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第四章 記憶の継承 ― 炎の王女の真実 ―
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夜。
自宅の窓を開けると、柔らかな風がカーテンを揺らした。
昼間のざわめきが嘘のように静かで、どこか懐かしい香りがした。
香――そう、炎と花の混じった、あの夢の中と同じ匂い。
私はソファに腰を下ろし、ぼんやりと空を見上げた。
「セレスティア……あなたは、どこまで私の中にいるの?」
答えは返らない。
けれど、胸の奥に小さく灯る炎が、その存在を確かに知らせていた。
数日後。
社内の再編が発表され、私は新堂の直属チームに正式に配属された。
翔太と美羽の席は空席のまま。
誰もそこに触れようとしなかった。
新堂は私に視線を向け、短く言った。
「綾乃さん。少し話がある。……今夜、時間はあるか?」
心臓が跳ねた。
何の話だろう。
けれど、あの夜の夢以来、私は彼の瞳の奥に、
説明できない“既視感”を感じ続けていた。
夜、オフィス街のカフェ。
窓際の席で、新堂は穏やかに微笑んだ。
「こうして仕事抜きで会うのは、初めてだな」
「そうですね……なんだか、少し変な感じです」
カップから立ちのぼる香り。
ふと、彼の横顔を見た瞬間、胸が締めつけられた。
光を帯びた横顔が、炎の夜の中で剣を掲げていた“あの男”と重なる。
『姫……どうか、この命に代えてもあなたを――』
断片的な記憶が脳裏をよぎる。
思わず手を握りしめた。
「……大丈夫か?」
新堂の声が近い。
心配そうな表情が、かえって懐かしい。
「……私、あなたに……どこかで会ったことがある気がして」
新堂の表情が一瞬だけ強張る。
だがすぐに、彼はカップを置き、静かに言った。
「君も……見たんだな。あの夜の光景を」
私は息を呑んだ。
「やっぱり……あなたも、覚えているの?」
「断片だけだ。炎の城、玉座の間、血の誓い……君が処刑台に立つ姿を、何度も夢に見る」
彼の声が震えていた。
あの冷静な新堂が、感情を露わにするなんて。
「俺は、かつて君を守れなかった。君の命を奪った男を止められなかった。それが、ずっと心の底に残っていたんだ」
私は言葉を失った。
夢の中で見た、剣を握る青年。
炎の中で、私――セレスティアに跪いた男。
「……貴方は、あの時の……参謀、リアン?」
新堂の目が見開かれた。
「覚えていたのか」
「ええ。あなたは私を庇って、矢を受けた……」
言葉を紡ぐうち、涙が頬を伝っていた。
「あなたは死んだと思っていた。でも……生まれ変わって、また会えたのね」
新堂――いや、リアンは静かに笑った。
「ようやく、誓いを果たせる。あの時果たせなかった“約束”を」
「約束……?」
「君がもう、誰にも支配されず、自分のために生きること。それが俺の願いだった。今も、変わらない」
彼の瞳に、まっすぐな光が宿っていた。
それは恋の言葉よりも深く、魂を震わせる響き。
私は小さく息を吸い、静かに頷いた。
「ええ。もう、私は誰の影にも隠れない。セレスティアとしてではなく、“綾乃”として生きる」
その瞬間、胸の奥で炎がふっと灯った。
赤く、温かく、優しい光。
新堂が手を差し出す。
私はその手を取り、そっと指を絡めた。
「……君が、笑えるようになるまで、俺はそばにいる」
「ありがとう。でも――もう、私はひとりでも歩ける」
言葉は強く、でも微笑みは柔らかかった。
彼は静かに頷き、
「それでいい。それが、俺たちの“輪廻の答え”だ」
とだけ言った。
店を出ると、夜風が心地よかった。
街の灯が、まるで星のように瞬いている。
過去も、痛みも、すべてこの光の中に溶けていく。
今、私は確かに生まれ変わったのだ。
「ありがとう、セレスティア。でも、もうあなたの番じゃない。これからは――私の物語を生きる」
