婚約破棄短編集

由香

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『公爵家三男、婚約破棄劇を実況中』

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 公爵家三男の私は、今日も元気に“観察”していた。
 名前はアレン・フェルスター。特技は社交界の面白い事件を見つけてメモすること。
 そして本日の観察対象は――

公爵家嫡男の、盛大な婚約破棄劇』

 舞踏会会場の柱の陰にひっそりと隠れ、私はそっとメモ帳を開いた。

(兄上は完璧主義の堅物。恋愛に関しては不器用すぎて、いつもこじれる。今日はその“集大成”が見られる……ッ!)

 すでに胸が高鳴っていた。
 公爵家三男という身分は暇だ。
 せめて世の役に立つため、社交界の“現場レポート”でも残しておこうではないか。未来の歴史家が読めば喜ぶかもしれない。

 丁寧にメモの1ページ目に書き込む。

本日のイベント
『公爵家嫡男レオン=婚約破棄宣言』
開始予想時刻:間もなく

 ちょうどその時、ホールの空気がざわついた。
 兄のレオンが、婚約者リリアナ嬢を伴って中央に歩み出る。

(よし、きた!)


「リリアナ嬢、君とは――婚約を続けられない!」

 兄の声がホールに響き渡る。
 私は素早くメモを書く。

――レオン、堂々と言い放つ。自信満々。

――周囲、ざわつく(特に令嬢層の反応が激しい)。

 さて、ここからだ。
 リリアナ嬢が泣き崩れ、兄が“冷酷な男”扱いされる――そんな展開を兄は覚悟していた。

 だが。

「はい、では本日をもって婚約解消いたしましょう」

「……は?」

 兄の顔が固まった。

 その瞬間、私は耐えきれず身を震わせる。

(で、出た……!兄上、予想外すぎて処理落ちしてる!)

 リリアナ嬢は満面の笑みで続けた。

「実は、ちょうど良かったのです。家から別の縁談が届いておりまして……その方をお受けしたくて。背中を押してくださった殿下に感謝いたしますわ」

「お、押してない!?」

「(メモ:兄、完全に主導権を失う)」

 周囲の貴族たちからは、同情混じりの“兄かわいそう”視線が向けられた。
 普段完璧な兄の崩壊、これは貴重すぎる。


 兄はなんとか体勢を立て直そうとするも、リリアナ嬢は軽やかに頭を下げ、すでに新しい人生へ一歩踏み出していた。

「それでは皆さま、素敵な夜を。――あ、レオン様」

「……なんだ」

「あなたも、どうか良い方と出会えますように」

 その穏やかで優しい言葉に、兄は逆に追い詰められた顔になった。

(兄上……“振られた側”として同情されている……!)

 私はメモをすばやく書く。

――兄、ショックのあまり呆然。
――周囲の視線が「大丈夫?」に変化。

 そこへ、背後から気配。

「……何やってるの、アレン」

 ぎゃっ。
 妹のソフィアが、腕を組んで立っている。
 この世で最も恐ろしい「正論」を平然と言ってくる妹だ。

「え、えーと……その……社会勉強?」

「婚約破棄を眺めるのが勉強なの?」

「人間観察というか、兄上の記念すべき……」

「……最低ね」

 酷評をいただいた。


 そのとき、兄がふらふらと帰ってきた。

「アレン……ソフィア……」

 兄の声は、今日一番小さかった。

「お、兄上!とても見応えのある――」

「言うな」

 涙目でにらまれた。
 私のメモ帳に気づいた兄が、震える声で言う。

「それ……まさか記録してるのか……?」

「もちろんです。未来のために」

「消せ」

「む、未来の恋愛研究のために必要で――」

「消せぇぇぇぇぇ!!」

 兄の叫び声がホールにこだました。
 ソフィアは溜息まじりに私の肩を叩く。

「ねえアレン。あなたも恋のひとつでもしたら?」

「……やだよ。傍観者でいい」

「本気で言ってるの?」

「傍観者は安全だ。恋愛は爆発しやすい」

 ソフィアは口を尖らせた。

「でもね、見てるだけじゃ“自分の物語”は始まらないわよ」

「……う」

 確かに、今日の婚約破棄劇を見て思った。
 “逃げた”ように見えても、リリアナ嬢は自分で選んで前に進んだのだ。
 兄も、この挫折で何か変わるだろう。

 一方私ときたら――柱の陰から眺めて、メモして笑っているだけ。

 ……なんか、少しだけ胸がチクッとする。

(いや、でも……傍観者のままでいたいような……)

 葛藤していると、兄がぐったりと私に寄りかかる。

「アレン……今日のこと、絶対誰にも言うな……」

「わかったよ兄上。家族の恥は守る」

「お前が一番広めそうなんだよ!!」

 ふふ。そんなことするわけないじゃないか。
 私はそっとメモ帳を閉じる。

――今日の観察、終了。
――兄上の成長に期待。


 舞踏会が終わって帰る途中、妹がぽつりと言った。

「ねえアレン。あなたってさ……」

「ん?」

「人の幸せを見るのが好きなんでしょ」

 はっとした。

 そうだ。
 私は“破局”そのものより、その先にある“幸せの再スタート”を見るのが好きなのだ。

「……まあ、そうかもしれない」

「だったら――あなた自身の幸せも、そろそろ探さないとね」

「…………検討します」

 私がそう答えると、ソフィアは満足げに笑った。

 今日もまた、社交界は騒がしい。
 でも私は、今日見たものをきっと忘れないだろう。

 ――誰かが、未来へ一歩踏み出す瞬間。
 それが、何よりも美しいと思うから。




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