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第8話|改革の種
しおりを挟む朝廷が皇孫を恐れ始めてから、数日が経った。
恐れは、沈黙を生む。
沈黙は、空白を生む。
そして空白は――
新しいものが入り込む余地でもあった。
景帝は、そのことを理解していた。
その日、皇帝の書斎には、珍しい顔ぶれが集められていた。
老臣でも、名門の出でもない。
地方監察で功を上げた若い官吏、
下級官僚出身の学者、
そして、書庫の管理をしていただけの無名の男。
共通点は一つ。
しがらみがないこと。
「着席せよ」
景帝の言葉に、彼らは緊張した面持ちで頭を下げた。
その場に、凌曜もいた。
小さな机。
小さな筆。
紙の上に、丸や線を描いている。
――ただの遊びに見える。
だが、誰も油断はしなかった。
「本日は、学びと登用について話す」
景帝の言葉に、若い官吏が目を見開く。
瑞栄王朝では、官僚登用はほぼ世襲に近かった。
形式的な試験はあるが、結果は最初から決まっている。
「地方監察で見た」
景帝は、静かに続ける。
「才ある者が、学ぶ機会を得られず、無能な者が、地位に居座っている」
誰も反論しない。
できないのではない。
しないのだ。
「変える」
短い言葉。
だが、重い。
「学びの場を、開く」
その時だった。
凌曜が、ふと顔を上げた。
「……まなぶの?」
景帝は、微笑む。
「ああ」
「……たのしい?」
唐突な問いに、場が和らいだ。
書庫の管理をしていた男が、思わず口を開く。
「楽しいですよ、殿下」
凌曜は、その男を見る。
「……むずかしい?」
「難しいこともあります」
「……でも?」
「でも、分かると、嬉しいです」
凌曜は、しばらく考え、うなずいた。
「……それ、いる」
その一言で、景帝の目が光った。
「聞いたか」
景帝は、集められた者たちを見渡す。
「分かる喜びを、奪うな」
それが、改革の理念だった。
数日後。
新たな制度案が、密かに動き出す。
地方に学舎を設け、
身分に関わらず、学ぶ機会を与える。
試験は、匿名で行う。
家柄を伏せ、才のみを見る。
当然、反発は大きい。
「前例がない!」
「秩序が乱れる!」
だが、景帝は退かない。
「秩序は、腐れば壊れる」
その言葉に、誰も言い返せなかった。
凌曜は、その議論を、隅で聞いていた。
分からない言葉も多い。
だが、空気は分かる。
――前より、重くない。
その日の夕方。
凌曜は、御苑で、地面に枝を並べていた。
道のように。
「なにしてる?」
景帝が尋ねる。
「……みち」
「どこへ行く道だ?」
凌曜は、少し考える。
「わかるとこ」
景帝は、思わず笑った。
「良い道だ」
その夜。
学舎設立の詔が、ひそやかに準備された。
大々的には発表しない。
まずは、小さく始める。
それが、凌曜のやり方だった。
――目立たず、しかし確実に。
後宮では、また別の噂が流れる。
「皇孫が、学びを好むらしい」
「本を読ませているとか」
事実ではない。
だが、人々はそう信じた。
信じることで、
期待が生まれ始めていた。
凌曜は、夜、景帝の膝に座りながら、絵を描いていた。
丸がいくつも、並んでいる。
「これは?」
景帝が尋ねる。
「ひと」
「これは?」
「……いす」
「たくさんだな」
凌曜は、うなずく。
「すわる」
「誰が?」
「……みんな」
景帝は、その絵を見つめた。
玉座に座るのは、一人でいい。
だが、国を支えるのは、多くの人間だ。
凌曜は、それを言葉にせず、描いた。
その夜、景帝は確信する。
この子は、
恐れさせるためにいるのではない。
未来を用意するためにいるのだと。
だが同時に、
その未来を嫌う者がいることも。
遠く、朝廷の影で、
何かが、確実に動き始めていた。
嵐の気配が、
まだ見えぬ空から、かすかに届いていた。
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