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第3話 気づけば、味方ばかり
しおりを挟むエルヴェイン公爵邸の朝は、早い。
カーテン越しに差し込む光に、私はゆっくりと目を覚ました。
柔らかなベッド。ふかふかの枕。――懐かしい匂い。
「……夢、では……ない、ですよね……」
呟いて、胸元を押さえる。
昨日。
兄様たちと、義姉様と。
温かい食卓と、優しい言葉。
思い出すだけで、まだ胸がじんとする。
控えめに、扉がノックされた。
「リリアーナ様。お目覚めでしょうか」
執事長の、穏やかな声。
「は、はい……どうぞ」
扉が開き、数名の使用人が入ってくる。
けれど――その様子が、どこかおかしかった。
全員が、やけに背筋を伸ばし、緊張している。
「……あの、何か……?」
私が尋ねると、執事長は一瞬だけ目を伏せ、やがて深々と頭を下げた。
「まずは……お帰りなさいませ、リリアーナ様」
続いて、侍女たちが一斉に礼をする。
「「お帰りなさいませ」」
その光景に、私は目を見開いた。
「え……?い、いえ……私は……」
「公爵夫人様より、申し付かっております」
執事長は、静かに言った。
「今後、この屋敷において――リリアーナ様は、最優先でお守りする存在であると」
最優先。
言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
「……そんな、大げさな……」
そう言いかけた瞬間。
「大げさではありません」
きっぱりと、侍女の一人が言った。
まだ若い、けれど真剣な瞳。
「リリアーナ様は……私たちが、この屋敷で働く理由ですから」
「……え?」
思わず、間の抜けた声が出る。
侍女は、慌てて頭を下げた。
「失礼を……。ですが……」
彼女は一度、息を整えてから続けた。
「以前、私が失敗した時……誰も庇ってくださらなかった中で、ただ一人、声をかけてくださったのが、リリアーナ様でした」
記憶が、蘇る。
まだ私が殿下の婚約者だった頃。
侍女が叱責され、俯いていた時――
『大丈夫。次はきっと、うまくいきます』
それだけ、言った。
「……あの時、救われました」
侍女の声は、少し震えていた。
「ですから……お戻りになって、本当に、嬉しいのです」
胸が、ぎゅっとなる。
「……そんな……私は、何も……」
「何もしていない、と思っていらっしゃるでしょう」
別の侍女が、微笑む。
「けれど、私たちは覚えています。――リリアーナ様は、いつも人を“人”として見てくださった」
視界が、滲んだ。
「……ありがとうございます」
それしか、言えなかった。
身支度を終え、廊下に出ると――
今度は、騎士たちが待っていた。
「リリアーナ様」
先頭に立つのは、若い騎士。
見覚えがある。以前、訓練場で怪我をしていた――
「その節は……ありがとうございました」
彼は、深く頭を下げた。
「え……?」
「私が剣を折ってしまい、騎士を辞める覚悟をした時……あなたは、『それでも、あなたは騎士です』と」
……言った、かもしれない。
あれは、励ましのつもりだった。
「その言葉で、立ち上がれました」
周囲の騎士たちも、同様に頭を下げる。
「俺たちは、あなたを守ります」
力強い声。
「公爵家の命令でなく――俺たち自身の意思で」
胸の奥が、熱くなって、苦しくなる。
「……そんな……私、守られるほどの……」
その時。
「はい、そこまで」
軽やかな声が割って入った。
振り向くと、ユリウス兄様が立っている。
「これ以上やると、リリアーナが混乱する」
「ですが……」
「気持ちは受け取ってあげて」
彼は、私の肩に手を置く。
「君はね、無自覚なだけで……もう十分、人を救ってる」
無自覚。
その言葉に、私は小さく首を振った。
「……私には、そんな力……」
「あるよ」
今度は、低い声。
アルベルト兄様だ。
「だからこそ、危うい」
その視線は、私ではなく――
屋敷の外を見ていた。
「この屋敷に、近づく者は……もう、選別される」
その意味を、私はまだ理解していなかった。
ただ。
この日から――
私の周りには、いつの間にか“味方”しかいなくなっていた。
それが、どれほど異常で、どれほど強いことかを。
私は、まだ知らない。
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