『後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました』

由香

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第九話 後宮が下す、最後の命

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 後宮からの勅命が届いたのは、
 封印殿での儀から、わずか七日後だった。

 朱塗りの文箱。
 封は、三重。

 それだけで、ただ事ではないと知れる。

 玄耀は、文を開き、
 一言も発さずに読み終えた。

「……将軍様?」

 紗月が、そっと声をかける。

 玄耀は、ゆっくりと顔を上げた。

「後宮が、決断した」

 その声は、静かだった。

「俺とお前を――切り離す」

 紗月の胸が、ひやりと冷える。

「どういう、意味でしょうか」

「表向きの理由はこうだ」

 文面を置き、淡々と告げる。

「鬼の呪いをさらに背負った将軍と、寿命を取り戻した巫女の縁は、国にとって不安定すぎる」

 つまり。

「――婚姻の解消、そして」

 玄耀は、わずかに目を伏せた。

「紗月の、後宮への帰還命令だ」

 沈黙。

 あまりにも、後宮らしい判断だった。



 その日のうちに、監察の女官が屋敷を訪れた。

 李芳だった。

「命が下りました」

 淡々と、しかし確実に。

「巫女・紗月は、再び後宮に戻り、禁術管理の監視下に置かれます」

「拒否権は」

 玄耀の問いに、李芳は目を伏せた。

「……ありません」

 紗月は、静かに一礼した。

「承知しました」

 その声は、驚くほど落ち着いていた。

「紗月」

 玄耀が、低く名を呼ぶ。

「これは、あなたの命ではありません」

 紗月は、顔を上げる。

「いいえ」

 微笑みすら浮かべて。

「これは――“選択”です」

 李芳の眉が、わずかに動く。

「何を、仰っているのです」

「私は、もう」

 紗月は、真っ直ぐに女官を見る。

「後宮の巫女ではありません」

 空気が、張り詰めた。



 夜。

 二人は、縁側に並んで座っていた。

 月は、雲に隠れがちだ。

「……行くのか」

 玄耀が、低く問う。

「はい」

 紗月は、はっきりと答えた。

「ただし」

 彼を見る。

「一人ではありません」

 玄耀の瞳が、揺れた。

「俺を、連れて行くつもりか」

「ええ」

 紗月は、穏やかに言った。

「後宮が、“不安定な縁”を問題にするなら」

 手を、玄耀の上に重ねる。

「安定していることを、証明すればいい」

 玄耀は、息を呑んだ。

「……どうやって」

「後宮は、“制御”を重んじます」

 紗月の目が、静かに光る。

「鬼の呪いも、巫女の力も」

「だから――」

「だから、試される場を、こちらから差し出します」



 後宮・正殿。

 夜にもかかわらず、
 灯はすべて点されていた。

 集められたのは、女官長、監察役、
 そして、祓いを司る上級巫女たち。

「巫女・紗月」

 女官長が告げる。

「命を違え、禁術に手を出した罪、認めますか」

「はい」

 即答だった。

「しかし」

 紗月は、一歩前に出る。

「その結果、国に害は出ていません」

 ざわめき。

「鬼将軍は暴走しておらず、私は寿命を取り戻し、今も務めを果たしています」

「それは、結果論です」

 上級巫女が口を挟む。

「再び、鬼が制御不能になれば――」

「その時は」

 低い声が、殿内に響いた。

 玄耀が、進み出る。

「俺を、斬れ」

 一斉に、息を呑む音。

「俺の首を落とせば、すべては終わる」

 あまりにも、潔すぎる覚悟。

「だが」

 玄耀は、真っ直ぐに告げる。

「その前に、一つ、試せ」

 女官長が、目を細める。

「何を」

「俺と紗月を、“制御下”に置いてみろ」

 紗月が、隣に立つ。

「後宮の結界内で、鬼の力を解放します」

「そして、私が鎮めます」

 沈黙。

 それは、失敗すれば即、死。

「……よいでしょう」

 女官長が、決断する。

「その代わり」

 冷たい視線。

「失敗すれば、両名とも、ここで終わりです」



 正殿の中央に、結界が張られる。

 玄耀は、静かに目を閉じた。

「……怖くはないか」

 紗月に、問う。

「怖くありません」

 微笑む。

「あなたが、隣にいますから」

 合図とともに、
 鬼の力が、解放された。

 影が立ち上り、空気が、震える。

 だが――

 紗月の鈴が、鳴る。

 澄んだ音。

 鬼の影が、ゆっくりと、静まっていく。

 暴れない。
 拒まない。

 まるで――
 “共に在る”かのように。

 殿内に、息を呑む沈黙が落ちた。



 儀が終わり、結界が解かれる。

 女官長は、長く沈黙し、
 やがて、告げた。

「……認めましょう」

 その一言で、すべてが変わった。

「鬼将軍と巫女・紗月の縁は、国に害をなさぬ」

 そして。

「婚姻の解消命令は、撤回します」

 紗月の胸に、静かな安堵が広がった。

 玄耀は、そっと彼女の手を握る。

 強く。



 後宮を出た夜。

 空には、雲一つない月が浮かんでいた。

「……帰ろう」

 玄耀が言う。

「はい」

 紗月は、微笑んだ。

 命令でも、契約でもない。

 二人が選び、守り抜いた縁。

 それはもう、誰にも切れない。




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