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第五話 裏に潜む影
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午前十一時半。
俺とアリルは十二時に港に集合の為、荷物をまとめたリュックを背負い、寮を出る。
今朝は寮の廊下でドタバタと騒然していて何事かと思ったが、寝坊した人達による同期の足音だった。
俺とアリルは今日から任務だが、それ以外の人は今日から一ヶ月間、早朝から夕方に掛けて特訓の日々が続くとなっていた。
昨夜の祝杯が盛り上がり過ぎて、みんな寝るのが遅くなってしまい、寝坊してしまったのだろう。
プロラさんの前で遅行したら何をされるのか分かったもんじゃない。
歩いて二十分経った所で目的地の港に着く。
「デカっ!」
そこには二人だけが乗るには贅沢な大型船が用意されていた。
「す、すごいですね! こんな大きな船、初めて見ましたよ」
これだけ大きい船を用意出来るのは数々の任務をこなし、資金を沢山用意出来る防衛隊ならではなのだろう。
それと大型の方が安定しやすい為、安全面の方も考慮しての大型船なのかもしれない。
程なくして、後ろからレーセの声が聞こえて来た。
「みなさーん、おはようございまーす!」
「レーセさん、おはようございま……って姉さん!? しかもお父様まで!」
レーセの他にもプロラさんとアロンが隣にいた。
今日は特訓の筈だが、きっと戻ってくるまでカリン一人に任せているのだろう。
「ふふ。驚いた? 二人がどうしても直で見送りたいって聞かなくてね」
「私はお父……アロン様の付き添いで来ただけよ」
「ほぉ? 昨夜、一人で行くのが恥ずかしいから一緒に付いて来てってお願いして来たのはどこのどいつだ?」
「ッ! もお、お父様っ……」
プロラさんは恥ずかしさのあまり名前呼びにするのを忘れていた。
プロラさんでもあんな可愛らしい一面を見せるんだなってちょっと新鮮さを感じた。
「ともあれ、直に見送りたいというのは本当だ。新人にして、緊急でありながらもいきなりBランク任務に行く事になるのだからな」
そうだ。これはBランク任務。
本来であれば、新人がいきなり出向く事は滅多にない。
人手が少なく、新人にして高ランクであった為(俺は不明だが)、このような形を取る事になった。
そこに関して自分にも責任があると重く受け止めているからこそ、せめて敬意を払う為に、こうして直で見送りに来たというわけだ。
そこに家族の一人がいるというのも大きな要因だろう。
「二人共分かっていると思うが、この任務には恐らく危険が伴う。それを重々肝に銘じてくれ」
「「はい!」」
「それと、命の危機が危うい場面に直結した時は迷わずに帰還する事。もちろん時と場合にもよるが、原則その事を意識してくれ」
「「はい!」」
「うむ。良い返事だ。俺からは以上だ。プロラ、お前は何かあるか?」
「……そうね。二人共、無茶だけはしないように」
「姉さん……」
アリルとプロラさんが見つめ合う。が、特に何かを口にする事はない。
その後は俺の方へと視線を変え、今度は俺とプロラさんが見つめ合う形となる。
「カイ、よろしくね」
「はい」
詳しい言葉を並べないプロラさん。
俺はチラッとアリルの方に視線を向けたのを見逃さなかった。
それはつまり、『どうか、アリルを守ってあげて』という意味合いなのだろう。
もちろん、アリルを見捨てるような事は絶対にしない。
二人で協力し合い、無事に任務を終わらせる事が目標だ。
「お二人さん、これを」
レーセから一人ずつ、黒の衣類を受け取る。
「これは?」
広げてみると、やや大きめのサイズ。
「ふっふっふっ。どう? 驚いたでしょ? それはアイリス防衛隊の人だけが身につける事が出来る超レア物なんだよー! その胸元にあるのは平和の象徴を現したシンボルマークで、アイリス防衛隊である事を示しているんだ」
アイリス防衛隊の者だけが羽織る事が出来る黒のフード付きマント。
胸元には確かに平和の象徴を現したという金色で鳩のシンボルマークが付いていた。
「任務に出掛ける際はそれを着用する事が基本になるから大事に扱ってくれ。それと、そのマントは完全防水の素材で作られているから雨を凌ぐ際にも有効になっている」
「へぇ、それは便利だな」
俺とアリルはまだ体に馴染まないマントを着て落ち着かない様子でいた。
「……よし。二人共、そろそろ出港の時間だ。船に乗ってくれ」
時計を見れば十一時五十五分を指していた。
「行こう、アリル」
「はい、カイ君」
俺とアリルは同時に船に向かって歩き出す。
「カイ、アリル」
アロンに呼ばれたで同時に振り返る。
「しっかりな」
「「……はい!」」
背中を押してくれるような風が吹き始め、黒のマントがなびく。
三人に見届けられる形で少し恥ずかし嬉しさもある中で、俺とアリルは船に乗り込んで出港した。
★
出港してから六時間後––––––。
時刻は午後六時を回ってしまったが四月という事もあり、辺りは夕焼け色に照らされているので視界が悪く事はなかった。
港に止まった船を降りてようやくコルド王国に到着。
目の前にある大きな正門を通過すれば街に踏み入れる事が出来るのだが、正門前で鎧を纏い、片手に槍を手にし門番の男性二人に立ち塞がれた。
「そこの二人、止まれ。ここを通りたければ本人を確認出来る物の提示と目的、それから身体検査と所持品の確認を済ましてからになっている」
コルド王国では他国からの進入は徹底的に調査をされるようだ。
俺とアリルはアイリス防衛隊の証明である会員証を提示し、任務の依頼で足を運んだ事を伝える。
「……なるほど。あの戦争大国の者か。確か任務で各地に出回って治安を守る活動をしている組織だったな」
「はい。今回もその任務で来ました」
「フッ。そうか。まぁ、折角来てくれたんだ。楽しんで行ってくれよ。ククッ……」
二人は見合って何か企んでそうに笑い出す。
おそらくは、これまでここに訪れたアイリス防衛隊の者達の末路を思い返しているのだろう。
俺達もその中の一人になる事を既に想定しているかのようだった。
俺は内心怒りを覚えるも、敢えて知らないフリをして身体検査や所持品のチェックを済ませる。
「……通っていいぞ」
危険な物は持っていない事を確認終えると、俺は正門を通過するよう促される。
––––––が、ここで問題が生じてしまう。
「……あの、これ……私はどうしたらいいのでしょう?」
アリルは少しだけ恥ずかしい表情を浮かべる。
そうか。いくら身体検査や所持品を調べるとはいえ、男性が女性の体に触れる事はセクハラになる。
ましてやバッグの中身には下着なども入っている事だろう。
普通であれば女性は女性の審査員がやる事になる。
その事に男性二人は百も承知なのか、鼻の下を伸ばしながら息が荒くなっているのが分かった。
「さぁさぁ、早くここを通りたければ身体検査とバッグの中身を確認させてもらおうか~。ブヒッ」
「い、いやです!」
「ぐひひ~。いいのかぁ? じゃないとここは通さないぞ~?」
「嫌ったら嫌です! こっち来ないでください!」
嫌らしい手の動きを見せながらじりじりと歩み寄る変態の二人。
顔にはアリルの体を弄る事しか頭にはないようだ。
本来検査を実行するのであれば、こういう時の為に女性を配置しておくのが普通なのだが、それをしないという事は初めからこれが目的か?
