『後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました』

由香

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第八話 寿命を取り戻す方法

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 紗月が倒れてから、三日が過ぎていた。

 熱は下がったが、目を覚ましている時間は短い。
 眠っている間も、呼吸は浅く、まるで――
 少しずつ、この世から遠ざかっているかのようだった。

 玄耀は、寝台の傍を離れなかった。

 鬼の力で斬れるものなら、いくらでも斬る。

 だが――
 寿命は、斬れない。

(方法が、あるはずだ)

 呪いには、必ず理がある。
 理があるなら、覆す術も存在する。

 玄耀は、決意して屋敷を出た。



 向かった先は、後宮だった。

 鬼将軍の来訪に、女官たちは一斉に道を開ける。

「玄耀将軍」

 現れたのは、紗月に契約婚を命じた女官長だった。

「何の用ですか」

 その声音に、警戒が滲む。

「知っているだろう」

 玄耀は、真っ直ぐに言った。

「巫女が、寿命を差し出す術について」

 女官長の表情が、凍る。

「……なぜ、それを」

「答えろ」

 圧が、空気を震わせた。

「あるのだな。取り戻す方法が」

 長い沈黙の後、
 女官長は、ゆっくりと口を開いた。

「禁術です」

 その言葉に、玄耀の目が鋭く光る。

「“縁返しの儀”」

 女官長は続ける。

「巫女が差し出した命を、“縁”を辿って返す術」

「代償は」

「重いです」

 はっきりと。

「術者ではなく――縁を結んだ相手が、背負います」

 つまり。

 玄耀自身だ。

「……鬼であるあなたなら」

 女官長は、探るように言った。

「耐えられるかもしれません」

 玄耀は、迷わなかった。

「案内しろ」



 儀の場は、後宮地下にある封印殿だった。

 長い年月、禁じられた術が眠る場所。

 目を覚ました紗月は、
 そこへ運ばれている最中だった。

「……玄耀」

 弱々しい声。

「目を覚ましたか」

 玄耀は、彼女の手を握る。

「……嫌な予感が、します」

 紗月は、微かに笑った。

「私の寿命の話……知ってしまいましたね」

「黙っていろ」

 声が、少し荒れる。

「今度は、俺が選ぶ」

 紗月は、ゆっくりと首を振った。

「……聞いてください」

 力を振り絞る。

「縁返しの儀は……簡単なものではありません」

「知っている」

「あなたは、鬼の呪いをさらに背負うことになる」

 玄耀の歩みは、止まらない。

「それでもだ」

 低く、確かな声。

「俺は、お前のいない未来を選ばない」

 紗月は、目を閉じた。

 それ以上、止める言葉を持たなかった。



 儀は、夜明け前に始まった。

 封印殿の中央に、
 二人は向かい合って座らされる。

 床に描かれた陣は、
 人と人ならざるものを繋ぐ形。

「……よく聞きなさい」

 女官長が告げる。

「この儀は、“愛”を媒介にします」

 玄耀と紗月、双方が息を呑んだ。

「縁が弱ければ、失敗する。縁が強ければ――呪いは、将軍殿へ流れる」

 それは、試されるということ。

「始めます」

 祝詞が、低く響く。

 陣が光り、
 紗月の胸から、淡い光が引き出されていく。

「……っ」

 紗月が、苦しげに息を吐く。

「紗月!」

「……大丈夫」

 微笑もうとする。

「……愛して、いますから」

 その言葉に、玄耀の中で何かが壊れた。

「……俺もだ」

 初めて、はっきりと告げる。

「お前を、愛している」

 陣が、激しく輝いた。

 光が、玄耀へと流れ込む。

 胸を裂くような痛み。
 鬼の呪いが、暴れ出す。

 だが――

「……行け」

 玄耀は、歯を食いしばる。

「俺が、受け止める」

 鬼の影が、彼の背後に立ち上がる。
 だが今回は、暴走しない。

 まるで――
 “守るための器”として、
 その力が形を変えているかのようだった。



 夜明け。

 封印殿に、静けさが戻る。

 最初に目を覚ましたのは、紗月だった。

「……あ」

 息が、深く吸える。

 胸の奥にあった、
 欠けた感覚が、戻っている。

「玄耀!」

 慌てて身を起こす。

 玄耀は、地に膝をついていた。

 だが、顔を上げ――
 微かに、笑った。

「……生きているな」

 紗月の目から、涙が溢れた。

「……あなたは」

「少し、鬼寄りになっただけだ」

 冗談めかして言う。

 だが、紗月にはわかる。

 彼が、自分の未来を背負ってくれたことを。

 紗月は、玄耀に抱きついた。

「……ありがとうございます」

「礼は要らん」

 玄耀は、強く抱き返す。

「夫として、当然のことをしたまでだ」

 その言葉に、胸が、いっぱいになる。



 契約婚は、いつの間にか終わっていた。

 残ったのは――
 選び合った、縁。

 人と鬼。
 寿命を取り戻した巫女と、それを背負った将軍。

 だが二人は、確かに、並んで立っていた。

 同じ未来を見るために。




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