人間嫌いの狐王に、契約妻として嫁いだら溺愛が止まりません

由香

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第3話 番ではない、と言い聞かせて

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 城での生活にも、少しずつ慣れてきた。

 朝は狐王と共に食事をし、昼は城内で過ごし、夜は同じ屋根の下で眠る。
 それがどれほど異常な状況なのか、紗夜は意識しないようにしていた。

 ――これは、契約。

 そう何度も、自分に言い聞かせて。

「紗夜さま」

 回廊を歩いていると、年若い狐の侍女が声をかけてきた。
 ふわりと揺れる耳と尾。彼女はにこやかに近づいてくる。

「陛下のお側にお仕えできて、うらやましいです」

「え……?」

「だって、番でしょう?」

 紗夜は足を止めた。

「ち、違います。私は……」

「え?」

 今度は侍女の方が、きょとんと目を瞬かせる。

「だって、陛下があれほど傍に置いている方、初めてですし」

「……そう、なのですか?」

「はい。人間は近づけない方でしたから」

 侍女は悪気なく言って、首をかしげる。

「まだ契約が済んでいないのなら、お早めに。陛下、我慢がきかない方ですし」

 そう言って、くすりと笑って去っていった。

 ――番。

 その言葉が、胸に引っかかる。

 紗夜は知っている。
 狐族にとっての“番”が、ただの伴侶を意味しないことを。

 魂ごと結ばれ、二度と離れられない存在。
 それは、紗夜が与えられる立場ではない。

 (私は……契約妻)

 期限が来れば、ここを去る。

 そのはずだった。

「何を考えている」

 背後から声がして、紗夜は振り向いた。

 狐王が、いつの間にか立っている。
 金色の瞳が、じっと紗夜を捉えていた。

「……いえ、何でも」

「嘘だな」

 即座に言われ、言葉に詰まる。

「侍女と話していたな」

「はい……」

「何を言われた」

 低い声。
 だが、どこか不機嫌さが滲んでいる。

「……番だと、言われました」

 一瞬、空気が張りつめた。

 狐王の耳が、ぴくりと揺れる。

「……気にするな」

「でも」

「契約だ」

 その一言で、会話は終わった。
 ――はずだった。

 だが狐王は、紗夜の手首を取る。

「どこへ行く」

「庭へ……」

「一人でか」

「はい」

 狐王は、少しだけ黙った。

「……なら、同行する」

「陛下はお忙しいのでは?」

「問題ない」

 また、それだ。

 庭園では、数体のあやかしたちが手入れをしていた。
 紗夜を見ると、一斉に動きを止め、深々と頭を下げる。

「……奥方さま」

「ち、違います!」

 思わず声を上げるが、誰も聞いていない。

 視線が、紗夜と狐王を行き来している。
 そのすべてに、納得と確信が混じっていた。

「……訂正しろ」

 小さく、狐王が言った。

「え?」

「奥方ではない」

 あやかしたちは一瞬戸惑い、それから――

「では、番さまで」

 狐王の気配が、明確に変わった。

「……誰が、そう言えと」

 低く抑えた声。
 庭の空気が、凍りつく。

 あやかしたちは慌てて退散していった。

 残されたのは、二人きり。

「……王」

「気にするなと言ったはずだ」

「でも……」

 紗夜は、胸の奥のざわめきを抑えきれなかった。

「私は、契約妻です。勘違いされるようなことは……」

 言い終わる前に、距離が詰められた。

 狐王の手が、紗夜の背後の木に添えられる。
 逃げ道は、ない。

「……それ以上、言うな」

 声が、低く掠れている。

「契約は、契約だ」

「……はい」

「だが」

 狐王の視線が、紗夜の唇に落ちる。
 触れない。触れないのに、近すぎる。

「他の者に、そう見えるのは……仕方ない」

 その理由を、彼は言わなかった。

 言えなかったのかもしれない。

 夜。
 紗夜は一人、縁側に座っていた。

 月が綺麗だ。
 ここへ来てから、空を見る余裕もなかった。

「……ここにいたか」

 狐王の声。

 彼は自然に隣へ腰を下ろす。
 肩が、触れ合う。

「……契約の期限は、いつなのでしょう」

 紗夜の問いに、狐王はすぐに答えなかった。

「……まだ先だ」

「でも、終わりは来ますよね」

 沈黙。

 狐王の尾が、無意識に紗夜へ寄せられる。
 絡めるように、逃がさないように。

「……終わらせる気はない」

 紗夜は、息を呑んだ。

「それは……契約違反では?」

「違反でも構わない」

 狐王は、ようやくこちらを見る。

 金色の瞳が、初めて感情を帯びていた。

「手放す理由が、見つからない」

 それ以上、言葉は続かなかった。

 だがその夜。
 狐王ははっきりと理解していた。

 ――番ではない、と否定しているのは。

 他でもない、自分自身だということを。




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