もしそうだとしたら、この問題を野放しにしている国のトップに問題があるとしか思えない……。
この国に訪れた女性はみんなこんな風に脅され、嫌々仕方なく受け入れた可能性があるな。
「さぁ、おとなしく体を––––––プギャッ!?」
「あの、流石にこれはないんじゃないですかね? これ以上強引に触れるようでしたら警察に訴えますけど」
俺は片手で男性一人ずつの首を掴み、注意警告する。
「ぐっ……お前、俺達に手を出したらタダじゃ––––––」
「話をすり替えないでくれ。今は女性問題の話をしているんだ。もし女性の検査員を呼ばないようなら、アリルだけは検査無しで入国させてもらう。それでどうかな?」
「おっ……お前が勝手に決めるんじゃ、ねぇ!」
一人の男性が槍を俺に突き付けてくる。
俺は特に避ける素振りを見せず、真正面から掴みとる。
そしてそのまま、槍の先をボキッとへし折った。
「なっ––––––」
「力をぶつけてくるならこちらもそれなりの対応をする事になってしまう。申し訳ありませんが、今回は槍を折ってしまった事もありますので、これでお互いに手を打つ事は出来ませんか?」
アリルの検査をなくす代わりに、槍を折ってしまった事を見逃してほしいという交渉。
二人は槍を片手で折られたのを目にし、たじろいでしまっている。
「わ、分かった。その案、乗ってやるからもう行けっ」
「ありがとうございます。––––––アリル、行こう」
「は、はい……」
こうして、何とか正式に入国する事に成功した俺達。
俺達のマントが目に入ったのか、一人の年配の女性が近づいて来る。
「こんばんは。防衛隊の方ですよね?」
「はい、そうです。もしかして、依頼主さんですか?」
「そうです。始めまして。本日は遠くからありがとうございます。私、名前を『ステラ』と申します」
「こちらこそ始めまして。俺はカイって言います」
「私はアリルと申します。よろしくお願い致します、ステラさん」
お互いの挨拶が終わった所で、ステラさんが話を切り出す。
「入国したばかりで街を見て回りたいと思うけど、今日はもう暗いし、家でゆっくりしていってください」
「えっ、いいんですか?」
「はい、もちろんです。どうせ家に帰っても私一人しかいませんから」
「そうでしたか。アリル、それでも大丈夫か?」
「はい。私はかまわないですよ」
「では、お言葉に甘えて」
最初はホテルに泊まる事を視野に入れていたが、お泊まりをさせてくれるならありがたい。
今夜は夕食を交えながらコルド王国について話を聞く事にしよう。
★
午前十時。雲が程よく流れ、温かい日差しが迎える。
俺とアリルは昨夜、ステラさんの些細な情報を元に聞き込み調査をする事にした。
街に出てみると、そこは都会でも田舎でもなく、ビルが程よくそびえ立つ中間な街並み。
人混みもそこまで混雑しておらず、歩道を歩けば人に接触する事はない程度。
全体的にごちゃごちゃしておらず、一見住みやすそうな街ではあるが、やたらとゴミが散らかっているのが気になる所。
街の人はそれを特に咎める事なく、当たり前の日常かのように生活をしている。
ステラさんによると、決まって夜中に起こる窃盗の被害のみならず、傷害事件も増えているのという。理由は不明だが、噂によると犯人に対して必要以上に抵抗して来た物が返り討ちとして被害に遭うのだそう。
つまり、潔く犯人を見過ごせば傷害事件に遭う事はないという事。
更に、狙われている人の共通点として富裕層というのがある。
当然な事に高額な物から大金を所持している可能性が非常に高いからだ。
「あの奥の建物に国のトップ層がいるんだな」
「そうですね。国旗も立っていますし、間違いないです」
街の中央奥にある巨大な建物。
建物の天辺にはコルド王国の国旗が立てられている為、その場所は直ぐに分かる。
つまりはコルド王国を動かすお偉いさん達があそこの中で仕事に取り組んでいるという事。
そして今回の窃盗や傷害事件に対し、国のトップ層にいる人達は出来る限りの対策は取っているらしい。
情報収集から警備の配置といった隅々まで策を練っているらしいが、これといって犯人の尻尾を掴む事はないそうだ。
それだけ犯人は手練れの者ということが分かる。
もしそうだとして、アイリス防衛隊の人がここに任務で訪れ、殺されているというのなら納得がいってしまう部分が出てくる。
相手はどんな手を使っているのか皆目検討もつかないが、一筋縄ではいかない事だけは理解した。
ステラさんはそんな被害に遭遇する確率の高い富裕層の人である為、いつ襲われてもおかしくない状況にいる。
とりあえずは、過去の推測からして事件は夜中に起こるらしいので、日中は街の見学がてら、聞き込み調査を決行。
街で聞き込み調査中、共通点として挙げられたのはやはり夜中に起こるという事。
そして新たな有力な情報として事件に関係してあるか分からないが、急に人が操られたかのように騒ぎを起こし始めることもあるそうだ。
実際に操られていた人の話を聞くと、急に体の自由が聞かなくなり、自分の意思とは無関係に違う動きをし始めるのだという。
