『後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました』

由香

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第四話 後宮からの使者

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 北境軍の屋敷に、後宮の紋を刻んだ輿が到着したのは、昼下がりのことだった。

 重々しい太鼓の音もなく、
 ただ静かに、しかし確かな存在感をもって。

 それを見た瞬間、紗月は悟った。

(……来た)

 契約婚が“うまくいっているか”を、
 後宮が確認しに来たのだ。

「奥方様」

 女中が、どこか硬い声で告げる。

「後宮より、監察の女官が参っております」

 予想通りだった。

「お通ししてください」

 紗月は深く息を吸い、背筋を伸ばす。

 自分はもう、
 後宮の下級巫女ではない。

 鬼将軍・玄耀の――
 “正妻”なのだ。



 応接の間に現れたのは、年配の女官だった。

 白粉の奥から覗く目は鋭く、
 人を値踏みする癖が染みついている。

「――これはこれは」

 形式ばった一礼。

「私は後宮監察役、李芳りほうと申します」

「紗月と申します」

 名を名乗るだけで、身分は告げない。
 それが今の自分の立場だ。

 李芳は、部屋を一瞥した。

「……質素ですこと」

「将軍のお好みです」

 紗月は淡々と答える。

 李芳は小さく鼻で笑った。

「なるほど。では早速ですが――」

 扇を閉じ、視線を突き刺すように向ける。

「鬼将軍殿と、夫婦の実はございますか?」

 直球だった。

 後宮らしい、容赦のなさ。

 紗月は一瞬も動じず、答えた。

「政の命により、契約を交わしております」

「“契約”?」

「はい。将軍の気を鎮め、屋敷を清める役目です」

 李芳の目が細まる。

「それだけ?」

「それ以上でも、それ以下でもありません」

 空気が、張り詰めた。

 下手な言葉を選べば、
 “偽りの婚姻”と断じられる。

 だが――

「……鬼将軍殿は、満足しておられますか」

 その問いに、紗月は少しだけ間を置いた。

「将軍は」

 静かに、しかしはっきりと。

「ご自身の役目を果たしておられます」

 それは、人として。
 将として。
 そして――夫として。

 李芳は、その答えをどう測るべきか迷っているようだった。



 そのとき。

「――俺の妻に、何の用だ」

 低い声が、部屋に落ちた。

 玄耀だった。

 いつの間にか背後に立っている。
 気配すら、感じさせなかった。

 李芳は一瞬、言葉を失い、
 慌てて頭を下げる。

「これは将軍殿。政より、婚姻の実態を確認するよう命を受けまして」

「確認は済んだか」

 短く、冷たい声音。

「は、はい……」

 玄耀は、紗月の前に立つ。

 庇うように。
 それが当然のように。

「この婚姻は、政の命だ」

「承知しております」

「ならば」

 玄耀の視線が、鋭く光る。

「俺の屋敷に、口出しするな」

 ぴしり、と空気が鳴った。

 李芳の顔色が、明らかに変わる。

「……失礼いたしました」

 それ以上、何も言えず、女官は退いた。



 使者が去った後。

 重苦しい沈黙が落ちる。

「……申し訳ありません」

 先に口を開いたのは、紗月だった。

「私の立場が弱いために」

「違う」

 玄耀は即座に否定する。

「お前は、何も間違えていない」

 そう言ってから、少し言い淀む。

「……後宮は、面倒だな」

 その言葉に、紗月は小さく笑った。

「はい。とても」

 玄耀は、紗月を見る。

「怖くはなかったか」

「正直に申しますと」

 少しだけ、息を吐く。

「後宮にいた頃よりは、ずっと」

 玄耀の眉が、わずかに動いた。

「ここでは」

 紗月は続けた。

「私は、道具ではありませんから」

 その言葉は、
 静かだが、確かだった。

 玄耀は、何も言わなかった。

 ただ、紗月の頭に、そっと手を置く。

 一瞬だけ。
 確かめるように。

「……もう、下がれ」

 低い声。

「今日は、俺が外を固める」

 それは、命令ではなく、
 守るという意思だった。



 その夜。

 紗月は、自室で一人、灯を見つめていた。

 後宮からの使者。
 試される言葉。

 それでも――

(私は、ここにいる)

 鬼将軍の屋敷で。
 彼の隣で。

 それは、かつての下級巫女には、
 想像もできなかった立場だ。

 契約婚。

 だが、確かに――
 守られている。

 そしてその事実が、
 胸の奥に、静かな温もりを残していた。




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