婚約破棄短編集

由香

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『傍観者のわたしは、今日も婚約破棄を見届けるだけ』

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 王立学院の大講堂。
 毎年恒例になりつつある“婚約破棄劇”が、今年もまた幕を開けた。

 主役は、学院一の美貌を誇る侯爵令嬢エリザベート。そして彼女を断罪するのは、第二王子アレクシス殿下――ではなく、今回の主人公はその二人ではない。

 わたしの名前はミレイユ。
 子爵家の三女で、学院では「事なかれ主義の傍観者」として知られている。
 なぜか毎年行われる婚約破棄騒動を、少し離れた席から見届けるのが、もはやライフワークになりつつあった。


「エリザベート・フローレンス!貴様は許嫁であるにもかかわらず、平民出のリリアを虐げ――」

 はいはい、始まった。

 アレクシス殿下が高らかに声を上げる。
 リリアは小動物のように震え、エリザベートは凍った表情で殿下を見つめている。

 ――だが、今年のそれは、いつもと少し違っていた。

 エリザベートがゆっくりと、ほんのわずかにこちらへ視線を送ったのだ。

 ……気のせい?いや、違う。確かにわたしを見た。

(え? なに、助けを求めてる?)

 しかし、わたしは傍観者。
 どの派閥にも属さず、正義も悪も選ばない。
 この「距離」がいちばん安全で、いちばん居心地がいいのだ。

 だが――

 次の瞬間、大講堂がざわりと揺れた。

「殿下……その“証拠”とやらを、提示していただけますか?」

 エリザベートが、まさかの反撃に出た。
 今まで黙って耐える令嬢ではなかったのか。

「証拠ならある!リリアが泣きながら訴えてきた!」

 ――出た。証言のみ。最弱の証拠。

 わたしは思わずため息が漏れた。

(殿下のパターン、今年も改善なし……)

 そのときだ。

「ミレイユ嬢。あなたは、この場にふさわしい“第三者”だと聞いている。どうか見届けてください」

 エリザベートが、はっきりと名前を呼んだ。

 大講堂に、ざわざわとどよめきが走る。

「……え、わたし?」

 傍観者のはずのわたしが、一歩、舞台へ引きずり出された。



 壇上に上がった瞬間、アレクシス殿下がわたしを見下ろすように言い放った。

「ミレイユ嬢、あなたは中立と聞く。ならば聞こう――エリザベートがリリアを虐げていたところを見たか?」

「……見ておりません」

 きっぱり答えると、殿下の眉が跳ね上がった。

「だがリリアは――」

「殿下。学院の規則では、断罪には複数の証言と物的証拠が必要です。リリア嬢一人の証言では……その、基準を満たしません」

 講堂が静まり返る。

 エリザベートが小さく息をついた。
 安堵のような、それでいて痛切な息。

 リリアが必死に殿下の袖をつかむ。

「で、殿下……信じて、くださいますよね……?」

 殿下は一瞬ためらったが――
 次の瞬間、殿下の表情が歪んだ。

「……ミレイユ嬢。君は、エリザベート側なのだな?」

「違います。わたしは“規則”側です」



 その後の展開は早かった。
 殿下は一度も証拠を示せず、学院長から厳重注意を受けた。

 そして、婚約破棄は無効。

 エリザベートは深々と頭を下げ、静かに壇上から降りていった。

 わたしは再び傍観者の席へ戻ろうとした。
 その瞬間、エリザベートがそっと手を伸ばした。

「ミレイユ嬢……ありがとう。あなたがいてくれて、わたくしは救われました」

「……いえ。わたしは傍観しただけです」

 すると、彼女は淡く微笑んだ。

「傍観者だからこそ、救えることもございますわ」

 心がわずかに揺れた。

 ――傍観者でいるつもりだったのに。
 わたしはいつの間にか、誰かの“味方”をしていた。



 その後。
 婚約破棄劇を起こした殿下は、しばらく謹慎。
 リリアは身の安全のため実家へ戻され、学院はようやく静けさを取り戻すことになった。

 歩き出したわたしの横に、そっとエリザベートが並ぶ。

「ミレイユ嬢。もしよろしければ……これからは傍観者ではなく、友人として隣にいていただけませんか?」

「……友人、ですか」

「はい。あなたのような方が隣にいてくだされば、わたくしはもう間違いません」

 しばし沈黙。
 わたしはそっと微笑み返した。

「では……傍観者卒業です」

 エリザベートの笑顔が、春の日差しのように明るく広がった。

 こうしてわたしの“傍観者生活”は終わり、新しい物語が静かに始まったのだった。




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