それを目撃していた人から見ても、本人が意図的にやっている感じじゃない事は表情や仕草との動きが妙に違和感であることから確信しているらしい。
つまりは、誰かに操られていると考えるのが妥当か。
俺とアリルは情報をくれた男性にお礼を告げる。
「貴重な情報をありがとうございました」
「いやいや、いいんだよ。最近物騒な事件ばかりで参っちゃってるからさー。夜も安心して眠れないんだよ。お前さん達には是非、犯人を捕まえてもらいたいんだ。頼むよ!」
両肩を強く掴まれながらお願いをされる。
プルプルと震えるその手からして、長い間悩まされていた事が伝わって来た。
「もちろんです。必ず犯人を捕まえますので、気を強く持ってください」
「ありがとう! 感謝するよ!」
まだお礼を言われるような事はしていない。犯人を捕まえていないのだから。
それどころか、かなりの人数に聞き込みをしても、犯人の足取りを追う為の情報は得られず、共通して夜中に事件が起こるという情報ばかりだった。
俺達は頭を下げてその場を離れる。
––––––すると、いきなり男性がナイフで刺しにかかって来た。
「か、からだが勝手に!?」
俺は振りかざそうとしたナイフを持っている手首を掴み、足を払って仰向けに倒し、その背中に乗って動きを止める。
「これは……?」
男性の四肢と背中には肉眼では見つけづらい、糸が付けられていた。
(これで操っていたのか)
男性は抑えられつつもプルプルと体全体を震わせ、抵抗の動きを止めない。
本人にその気がなくても操っている者がそうさせているのだろう。
アリルもその事に気付き、俺が抑えている間に武神を呼び出して糸を切った。
「……あ、あれ? 戻った……?」
男性は不思議そうに自分の体を見つめる。
やはり、糸によって操られていたか。
俺も武神を呼び出しておく。
「アリル……」
「はい。どうやら数は一人……二人、いえ…………三十人はいます」
それは本来の敵の数というより、糸によって敵に操られていると考えるのが妥当か。
その証拠に俺達の周りには先程の男性のようにナイフやカッターなどを不思議そうに握り、俺達に向けている。
不思議そうにしているのは意思とは関係なく体が勝手に動いているからだ。
それ以外にも、数多くの建物の窓から、こちらに銃やボウガンなども向けている人も多数いた。
住民が各々でそんな物騒な物を常に持ち歩いているのは自分の身を守る為にあるのだろう。
犯人の為に用意したと思われるそれが、皮肉にも逆手に利用されてしまうとなは。
これだけの数がいる以上、多少の乱暴は仕方ない。
誰かがボウガンの弓を引く音が聞こえた。
「来るぞ!」
一人が弓を俺達に向かって放つ。
俺とアリルはそれをかわすが、放たれた弓が攻撃開始の合図かのように一斉に攻撃を始めて来た。
ナイフやカッターを持った六人が俺とアリルに三人ずつ迫ってくるが、それを容易く防いでいき、首の後ろを手刀で叩き気絶させていく。
だが俺達の油断した所を正確に見抜き、あちこちから銃や弓が襲い掛かってくる。
それらは気配の察知だけで避ける事が出来る為、意識を集中していれば何とかなる。
が、そこだけに気を取られていると、ナイフやカッターで襲い掛かってくる人の攻撃を喰らいかねないので、半々の意識でやり遂げなければならない、
だが相手は武術や魔術を使ってくるわけではないので、苦戦をする事はない。
俺とアリルは無傷のまま着実に相手を倒していく。
後半は隙を突いた攻撃といった奥手の戦法はやめたのか、残りの操られている人達が四方八方から同時に襲い掛かってくる。
囲まれた俺達。
上手く隙間から逃げる事も出来たが、そうした場合ナイフやカッターの人達が代わりに銃や弓の被害に遭う恐れがある。
無関係の人達に傷を負わせるわけにはいかない。
「––––––絶対防御––––––」
俺とアリル、ナイフやカッターで襲い掛かって来た人達を中心にバリアを張る。
銃や弓はバリアによって弾かれる。
弾切れになるまで何発も打ち込んでくるがひび一つ入る事はない。
その間に俺とアリルでナイフやカッターで襲い掛かってくる人達を倒していった。
……襲撃の手が鳴り止む。
ナイフやカッターの人達は全員気を失っており、銃やボウガンを使っていた人達も弾切れを起こした為か、操られている様子はなくなっていた。
という事は、糸で操っていた人が撤退したと見るべきだろう。
周囲を感知しても敵意を向けてくる感じはない。
「とりあえず、落ち着いたようだな」
「はい。でも、まさか住人を利用してくるなんて……」
「多分、俺達に姿を見られる事を避けたかったんだろうな」
「なるほど。今回の襲撃は窃盗事件と関わっていると判断した方が良さそうですかね」
「そうだな。その線は捨てきれない。ただ、ステラさんや住民の人達の情報が正しければ襲ってくるのは夜中のはずだ」
敵が窃盗のみ夜中に実行するという方針であれば話は変わってくるが……。であるならば、日中に襲う理由は何だ?
