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第八話 寿命を取り戻す方法
しおりを挟む紗月が倒れてから、三日が過ぎていた。
熱は下がったが、目を覚ましている時間は短い。
眠っている間も、呼吸は浅く、まるで――
少しずつ、この世から遠ざかっているかのようだった。
玄耀は、寝台の傍を離れなかった。
鬼の力で斬れるものなら、いくらでも斬る。
だが――
寿命は、斬れない。
(方法が、あるはずだ)
呪いには、必ず理がある。
理があるなら、覆す術も存在する。
玄耀は、決意して屋敷を出た。
*
向かった先は、後宮だった。
鬼将軍の来訪に、女官たちは一斉に道を開ける。
「玄耀将軍」
現れたのは、紗月に契約婚を命じた女官長だった。
「何の用ですか」
その声音に、警戒が滲む。
「知っているだろう」
玄耀は、真っ直ぐに言った。
「巫女が、寿命を差し出す術について」
女官長の表情が、凍る。
「……なぜ、それを」
「答えろ」
圧が、空気を震わせた。
「あるのだな。取り戻す方法が」
長い沈黙の後、
女官長は、ゆっくりと口を開いた。
「禁術です」
その言葉に、玄耀の目が鋭く光る。
「“縁返しの儀”」
女官長は続ける。
「巫女が差し出した命を、“縁”を辿って返す術」
「代償は」
「重いです」
はっきりと。
「術者ではなく――縁を結んだ相手が、背負います」
つまり。
玄耀自身だ。
「……鬼であるあなたなら」
女官長は、探るように言った。
「耐えられるかもしれません」
玄耀は、迷わなかった。
「案内しろ」
*
儀の場は、後宮地下にある封印殿だった。
長い年月、禁じられた術が眠る場所。
目を覚ました紗月は、
そこへ運ばれている最中だった。
「……玄耀」
弱々しい声。
「目を覚ましたか」
玄耀は、彼女の手を握る。
「……嫌な予感が、します」
紗月は、微かに笑った。
「私の寿命の話……知ってしまいましたね」
「黙っていろ」
声が、少し荒れる。
「今度は、俺が選ぶ」
紗月は、ゆっくりと首を振った。
「……聞いてください」
力を振り絞る。
「縁返しの儀は……簡単なものではありません」
「知っている」
「あなたは、鬼の呪いをさらに背負うことになる」
玄耀の歩みは、止まらない。
「それでもだ」
低く、確かな声。
「俺は、お前のいない未来を選ばない」
紗月は、目を閉じた。
それ以上、止める言葉を持たなかった。
*
儀は、夜明け前に始まった。
封印殿の中央に、
二人は向かい合って座らされる。
床に描かれた陣は、
人と人ならざるものを繋ぐ形。
「……よく聞きなさい」
女官長が告げる。
「この儀は、“愛”を媒介にします」
玄耀と紗月、双方が息を呑んだ。
「縁が弱ければ、失敗する。縁が強ければ――呪いは、将軍殿へ流れる」
それは、試されるということ。
「始めます」
祝詞が、低く響く。
陣が光り、
紗月の胸から、淡い光が引き出されていく。
「……っ」
紗月が、苦しげに息を吐く。
「紗月!」
「……大丈夫」
微笑もうとする。
「……愛して、いますから」
その言葉に、玄耀の中で何かが壊れた。
「……俺もだ」
初めて、はっきりと告げる。
「お前を、愛している」
陣が、激しく輝いた。
光が、玄耀へと流れ込む。
胸を裂くような痛み。
鬼の呪いが、暴れ出す。
だが――
「……行け」
玄耀は、歯を食いしばる。
「俺が、受け止める」
鬼の影が、彼の背後に立ち上がる。
だが今回は、暴走しない。
まるで――
“守るための器”として、
その力が形を変えているかのようだった。
*
夜明け。
封印殿に、静けさが戻る。
最初に目を覚ましたのは、紗月だった。
「……あ」
息が、深く吸える。
胸の奥にあった、
欠けた感覚が、戻っている。
「玄耀!」
慌てて身を起こす。
玄耀は、地に膝をついていた。
だが、顔を上げ――
微かに、笑った。
「……生きているな」
紗月の目から、涙が溢れた。
「……あなたは」
「少し、鬼寄りになっただけだ」
冗談めかして言う。
だが、紗月にはわかる。
彼が、自分の未来を背負ってくれたことを。
紗月は、玄耀に抱きついた。
「……ありがとうございます」
「礼は要らん」
玄耀は、強く抱き返す。
「夫として、当然のことをしたまでだ」
その言葉に、胸が、いっぱいになる。
*
契約婚は、いつの間にか終わっていた。
残ったのは――
選び合った、縁。
人と鬼。
寿命を取り戻した巫女と、それを背負った将軍。
だが二人は、確かに、並んで立っていた。
同じ未来を見るために。
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