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第五話 皇后
しおりを挟む宮廷は静かに揺れていた。
表向きは何事もない。
だが後宮の毒騒ぎのあと、皇帝は密かに調査を命じていた。
誰が仕組んだのか。
なぜ月鈴が疑われたのか。
すべてを。
場所は皇帝の執務室。
書簡の山の前で、李景珩は静かに目を閉じていた。
その前に立つのは、宰相の沈逸辰。
「調べ終わった」
景珩は目を開けた。
「報告しろ」
逸辰は書類を差し出す。
「今回の事件」
「直接の証拠はない」
景珩の目が冷える。
「だが」
逸辰は続けた。
「薬草の手配をしたのは蘇家の人間だ」
沈黙。
景珩は書類を見つめた。
「蘇麗華か」
「おそらく」
逸辰は肩をすくめる。
「だが証拠は残してない」
さすが名門貴族。
尻尾は掴ませない。
景珩はしばらく黙っていた。
やがて言う。
「もう一つ」
逸辰が頷く。
「柳家の調査」
景珩の瞳がわずかに動いた。
「どうだった」
逸辰は笑った。
「面白いぞ」
書類をめくる。
「柳家」
「昔は皇帝の専属医だった」
景珩は知っている。
だから調べさせた。
だが逸辰は続けた。
「ただの医者じゃない」
声が低くなる。
「皇帝の命を守る家系だ」
景珩の瞳が細くなる。
逸辰は読む。
「代々、皇帝が危機に陥ると」
「柳家の医師が現れ、命を救う」
「それが何百年も続いている」
景珩は静かに言った。
「つまり」
逸辰は笑う。
「運命だな」
「お前の皇后は」
「最初から決まってた」
その頃。
月鈴は庭にいた。
春の風が花を揺らしている。
月鈴は腹に手を当てた。
まだ目立たない。
だが確かにここに命がある。
「元気?」
小さく話しかける。
その時、侍女が慌てて走ってきた。
「月鈴様!」
「どうしました?」
「大変です!」
侍女の顔が青い。
「宮廷会議で」
「何かあったのですか」
侍女は言った。
「皇帝陛下が」
息を整えて。
「新しい皇后を決めると宣言しました!」
月鈴の手が止まる。
「……え?」
宮廷会議。
そこには貴族たちが集まっていた。
皇帝の前に並ぶ文武百官。
重い空気。
誰もが思っている。
皇后は蘇麗華になると。
だが景珩は静かに言った。
「皇后を決める」
その一言で、宮廷がざわめく。
宰相の逸辰は内心で笑っていた。
(来たな)
貴族の一人が進み出る。
「陛下」
「皇后には蘇家の麗華様が」
景珩の声がそれを遮る。
「違う」
空気が止まる。
景珩は言った。
「皇后は」
ゆっくり。
はっきりと。
「柳月鈴だ」
宮廷が爆発した。
「なっ!」
「没落令嬢!?」
「ありえません!」
貴族たちが騒ぐ。
当然だ。
皇后は政治の中心。
血統と家柄がすべて。
医官見習いなど前代未聞。
だが景珩は微動だにしない。
貴族の一人が言う。
「陛下!」
「身分が低すぎます!」
景珩は静かに返す。
「問題ない」
「あります!」
「皇后に後ろ盾がなければ」
「宮廷が乱れます!」
その時。
逸辰が一歩前へ出た。
「では」
静かに言う。
「これを見てください」
書類を広げる。
「柳家の記録です」
貴族たちがざわめく。
逸辰は読み上げた。
「柳家」
「代々、皇帝の命を守る医家」
「歴代皇帝の危機を何度も救っている」
ざわめきが広がる。
「つまり」
逸辰は微笑む。
「柳月鈴は」
「皇帝を守る一族の血」
「これ以上の皇后候補がいますか?」
沈黙。
誰も反論できない。
景珩は言った。
「決まりだ」
低く。
絶対の声。
「柳月鈴を皇后とする」
その知らせは、すぐに後宮へ届いた。
月鈴は呆然としていた。
「……皇后?」
侍女たちが頭を下げる。
「おめでとうございます」
だが、月鈴はまだ信じられない。
その時、扉が開いた。
入ってきたのは、景珩。
皇帝。
月鈴は立ち上がる。
「陛下」
景珩はゆっくり近づく。
そして言った。
「聞いたか」
月鈴は小さく頷く。
「……本当ですか」
景珩は答える。
「ああ」
月鈴は困った顔をした。
「私には無理です」
景珩は眉をひそめる。
「なぜだ」
「皇后なんて」
「できません」
月鈴は真剣だった。
だが景珩は言う。
「できる」
「なぜです」
景珩は少しだけ笑った。
珍しく柔らかい表情。
「昔から知っている」
月鈴は首をかしげる。
「何をですか」
景珩は答えた。
「柳家のこと」
月鈴は驚いた。
「知っていたんですか?」
「ああ」
「だから」
声が静かになる。
「距離を置いた」
月鈴は目を見開いた。
景珩は続ける。
「宮廷は危険だ」
「皇帝に近い者ほど」
「狙われる」
月鈴は思い出す。
あの日々。
急に冷たくなった景珩。
話してくれなかった理由。
景珩は言う。
「守りたかった」
月鈴の目に涙が浮かぶ。
「私……」
声が震える。
「嫌われたと思ってました」
景珩はすぐに首を振った。
「逆だ」
そして、月鈴を抱き寄せる。
「愛していた」
静かな声。
だが、確かな言葉。
月鈴の涙がこぼれる。
景珩は続ける。
「だから」
「これからは」
腕に力を込める。
「逃がさない」
月鈴は少し笑った。
涙を拭く。
そして言う。
「逃げません」
景珩は驚いた。
「いいのか」
月鈴は頷く。
腹に手を当てる。
「この子もいますし」
それから、少し照れながら言う。
「皇帝陛下が」
「そんな顔で頼むなら」
景珩が笑った。
本当に珍しい笑顔。
そして二人は並んで庭を見る。
春の花が咲いている。
こうして、没落令嬢だった柳月鈴は、瑞華帝国の皇后となった。
幼なじみの恋は、遠回りをして、ようやく結ばれた。
そして、皇帝の溺愛はこれからも続いていく。
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