どうせ襲撃するなら視界の悪い夜中にした方が成功確率は上がるはずだ。
わざわざい日中に襲い、姿を隠しつつ、俺達の様子を伺う事に一体……。
「……俺達の実力を測っていたのかも」
いくつかの要素から導き出された答えはそれだった。
「実力を……?」
「ああ。おそらく、今回の襲撃は窃盗事件と関係しているようで関係していない」
「どういう事ですか?」
「大前提として、俺達を襲撃して来たという事は敵からすれば邪魔者だったというわけだが、もしあの場で殺すつもりなら視界の良い日中、ましてやこんな人集りの中で実行する必要はない。アリルが敵の立場だったらそんな効率の悪い事するか?」
「……いえ、しません。私だったら眠っている所を一思いに殺します」
いや、怖えーよ! ……アリルが言うと妙にリアルだからやっぱり怖い。
「ま、まぁ……そうだよな。そこから導き出されるのは俺達の実力を測っていたという事しか考えられない。敵からしたらさっきの襲撃で殺せたらラッキー程度のものだったのだろう」
俺達は苦戦をする事なく、容易く防いで見せた。
それは初めから想定済みだったに違いない。
武術の特訓を乗り越えた者であれば、あれぐらいは防げるはずだから。
「ですが、そうなると敵は厄介である事が明白になりますね……」
そう。ここから更に導き出される事は––––––。
「ああ。敵は聖魔術師だろう。さっきの糸は武神によるもの……」
普通の糸ではあんな芸当を施す事は出来ない。
それを可能に出来る物があるとすれば武神だけだ。
「敵が一人とも限らないですよね。もし他にも仲間がいるとなれば、今回の任務は骨が折れそうです」
アリルの言う通りだ。
敵が一人だけであれば俺達二人で何とか対処出来そうではあるが、これが複数人となると骨が折れる任務になり得る。
仮に敵が百人いたとしたら、その百人を捕まえなければ任務成功とは言えない。
黒幕を捕まえたとしても、他の奴らが今後手出しをしないという保証もないからだ。
「これは俺の推測だが、敵は複数人いると思う。それも強敵だ」
「カイ君もそう思いましたか」
アリルも推測は出来ていたらしい。
任務受付の時、ステラさんはコルド王国に向かった防衛隊の人達が戻って来ず、安否不明と言っていた。
それは即ち、俺達防衛隊は意図的に狙われているという事になる。
人質か殺害か。おそらく後者だろう。
人質を取り、何かを要求する目的があるなら既に連絡が来ていてもおかしくない。
俺とアリルは今回の襲撃で命を狙われている事を実感した。
★
時は遡り、俺達が入国した後の出来事だ。
門番の二人はカイという男と絶対の力の差を見せつけられた事により、腰が抜けてしまっていた。
「おい、さっきの男……。あいつヤベェって、絶対強いって! 目がマジだったぞ!?」
「ああ……。俺達じゃどうこう出来る相手じゃないわな。あそこで通さなかったら俺達、どうなっていたやら……」
思い返しただけでもゾッとしてしまう二人。
「なぁ、連絡はしておいた方がいいんじゃないか?」
「ああ。そうだな。ちょっと連絡するわ」
そう言うと、ポケットからトランシーバーを取り出し、誰かに連絡し始める。
「こちら門番の者です。先程、アイリス防衛隊の男女二人が正門を通過しました。特徴はこれまで通り黒のマントを羽織っております。目的は依頼者による窃盗犯の確保。こちらもこれまで通り同じ内容です。一見子供のように見えますが、特に男性の方は注意してください! ただならぬオーラを感じました!」
「了解した。お前達は引き続き、門番の方を頼む」
「了解しました!」
ここでトランシーバーの会話は終了する。
防衛隊の情報を伝えられた、王室前の門番を担当している鎧を纏った男性はトランシーバーを見つめる。
(ただならぬオーラ? 一体どれ程の者が訪れたというのだ?)
情報を受け取った男性は扉を開き王室へと足を踏み入れる。
「失礼いたします!」
片膝をつき、深々と頭を下げる男性。
赤色の長絨毯が敷かれたその先に見えるのは王座にドッシリと腰をかけているおじさんだった。
名前はハーゲス。
コルド王国で一番偉い王様の座につき、国を動かす絶対の権利を持つ者。
頭はバーコード状のヘアスタイルで、それとは対照的に口の周りには髭が剛毛と生えている。
緊急事態にも見て取れる男性の姿を見ても動揺する事なく、ハーゲスは赤ワインが注がれたグラスを手にし、ゆっくりと揺らしながら優雅に眺めていた。
「なんだ、騒がしいな」
「も、申し訳ございません! 先程、正門の門番を担当している者から防衛隊が入国したとのご連絡が入りましたので!」
ハーゲスの揺らしていた手がピタッと止まる。
「ほぉ。『あの』防衛隊か」
「左様でございます」
ハーゲスは髭を触りながらため息混じりに話す。
「はっ。どうせまた愚民共が依頼したのじゃろ。懲りない連中じゃわい」
ハーゲスがワインを飲み干すと、隣の護衛人からワインを注がれる。
「ですがハーゲス様。話によりますと、今回の防衛隊は今までの連中とは一味違う何やらただならぬオーラを感じたとの伝言がありまして」
「ただならぬオーラだあ?」
「はい。詳細は不明ですが、そのようなオーラを感じたとの事です」
「フンっ。くだらん。見た目がいかついからとかそんなもんじゃろ。防衛隊なんて所詮雑魚じゃ、雑魚」
「し、しかしっ!」
その口振りは強がりで言っているわけではなさそうだった。
「おい」
「はっ。なんでしょう、ハーゲス様」
ハーゲスは隣の護衛人に問いかける。
「これまで防衛隊のゴミ共が何人か来ていたよなぁ? そいつらって結局死んだんだっけか?」
「はい。『青薔薇』の手によって全員死んでおります。遺体の方も証拠隠滅の為に焼却炉にて燃やし、残った骨は海の底に沈むように致しました」
「だ、そうだ。これで分かったじゃろ? 防衛隊なんて所詮ゴミの集まる連中じゃ。気にする必要はない。ただゴミを処理する手間がかかるだけじゃ」
ヒクッと、酔っぱらうハーデス。
飲みすぎたのか、アルコールがまわって顔が赤くなっていた。
「何人来ようが『青薔薇』がいる限り運命は決まっておるわい」
ハーゲスは服の中にしまっておいたトランシーバーを手にして青薔薇に繋ぐ。
「おい、ワシじゃ。また防衛隊のゴミ共が入国してきた。––––––殺せ。やり方はお前達に任せる」
「……承知いたしました」
ハーゲスは用件だけを伝えてトランシーバーをしまう。
その後、赤ワインを一気に飲み干した。
「ククッ。ゴミ共が。せいぜい残りの人生を楽しむんだな」
俺とアリルは十二時に港に集合の為、荷物をまとめたリュックを背負い、寮を出る。
今朝は寮の廊下でドタバタと騒然していて何事かと思ったが、寝坊した人達による同期の足音だった。
俺とアリルは今日から任務だが、それ以外の人は今日から一ヶ月間、早朝から夕方に掛けて特訓の日々が続くとなっていた。