そう呟くと、胸の奥の炎が穏やかに静まった。
それは終焉ではなく、
新しい“始まり”の合図だった。
自宅の窓を開けると、柔らかな風がカーテンを揺らした。
昼間のざわめきが嘘のように静かで、どこか懐かしい香りがした。
香――そう、炎と花の混じった、あの夢の中と同じ匂い。
私はソファに腰を下ろし、ぼんやりと空を見上げた。
「セレスティア……あなたは、どこまで私の中にいるの?」
答えは返らない。
けれど、胸の奥に小さく灯る炎が、その存在を確かに知らせていた。
数日後。
社内の再編が発表され、私は新堂の直属チームに正式に配属された。
翔太と美羽の席は空席のまま。
誰もそこに触れようとしなかった。
新堂は私に視線を向け、短く言った。
「綾乃さん。少し話がある。……今夜、時間はあるか?」
心臓が跳ねた。
何の話だろう。
けれど、あの夜の夢以来、私は彼の瞳の奥に、
説明できない“既視感”を感じ続けていた。
夜、オフィス街のカフェ。
窓際の席で、新堂は穏やかに微笑んだ。
「こうして仕事抜きで会うのは、初めてだな」
「そうですね……なんだか、少し変な感じです」
カップから立ちのぼる香り。
ふと、彼の横顔を見た瞬間、胸が締めつけられた。
光を帯びた横顔が、炎の夜の中で剣を掲げていた“あの男”と重なる。
『姫……どうか、この命に代えてもあなたを――』
断片的な記憶が脳裏をよぎる。
思わず手を握りしめた。
「……大丈夫か?」
新堂の声が近い。
心配そうな表情が、かえって懐かしい。
「……私、あなたに……どこかで会ったことがある気がして」
新堂の表情が一瞬だけ強張る。
だがすぐに、彼はカップを置き、静かに言った。
「君も……見たんだな。あの夜の光景を」
私は息を呑んだ。
「やっぱり……あなたも、覚えているの?」
「断片だけだ。炎の城、玉座の間、血の誓い……君が処刑台に立つ姿を、何度も夢に見る」
彼の声が震えていた。
あの冷静な新堂が、感情を露わにするなんて。
「俺は、かつて君を守れなかった。君の命を奪った男を止められなかった。それが、ずっと心の底に残っていたんだ」
私は言葉を失った。
夢の中で見た、剣を握る青年。
炎の中で、私――セレスティアに跪いた男。
「……貴方は、あの時の……参謀、リアン?」
新堂の目が見開かれた。
「覚えていたのか」
「ええ。あなたは私を庇って、矢を受けた……」
言葉を紡ぐうち、涙が頬を伝っていた。
「あなたは死んだと思っていた。でも……生まれ変わって、また会えたのね」
新堂――いや、リアンは静かに笑った。
「ようやく、誓いを果たせる。あの時果たせなかった“約束”を」
「約束……?」
「君がもう、誰にも支配されず、自分のために生きること。それが俺の願いだった。今も、変わらない」
彼の瞳に、まっすぐな光が宿っていた。
それは恋の言葉よりも深く、魂を震わせる響き。
私は小さく息を吸い、静かに頷いた。
「ええ。もう、私は誰の影にも隠れない。セレスティアとしてではなく、“綾乃”として生きる」
その瞬間、胸の奥で炎がふっと灯った。
赤く、温かく、優しい光。
新堂が手を差し出す。
私はその手を取り、そっと指を絡めた。
「……君が、笑えるようになるまで、俺はそばにいる」
「ありがとう。でも――もう、私はひとりでも歩ける」
言葉は強く、でも微笑みは柔らかかった。
彼は静かに頷き、
「それでいい。それが、俺たちの“輪廻の答え”だ」
とだけ言った。
店を出ると、夜風が心地よかった。
街の灯が、まるで星のように瞬いている。
過去も、痛みも、すべてこの光の中に溶けていく。
今、私は確かに生まれ変わったのだ。
「ありがとう、セレスティア。でも、もうあなたの番じゃない。これからは――私の物語を生きる」
そう呟くと、胸の奥の炎が穏やかに静まった。
それは終焉ではなく、
新しい“始まり”の合図だった。
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