマンに詰め寄った。
「そんなことないさ。ただ私には他に愛する人がいる。そのことを誰も認めてくれないだけだ」
クレマンは正直に言った。
ここはベルクール邸のガゼボ。ふたりは婚約者同士、楽しいお茶の時間を過ごしている。表向きだが…
「この婚約は親同士勝手に決めたものだ。しかも急に」
クレマンが怒ったように言うと
「当たり前ではありませんか、貴族同士の婚姻とはそういうものです」
とコゼットが冷静に返す。こちらの方が大人である。
「その…きみは平気なのか?結婚相手が別の人を想っていても」
「クレマン様、何故急に決まったと思ってますの?」
ベルクール伯爵は頭を悩ましていた。
子どものころから優秀で大して手のかからなかった息子が街で有名な悪女に引っ掛かっている。
何か間違いが起こる前に身を固めることが大事だ。そこで子どものころから見知っているコゼットに白羽の矢が立った。
ポアソン伯爵のほうもクレマンの噂は知っていて気にかけていた。優秀な人材なので目を覚ましてくれるだろうと娘との婚約を了承したのである。
「クレマン様の日頃の行いからこうなったのですよ」
コゼットは正義感の強い娘であった。
(クレマン様はきっと騙されている)
この思いが彼女を突き動かした。私が彼を救うと。
クレマンは黙ってコゼットを眺めていた。
確かにコゼットとこのまま結婚すれば輝かしい未来があることはわかっている。
でもそれがなんだというのだろう?
クレマンはコゼットの先に透けてみえる架空の道を眺めていた。陽の当たる暖かな道だ。
一方で暗い道の先にはルシファンヌが見える。あらゆる困難が待っている厳しい道だ。
だがクレマンは暗い道の方にこそ真実の愛があるように思えてならなかった。
「コゼット、これで失礼するよ」
そう言ってクレマンは彼女を送ろうともせず屋敷の中に入ってしまった。
コゼットはクレマンの背を見ながら
(やはり変わってしまわれた…)
と悲しい気持ちになった。
「コゼット、どうしたんだ?」
兄のエンゾであった。
「お兄様こそどうしてここへ?」
暗い顔は見せまいとコゼットは笑ったがなんとなくぎこちなかった。
「…お前を迎えに、というかふたりの様子が見たくて。クレマンはどこだい?」
「屋敷に帰ってしまいましたわ」
「…しょうがないな。コゼット、先に馬車へ。ちょっと話してくる」
「お説教なら聞かないよ、エンゾ」
開口一番これだった。クレマンは頑なであった。
エンゾは部屋の中に入れてもらえただけでも良かったなと思いつつ
「そんなことではないよ」
笑って見せた。
「誕生日には少し早いがお前にプレゼントだ」
そう言って20cmくらいの木箱を手渡した。
「プレゼント?」
開けてみると美しい装飾の施された短銃であった。
「おもちゃじゃないぞ、ほら、これが弾丸」
そう言って弾丸を込め、扱い方を説明した。
「どういうこと?」
クレマンが困惑して聞いた。
「…身の危険を感じたらためらわず打て」
「?」
「ルシファンヌに殺されそうになったら迷わず打てということだ」
エンゾは真剣であった。
「そんなことあるわけない!まだそんなこと!」
クレマンは声を張り上げた。
「落ち着け。女男爵になった今、なんでお前を狙っているかわからないが気をつけろということだ」
そう言ってエンゾはため息をついた。
「…これは受け取れないよ、エンゾ」
突き返そうとするクレマンに
「いや、持っててくれ」
とエンゾも譲らない。
「頼むよ」
「…わかった。ただの護身用としてなら」
とうとうクレマンは折れた。
コゼットの待つ馬車に乗り込む時エンゾはどっと疲れが押し寄せた。
「大丈夫ですか?お兄様」
コゼットが慌てて手を差し伸べた。
「大丈夫だ」
エンゾは目を閉じて
「あれは重症だな」
とひとりごとのように言った。
「ルシファンヌの犯罪の証拠を集めて世間に公表するしかないか…」
難しいことはわかっている。でも…
「お兄様、わたくしも手伝いますわ」
「コゼット」
「元のクレマン様に戻っていただきたいのです」
「…そうだな」
ふたりはポアソン邸に戻るとこれからの計画を練った。
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