昨夜の祝杯が盛り上がり過ぎて、みんな寝るのが遅くなってしまい、寝坊してしまったのだろう。
プロラさんの前で遅行したら何をされるのか分かったもんじゃない。
歩いて二十分経った所で目的地の港に着く。
「デカっ!」
そこには二人だけが乗るには贅沢な大型船が用意されていた。
「す、すごいですね! こんな大きな船、初めて見ましたよ」
これだけ大きい船を用意出来るのは数々の任務をこなし、資金を沢山用意出来る防衛隊ならではなのだろう。
それと大型の方が安定しやすい為、安全面の方も考慮しての大型船なのかもしれない。
程なくして、後ろからレーセの声が聞こえて来た。
「みなさーん、おはようございまーす!」
「レーセさん、おはようございま……って姉さん!? しかもお父様まで!」
レーセの他にもプロラさんとアロンが隣にいた。
今日は特訓の筈だが、きっと戻ってくるまでカリン一人に任せているのだろう。
「ふふ。驚いた? 二人がどうしても直で見送りたいって聞かなくてね」
「私はお父……アロン様の付き添いで来ただけよ」
「ほぉ? 昨夜、一人で行くのが恥ずかしいから一緒に付いて来てってお願いして来たのはどこのどいつだ?」
「ッ! もお、お父様っ……」
プロラさんは恥ずかしさのあまり名前呼びにするのを忘れていた。
プロラさんでもあんな可愛らしい一面を見せるんだなってちょっと新鮮さを感じた。
「ともあれ、直に見送りたいというのは本当だ。新人にして、緊急でありながらもいきなりBランク任務に行く事になるのだからな」
そうだ。これはBランク任務。
本来であれば、新人がいきなり出向く事は滅多にない。
人手が少なく、新人にして高ランクであった為(俺は不明だが)、このような形を取る事になった。
そこに関して自分にも責任があると重く受け止めているからこそ、せめて敬意を払う為に、こうして直で見送りに来たというわけだ。
そこに家族の一人がいるというのも大きな要因だろう。
「二人共分かっていると思うが、この任務には恐らく危険が伴う。それを重々肝に銘じてくれ」
「「はい!」」
「それと、命の危機が危うい場面に直結した時は迷わずに帰還する事。もちろん時と場合にもよるが、原則その事を意識してくれ」
「「はい!」」
「うむ。良い返事だ。俺からは以上だ。プロラ、お前は何かあるか?」
「……そうね。二人共、無茶だけはしないように」
「姉さん……」
アリルとプロラさんが見つめ合う。が、特に何かを口にする事はない。
その後は俺の方へと視線を変え、今度は俺とプロラさんが見つめ合う形となる。
「カイ、よろしくね」
「はい」
詳しい言葉を並べないプロラさん。
俺はチラッとアリルの方に視線を向けたのを見逃さなかった。
それはつまり、『どうか、アリルを守ってあげて』という意味合いなのだろう。
もちろん、アリルを見捨てるような事は絶対にしない。
二人で協力し合い、無事に任務を終わらせる事が目標だ。
「お二人さん、これを」
レーセから一人ずつ、黒の衣類を受け取る。
「これは?」
広げてみると、やや大きめのサイズ。
「ふっふっふっ。どう? 驚いたでしょ? それはアイリス防衛隊の人だけが身につける事が出来る超レア物なんだよー! その胸元にあるのは平和の象徴を現したシンボルマークで、アイリス防衛隊である事を示しているんだ」
アイリス防衛隊の者だけが羽織る事が出来る黒のフード付きマント。
胸元には確かに平和の象徴を現したという金色で鳩のシンボルマークが付いていた。
「任務に出掛ける際はそれを着用する事が基本になるから大事に扱ってくれ。それと、そのマントは完全防水の素材で作られているから雨を凌ぐ際にも有効になっている」
「へぇ、それは便利だな」
俺とアリルはまだ体に馴染まないマントを着て落ち着かない様子でいた。
「……よし。二人共、そろそろ出港の時間だ。船に乗ってくれ」
時計を見れば十一時五十五分を指していた。
「行こう、アリル」
「はい、カイ君」
俺とアリルは同時に船に向かって歩き出す。
「カイ、アリル」
アロンに呼ばれたで同時に振り返る。
「しっかりな」
「「……はい!」」
背中を押してくれるような風が吹き始め、黒のマントがなびく。
三人に見届けられる形で少し恥ずかし嬉しさもある中で、俺とアリルは船に乗り込んで出港した。
★
出港してから六時間後––––––。
時刻は午後六時を回ってしまったが四月という事もあり、辺りは夕焼け色に照らされているので視界が悪く事はなかった。
港に止まった船を降りてようやくコルド王国に到着。
目の前にある大きな正門を通過すれば街に踏み入れる事が出来るのだが、正門前で鎧を纏い、片手に槍を手にし門番の男性二人に立ち塞がれた。
「そこの二人、止まれ。ここを通りたければ本人を確認出来る物の提示と目的、それから身体検査と所持品の確認を済ましてからになっている」
コルド王国では他国からの進入は徹底的に調査をされるようだ。
俺とアリルはアイリス防衛隊の証明である会員証を提示し、任務の依頼で足を運んだ事を伝える。
「……なるほど。あの戦争大国の者か。確か任務で各地に出回って治安を守る活動をしている組織だったな」
「はい。今回もその任務で来ました」
「フッ。そうか。まぁ、折角来てくれたんだ。楽しんで行ってくれよ。ククッ……」
二人は見合って何か企んでそうに笑い出す。
おそらくは、これまでここに訪れたアイリス防衛隊の者達の末路を思い返しているのだろう。
俺達もその中の一人になる事を既に想定しているかのようだった。
俺は内心怒りを覚えるも、敢えて知らないフリをして身体検査や所持品のチェックを済ませる。
「……通っていいぞ」
危険な物は持っていない事を確認終えると、俺は正門を通過するよう促される。
––––––が、ここで問題が生じてしまう。
「……あの、これ……私はどうしたらいいのでしょう?」
アリルは少しだけ恥ずかしい表情を浮かべる。
そうか。いくら身体検査や所持品を調べるとはいえ、男性が女性の体に触れる事はセクハラになる。
ましてやバッグの中身には下着なども入っている事だろう。
普通であれば女性は女性の審査員がやる事になる。
その事に男性二人は百も承知なのか、鼻の下を伸ばしながら息が荒くなっているのが分かった。
「さぁさぁ、早くここを通りたければ身体検査とバッグの中身を確認させてもらおうか~。ブヒッ」
「い、いやです!」
「ぐひひ~。いいのかぁ? じゃないとここは通さないぞ~?」
「嫌ったら嫌です! こっち来ないでください!」
嫌らしい手の動きを見せながらじりじりと歩み寄る変態の二人。
顔にはアリルの体を弄る事しか頭にはないようだ。
本来検査を実行するのであれば、こういう時の為に女性を配置しておくのが普通なのだが、それをしないという事は初めからこれが目的か?
