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第九話 後宮が下す、最後の命
しおりを挟む後宮からの勅命が届いたのは、
封印殿での儀から、わずか七日後だった。
朱塗りの文箱。
封は、三重。
それだけで、ただ事ではないと知れる。
玄耀は、文を開き、
一言も発さずに読み終えた。
「……将軍様?」
紗月が、そっと声をかける。
玄耀は、ゆっくりと顔を上げた。
「後宮が、決断した」
その声は、静かだった。
「俺とお前を――切り離す」
紗月の胸が、ひやりと冷える。
「どういう、意味でしょうか」
「表向きの理由はこうだ」
文面を置き、淡々と告げる。
「鬼の呪いをさらに背負った将軍と、寿命を取り戻した巫女の縁は、国にとって不安定すぎる」
つまり。
「――婚姻の解消、そして」
玄耀は、わずかに目を伏せた。
「紗月の、後宮への帰還命令だ」
沈黙。
あまりにも、後宮らしい判断だった。
*
その日のうちに、監察の女官が屋敷を訪れた。
李芳だった。
「命が下りました」
淡々と、しかし確実に。
「巫女・紗月は、再び後宮に戻り、禁術管理の監視下に置かれます」
「拒否権は」
玄耀の問いに、李芳は目を伏せた。
「……ありません」
紗月は、静かに一礼した。
「承知しました」
その声は、驚くほど落ち着いていた。
「紗月」
玄耀が、低く名を呼ぶ。
「これは、あなたの命ではありません」
紗月は、顔を上げる。
「いいえ」
微笑みすら浮かべて。
「これは――“選択”です」
李芳の眉が、わずかに動く。
「何を、仰っているのです」
「私は、もう」
紗月は、真っ直ぐに女官を見る。
「後宮の巫女ではありません」
空気が、張り詰めた。
*
夜。
二人は、縁側に並んで座っていた。
月は、雲に隠れがちだ。
「……行くのか」
玄耀が、低く問う。
「はい」
紗月は、はっきりと答えた。
「ただし」
彼を見る。
「一人ではありません」
玄耀の瞳が、揺れた。
「俺を、連れて行くつもりか」
「ええ」
紗月は、穏やかに言った。
「後宮が、“不安定な縁”を問題にするなら」
手を、玄耀の上に重ねる。
「安定していることを、証明すればいい」
玄耀は、息を呑んだ。
「……どうやって」
「後宮は、“制御”を重んじます」
紗月の目が、静かに光る。
「鬼の呪いも、巫女の力も」
「だから――」
「だから、試される場を、こちらから差し出します」
*
後宮・正殿。
夜にもかかわらず、
灯はすべて点されていた。
集められたのは、女官長、監察役、
そして、祓いを司る上級巫女たち。
「巫女・紗月」
女官長が告げる。
「命を違え、禁術に手を出した罪、認めますか」
「はい」
即答だった。
「しかし」
紗月は、一歩前に出る。
「その結果、国に害は出ていません」
ざわめき。
「鬼将軍は暴走しておらず、私は寿命を取り戻し、今も務めを果たしています」
「それは、結果論です」
上級巫女が口を挟む。
「再び、鬼が制御不能になれば――」
「その時は」
低い声が、殿内に響いた。
玄耀が、進み出る。
「俺を、斬れ」
一斉に、息を呑む音。
「俺の首を落とせば、すべては終わる」
あまりにも、潔すぎる覚悟。
「だが」
玄耀は、真っ直ぐに告げる。
「その前に、一つ、試せ」
女官長が、目を細める。
「何を」
「俺と紗月を、“制御下”に置いてみろ」
紗月が、隣に立つ。
「後宮の結界内で、鬼の力を解放します」
「そして、私が鎮めます」
沈黙。
それは、失敗すれば即、死。
「……よいでしょう」
女官長が、決断する。
「その代わり」
冷たい視線。
「失敗すれば、両名とも、ここで終わりです」
*
正殿の中央に、結界が張られる。
玄耀は、静かに目を閉じた。
「……怖くはないか」
紗月に、問う。
「怖くありません」
微笑む。
「あなたが、隣にいますから」
合図とともに、
鬼の力が、解放された。
影が立ち上り、空気が、震える。
だが――
紗月の鈴が、鳴る。
澄んだ音。
鬼の影が、ゆっくりと、静まっていく。
暴れない。
拒まない。
まるで――
“共に在る”かのように。
殿内に、息を呑む沈黙が落ちた。
*
儀が終わり、結界が解かれる。
女官長は、長く沈黙し、
やがて、告げた。
「……認めましょう」
その一言で、すべてが変わった。
「鬼将軍と巫女・紗月の縁は、国に害をなさぬ」
そして。
「婚姻の解消命令は、撤回します」
紗月の胸に、静かな安堵が広がった。
玄耀は、そっと彼女の手を握る。
強く。
*
後宮を出た夜。
空には、雲一つない月が浮かんでいた。
「……帰ろう」
玄耀が言う。
「はい」
紗月は、微笑んだ。
命令でも、契約でもない。
二人が選び、守り抜いた縁。
それはもう、誰にも切れない。
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