悪役令嬢は断罪の舞台で笑う

由香

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第一章 断罪の舞踏会

第二話 偽りの聖女

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 夜会の翌朝、王都アスティアはまるで祝祭のような喧騒に包まれていた。

 ――“聖女ミリア、真なる光の証明”

 そう題された布告が広場に張り出され、人々は口々に称賛の言葉を並べる。

「聖女様が悪女を追い払ったんだって!」

「王太子殿下もお優しいわ、あの悪い令嬢を守ってくださって!」

 民の声に、セレーナの名はすでに“罪人”として刻まれていた。
 だが、王都の片隅――朝靄に沈む馬車の中で、その“悪女”は穏やかに紅茶を口にしていた。

「……見事ね。虚構の光というのは、よく燃えるものだわ」

 窓の外では、人々が聖女を讃える旗を掲げている。
 セレーナはその光景を静かに眺め、黒薔薇のブローチを指先で弾いた。
 黒衣の執事ユリウスが、無表情のまま告げる。

「追放命令は今朝、正式に発令されました。侯爵家は家督を返上、資産は凍結――王家の手で“処理”されるかと」

「ええ、想定通りよ」

 セレーナは淡く微笑む。
 涙も怒りもない。計算された静けさだけがあった。

「それにしても……“聖女”とはずいぶん都合の良い肩書きね。何も知らぬ民を踊らせるには、最も簡単な言葉だもの」

「ですが、殿下は完全に彼女を信じています」

 ユリウスの声に、セレーナは紅茶を置いた。

「信じているのではなく、“信じたい”のよ。王太子という立場で、民に愛される聖女を否定できるはずがないわ」

 唇に浮かぶ微笑は、どこか哀しげだった。
 かつて彼女も、同じように“信じる”ことを選んだ日があったのだ。

 ――王家の正義を、婚約者の誓いを、友情の言葉を。
 それが、どれほど脆い幻想だったかを知らぬまま。

 ユリウスがそっと書簡を差し出した。

 黒い封蝋に刻まれた薔薇の紋章――それは《ノクターン》からの合図。

「準備は整っております。“裏の舞台”へお戻りを」

 セレーナは静かに頷き、封を切った。
 中に記されたのは、数行の暗号文。

――『光は偽り、契約は維持。黒薔薇は咲く。』

 短いその文面を目にした瞬間、彼女の瞳が鋭く光を帯びる。

 すべてはまだ“始まり”に過ぎない。

 この王国を覆う虚構の光を暴くため、彼女は再び“舞台裏”へと降りていく。


 場面は変わり、王宮の聖堂。

 ミリア・アーベルは白い聖衣を纏い、王太子の隣に立っていた。

 民の前で祝福の祈りを捧げる姿は、まるで神話の天使そのもの。

 しかしその指先には、わずかな黒い痣が浮かんでいた。

「ミリア、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」

「え、ええ……少し、力を使いすぎただけですわ。大丈夫です、殿下」

 そう言って微笑む彼女の瞳は、一瞬だけ翳る。

 ――“奇跡”の代償。

 彼女が用いる光の魔法は、聖女の加護ではなく、禁忌の血脈に由来するものだった。

 己の寿命を削り、他者の感情を操る――そんな危うい術を、ミリアは己の“愛”のために使っている。

(だって、私は選ばれたの。セレーナなんて……ただの飾りの人形よ)

 胸の奥でそう呟きながら、彼女は王太子に微笑みを向ける。
 その裏で、黒衣の令嬢が静かに動き始めていることも知らずに。

 ――舞台の幕はまだ、開いたばかり。
 光と闇、真実と虚構。
 その境界線で、二人の女の物語が交わろうとしていた。




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