もしそうだとしたら、この問題を野放しにしている国のトップに問題があるとしか思えない……。
この国に訪れた女性はみんなこんな風に脅され、嫌々仕方なく受け入れた可能性があるな。
「さぁ、おとなしく体を––––––プギャッ!?」
「あの、流石にこれはないんじゃないですかね? これ以上強引に触れるようでしたら警察に訴えますけど」
俺は片手で男性一人ずつの首を掴み、注意警告する。
「ぐっ……お前、俺達に手を出したらタダじゃ––––––」
「話をすり替えないでくれ。今は女性問題の話をしているんだ。もし女性の検査員を呼ばないようなら、アリルだけは検査無しで入国させてもらう。それでどうかな?」
「おっ……お前が勝手に決めるんじゃ、ねぇ!」
一人の男性が槍を俺に突き付けてくる。
俺は特に避ける素振りを見せず、真正面から掴みとる。
そしてそのまま、槍の先をボキッとへし折った。
「なっ––––––」
「力をぶつけてくるならこちらもそれなりの対応をする事になってしまう。申し訳ありませんが、今回は槍を折ってしまった事もありますので、これでお互いに手を打つ事は出来ませんか?」
アリルの検査をなくす代わりに、槍を折ってしまった事を見逃してほしいという交渉。
二人は槍を片手で折られたのを目にし、たじろいでしまっている。
「わ、分かった。その案、乗ってやるからもう行けっ」
「ありがとうございます。––––––アリル、行こう」
「は、はい……」
こうして、何とか正式に入国する事に成功した俺達。
俺達のマントが目に入ったのか、一人の年配の女性が近づいて来る。
「こんばんは。防衛隊の方ですよね?」
「はい、そうです。もしかして、依頼主さんですか?」
「そうです。始めまして。本日は遠くからありがとうございます。私、名前を『ステラ』と申します」
「こちらこそ始めまして。俺はカイって言います」
「私はアリルと申します。よろしくお願い致します、ステラさん」
お互いの挨拶が終わった所で、ステラさんが話を切り出す。
「入国したばかりで街を見て回りたいと思うけど、今日はもう暗いし、家でゆっくりしていってください」
「えっ、いいんですか?」
「はい、もちろんです。どうせ家に帰っても私一人しかいませんから」
「そうでしたか。アリル、それでも大丈夫か?」
「はい。私はかまわないですよ」
「では、お言葉に甘えて」
最初はホテルに泊まる事を視野に入れていたが、お泊まりをさせてくれるならありがたい。
今夜は夕食を交えながらコルド王国について話を聞く事にしよう。
★
午前十時。雲が程よく流れ、温かい日差しが迎える。
俺とアリルは昨夜、ステラさんの些細な情報を元に聞き込み調査をする事にした。
街に出てみると、そこは都会でも田舎でもなく、ビルが程よくそびえ立つ中間な街並み。
人混みもそこまで混雑しておらず、歩道を歩けば人に接触する事はない程度。
全体的にごちゃごちゃしておらず、一見住みやすそうな街ではあるが、やたらとゴミが散らかっているのが気になる所。
街の人はそれを特に咎める事なく、当たり前の日常かのように生活をしている。
ステラさんによると、決まって夜中に起こる窃盗の被害のみならず、傷害事件も増えているのという。理由は不明だが、噂によると犯人に対して必要以上に抵抗して来た物が返り討ちとして被害に遭うのだそう。
つまり、潔く犯人を見過ごせば傷害事件に遭う事はないという事。
更に、狙われている人の共通点として富裕層というのがある。
当然な事に高額な物から大金を所持している可能性が非常に高いからだ。
「あの奥の建物に国のトップ層がいるんだな」
「そうですね。国旗も立っていますし、間違いないです」
街の中央奥にある巨大な建物。
建物の天辺にはコルド王国の国旗が立てられている為、その場所は直ぐに分かる。
つまりはコルド王国を動かすお偉いさん達があそこの中で仕事に取り組んでいるという事。
そして今回の窃盗や傷害事件に対し、国のトップ層にいる人達は出来る限りの対策は取っているらしい。
情報収集から警備の配置といった隅々まで策を練っているらしいが、これといって犯人の尻尾を掴む事はないそうだ。
それだけ犯人は手練れの者ということが分かる。
もしそうだとして、アイリス防衛隊の人がここに任務で訪れ、殺されているというのなら納得がいってしまう部分が出てくる。
相手はどんな手を使っているのか皆目検討もつかないが、一筋縄ではいかない事だけは理解した。
ステラさんはそんな被害に遭遇する確率の高い富裕層の人である為、いつ襲われてもおかしくない状況にいる。
とりあえずは、過去の推測からして事件は夜中に起こるらしいので、日中は街の見学がてら、聞き込み調査を決行。
街で聞き込み調査中、共通点として挙げられたのはやはり夜中に起こるという事。
そして新たな有力な情報として事件に関係してあるか分からないが、急に人が操られたかのように騒ぎを起こし始めることもあるそうだ。
実際に操られていた人の話を聞くと、急に体の自由が聞かなくなり、自分の意思とは無関係に違う動きをし始めるのだという。
