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第四話 宮廷の毒
しおりを挟む柳月鈴が後宮に入って三日。
宮廷は、予想通り騒然としていた。
「皇帝が没落令嬢を後宮に?」
「しかも医官見習いだと?」
「ありえない」
貴族たちは口々に噂する。
だが、誰も皇帝に逆らえない。
瑞華帝国の皇帝、李景珩は若いが冷酷で有名だった。
命令は絶対。
反対すれば容赦なく粛清される。
そのため、表立って反対する者はいない。
しかし、後宮の空気は明らかに冷たかった。
月鈴の部屋。
小さな庭付きの宮殿だ。
普通の妃よりは控えめだが、それでも豪華な造りだった。
月鈴は窓の外を見てため息をつく。
「……やっぱり」
侍女たちの態度もぎこちない。
皇帝が連れてきた女。
扱いに困るのだろう。
その時。
廊下から慌ただしい足音が聞こえた。
「大変です!」
侍女が駆け込んでくる。
「蘭妃様が倒れました!」
月鈴は立ち上がった。
「蘭妃?」
後宮の妃候補の一人だ。
まだ正式な妃ではないが、名門の娘。
「どこですか」
「蓮華宮です!」
月鈴は迷わず走った。
医官見習いとしての本能が動く。
蓮華宮に着くと、すでに人だかりができていた。
侍女たちが慌てている。
「道を開けてください」
月鈴が中に入る。
床に倒れている女性。
顔色が青い。
呼吸が荒い。
「蘭妃様!」
侍女が泣いている。
月鈴はすぐ脈を取った。
速い。
そして不規則。
口元には泡。
周囲に置かれている茶器。
月鈴の背筋が冷えた。
「……毒?」
誰かが言う。
「毒だ!」
その言葉が広がった。
「誰がこんなことを!」
「ひどい……」
騒ぎが大きくなる。
その時。
鋭い声が響いた。
「医官を呼びなさい!」
振り返る。
そこに立っていたのは、蘇麗華。
豪華な衣をまとい、冷たい瞳で状況を見ている。
麗華は月鈴を見た。
「あなた」
その声には明らかな棘があった。
「医官見習いだったわね」
月鈴は頷く。
「はい」
麗華はゆっくり言った。
「なら診なさい」
「もちろんです」
月鈴は再び蘭妃を見る。
呼吸はまだある。
助かる可能性は高い。
だが、周囲の視線が重い。
「毒ではないの?」
「わからない」
「でも茶を飲んだあと倒れたらしい」
ざわめき。
麗華が小さく言う。
「毒なら」
視線が月鈴へ向く。
「医官が疑われるわね」
空気が凍った。
月鈴は顔を上げる。
麗華は微笑んでいた。
美しいが、冷たい笑み。
「薬を扱う人間ですもの」
「毒だって作れるでしょう?」
侍女たちがざわめく。
月鈴は落ち着いて言った。
「まだ毒と決まったわけではありません」
「では何?」
月鈴は蘭妃の瞳を見る。
瞳孔。
呼吸。
肌の色。
それらを一つずつ確認する。
そして、ある違和感に気づいた。
「……おかしい」
毒なら、もっと違う症状が出る。
月鈴は茶器を手に取った。
匂いを嗅ぐ。
茶葉。
それから、別の匂い。
月鈴の目が細くなる。
「なるほど」
麗華が聞く。
「何かわかったの?」
月鈴は静かに言った。
「毒ではありません」
その言葉に、周囲がざわめく。
「え?」
「でも倒れたのよ?」
月鈴は説明する。
「この茶には薬草が混ぜられています」
麗華の眉がわずかに動く。
月鈴は続ける。
「単体では問題ありません」
「ですが」
茶葉を指す。
「この薬草と一緒になると」
「強い発作を起こします」
侍女たちが息を呑む。
つまり、毒ではない。
だが、意図的な組み合わせ。
月鈴は蘭妃の口に解毒薬を流し込む。
「大丈夫です」
しばらくすると、蘭妃の呼吸が落ち着いた。
侍女が泣きながら言う。
「助かるんですか?」
「はい」
月鈴は頷く。
「命に別状はありません」
その瞬間。
部屋の外がざわめいた。
重い足音。
人々が道を開ける。
現れたのは、黒い衣。
鋭い視線。
皇帝 李景珩。
後宮に緊張が走る。
景珩の視線が月鈴に向く。
「何があった」
月鈴は答える。
「発作です」
「毒ではありません」
景珩の目が細くなる。
「誰の仕業だ」
沈黙。
月鈴は答えなかった。
証拠がない。
ただ、視線が自然と一人へ向く。
蘇麗華。
麗華は優雅に笑った。
「怖いわね」
扇で口元を隠す。
「後宮は危険だわ」
景珩の瞳が冷える。
「調べろ」
低い声。
「すべてだ」
侍衛たちが動く。
後宮は騒然となった。
その騒ぎの中で、麗華は扇の奥で小さく笑った。
(月鈴……)
心の中で呟く。
(思ったより賢いのね)
だが、それでも問題ない。
毒ではない。
証拠は出ない。
そして、皇帝の寵愛を受ける女は、必ず敵を作る。
麗華は静かに決意する。
(次は)
(もっと確実に)
その時、景珩が月鈴の腕を掴んだ。
「来い」
「え?」
そのまま部屋を出る。
人目のない回廊。
景珩は低く言った。
「怪我はないか」
月鈴は驚いた。
「ありません」
景珩はため息をつく。
「後宮は危険だ」
「だから言った」
月鈴は小さく笑う。
「わかっています」
そして腹に手を当てる。
「でも」
静かに言う。
「守ります」
「この子を」
景珩はしばらく黙っていた。
そして、月鈴を強く抱き寄せた。
「……俺が守る」
低い声。
「お前も」
「子も」
その腕は、驚くほど強かった。
こうして、後宮の陰謀は動き出した。
そして、月鈴の運命もまた、大きく動き始めていた。
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