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第10話|幼き改革者、皇孫降臨
しおりを挟む瑞栄王朝に、朝が来た。
それは、昨日までと同じ太陽で、同じ空で、同じ城壁だった。
だが、人々の胸の内だけが、はっきりと違っていた。
――終わった。
そして、
――始まった。
反改革派の処断は、簡潔かつ厳粛に行われた。
名を伏せられた者はいない。
功を理由に免じられた者もいない。
朝廷の広場に掲げられた詔は、ただ事実を淡々と記していた。
「皇孫に刃を向けし者、国を私する者、すべて法の下に裁く」
そこに感情はない。
だが、その無機質さこそが、恐ろしかった。
人々は理解した。
これ以上、戻る道はないと。
その日の午前。
景帝は、朝議を開いた。
欠けた席が、多い。
だが、それを埋めるために、
新たな者たちが列に加わっていた。
地方出身の官吏。
学舎から抜擢された若者。
名門の庇護を持たぬ者。
彼らは、緊張しながらも、
確かに前を向いていた。
玉座の脇に、小さな席が設けられている。
凌曜のための席だった。
小さな背中。
小さな冠。
だが、視線は自然と、そこに集まる。
景帝が、立ち上がった。
「本日、告げることがある」
ざわめきが、消える。
「皇孫・凌曜に、新たな称を与える」
その言葉に、息を呑む音が走った。
名は、重い。
特に、この国では。
景帝は、凌曜の方を見た。
「凌曜」
呼ばれ、小さな体が、わずかに揺れる。
「前へ」
凌曜は、席を降り、
短い距離を、歩いた。
誰にも支えられず、誰にも促されず。
その一歩一歩が、
奇妙なほど、静かだった。
景帝は、凌曜の前に立つ。
「汝は、恐れられた」
その言葉に、朝臣たちの背筋が伸びた。
「汝は、血を流さず、多くを失脚させた」
否定はしない。
美化もしない。
「だが、それは、壊すためではなかった」
景帝は、凌曜の頭に、そっと手を置いた。
「未来を、残すためだった」
凌曜は、何も言わない。
ただ、見上げる。
「ゆえに、ここに宣する」
景帝の声が、響いた。
「皇孫・凌曜を、瑞栄王朝・監国とする」
一瞬、理解が遅れた。
次の瞬間、朝廷がどよめいた。
監国。
それは、皇帝の補佐であり、次代の象徴。
幼子に与えられることなど、前代未聞だった。
だが、誰も反対しなかった。
――できなかった。
「ただし」
景帝は、続ける。
「実務は、行わせぬ」
その言葉に、安堵と困惑が混ざる。
「この子は、決める者ではない」
景帝は、断言した。
「問う者だ」
朝廷が静まり返る。
「なぜか、と」
「正しいか、と」
「誰のためか、と」
「それを問う存在として、この子をここに置く」
凌曜は、景帝の言葉をすべて理解してはいない。
だが、向けられる視線の質が変わったことは分かった。
恐れだけではない。
期待だけでもない。
――責任だ。
儀式が終わり、朝議が解かれる。
人々は、深く頭を下げ、去っていく。
最後まで残ったのは、景帝と凌曜だけだった。
「疲れたか」
景帝が、腰を屈める。
凌曜は、少し考え、首を振る。
「……おわった?」
「ああ」
「……じゃあ」
凌曜は、ぽつりと言う。
「おそと、みてもいい?」
景帝は、思わず笑った。
「もちろんだ」
二人は、御苑へ出た。
風が、柔らかい。
木々が、揺れる。
いつもと同じ景色。
凌曜は、しばらく眺めてから、言った。
「……こわい?」
景帝は、一瞬、言葉に詰まる。
「……少しな」
正直な答えだった。
凌曜は、うなずく。
「……でも」
「でも?」
「だいじょうぶ」
根拠はない。
保証もない。
それでも、その言葉は、
奇妙な確信を伴っていた。
景帝は、凌曜を抱き上げる。
「そうだな」
高い位置から見る庭は、少し違って見えた。
人の道。
学びの場。
これから生まれる、無数の選択。
すべてが、まだ、途中だ。
だが。
この国には、問うことをやめない存在が生まれた。
幼く、静かで、そして、確かに。
人々は、後にこう記す。
瑞栄王朝が変わったのは、英雄が現れたからではない。
――三歳の皇孫が、「なぜ?」と問い続けたからだと。
その名は、凌曜。
人々は、敬意と畏れを込めて呼ぶ。
幼き改革者と。
そして、この物語は、
確かに、ここから始まったのだった。
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