それを目撃していた人から見ても、本人が意図的にやっている感じじゃない事は表情や仕草との動きが妙に違和感であることから確信しているらしい。
つまりは、誰かに操られていると考えるのが妥当か。
俺とアリルは情報をくれた男性にお礼を告げる。
「貴重な情報をありがとうございました」
「いやいや、いいんだよ。最近物騒な事件ばかりで参っちゃってるからさー。夜も安心して眠れないんだよ。お前さん達には是非、犯人を捕まえてもらいたいんだ。頼むよ!」
両肩を強く掴まれながらお願いをされる。
プルプルと震えるその手からして、長い間悩まされていた事が伝わって来た。
「もちろんです。必ず犯人を捕まえますので、気を強く持ってください」
「ありがとう! 感謝するよ!」
まだお礼を言われるような事はしていない。犯人を捕まえていないのだから。
それどころか、かなりの人数に聞き込みをしても、犯人の足取りを追う為の情報は得られず、共通して夜中に事件が起こるという情報ばかりだった。
俺達は頭を下げてその場を離れる。
––––––すると、いきなり男性がナイフで刺しにかかって来た。
「か、からだが勝手に!?」
俺は振りかざそうとしたナイフを持っている手首を掴み、足を払って仰向けに倒し、その背中に乗って動きを止める。
「これは……?」
男性の四肢と背中には肉眼では見つけづらい、糸が付けられていた。
(これで操っていたのか)
男性は抑えられつつもプルプルと体全体を震わせ、抵抗の動きを止めない。
本人にその気がなくても操っている者がそうさせているのだろう。
アリルもその事に気付き、俺が抑えている間に武神を呼び出して糸を切った。
「……あ、あれ? 戻った……?」
男性は不思議そうに自分の体を見つめる。
やはり、糸によって操られていたか。
俺も武神を呼び出しておく。
「アリル……」
「はい。どうやら数は一人……二人、いえ…………三十人はいます」
それは本来の敵の数というより、糸によって敵に操られていると考えるのが妥当か。
その証拠に俺達の周りには先程の男性のようにナイフやカッターなどを不思議そうに握り、俺達に向けている。
不思議そうにしているのは意思とは関係なく体が勝手に動いているからだ。
それ以外にも、数多くの建物の窓から、こちらに銃やボウガンなども向けている人も多数いた。
住民が各々でそんな物騒な物を常に持ち歩いているのは自分の身を守る為にあるのだろう。
犯人の為に用意したと思われるそれが、皮肉にも逆手に利用されてしまうとなは。
これだけの数がいる以上、多少の乱暴は仕方ない。
誰かがボウガンの弓を引く音が聞こえた。
「来るぞ!」
一人が弓を俺達に向かって放つ。
俺とアリルはそれをかわすが、放たれた弓が攻撃開始の合図かのように一斉に攻撃を始めて来た。
ナイフやカッターを持った六人が俺とアリルに三人ずつ迫ってくるが、それを容易く防いでいき、首の後ろを手刀で叩き気絶させていく。
だが俺達の油断した所を正確に見抜き、あちこちから銃や弓が襲い掛かってくる。
それらは気配の察知だけで避ける事が出来る為、意識を集中していれば何とかなる。
が、そこだけに気を取られていると、ナイフやカッターで襲い掛かってくる人の攻撃を喰らいかねないので、半々の意識でやり遂げなければならない、
だが相手は武術や魔術を使ってくるわけではないので、苦戦をする事はない。
俺とアリルは無傷のまま着実に相手を倒していく。
後半は隙を突いた攻撃といった奥手の戦法はやめたのか、残りの操られている人達が四方八方から同時に襲い掛かってくる。
囲まれた俺達。
上手く隙間から逃げる事も出来たが、そうした場合ナイフやカッターの人達が代わりに銃や弓の被害に遭う恐れがある。
無関係の人達に傷を負わせるわけにはいかない。
「––––––絶対防御––––––」
俺とアリル、ナイフやカッターで襲い掛かって来た人達を中心にバリアを張る。
銃や弓はバリアによって弾かれる。
弾切れになるまで何発も打ち込んでくるがひび一つ入る事はない。
その間に俺とアリルでナイフやカッターで襲い掛かってくる人達を倒していった。
……襲撃の手が鳴り止む。
ナイフやカッターの人達は全員気を失っており、銃やボウガンを使っていた人達も弾切れを起こした為か、操られている様子はなくなっていた。
という事は、糸で操っていた人が撤退したと見るべきだろう。
周囲を感知しても敵意を向けてくる感じはない。
「とりあえず、落ち着いたようだな」
「はい。でも、まさか住人を利用してくるなんて……」
「多分、俺達に姿を見られる事を避けたかったんだろうな」
「なるほど。今回の襲撃は窃盗事件と関わっていると判断した方が良さそうですかね」
「そうだな。その線は捨てきれない。ただ、ステラさんや住民の人達の情報が正しければ襲ってくるのは夜中のはずだ」
敵が窃盗のみ夜中に実行するという方針であれば話は変わってくるが……。であるならば、日中に襲う理由は何だ?
