婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香

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第6話 疑念は、正式な形を取る


 王城という場所は、感情よりも“書類”を信じる。

 誰が泣いたかより、誰が署名したか。

 誰が叫んだかより、誰の印章が押されたか。

 だからこそ――
 小さな違和感が、正式な“疑念”として形を持った時。
 それは、もう無視できない。

 *

「――以上が、最近王都で確認された事例です」

 淡々とした声が、会議室に響いた。

 発言しているのは、監察官の一人。
 王城内でも、特に“感情を排した部署”の人間だ。

「聖女マリエルによる癒やしの儀式において、効果の不安定化が見られます」

 書類が、机の上に並べられる。

「また、過去に“聖女の奇跡”として報告されていた事例の一部に、再検証が必要との意見が――」

「待て」

 王太子アルフォンスが、低く制した。

「それは、どういう意味だ?」

 監察官は、一切表情を変えない。

「“虚偽”と断定しているわけではありません」

 だが。

「第三者の証言と、記録の不一致が確認された、という意味です」

 沈黙。

 会議室に集められた重臣たちが、互いに視線を交わす。

 ――始まった。

 誰もが、そう理解した。

「……なぜ、今になって」

 アルフォンスは、奥歯を噛みしめる。

 この流れは、あまりにも――
 タイミングが良すぎた。

 婚約破棄。
 エルヴェイン家の沈黙。
 そして、聖女への疑念。

「誰が、この件を持ち込んだ?」

 監察官は、一拍置いて答えた。

「正式な手続きに則り、複数名です」

「名前は」

「――記録上は、“匿名”」

 だが、続けてこう付け加えた。

「ただし、全員が“エルヴェイン公爵令嬢に直接救われた経験を持つ者”でした」

 その瞬間。

 アルフォンスの中で、点が線になる。

 ――彼女は、何もしていない。
 だが、“何もしていないからこそ”、信頼が積み重なっていた。

 *

 一方、その頃。

 私は、義姉様と共に、客間でお茶をしていた。

「……王城が、慌ただしいようですね」

 私がそう言うと、セラフィーナ義姉様は、穏やかに微笑んだ。

「そうかもしれませんね」

 それ以上は、言わない。

 けれど、カップを置く指先は、迷いがない。

「リリアーナ」

 義姉様は、静かに続けた。

「近いうちに、“確認”のための呼び出しが来るでしょう」

 胸が、少しだけ強張る。

「……私が、ですか?」

「ええ」

 あまりにも自然な口調。

「ですが、心配はいりません」

 義姉様は、私の手に自分の手を重ねる。

「あなたは、聞かれたことに、知っている範囲で答えればいい」

「……それで……」

「それ以上は、誰も求めません」

 その断言に、胸の奥が温かくなる。

「王城が求めているのは、“真実”です」

 義姉様の視線は、遠く――
 王城の方角を見ていた。

「そして、真実は……」

 言葉を、そこで切る。

 続きは、言わなくても分かった。

 *

「マリエル様」

 王城の控室。

 監察官が、正式な文書を差し出す。

「こちらは、確認のための招致状です」

 マリエルは、紙を見つめ、笑顔を貼り付けた。

「……確認、ですか?」

「ええ。“過去の癒やしの記録”について」

 彼女の指先が、震えた。

 ほんの一瞬。

 だが、それを――
 監察官は、見逃さなかった。

 *

 その夜。

 私は、自室で窓の外を見ていた。

 王都の灯りが、遠く瞬いている。

「……大事、になってしまったのでしょうか」

 ぽつりと、呟く。

 すると。

「いいや」

 低い声が、背後からした。

 アルベルト兄様だ。

「“元々、大事だったことが”、ようやく正しい場所に戻っただけだ」

 その言葉に、私は何も言えなかった。

 ただ。

 この時、確かに感じていた。

 流れが、もう戻らないところまで来ている、と。

 疑念は、正式に王城へ持ち込まれた。

 それは、裁きの始まりではない。

 ――裁く準備が、整ったという合図だ。




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