どうせ襲撃するなら視界の悪い夜中にした方が成功確率は上がるはずだ。
わざわざい日中に襲い、姿を隠しつつ、俺達の様子を伺う事に一体……。
「……俺達の実力を測っていたのかも」
いくつかの要素から導き出された答えはそれだった。
「実力を……?」
「ああ。おそらく、今回の襲撃は窃盗事件と関係しているようで関係していない」
「どういう事ですか?」
「大前提として、俺達を襲撃して来たという事は敵からすれば邪魔者だったというわけだが、もしあの場で殺すつもりなら視界の良い日中、ましてやこんな人集りの中で実行する必要はない。アリルが敵の立場だったらそんな効率の悪い事するか?」
「……いえ、しません。私だったら眠っている所を一思いに殺します」
いや、怖えーよ! ……アリルが言うと妙にリアルだからやっぱり怖い。
「ま、まぁ……そうだよな。そこから導き出されるのは俺達の実力を測っていたという事しか考えられない。敵からしたらさっきの襲撃で殺せたらラッキー程度のものだったのだろう」
俺達は苦戦をする事なく、容易く防いで見せた。
それは初めから想定済みだったに違いない。
武術の特訓を乗り越えた者であれば、あれぐらいは防げるはずだから。
「ですが、そうなると敵は厄介である事が明白になりますね……」
そう。ここから更に導き出される事は––––––。
「ああ。敵は聖魔術師だろう。さっきの糸は武神によるもの……」
普通の糸ではあんな芸当を施す事は出来ない。
それを可能に出来る物があるとすれば武神だけだ。
「敵が一人とも限らないですよね。もし他にも仲間がいるとなれば、今回の任務は骨が折れそうです」
アリルの言う通りだ。
敵が一人だけであれば俺達二人で何とか対処出来そうではあるが、これが複数人となると骨が折れる任務になり得る。
仮に敵が百人いたとしたら、その百人を捕まえなければ任務成功とは言えない。
黒幕を捕まえたとしても、他の奴らが今後手出しをしないという保証もないからだ。
「これは俺の推測だが、敵は複数人いると思う。それも強敵だ」
「カイ君もそう思いましたか」
アリルも推測は出来ていたらしい。
任務受付の時、ステラさんはコルド王国に向かった防衛隊の人達が戻って来ず、安否不明と言っていた。
それは即ち、俺達防衛隊は意図的に狙われているという事になる。
人質か殺害か。おそらく後者だろう。
人質を取り、何かを要求する目的があるなら既に連絡が来ていてもおかしくない。
俺とアリルは今回の襲撃で命を狙われている事を実感した。
★
時は遡り、俺達が入国した後の出来事だ。
門番の二人はカイという男と絶対の力の差を見せつけられた事により、腰が抜けてしまっていた。
「おい、さっきの男……。あいつヤベェって、絶対強いって! 目がマジだったぞ!?」
「ああ……。俺達じゃどうこう出来る相手じゃないわな。あそこで通さなかったら俺達、どうなっていたやら……」
思い返しただけでもゾッとしてしまう二人。
「なぁ、連絡はしておいた方がいいんじゃないか?」
「ああ。そうだな。ちょっと連絡するわ」
そう言うと、ポケットからトランシーバーを取り出し、誰かに連絡し始める。
「こちら門番の者です。先程、アイリス防衛隊の男女二人が正門を通過しました。特徴はこれまで通り黒のマントを羽織っております。目的は依頼者による窃盗犯の確保。こちらもこれまで通り同じ内容です。一見子供のように見えますが、特に男性の方は注意してください! ただならぬオーラを感じました!」
「了解した。お前達は引き続き、門番の方を頼む」
「了解しました!」
ここでトランシーバーの会話は終了する。
防衛隊の情報を伝えられた、王室前の門番を担当している鎧を纏った男性はトランシーバーを見つめる。
(ただならぬオーラ? 一体どれ程の者が訪れたというのだ?)
情報を受け取った男性は扉を開き王室へと足を踏み入れる。
「失礼いたします!」
片膝をつき、深々と頭を下げる男性。
赤色の長絨毯が敷かれたその先に見えるのは王座にドッシリと腰をかけているおじさんだった。
名前はハーゲス。
コルド王国で一番偉い王様の座につき、国を動かす絶対の権利を持つ者。
頭はバーコード状のヘアスタイルで、それとは対照的に口の周りには髭が剛毛と生えている。
緊急事態にも見て取れる男性の姿を見ても動揺する事なく、ハーゲスは赤ワインが注がれたグラスを手にし、ゆっくりと揺らしながら優雅に眺めていた。
「なんだ、騒がしいな」
「も、申し訳ございません! 先程、正門の門番を担当している者から防衛隊が入国したとのご連絡が入りましたので!」
ハーゲスの揺らしていた手がピタッと止まる。
「ほぉ。『あの』防衛隊か」
「左様でございます」
ハーゲスは髭を触りながらため息混じりに話す。
「はっ。どうせまた愚民共が依頼したのじゃろ。懲りない連中じゃわい」
ハーゲスがワインを飲み干すと、隣の護衛人からワインを注がれる。
「ですがハーゲス様。話によりますと、今回の防衛隊は今までの連中とは一味違う何やらただならぬオーラを感じたとの伝言がありまして」
「ただならぬオーラだあ?」
「はい。詳細は不明ですが、そのようなオーラを感じたとの事です」
「フンっ。くだらん。見た目がいかついからとかそんなもんじゃろ。防衛隊なんて所詮雑魚じゃ、雑魚」
「し、しかしっ!」
その口振りは強がりで言っているわけではなさそうだった。
「おい」
「はっ。なんでしょう、ハーゲス様」
ハーゲスは隣の護衛人に問いかける。
「これまで防衛隊のゴミ共が何人か来ていたよなぁ? そいつらって結局死んだんだっけか?」
「はい。『青薔薇』の手によって全員死んでおります。遺体の方も証拠隠滅の為に焼却炉にて燃やし、残った骨は海の底に沈むように致しました」
「だ、そうだ。これで分かったじゃろ? 防衛隊なんて所詮ゴミの集まる連中じゃ。気にする必要はない。ただゴミを処理する手間がかかるだけじゃ」
ヒクッと、酔っぱらうハーデス。
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「何人来ようが『青薔薇』がいる限り運命は決まっておるわい」
ハーゲスは服の中にしまっておいたトランシーバーを手にして青薔薇に繋ぐ。
「おい、ワシじゃ。また防衛隊のゴミ共が入国してきた。––––––殺せ。やり方はお前達に任せる」
「……承知いたしました」
ハーゲスは用件だけを伝えてトランシーバーをしまう。
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